「悟!」
「あ?」
「たのしいね!」
「……おー」

 あーあ、世界一可愛いな。とか、絶対言えねえけど。



「夏祭りがあるんだって!」

 そう言ったコイツが無駄に目を輝かせてたから。仕方なしに「行く?」と聞けば「行く!」とやたらと嬉しそうに返したから、行くしか無かっただけ。なんて傑と硝子に言ったってクソ笑われんだろうな、あーあ。最悪だ。いや、最悪なのは人のことを玩具みてえにバカにする同級生の話だけど。
 わざわざ浴衣なんか着てくれちゃってさ、そうくるとは思わねえじゃん。俺相手にさ、たかが近所の祭りに。ちゃんとお洒落してきてくれるなんて思いもしなかったっつーの。
 何だこれ、デートみてえ。

「悟、わたがしある!」
「おー」
「食べないの?」
「何でだよ」
「甘いの好きじゃん!」

 デートだって、思っていいわけ?
 んなわけねえか、コイツのことだし。どうせせっかくだから浴衣着たかったとか、そんなとこだろ。
 祭り行きたいって言うお前に、仕方ない風に行くかどうか聞いて、お前が行くって言ったから、正直死ぬほど浮ついた。硝子とか傑とか俺の知らぬ間に誘ってんだろうなって落ち着かなかった。だってコイツいっつも何かするときは四人でって言うし。コイツ絶対俺が二人で行きたいと思ってることなんか気づいてなかったし。俺も言わなかったし。まあ、来なかったってことはアイツらが俺に気きかせたんだろうけど。あーあ、後でなんか集られんだろうな。クソ。

「……まあ、好き……っちゃ好きだけど」
「買お!」
「……好きにしろよ」

 今はなんか、なんも食う気にならねーんだよバーカ。つーか食ってる場合じゃねーわクソ。それどころじゃねーっての。
 俺の前を小走りで行く脳天気な同級生は、俺が一人で悶々と考え込んでることも知らずに浴衣の袖を揺らす。袖口から覗く手首が細くて、そんなに振ったら折れちまうんじゃねーかって不安になった。いつも見てる後ろ姿とは違う、大きく結ばれた帯も、後れ毛がなんかエロいうなじも、やたらと俺を煽ってくる。
 別に、たかが浴衣だろ。珍しくもなんともねえ。そうやって言い聞かせたってコイツが着るとすげえ特別に見えてさ。
 あーあ、惚れたやつの負けってこういうことな。よーく分かったわ、畜生。

「大っきいね!」
「食いきれんのかよ」
「うーん、他にも食べたいのあるから、半分こしよ!」
「っはあ?!」
「え、だめ?」

 でっけえ砂糖の塊に嬉しそうに笑って、デカい声が出た俺に首を傾げて、俺の感情めちゃくちゃにしやがる。マジとんでもねえなコイツ。
 ダメなわけねーから平然を装っていいけど、と返せば「やった!」と意気揚々とわたがし一つと屋台のおっさんに声をかける。もう俺ちゃんとフツーに返せたかわかんねえ。

「たこ焼きも焼きそばもおいしそう! あ、かき氷!」
「食いもんばっかかよ」
「だってお祭りでしか食べれないもん!」

 コイツわたあめ無駄に似合うな。くそ、可愛い。なんか腹たってきた。
 人混みをはぐれないように、離れず歩く。ちっせえ。どっか居なくなりそう。気が気じゃなくて目が離せなかった。ずっと見ててもなんか飽きねえから、見てたかった。

「あ、りんご飴!」
「それ食ってからにしろよ」
「悟にフツーのこと言われるとなんか変な感じするね……」
「あ? 喧嘩売ってんのか?」
「あはは!」

 なんでコイツ、こんなフツーなわけ。俺はこんな心臓バクバクいってんのにさあ。ずっと頭沸騰してるみたいで勘弁して欲しいっつーのに、なんでもねー感じで冗談言えんの。
 ちょっとくらい、俺の事意識したりとかそーいうの、ねーのかよ。

「りんご飴なら持って帰れるかな?」
「……あー、傑たち?」
「え? 傑?」
「? アイツら、来れなかったんじゃねーの。土産にってことだろ?」

 気きかせてくれた親友に、俺もなんか買ってってやるべきか。そんな風に考えてから、いやでもアイツにりんご飴はねーな、と思った。硝子もりんご飴はいらねーだろ。似合わなすぎてちょっとウケる。コイツはこんなにわたがし似合うのに。
 土産についてぼんやり考えていたら、俺の事をきょとんと見つめる間抜け面が目に入った。なんだよ、可愛いな。

「……二人とも、来れなかったの?」
「……あ? 誘ったんじゃねーの?」
「私は誘ってないけど……」
「……、……は……」

 わたがし片手に俺を見上げる二つの目が、周りの色んな色を吸収してキラキラしてた。
 待って、なんて? 誘ってねーの?
 
「……誘って、アイツらが無理っつったんじゃねーのかよ。だから来なかったんじゃ……」
「……誘った方が、よかった……?」

 何だよそれ。何だよその顔。
 俺を見上げてた目はゆっくりと視線を逸らされ、持ち主は小さくなるみたいに肩を竦めて目を伏せた。
 何なんだよ、さっきまで何でもなさそうだったじゃん。急に、そんな、意味わかんねえ。
 期待させんなよ。こんなの、期待するなって方が無理があるだろ。誘った方がよかったか、なんて。んなわけねーじゃん。俺は二人で来たかったんだから。俺はてっきり、二人にして貰えたんだと思ってたのに。

「い、今からでも呼ぼっか!」
「は?」
「もう寮戻ってるかな? 二人とも日中は任務で」
「いやいやいや待てってバカ!」

 携帯を探し出したコイツの手を慌てて掴んで止めた。カッコ悪。最悪。いらねーこと言った。勝手に勘違いして決めつけてた。何やってんだ俺。

「さ、さとる」
「……二人がいい」
「、え」
「……なあ、これ、俺のために着てくれたって思っていい?」

 勢いで掴んだ細い腕を離して、腕に垂れる袖を撫でた。
 カッコ悪ぃし、こんなつもり無かったけど、このハプニングに乗じておかないと勿体ない気がした。心臓がうるさ過ぎて、さっきまでガヤガヤうるせえと思ってた周りの音は気にならなかった。下手すりゃコイツの声さえ聴き逃しそうなくらい心臓が音をたてる。胸の下あたりがなんか苦しくて息をする度締め付けられる。クソ、変な汗までかいてきた。
 もう一度俺を見つめたその目はなんとなく潤んでて、今まで見たことない顔してた。

「……変?」
「……、……あー……」

 弱々しく発せられたコイツの声に、すぐ返事ができなかった。
 向いてねえんだよ、こういうの。人を好きになるとか、恋愛とか。んなもん俺が振り回されるようなもんじゃないと思ってた。
 それでも確かに目の前のコイツがどうしようもなく好きで、不確かなことに期待して、浮ついて、簡単に乗せられて、ままならない。うるせえよ心臓、ちょっと黙ってろ。
 俺の言葉を待っているその表情が、不安げに揺れて、お前俺にこんな顔すんのかよ。あーくそ、めっちゃ好きだわ。

「……か、わいい」

 顔が一気に火照るのがわかる。マジでカッコつかねえ。圧倒的恥だわ。もうどうにでもなれと素直に言ったものの、これからどうするんだよこの空気。
 恥ずかしくなって顔を逸らして手で覆った。こんなの、俺がコイツのこと好きだってバレバレじゃん。

「……えへへ」
「……んだよ」
「うれしい」

 ちら、と視線だけ戻せば赤くなって笑っていた。コイツ、本当期待させんのがうますぎねえ?

「ふざけんなよマジで……」
「何が?」
「お前ホント……」

 俺の気も知らないで、その気はなかったとか言ったらぶん殴ってやりてえ。そんなこと出来ねえけど。

「傑たちにお土産買う?」
「……いい、からかわれんのがオチだろ」
「確かに!」

 どうせバレてからかわれんだろうけど。
 またいつも通りに笑いだしたコイツに俺の心臓も少しずつ落ち着きだした。あれこれ考えて一人でモヤついてたくせに、今じゃ全部どーでもよくなってきた。

「悟」
「なんだよ」
「たのしいね!」

 俺に向かってとびきり笑って、改まってそう言ったコイツはやっぱ世界一可愛かった。

「……なあ、」
「なあに?」

 もう俺のもんになってくれりゃいいのに。言えばなってくれたりすんのかな。何ひよってんだよ、バカみたいだ。
 このまま、仲良し同級生なんかで終われやしない。もう一歩先が無限に感じるくらい遠い。どう進めばいいのかわかりゃしない。
 それでもどうにか。だってこんなの、絶好のチャンスだろ。

「……手、繋ぎてえっつったら、引く?」

 あーもう全部お前のせいだ。
 俺の心臓好き勝手しやがって。もう全部やるからお前も寄越せよ。

溺れた心臓を夏に穿て
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