※夢本「世界一、首ったけ。(2)」収録のお話
※これだけでも大丈夫



 僕には例え世界を滅ぼすことになっても命をかけて絶対護ると決めている人がいる。

「……ふふ、かわいー……」

 通知を知らせるスマホのバイブで簡単に目が覚めてしまった。腕の中にはすやすやと穏やかに寝息を立てる僕の可愛いお嫁さんが、お揃いで買った僕のパジャマをぎゅと握りしめていた。寝ているのに、その表情は幸せそうに微笑んでいるように見える。何かいい夢でも見てるのかな。可愛くて思わず顔に掛かった髪を掬い退けてまじまじと見つめてしまった。
 カーテンの隙間からまだ光は見えない。僕を起こした原因であるスマホを暗がりの中、彼女を起こさないように手探りで探す。寝る前どこに放ったんだったっけ。ベッドに入ったら寝落ちるまで彼女と話すことが殆どの僕は眠りにつく直前までスマホを触ってることはほぼ無い。ていうか充電器に挿したかも怪しい。辺りに手を伸ばして探してみたものの、それらしきものに手が触れることはない。面倒だからもう気づかなかったフリをしてやろうかと思って諦めて彼女にもう一度腕を回せば、再びバイブ音がしつこく鳴った。
 小さく舌打ちをして彼女の眠りを妨げないように、そっと彼女の頭の下から腕を抜いて、僕のパジャマを掴んでいた手を優しく開いて離れる。バイブ音の聞こえた方へ目を向ければサイドボードの上でスマホがうつ伏せでくたばっていた。やっぱり充電器挿してなかった。
 スマホを手に取って数回タップして通知を開けば案の定伊地知からのメッセージだった。こんな非常識な時間に連絡してくる奴なんか高専関係者しか居ないし、この時間に僕にわざわざ連絡寄越すんだから、内容は仕事に関することしかない。するするとスクロールして適当にメッセージを流し読めば思っていたよりデカい溜息が出た。返事すんの面倒だな。
 彼女はまだ夢の中、起こすわけにはいかないからそっと身体をベッドから起こしてスマホだけ持って寝室を出る。彼女に布団を掛け直すのを忘れずに。寝室の扉を抜けて廊下を通ってリビングに足を進めながら、しつこくメッセージを送ってきた伊地知に電話をかける。リビングの扉を開いて電気を付けて、部屋の真ん中まで進んでも伊地知は電話に出なかった。僕を起こしておいてワンコールで出ないとか何様だよ。

「あ、伊地知? お前うるさいよ、何時だと思ってんの? 僕かわい〜〜〜お嫁さん抱いて寝てたんだけど、どう責任取んの?」

 四コール目にさし掛かろうとしてようやく伊地知が電話を取った。電話の向こうの伊地知は「本当に申し訳ありません」と繰り返した。
 電話の内容は今日あった二級呪霊に関する任務でトラブったこと。それに対する応援要請。任務に当たった呪術師は退避できたものの現場の状況は芳しくないらしい。それ僕じゃなきゃダメなわけ? ていうか今じゃなきゃダメなの? と言いたくなったが僕もそこまで鬼じゃないし、放っておいていい呪霊なんか居ない。放っておいていい呪霊に対して任務なんかつかない。「めっんどくさ」とわざとらしくデカいため息と合わせて言えば電話越しの伊地知が「ごめんなさい」と繰り返し謝ってきた。その声だけで伊地知が頭を下げているのが脳裏に見えた。
 頭を掻きながら「仕方ないな」と応援要請に応じる。場所はそこまで遠くない、逆に都心に近ければ近いほど放って置く訳にもいかない。伊地知が車を回すと言うからそれまでに支度することにした。別に飛べば一瞬ちゃ一瞬だけど。

「悟くん」
「げ、ごめん起こしちゃった!?」

 伊地知に「着く前に電話な」と要件だけ言い切ってから、スマホをタップして通話を切れば背中に服が引っ張られる感覚、それから少し掠れた僕を呼ぶ声。慌てて振り返ればさっきまでベッドですやすやと眠っていた彼女。最悪、起こしちゃったじゃん。
 彼女はふるふると頭を振って「だいじょうぶ」と寝起きのふわふわした声色で僕に言う。まだ朝と呼ぶには早い時間、冷えきった部屋で彼女が身体を冷やしてしまわないように、ソファーに引っ掛けてあったブランケットを手に取って彼女の肩にかけると「ありがとう」と僕に笑いかけた。

「起こさないように気をつけたつもりだったんだけど」
「うん、起こされたわけじゃないから気にしないで。起きちゃっただけなの、悟くん居ないなって気づいちゃっただけ。目を開けたらもう居なかったから、悟くんのせいじゃないよ」
「気づいちゃった……?」
「うん、悟くん居ないと気づいちゃう」
「……僕が居ないってわかるんだ?」
「わかるよ〜 なんかさみしいなって」

 いやもうこの際寝てるのにどうしてわかるの? とかそういう疑問はどうでもいいや。ぎゅうぎゅうに抱きしめて寝てるんだから、そりゃ解放されたら気づいちゃうと思うし違和感だってあるだろうし。
 でも彼女がにこにこと微笑んで軽い口調で当たり前みたいに言うから摩訶不思議なパワーを持ってるんじゃないかって思っちゃう。すぐ僕に気づいてしまう、僕にしか発揮されない特別な力。うわあ、自分で言っててメルヘンすぎてびっくりする。けど最高に可愛いから多分その力は存在すると思う。存在しろ。
 早朝とも夜中とも言えない時間から、彼女の可愛さがメーター振り切ってて今日も現実か疑うレベルのスタートだ。僕のお嫁さんは世界一可愛い。思わず天を仰いだ。彼女は不思議そうに僕の名前を呼んで「大丈夫?」と聞いてきたから「今日も可愛いね……大好きだよ……」なんて溜めに溜めて言えば「私も大好き」と返してくれた。クソ、任務行くの辞めようかな。僕一生家に居たい。

「お仕事……?」
「うん……ごめんね。ちょっと出てくるよ」
「お腹、すいてない? 朝ごはんは?」
「そんな大した用じゃないから帰ってきてから貰うよ」
「大丈夫? ご飯食べなきゃ元気出ないよ」
「あはは、そうだね。でも君とご飯食べたいし、ほんとすぐ戻って来れると思うからさ」

 まるでお母さんみたいなことを言う彼女に笑ってしまった。心配そうに僕を見上げる彼女の頭を撫でて、説得するように言えば「そっか、じゃあ美味しいご飯用意して待ってるね」と彼女は理解はしたものの、納得はしていないといった風に眉を下げて笑った。

「う〜ん……あ、そうだ。じゃあ元気が出るようにハグしてくれる?」
「ハグ?」
「うん、そう。ハグ。だめ?」

 わざとらしく首を傾げて強請れば、彼女は少しきょとんとしたものの、すぐににっこり笑って両手を大きく広げてくれた。
 僕よりうんと小さい彼女に向かって抱きつけば、彼女はくすくす笑いながら小さく「きゃあ」と声をあげた。まるで大きな犬に飛びつかれたみたいな反応だ。いやまあその犬って僕のことになるんだけど。

「こんなことで元気になれる?」
「なるよ〜〜〜〜もう今日一日超頑張れちゃうよ」
「ほんとう? でも無理しちゃダメだよ」
「うん、ありがとう」

 彼女にはやっぱり計り知れない力があるに違いない。だってくっついてるだけでこんなに幸せだし、暖かいし、生きてて良かったなんて大袈裟な感情さえわいてくる。こんなに小さいのに何この抱擁感。
 彼女が僕の背中を優しく叩きながら「元気になあれ〜」なんてあざとすぎることを言ってくる。これが計算じゃないってんだから、彼女は恐ろしいんだ。いつか僕は彼女の可愛さにしてやられて死ぬんじゃないかなとすら思う。

「絶対、ぜーったい、お家に帰ってきてね」
「……うん、大丈夫だよ。僕最強だからね」
「元気にお家に帰ってきてくれなきゃ嫌だよ」
「あはは、心配してくれてるの?」
「当たり前だよ、いっつもすっごい心配してるよ」

 彼女の腕が僕の頭に回ってゆっくりと撫でられる。なんの心配も要らないのに。誰かさんが一日かけてこなす仕事を僕なら五分で済ませちゃうし、こんな任務彼女にプレゼントを選ぶよりも簡単なのに。皆僕なら絶対大丈夫って確信してこうやって連絡を寄越すのに。彼女だけはいつもいつも、僕のことを初めてお使いに出る子供みたいに心配してくれる。
 柔らかく触れる掌が僕の形を調べるみたいに撫でていくから、僕は本当に彼女に大切にされているんだと知る。きっとこれは自惚れなんかじゃない。僕は世界一、彼女に愛されていて大事にされている。

「ね、僕さ。君のおかげで絶対最強で居ようって思うよ」
「? どうして?」
「誰にも負けられないから。君をどんな奴からも護りたいし、他の誰からも手出しされたくないし」
「ふふふ、頼もしいな〜」
「でしょ? それに、君が絶対に帰ってきてって言うからね。約束ちゃーんと守るために、やっぱり最強で居なきゃなって思うってワケ」

 彼女をぎゅっと抱きすくめて彼女の首筋に擦り寄れば、甘い匂いがして思わず深呼吸をする。彼女の匂いを肺いっぱいに吸い込めば胸の当たりがすっと落ち着く。もう大概のことは慌てる要因なんかにならないけど、僕なりの精神統一。絶対彼女のために強く居ようって心に誓う、そんなかんじ。

「そうだね、悟くんには強く居てもらわなきゃダメだね。絶対絶対ぜ〜〜〜ったい帰ってきて貰わなきゃダメだからね」
「まあ僕を超えられる人間なんか多分居ないけどね」
「ふふ、そうだね! でも強がったりするのは無しだからね」

 思わぬ返事に「え?」と返せば彼女は腕の力を少し抜いて僕の顔を覗き込んできた。

「辛いな〜しんどいな〜ってときはちゃんと教えてくれなきゃダメだからね。悟くんには誰にも負けて欲しくないから、身体も心も元気で居なきゃ」

 優しく微笑みかけてくれる彼女が僕の頬を両手で包んで語りかける。

「でもずーっと元気で居続けるなんて出来ないから、疲れたなって思ったらちゃんと甘えてね。心の元気はしっかり蓄えなきゃだめなんだから!」

 僕の目をじっと見つめて言い聞かせるように話す彼女になんて言葉を返せばいいのかわからなかった。「ね?」と彼女が首を傾げて、僕の返事を催促する。
 あーあ、僕結構カッコイイこと言ったつもりだったのにな。

「……ちゅーしていい?」
「え」
「ちゅーしたい」
「あはは、早速甘えてくれるの?」
「だめ?」
「まさか、朝飯前ってやつだよ」

 彼女の言葉がじんわり胸の辺りから全身に沁みていく。彼女の言葉に対してどんな言葉でお返ししていいのか何にもわからないまま、ただ本能のように、あるいは脊髄反射のように飛び出した言葉はそれだった。
 彼女だけは違うんだ。僕さえ気づかなかったような心の隙間を、何も言わずに埋めてくれるんだ。彼女には僕みたいな特別な眼はないのに、何もかもお見通しみたいだ。
 多分僕は、一生をかけたって彼女にだけは敵わない。
 彼女が優しく僕に向かって微笑んだままそっと目を閉じてくれたから、その柔らかな頬に手を添えて唇を合わせようとした、のに。

「……ストップストップ。悟くん、でーんーわ!」
「……ッち、」

 彼女の前であったとしても思わず舌打ちだって飛び出すよ。誰だよこのタイミングで、絶対許さないからな。
 もう鼻の先が触れ合ってるってとこで喧しく着信音がリビングに響いて、彼女は大きな目をぱちりと開けて僕の唇を遮った。真面目な彼女は全然流されてはくれなくて電話に出ろと言う。嘘でしょ、ここは電話なんか切ってキスして、って言うとこじゃない? 君の好きなドラマは全部そんな感じじゃん。
 彼女に言われた通りにスマホを見れば伊地知からの着信を知らせる画面。お前だと思ったよ、マジビンタどころじゃ済まさないからな。
 適当に電話に出ればあと十五分くらいで着くとかなんとか、そんな連絡しなくていいよわざわざ。しろって言った気もするけど。「あっそ、下に着けといて」と手短に返事をしてまた電話を切った。

「もうすぐ着くって?」
「…………っはあ〜〜〜〜〜…………」
「? さとるく、んんんう!?」

 今一瞬で全部萎えた。もうなんか全部どうでもよくなりそうになった。このまま彼女を連れてトンズラしてやろうかなと思った。我慢ならなかったから彼女の顎をもう一度引っ掴んで思いっきりキスした。
 開いていた唇に舌を捩じ込んで思いっきり彼女の薄い舌を吸って絡めて唾液をぐちゃぐちゃに混ぜる。唇が柔らかくてクセになる。角度を変えて何度も何度もキスをして、彼女のくぐもった声を聞きながらむしゃくしゃした気持ちをぶつけてしまった。

「っは、ぁ……! ん、ぅう……!」
「ん……ちゅ、」

 気が済むまで、これ程かってくらいキスをしなきゃこの気持ちはおさまらない。彼女が飲み込みきれなくなって溢れだしてきた唾液を音を立てて啜り飲み、逃げようとする腰を引いて抱き寄せて夢中になってキスをする。それはもう、邪魔された分も情熱的に。

「っはあ……! ふ、あ……」
「っは〜〜……ごめんね、邪魔されてイラついちゃった」

 彼女の息継ぎが段々と間に合わなくなってきて、苦しげに声をあげているのを聞いて最後に一度唇を吸って離してやった。
 彼女にこんな風に当たるのはよくないなと思っていても、彼女じゃないとこのイライラの解消はできないからこうするしか方法がない。伊地知をマジビンタしたって意味ない。いやマジビンタするけど。
 彼女は肩を上下させて呼吸を整えながら「元気になった?」なんて涙目のまま僕に聞いてくる。優しすぎない? 大好き。

「……やっぱ行くの辞めよっかな」
「ダメダメ! ほら伊地知くん来るんでしょ! 何時に着くの?」
「あと十五分くらいだって……」
「じゅ、十五分!?」

 彼女と離れ難すぎてうなだれる僕を、真面目な彼女は「ほら悟くん着〜替〜え〜て〜!」と言って急かす。いやここは僕の味方をして甘やかして「行かなくていいよ」って言って欲しかったんだけど。

「……本当に行かなきゃだめ?」
「も〜〜〜そんな風に甘えてもダメだよ、伊地知くんが困っちゃう!」
「さっきは甘えてって言ってくれたじゃん〜〜〜!!」
「お家に帰ってきてくれたらいーっぱい甘やかすから!」

「絶対だよ!?」と駄々を捏ね続ける僕を彼女は甲斐甲斐しく身支度させて伊地知に引き渡した。
 マジで行きたくなくて気分は最悪だったけど、出る寸前に「美味しい朝ごはん用意して待ってるからね」と彼女が大きく手を振って見送ってくれたから、伊地知に爆速で向かわせて三分で祓って帰った。

最強もお手上げ、君は僕のヒーロー
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