「ねーってば」
「もう、しつこい〜」
「だってぜーんぜん話聞いてくれないんだもん」

 相手にしちゃだめだ。だって、相手は五条悟なんだから。

「そろそろ僕だって我慢ならないんだけど〜」
「……だから、何回もごめんねって言ってるじゃん……」

 報告書に勤しむ私の隣を陣取って、座った椅子をガタガタキィキィ言わせながら私の仕事を邪魔してくる悟。別にこの状況も最近じゃ珍しいことじゃなくなった。いつからか、私を見つけてはべったりくっついてきて、仕事や時間が許す限りそばに居るようになった。
 私より忙しいはずの悟がこんな所で何をしてるのか。一度だけそう問えば「僕最強だから」といつもの決まり文句で片付けられた。まあそれもそうだよね、私が一日かけてこなす任務を、悟は五分もあれば行って帰ってくるもんね。ちくしょう。

「だぁかぁらぁ〜 ごめんね、はナシ。ダメって言ってるじゃん」
「そんなこと言われたって、無理なものは無理だよ」
「なんで? お前僕のこと好きでしょ。なにがダメなの」

 報告書を書く手が思わず止まる。
 駄々をこね続ける悟の言葉はあんまりにも図々しさに満ちているけど、事実だから何にも言えなかった。
 私はずっと、それこそ二人揃って今や職場になってしまったこの高専で学生をしていた頃から、悟のことが好きだった。

「で、僕もお前が好き。だからそろそろ恋人になろって言ってんの。僕、何かおかしいこと言ってる?」

 そしてその悟は、ずっと私に付き合おうと言い寄ってきてるのだ。この最近ずっと、何をきっかけにそうなったのかわからないけれど、何度ごめんと言っても、無理だと言っても聞く耳を持たずに。こうしてしつこく付きまとってきては好きだと言って、自信満々に「僕のこと好きなくせに」と言う。
 ひっきりなしに彼女が居たくせに。私が好きなんて、そんなの信じられるわけないのに。

「……私は、やだって言ってる」

 正直初めてそう言われたときは一瞬舞い上がったし、拗らせた片思いが報われたような気もした。
 でも本当にそれはたった一瞬で、私はずっとずっと悟が好きだったけど、どうして悟が今更私なんかを好きだと言ったのか、全然分からなくて、混乱して、結局「ごめんね」と断ってしまった。
 だってそうでしょう、こんなアラサーになるまで悟のことが好きなままの私と、彼女が居たり、彼女じゃないのに夜を一緒に過ごす女の子が居たりした悟とじゃ、仮に本当に私のことを悟が好きだったとしても、その気持ちの大きさは釣り合わない。
 悟に会ってから男の人と付き合ったこともなければ、異性の友人すら殆どおらず、悟にばっかり囚われてた私がどんな気持ちでこの十年傍に居たと思ってるんだ。いつも可愛い女の子連れて、平気で私に女の子の話をして、聞きたくなくて適当に話を切り上げれば「妬いてんの?」なんてからかってきて、違うと怒れば「ヒスはモテないよ」なんて言う。妬いてたよ、すごい辛かったよ、でもいいように私の恋心を弄ばれるのは癪だからいつも怒って誤魔化してたよ。きっと何にも知らないでしょ。
 だから最初はやっと報われたと思ったの。でも考えれば考えるほど、どうして報われたのか分からなかった。
 そもそも私はこの十年で、私に人としての成長もなく、見た目に大きな変化もなくて、長くなってきた私たちの付き合いの中で、関係が変わるようなことも何も無かった。
 今更、悟が私を好きになるなんて、そんな要素どこにも無かった。だから私は長すぎた片思いに自分でとどめを刺してしまった。
 私を好きだと言う悟に、ごめんね、と。何度も、何を言われても、悟にイエスと返さなかった。悟のことを、好きだとは一度も言わなかった。

「いつも言うけどヤダって何? 理由くらいちゃんと言えないの?」
「……」
「いっつもここで黙り。話にならないよ」

 どれだけ言っても引き下がらない悟は、この話になるといつも最後には呆れつつ、私に対して腹を立て出す。私だって別に何も悪いことはしていないのに。

「もしかして黙ってれば僕が諦めると思ってんの? だとしたら超腹立つんだけど。僕絶対諦めないよ」
「……なんで、」
「何回も言わせないでよ、好きだからに決まってるじゃん」

 報告書を書く手が進まない。今日のうちに終わらせてしまいたかったのに。悟をどうにかしない事には今日は仕上げることはできなさそうだ。振り切ってもう帰宅してしまおうかな。私に逃げ切ることができるだろうか。今日の悟は少し、いつもに増して怒ってるように見えたから。

「何をそんなに気にしてんの? 僕のこと好きなのに、僕の気持ちに応えられないって何」
「……べつに」
「別にって顔してないでしょ。毎回断るくせに、酷い顔してんの自覚ないの?」

 ずっと報告書に落としていた視線を奪うように、悟が私の顎を掴んで目を合わせた。わざわざ目隠しを外さなくったって、こんなに近くで見つめ合わなくたって、全部見えてるくせに。
 私が、悟にこうして見られるの、慣れてないの知ってるくせに。

「あーあ、なんて顔してんの。そんな顔するならさっさと僕のものになっちゃえばいいのに。何をそこまで強情になってるわけ?」
「っ、はなして」
「絶対イヤ」

 その手を振り払おうにも、私が悟にかなうものは何もなかった。視線だけどうにか逸らしたものの、悟は「こっち見ろ」と珍しく強い言葉で私を咎めた。

「今日は絶対逃がさない。僕のものになるって言うまで帰さないよ」
「なに言ってるの……」
「うるさいな、さっさとわかったって頷きなよ」

 嫌になる。何度も何度も断ってるのに、こうやって何度も何度も私が欲しいという悟に、いちいち喜んでしまっている自分が居ることが。自分で嫌だと言ってるくせに、結局私は悟が好きなままで、言ってることとちぐはぐになっていることが。これで本当に、悟に愛想を尽かされたら本気で何もかもが終わってしまって、その時悲しむのは自分だってわかってることが。

「……なんで、今更わたしなの?」
「は?」
「……ずっと、他に女の子が居たのに」

 ああ、言ってしまった。だって今日は悟なんだかいつもと違うから。いつもより強引で、いよいよ本当に今日が最後みたいに言うから。
 目尻が熱くなって視界が歪み出す。ばかみたいだ。こんなの、ずっと私が悟のこと好きだったって、ずっと他の女の子たちが妬ましかったって言ってるようなものだ。
 悟は私の言葉に驚いたのか一瞬目を大きく開いたものの、すぐに眉間に皺を寄せ、ぐっと私を強く睨んだ。

「こっちのセリフなんだけど」
「……え、」
「お前こそ、ずっと僕のこと好きなのに、なんで今更別の男なんかと連絡取ってんの」

 悟は私を責め立てるように言う。
 なんで、知ってるの。何も言ってないのに。
 やっと私が、将来を考えて前向きになろうとしたのに、彼のことなんで知ってるの。なんでそれを、怒ってるの。

「誰。いっつも会ってるアイツ、お前のなに」
「なにって……」
「僕よりアイツの何がいいの」
「さ、悟落ち着いておねがい」
「答えて」

 依然として目を離すことを許されない至近距離で、悟は私を捲し立てる。驚きと、少しの恐怖が私の頭の中をめちゃくちゃにする。予想していなかった悟の言葉に思考がついていかなかった。

「お前が僕から目を逸らしたのが悪いんだよ。お陰で僕もうめちゃくちゃだよ。まさかこんな、……こんな風にお前のこと好きだったなんて、思ってなかった」
「え、」
「すぐに手に入ると思ってたのに、ずっと僕のものだと思ってたのに、なんでごめんなんて言うの? あいつのこと好きになっちゃったの? そんなの絶対嫌だ、僕のこと好きって言って」

 悟の言葉が少しずつ震えて力を失う。それに合わせて脱力して悟は私の肩に頭を預けるように凭れた。掴まれていた顎を開放されたかと思ったら、宙ぶらりんになっていた手の指先を弱く掴まれた。

「……もう会わないで。二度と連絡取んないで。連絡先今すぐ消して。……もういい加減僕のものになって」
「さ、とる」
「うんって、わかったって言って。おねがい。ずっと胡座をかいてた、僕が悪かったから」

 弱々しく擦り寄る悟の髪が私の頬にかすめて擽ったい。
 ほんと、ばかみたいだ。私も、悟も。傷まみれにならなきゃ、何にも気付けやしない。

「……夜、会ってる女の子、いない?」
「居ない。ずっと、ずっと居ない。連絡先も残してない」
「……私のこと、ほんとにすき?」
「好き、ほんと、本当に好き。大好き。ねえ、信じて」

 私の言葉に顔をあげた悟は見たことない顔をしてた。
 それがなんだかすっごく可愛く見えて、堪らなくって、堪えきれずに笑ってしまった。


傷まみれの愛を誓うよ(後編)
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -