「ああ、ソイツなら私が紹介した」

 は? と声に出せば硝子はうざったらしくニコリと笑った。何ソレ、勘弁してよ。

「はは、マヌケな面だな。いいザマだ」
「ちょっと、意味わかんないんだけど。硝子の紹介って何?」
「その言葉の通りだよ、私があの子に頼まれて知り合いを紹介したんだ。日本語もわからなくなったのか?」
「……なんで」
「……さあ、自分の胸に手をあててみたらどうだ?」

 いつでも新品同様フレッシュな状況を保つ僕の脳で考えて、分かんなかったから聞いたんだろ。胸に手をあててわかることなんか何にもありやしないだろ。
 硝子は足を組み直して椅子をきぃきぃと鳴らしながら揺れる。絶対楽しんでる。僕のことを馬鹿にして。

「とぼけるなよ、さっさと教えて」
「嫌だね。私には守秘義務があるからね」
「そんなのなんとも思ってない癖に」
「相手があの子なら話は別だよ、五条」

 あの子と呼ばれた硝子の親友は僕たちの同級生で、隠し事が滅法下手な女だ。まだ十代だったころ、僕にからかわれては怒って僕に強い言葉を使ってみたりしたくせに、どう見たって僕のことが好きだって顔に書いてあった女の子。
 卒業して、一緒に働いて、もう十年以上の付き合いになるのに、まだ僕のことが好きな子。別に告白されたわけでもなんでもないけど、仕草が、表情が、全部が僕に惚れ込んでるって知らしめてくる。そのくせ意地っ張りだから、アイツから僕にアプローチがあったわけでもなければ、少しつつけば僕のことなんか嫌いだなんて言っていた。もしかしてツンデレってコイツのことを言うのかな〜なんて軽く笑って捉えていたのに。

 別に、たまたまだった。本当に偶然と偶然がかけ合わさって、その日目にしてしまった。
 それなりに良い店が並ぶ、華金を謳歌するに相応しい繁華街で、僕が連れてったことない店から、彼女と見知らぬ男が一緒に出ていくのを見た。人によっては終電を気にし出す時間に、数時間前まで一緒に働いてた同級生が、僕の見たことない人間と一緒に居るってだけでそれなりに驚く要素てんこ盛りだったのにさ、相手が男ときたもんだから、らしくも無くただ2人の後ろ姿を見てることしか出来なかった。
 それこそ僕も声をかけてきた女の子二人に誘われて適当にお店で遊んだ後だった。明日も仕事があるし、ごねる女の子たちを適当に言いくるめてお家に帰そうとしていた所に、まさか同級生が男を連れてるのを目撃するとは思わないじゃん。
 それも、ずっと僕に片想いしてた健気な同級生が。

 もしかして恋人? なんて思ったものの、それだけは無いと確信してた。翌日会った同級生は相変わらず、僕に会えれば嬉しそうで少し触れれば真っ赤になって必死に照れ隠しして見せた。何にも変わらなかった。十代だった僕達と、何も。
 勘違いだったのかもしれない。僕にはそう見えただけで、2人きりだったとは限らないし、僕の知り及ぶ限り男が居ながら僕にこんな反応を見せるなんて、不誠実な女でもなければ器用な方でもない。
 何を慌てて確認しようとしたんだか、馬鹿馬鹿しくなったくらい、同級生の彼女と僕にはなんの変化も無かった。

 そう、彼女と僕にはなんの変化も無かった。彼女がその後もチラチラとスマホでこまめに連絡を取って居ても、週末に定時で上がれば自宅とは逆方向にある繁華街へ足を伸ばしていても、そこであの男と会っていても、何にも。

「……同級生のよしみじゃん」
「都合がいい同級生だな」
「……あ〜〜〜めんどくさ、何? なんで僕には何にも教えてくれないわけ? 気になるじゃん」
「そんなに気になるなら、自分で聞けばいいだろう」

 それが出来ていたなら苦労してないって話をしてるんだろ、分かってるくせに、性格悪いこと言う硝子にイライラした。
 結局、勘違いなんかじゃないくらい、あいつはあの日の男と連絡を取っては会っていて、それについては一切僕に何も言ってこなかった。隠し事の下手な彼女はこそこそと連絡を取っているつもりだっただろうけどモロバレで、もう僕は相手の名前まで知ってる。見えてんだよね、トーク画面。馬鹿なんじゃないの? もっと上手くやんなよ。僕に隠してるつもりならさ。下手に隠すから気になるんじゃん。
 あいつがスマホを隠す度、僕に行先を聞かれてはぐらかす度、イライラして気になって、むしゃくしゃしたけど結局僕から何か聞くことは出来なかった。
 あいつは僕のことが好きなんだと思ってた。それが全部、もしかしたら僕の勘違いでしかなかったのかもしれない、なんて知りたいとは思わなかった。

「五条」
「……なに」

 硝子の言葉に何も言えずに居た僕に、硝子は肘をついて思ったより真面目な顔で僕を見た。

「馬鹿なお前に、一つだけ良い話と、悪い話を教えてやってもいい」
「は?」
「どっちから聞きたい?」

 硝子は言い切ったあと、楽しげに薄く笑った。何その言い回し、アメリカンポリス映画の吹き替え? あんまり面白くないよ。
 完全に硝子は僕の反応を楽しんでいて、余裕のない僕に対して肘をついて見下していた。

「……硝子の言う良い話って、良いことな気がしないんだけど」
「ちゃんと悪い話も用意してあるんだから安心していい」
「……じゃ、良い話から教えて」
「はは、無駄に素直だな」
「教えてくれるって言ったのは硝子の方でしょ」
「あの子はまだ付き合っちゃいない、二人は恋人でもなんでもない」

 硝子はそう言って椅子をくるりと回してみせた。軽い口調で発せられた言葉は簡単に言えば僕には爆弾発言だった。知りたかったことの核を急にぶち抜かれて頭が真っ白になった。
 教えてくれるつもりがあったのなら、わざわざ勿体ぶるなよ。そう言ってやりたい気持ちはあったものの、肩から色んなものが落ちていったように身体が軽くなってどうでも良くなった。

「次に悪い話だが」
「いやちょっと待ってよ」
「男の方はもうその気だぞ」
「……は?……何それ」
「さあ、告白でもするんじゃないか?」

「私は仲介者として軽く報告を受けただけだ」硝子はそう続けた後にいつから飲んでいるのかわからないコーヒーを啜った。
 一瞬軽く感じた身体は、警鐘を鳴らすように脈打つ心臓に合わせて、どっと嫌な汗が吹き出した。
 いよいよ本当に、あの子が僕だけのものじゃなくなってしまう気がした。

「五条」
「……」
「オイ」
「……なに」
「私が、なんであの子に男なんか紹介したか、わかるか?」
「はあ?」
「あの子が、なんで私に男を紹介してくれと頼んだのか、わかってるか?」
「分からないから聞いてるって分かんないわけ?」
「はは、そうだったな」

 なんだよ、意味わかんないな。腹立つ。バカにするのも大概にして欲しい。こっちはそれどころじゃないっていうのに。
 段々頭が痛くなってきた。なんであいつは男なんか紹介して貰ったわけ。いや僕らもいい歳だけどさ、僕が居るのにその必要あった? ていうかそいつ、そんなにいい男なわけ?
 ぐるぐると頭をめぐる思考の渦は淀みきっていて明かりを見いだせそうになかった。最悪だ、こんな事なら最初からさっさと手の内に入れておくんだった。

「……あのさあ、硝子」
「どうした」
「僕、あいつのこと好きだったみたい」

 みたい、だなんて不確定な言葉を使ったのは、経験がなかったからだった。比べようもなければ確信も持てなかった。これが世間の言う恋だとか愛だとか、そういうものなのか定かじゃなかった。
 でもこれが、そういうものじゃないのであれば。一体僕を焦がすこの感情の正体はなんだって言うんだ。最初からさっさと手の内に入れておくんだった、なんて。手に入らなくなりかけてようやく気づいたんなら、なんてお粗末な話だ。流行りの歌手だってもうそんな歌は歌わない。
 硝子に向けて放った言葉がストンと胸に落ちてきて、無駄に冷静になった。あーあ。なるほどね、僕あいつのこと好きだったんだ。だからこんなに焦って慌ててたんだ。全然気づかなかった。
 気づいた途端、苦しくなって息が詰まった。知らなきゃ良かった、こんなもの。

「はは、無様じゃん」
「……もっとマシな言葉かけてくれない?」
「らしくないな、当たる前から砕けてやるなんて」
「……」
「まあ私には関係ないし、面白いから勝手に失恋してろ」

 硝子が床を軽く蹴ってデスクに向き直る。僕がここにきた時から開かれたまま放置されていた紙の束をぺらぺらとめくる音だけが響いた。

「……はは、最高だね。やっぱ僕同級生に恵まれてるな〜」
「なんだ急に、気持ち悪いな。ついにおかしくなったか?」
「まさか、お陰様で晴々として冷静になったよ。ありがと」
「そんな軽々しい礼なら要らないな」
「はいはい」

 らしくないよね。確かにね。何勝手に諦めてんのって話だった。
 今から手に入れればいいんだった。そんな簡単なことも分かんなかったなんて、硝子の言う通り僕ちょっとどうかしてたのかもしれない。

「ねえ、あいつ絶対僕のこと好きだよね?」
「さあな、私の親友はそんな物好きだったかな」
「いやぜ〜ったいそうだって、あいつ10年は僕に片想いしてるって、絶対」
「その自信、へし折ってやりたいな」
「ちょっと待ってだからってあの男のこと応援するとかはナシだからね!?」
「さあそれはどうかな」
「硝子さん〜〜〜??」

傷まみれの愛を誓うよ(前編)
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