花をさらう嵐


※完結後設定

「名前ちゃんは今日もかあ〜〜わいいねえ〜〜!!」

「あはは、ありがとう〜」

善逸は今日も名前にでろでろに頬を緩ませて居た。
任務から戻るや否や蝶屋敷にお世話になる羽目になった善逸は毎日寂しい寂しいと泣き言を垂れていて、俺や名前、伊之助がちょこちょこ様子を見に行っていた。
今日も善逸の様子を見に行ってみようと蝶屋敷に足を運べば、名前が先に善逸の様子を見にきていて同じ病室でばったり会った。なんでも今日は甘露寺さんの荷物運びのお手伝いで蝶屋敷にきたらしく、役目を終えた名前は甘露寺さんを待っている間、善逸の相手をしてあげていたらしい。相手をしてあげていた、と言うのも薬は飲まない、寂しいと大騒ぎする善逸に皆困っている風だったため、その役割を名前が引き受けたからだ。善逸は名前の言うことには簡単に絆されるから、うってつけだったらしい。
現に薬をしっかり飲み、名前に意識を全集中させている善逸は泣きわめくこともなく寝台に居座って名前にしがみついている。効果は覿面だったみたいだ。

「早く良くなるといいねえ、善逸…」

「早くここを出たいよお名前ちゃんと遊びに行きたいよお〜〜…!!」

「こら、善逸。名前が困るだろう?」

「ふーーーーんだそんなことないよね?ねっ?」

「あはは」

名前に抱きついてすり寄る善逸を見かねて咎めたものの、相変わらず聞く耳を持たない善逸は俺の言葉を聞いてさらにその腕を強くするだけだった。思わず大きな溜め息が出る。名前も名前で、笑って流すだけだった。嫌じゃないなら構わないのだけど、こういう風に善逸を甘やかすのは善逸にも名前にも良くない気がするんだけどな。
とは言え、その理由を上手に説明する言葉は簡単には見つからなくてうーん、と思わず腕を組んで考えてしまった。

「ああ〜〜名前ちゃんあったかいな…柔らかいし…俺今ならこのまま死んでもいいよ…」

「大げさだなあ〜」

「その反応は間違ってないか…?」

完全に下心が丸見えでもはや隠すつもりもない善逸に対して名前は慣れが勝ってしまうのか、にこにこと適当な返事を返している。善逸の下心を知ってか知らずか、どちらにせよもう少しばかり危機感を持たないと危ない気がする。

「…だめだ善逸。ほら離れて離れて」

「何でだよ!何で炭治郎が指図するんだよ!…ねえいいよね?ね?名前ちゃんいいよね?」

「うーん、ちゃんと寝た方がいいとは思うよ」

「寝るよりこうしてる方が絶っっっ対身体にいいよ俺が証明してみせるよ!?」

「何ふざけたこと言ってるんだ…!離れるんだ…!」 

「い〜〜や〜〜だ〜〜!!!」

俺が頑張っても埒が明かない。善逸はこういうことに置いては頑固で執念深い。女の子のために生きてると言っても過言じゃないと思う。ベッドから身をのり出して名前の腰に巻き付いた善逸の腕を外そうと奮闘してみるもびくともしない。俺と善逸に挟まれた名前はなんだか愉快そうに笑ってるだけだった。

「名前ちゃん、ごめんなさい待たせちゃって…!」

「あらあら、何してらっしゃるんですか?楽しそうですね」

「先生!しのぶさん!…えっ!義勇さん!?」

「エッ!?」

善逸と攻防戦を繰り広げていたらその気配に全く気づけなかったが、部屋の外から声がして名前の言葉を聞き思わず勢い良く振り返った。聞き間違えていなければ、義勇さん、って。

「……………」

「義勇さん、どうしたんですか?…もしかしてお怪我とか、」

「ああ、違いますよ。偶然通りかかったのを私が呼び止めたんです。名前さんがいらっしゃってますよー、と」

「!そうなんで、すか……」

冨岡さんは解りやすく眉間に皺を寄せて明らかに不愉快だと表情で訴えていた。しのぶさんはその隣でどこか楽しげに話しているけれど、さらにその隣にいる甘露寺さんは笑っているものの物凄く困っている匂いがする。恐らく冨岡さんの機嫌を察知してのことだろう。俺も今物凄く、善逸をどうするべきか困っているから。
冨岡さんの突然の来訪が嬉しいのか、最初は浮き立つような匂いをさせていた名前も、さすがに冨岡さんの機嫌が良くないことを表情から感じ取ったのか、少しばかり混乱しているような匂いを感じた。

「……離れろ。何してるんだ。」

「まあ」

次に名前や俺が何か言う前に、冨岡さんは決定的な言葉を一つ投げてこちらに向かって踏み出した。間違いなく、その言葉の矛先は善逸に向けられていて、怒気を含んでいる。実際冨岡さんからは渦巻くような重たい匂いがして、そばにいる善逸も何か聞き取ったのか、感じ取ったのか目に見えて怯え出した。

「ぎ、義勇さん?」

「ギャア!!??」

俺はもうなす術も、善逸を助けてやる術もなく見ているしかできなかった。
冨岡さんは名前の腕に回った善逸の腕をぐっと握って少し捻った、ように見えた。実際冨岡さんが善逸に何をしたのかはよく解らなかったけれど、善逸は飛び跳ねて後ずさるように名前から離れた。だから、だから言ったんだ俺は…。
冨岡さんの来訪を予測していたわけじゃないけれど、いつか何かしでかすと思っていた。それがまさか今日だったとは、考えもしなかったけれど…。

「…勝手に好き放題触るな。」

「ひ、ヒィ……、!」

「…名前、お前も触らせすぎるな。」

「え、ええと」

「返事は」

「は、はい!」

冨岡さんは優しい人がだけど、やっぱり怒ると凄みがあるというか、善逸は完全に小さくなって怯えていた。けれど冨岡さんからは物凄く怒っている、というよりはわがままを貫きたいという駄々のような、そんな匂いも一緒に感じてそこまで怯える必要はなさそうだった。
冨岡さんはやきもちやきだと俺はよく知っているから、少し納得したしくすぐったい気持ちになった。少し前まで、冨岡さんはその感情を表に出すことを良しとしなかったからだ。
名前はまだ状況についていけていないのか混乱しているようだったけれど、自分も注意されたことによってまずいことをしてしまったのだと理解しているようだった。匂いなんかかぎ分けなくても、表情でよくわかる。

「いい大人なのに、冨岡さんたら。男性の嫉妬は醜いですよ。」

「そ、そうかしら…!?私はきゅんとしちゃったけれど…!!」

しのぶさんは一部始終を見て相変わらずニコニコと笑っていた。それはもう楽しそうに。こうなることを知ってたかのように。
対して甘露寺さんは頬を真っ赤に染めて目の前で起こった出来事にうきうきとしている様子だった。
冨岡さんはそんなお二人の言葉を聞いてはいるようだったけど、何も言葉は返さなかった。相変わらず機嫌悪そうに眉を寄せて唇をへの字に曲げていたけれど。

「ふふふ、善逸くんも吃驚しましたね。いけませんよ、冨岡さんこう見えてやきもちやきなんです。」

「えっ」

しのぶさんが善逸に向かって投げた助言は何故か名前が拾って驚いた顔をしていた。その反応にどうりで危機感も何も持ち合わせて無かったわけだ、と納得してしまった。
善逸ならここで他の誰かに泣きつくかと思いきや、物凄く悔しそうな顔をして隠れるように布団のなかに潜ってしまった。

「ぜ、善逸?」

「何だよぉ!寂しかったからちょっとくっついただけなのにい!俺だけ悪者みたいにい…!!」

「こ、こら善逸暴れるんじゃない…!」

「あらあら」

布団の中でべそをかいて、じたばたと暴れだす善逸を宥めようと試みたものの、俺の声は一切届かずといった風で善逸は一人布団の中でずっと何かぼやいて居る。おもちゃをとられた子供みたいだ。

「ぜ、善逸ごめんね…?大丈夫?」

名前が善逸を心配してそう声をかけた瞬間、ぴたっと善逸は騒ぐのも暴れるのも辞めた。急に静まった善逸にまさか死んだのかとすら思った。善逸に限ってそんなことはないだろうけど…。
名前が不思議に思って再び善逸に呼び掛けると善逸はゆるゆるとその布団から頭を出した。

「…よしよし」

「え?」

「名前ちゃんよしよしして」

「え?」

善逸〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!と、思わず心の中で叫んでしまった。
どうして善逸はこうも自ら危ない橋を渡ろうとするのか、俺には全く理解できなかった。冨岡さんの前で情けない顔してなんてことを言うんだ。
善逸からはもう、それはもう、いいこと思い付いたとばかりに浮かれきった匂いがする。触るのがダメなら触ってもらおうとしているのか、そんなことよく思い付いたものだと思ったけれど、見ている俺は冷や汗ものだった。

「名前ちゃんがよしよししてくれたら俺すごお〜〜〜〜くよく眠れると思う」

「よしよし?」

「そう、よしよし」

爛々と目を輝かせる善逸に頭を抱えた。名前も真面目に聞く必要なんかないのに、善逸への申し訳なさみたいなものを感じているのか善逸の言葉に耳を傾けあまつさえ思案してる様だった。やめておけと心のなかで名前に必死に語りかけるものの、俺の声は全く届かない。

「えと、…よしよ、し……」

名前が善逸の言葉に乗せられてその手を善逸に伸ばした瞬間、ぱしりと肌の当たる音がして名前の言葉も遮られた。
名前が伸ばした手は冨岡さんががっちり握っていた。

「簡単に男に触るな。ちゃんと言ったはずだ。」

「お、おと…っ善逸は男の人というか、お友達だし…」

「お前の友人である前にこいつは男だ。」

「ひえ…ご、ごめんなさい…」

今度こそ冨岡さんからとても濃い怒った匂いがした。
二人のやり取りの節々に、俺の知り及ばない情報が流れ込んでくるけれど、二人はちゃんと恋仲なのだと思うとなんとなく俺がここに居て見聞きしていいものなのかと居心地が悪くなった。名前はまた驚きつつも真っ赤になって肩を竦めて俯いた。
冨岡さんはすごく怒ってるけど。

「冨岡さんたら、だから皆に嫌われるんですよ。」

「…………名前が俺を好いているならもう後は何でもいい」

しのぶさんのいつもの台詞が場の空気を和らげようとしたのに、冨岡さんは怒っているからか、やきもちを妬いているからなのか、いつもと違う反応を見せて言葉にならない衝撃が走った。それはどうやら俺だけじゃなかったらしく、甘露寺さんも大きく口を開けて身悶えていた。
「まあ」としのぶさんは面白いものを見た顔で一人だけ楽しそうにしていたが、冨岡さんの爆弾発言に名前はさらに小さくなって震えていた。

「…しばらく借りる」

「うえっ!?」

「えっ!?アッ、お、お夕飯までには返してください!」

「わかった」

誰も何も言い出せない中、突然冨岡さんは名前の手を引いて、甘露寺さんに声をかけ部屋を出ていってしまった。
名前が連れ出されたこの部屋に残された空気は混沌としていた。善逸からはありとあらゆる負の感情を思わせる匂いを感じるし、しのぶさんからは嬉々とした匂いがするし、甘露寺さんからは大興奮と言わんばかりの匂いがする。もうここは嵐が過ぎ去ってめちゃくちゃになっていた。

「〜〜〜〜っアーーーー!!!もうヤダ!!なんで俺ばっかりこんな思いしなきゃなんないんだよ〜〜〜〜!!!」

「お、落ち着け善逸…!」

「冨岡さんもあんな大胆なことが出来るようになったんですねえ。」

「わ、私もうドキドキしちゃって!!どうしようしのぶちゃん!!!名前ちゃん、冨岡さんに何を言われちゃうのかしら!?」

「ふふ、言われるだけで済めばいいですけど…」

「エッ!?!や、やだウソ!!?きゃ〜〜〜〜!!」

「俺だって!!俺だって!!名前ちゃんがだあいすきなのにさあ〜〜〜〜!!??」

ああ駄目だ、俺じゃこれは収集がつかない。

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