一件落着花街騒動

「ううん、どうしよう…」

困った。どこで道を間違えちゃったんだろう。知らない風景、見慣れないお店、大人の人で賑わうここは何処だろう。
そう、多分私は迷子だった。
任務を終えて真っ直ぐ先生の待つお屋敷に帰ろうと思っていたのに、初めて通った街でいつの間にか自分の来た方向さえわからなくなってしまっていた。初めて通ったこの街で、美味しそうなお菓子を見つけてしまってつい寄り道をしてしまったのがいけなかったのかもしれない。先生もお喜びになるんじゃないかと思って買ったお菓子を抱いてあたりを見渡した。

「…誰かに道を聞こう、」

そう思って話しかけやすそうな人を探した。がやがやと賑やかなこの通りは華やかで少しだけ気後れしてしまう。どことなく雰囲気が居心地悪くて緊張する。おずおずと足を進めていけば綺麗なお着物を召した着飾った女性と、気分よさげに笑い飛ばしている男の人が私の横を通りすぎていく。一瞬聞こえた会話の内容で全部わかってしまった。多分ここ、花街だ。

完全に入り込んでしまってからようやく気づいた事実に「やってしまった」と心臓がぎゅっとした。来ちゃいけないって言われていたのに、どうしてこんなところに来るまで気づけなかったんだろう。早くここから出て帰らなきゃと一層焦った。

「とにかく帰り道を聞かなきゃ、」

ここがそういう場所だと知ると途端にどんな人に声をかければいいのか解らなくなる。当然歳の近そうな子は見受けられなかったし、なんだか自分一人だけ浮いているような気もしてきた。きょろきょろと見回すほど、不安になった。

「あ、」

目の前をゆったりと歩いてくる、ご老人に目が止まる。優しく垂れた目が、なんとなくお父さんを思い起こさせた。あの人に聞いてみよう、そう直感で足を動かした。

「っうえ!?わわ、なに…っ!?」

すると私の目の前にいきなり鎹鴉が現れて私の行く手を阻んだ。大きな羽音が目の前で聞こえて何事かと思って思わず大きな声がでた。そう言えばこの子が居たことをはっと思い出した。

「ね、ねえ、帰り道がわからなくって…」

自分でもわかるくらい情けない声が出て、すがる思いで鎹鴉に助けを求めた。すると鎹鴉は「ムカエガクル、オトナシクシテイロ」とだけ言ってまた空高く飛んでってしまった。

「えええ!ちょ、ちょっと…!」

ムカエ、迎え…?お迎えがあるの?誰かがここまで迎えにきてくれるってことであってるのかな。肝心なことは何も教えて貰えなかった。助かった気がしたのに、また振りだしに戻ってしまった。それどころか、私が大きな声を出したからか周りの人の視線が集まっている気がした。

「大丈夫かい?」

「っえ!?あ、は、はい!」

「カラスに襲われるなんて、可哀想に。怪我はしてないかね?」

状況を整理していたら優しい声がしてすっとんきょうな声が出た。目の前に居たのは私が声をかけようとしていたご老人。近くで見るとやっぱり垂れた目尻が優しげな人だった。そうか、普通の人たちから見れば私はカラスに襲われたように見えたのか。確かに、私も昔は近くでカラスを見ることなんか怖くてできなかったしカラスがあんな風に現れたら襲われたようにも見えるかもしれない。おまけに鎹鴉はお喋りができるから、みんなに知れると大騒ぎになっていたかもしれない。そう思うと鎹鴉が私のもとからすぐ居なくなってしまったのも、なんだか納得できた。

「私は大丈夫です、ご親切にありがとうございます…!」

「そうかい、良かった。」

「…あの、道を聞いてもいいですか…?」

見た目の通り、優しく私を心配してくれたご老人に意を決して現在地と帰り道を聞いた。鎹鴉は大人しくしていろと言ったけれど、こんなところで大人しく待つことなんかとてもじゃないけど出来なかった。幸い、元居た街の方へ戻る道は一つしかないらしい。本当に誰かがお迎えにきてくれるとしても、注意深く周りの人を見ていれば入れ違いになることはなさそうだった。
私は深く頭を下げてお礼を言い、教えてもらった道を順番に辿った。

歩けば歩くほど私にはえらく場違いな所で、初めて見る景色に物珍しさが少し、居心地の悪さが少し、本当に誰かが迎えに来てくれるかもしれない期待が少し、ずっと視線をさ迷わせてしまう。通りかかる人を避けつつ、目立たぬように小さくなりながら歩いた。
「花街に近づいてはならない」と私に言ったのは義勇さんだ。鬼殺隊に入隊が決まったあと、すぐに義勇さんに言われたのをよく覚えている。実家と、実家のある街が私の生きている世界のすべてだった私が任務で遠くに出ていくにあたり世間知らずな私を気にしてくれたのだと思う。善逸には「あの人にそんなこと言いつけられてんの?」と怪訝な顔をされたけど、私は今日という日までその約束をきっちり守ってきた。義勇さんはいつも、私のために言ってくれてると信じてきたから。
義勇さんから言われたことを守れなかった罪悪感か、言いつけを守らなかったら怒られてしまうかもしれないという恐怖感か、急ぎ足になる。陽のまだ高いうちに出てしまわなければ。

「名前!」

一心に足を動かしていれば私を呼ぶ声がして思わず足をとめた。どこからか聞こえてきたそれは、聞き違いでなければ義勇さんの声に聞こえた。はっとしてあたりを見回せば特徴的な羽織を身につけた人が大股で人波を掻き分けるようにして私の方に向かってくる。間違いなく義勇さんだった。

「ぎ、ぎゆうさん〜〜…!!」

すがり付くように義勇さんの元へ駆け寄る。もう完全に親を見つけた子供の気持ちだった。どっと安心感が膨れてくる。命拾いをしたような気さえした。

「大丈夫か」

「はい…!!」

義勇さんが私の両肩を掴んで視線を合わせてくれる。珍しく慌てた様子だった。ただ迷子になっただけなのに、危険な任務に出ていたかのようなやり取りだ。

「…大人しくしていろと伝えたはずだ」

「あ、えと、親切な人に道を聞いたので…行けるところまでは行こうと…」

義勇さんは大きく一息ついたあと、私を咎めるように言った。その声は少しだけ、怒っているように聞こえた。鎹鴉の言っていたことを思い出す。迎えが来るって、義勇さんのことだったんだ。

「どうして義勇さんが…?」

「…お前の鎹鴉が、教えてくれたんだ。」

私が迷子になってるうちに、どういうわけか鎹鴉は義勇さんのところまで飛んでたらしい。義勇さんの居るところがわかるなら私を連れていってくれたら良かったのに、と思うもののやはりこんなところをカラスを連れて歩くのは目立ちすぎるしあの子もどうすることも出来なかったのかもしれない。そもそも寄り道をして迷子になったのは私なのだからあの子に文句を垂れるのはお門違いだ。義勇さんにもわざわざ来てもらって申し訳のない気持ちでいっぱいになった。

「すいません…、迷子になっちゃって…わざわざ迎えにまで…」

「…そうじゃない」

義勇さんが眉を寄せて私を見つめる。義勇さん、やっぱり怒ってる。約束を守れなかったうえに、迷惑をかけたのだから怒ったっておかしくはないけれど、あんまり怒った義勇さんを見たことがないから反射的に怯んでしまった。私の言葉に義勇さんは否定で返したけれど、そうじゃないなら一体どういうことなのだろう。

「…とにかく、帰るぞ」

「あ、はい!」

義勇さんは言葉の真意を告げず踵を返してしまった。私に背を向けて歩きだす義勇さんの後ろを慌ててついて行く。この方向は私が歩いてきた道だった。

「あの、義勇さん…?こっちだと戻っちゃうんじゃ」

「…一本、筋を間違えている。」

「エッ!!?」

義勇さんの隣に並んで義勇さんを覗き込むと義勇さんはちらりと視線だけ私に寄越した。その表情は先程までの怒っている雰囲気は見られなかったものの、どこか思い悩んでいるように見えた。私の問いかけに対して小さくため息をついた義勇さんは視線をゆっくり進行方向に戻しながら呟くように言って、驚きの声をあげた私に呆れたのか今度は深いため息を吐きながら顔に手をあてていた。

「う、うそ、ごめんなさい…!私全然気づかなくって、」

「…先に戻るぞ。」

言い訳を述べようとする私の言葉を遮って義勇さんは私の手をとって歩く速さを上げた。勿論それにも驚いたけど、ただでさえ迷惑をかけたのに私はもしかして義勇さんにわざわざ探して貰ったのではないだろうか。何重にも迷惑を重ねてしまった。もう穴があったら入りたい気持ちだ。
私は手を引かれるまま義勇さんの後をついてくしかできなかった。




「…あの、義勇さん…」

「…。」

「…うう…。」

義勇さんが迎えにきてくれたお陰で無事に帰路につくことができた。もう手を引かれる必要もないくらい、見知った道だ。けれど義勇さんは私の手を離すことはしなかった。いつもなら話したいことがたくさんある道中も、今はなんて言って謝るかで頭が埋め尽くされている。義勇さんは何も言わなかった。意を決して声をかけたけれど、義勇さんはなんの反応も返してくれない。よほど怒ってらっしゃるのか、あるいは物凄く呆れて物も言えないのか、どのみち謝るしか私にはできないけれどこの状況を抜け出すにはどうすればいいか必死に頭を動かした。

「…どうして俺が花街に近づくなと言ったか、わかるか。」

「え、…と…大人の人が行くところ、だから…ですか…?」

「違う」

義勇さんがぴしゃりと言いきって足を止めた。まさか義勇さんの方から話しかけてくれると思っていなかった私は少し驚いた。花街なんか、子供が行っていいところではないと誰だってわかる。だから義勇さんと約束をしたとき、理由を問うことはしなかった。行きたいと思ったこともなかったし、素直に頷いたのだ。
私の返答は世間的に考えればきっと何も間違ってはいないと思う。だけどどうやら義勇さんはそういう当たり前な理由で私に言ったわけではなかったらしい。
立ち止まった義勇さんに合わせて私も立ち止まる。義勇さんが私に向き合って、私の両頬を包むように両手を添え掬うように持ち上げた。されるがままの私の目と義勇さんの目がかちりと合う。

「お前が心配だからだ。」

真剣な面持ちの義勇さんがはっきり言い放つ。見上げる眼前の義勇さんの顔に影が落ちている。揺れる前髪が影を揺らした。

「し、んぱい…」

「悪い人間に捕まってしまうかもしれない。あそこはそういう所だ。お前には危なすぎる。」

「で、でも親切な人も居ました。帰り道だって、」

「それが嘘じゃないと言いきれる根拠は。皆が皆、お前のように優しい人間とは限らない。その優しさに漬け込んで、悪事を働こうとする人間だって居る。」

義勇さんの目が目を反らすことを許さないと私を捕らえる。私が話しきる前に義勇さんは言葉を遮った。義勇さんからこんな風に捲し立てられると上手に頭が回らない。ひゅ、と息が詰まった音がしてぎゅっと手を握りしめた。

「…お前は人を信じすぎる。危機感がまるでない。…俺の気も知らないで」

「ご、めんなさい…」

「…はあ、」

義勇さんはまたため息をついて考えるように目を伏せた。ようやくその視線から解放されてはじめて自分の体ががちがちに固まってしまっていることに気づいた。
義勇さんが私の両頬から手を下ろして今日何度目かのため息をつく。そのため息が私をさらに緊張させた。

「…無事で良かった。」

そっと私の頭の上に大きな手が降りてきて柔く撫でられる。優しい声が脳内に響いて凝縮した緊張感を絆していく。恐る恐る義勇さんを見上げれば眉を下げて私を見つめていた。無事で良かった、と言った義勇さんの言葉はきっと真実で本当に心配をかけたのだろう。いや、もっとずっと前から私のことを心配し続けてくれてたんだ。だから花街に近づいてはいけないと言って、こうやって迎えにまで来てくれたんだ。私はずっと義勇さんに大切にされてきたのだと思う。お優しい人だから私が特別大切にされていたわけじゃなかったとしても、間違いなく私は義勇さんが気に掛けてくれる一人なのだ。
そう思うと、なんだか堪らなかった。

「…ありがとうございます、義勇さん。」

「?」

義勇さんが私の言葉に少し首を傾げた。

「大切にしてくれて」

「……、」

「………ごめんなさい、なんだか自惚れたことを言ってしまったかもしれません……。」

思わず口からこぼれた言葉に自分で恥ずかしくなってしまって勢いよく顔を下げた。顔中に熱が集まるのを感じる。先程まで怒られていたのに何を都合のいいことを言っているんだろう。義勇さんが私の言葉を聞いてどんな顔をしているのか知りたくなくて顔を上げられなくなってしまった。
すると頬の横で揺れていた髪を義勇さんが優しく掬って私の耳にかけた。耳に掠めた指先に体がびくりと震えた。

「…当たり前だろう。もう、俺の恋人なのだから。」

その言葉に何かが弾けて、気づいたら義勇さんを見つめていた。

「こ、…いびと……。」

「…違うのか。」

「ち、違くないです!!そうです!!そうですよね…!?わ、わた、私義勇さんの、こ、恋人…なんですよね…?!」

「そうだ。」

「ひ、ひぃ……」

もう俯くくらいじゃ隠せないくらい顔中が、身体中が発熱しているのがわかる。耳まで熱くて、体温が沸騰してしまったようだ。心臓がばくばくと音をたてて沸き立つ。それに伴って呼吸が浅く速くなる。死にそうだ。

「…だからあまり心配させるな。気が気じゃなくなる。」

「ひゃ、ひゃい……」

義勇さんの言葉が私の長年かけて育て上げた恋心を刺すようだ。面と向かってこんな風に言われると照れる域を越えて爆発してしまいそうになった。恥ずかしげもなく言ってのける義勇さんにたじたじになる。言葉がから回ってうまく話せず間抜けな返事をしてしまった。

「…何かあったら真っ先に俺を頼れ。約束、できるな。」

「え、ええ、でも」

「約束だ。」

「…は、はい…。」

いつか私が小指を差し出したように義勇さんが私に小指を差し出した。もう小さな子供でもないのに、一人でもある程度の問題は解決できるようになったのに、情けない約束を提示されて戸惑った。それでも義勇さんは頑なだった。有無を言わせぬ声色で私の小指を催促した。その声に逆らえず小指を差し出すとゆるく絡めとられた。

「…帰るぞ。」

一度きゅっと小指を結んだあと、義勇さんが私に声をかけ返事を待たずに結ばれた小指からそのまま手を握られた。一瞬の出来事に何も言うことができなかった私は、歩きだした義勇さんについていけず少しだけ足が縺れた。暖かい手はやっぱり大きくて手を繋いでいる、というよりは手を包まれているようだった。それでも勇気をもって、指先に少し力をこめて握り返せば義勇さんが私の手の甲を、親指で撫ぜた。

ゆっくり二人で並んで歩く。今日もきっと、義勇さんは私に合わせてゆっくり歩いてくれている。やっぱり私はこの人が、義勇さんが大好きだ。
なんだか心がとてつもなく温もっていつもの調子で「義勇さんに心配されないくらい強くなります」と言ったら「そういう話をしているんじゃない」「お前はあそこがどういう所か理解が足りていない」とまた義勇さんを怒らせてしまった。どうしよう。




「いいか、あそこは女と男が居ればどんな間違いも起こるような所だ。」

「ま、間違い…」

「そうだ。どういうつもりで男があそこにくるのか、ちょっと考えればわかるだろう。」

「……」

「自分の恋人がそんなところに居て、穏やかなやつがどこに居る」

「!!!」

「わかったら考えを改めろ」

「…じゃあ、義勇さんも絶対行っちゃ、だめですからね…」

「!!…当たり前だ」
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