熱に浮かされてとけてしまいたい


どうしよう。本当に、どうしよう。

先生、名前は今人生で一番の危機を迎えているのかもしれません。危機、と呼ぶには少し喜ばしい状況であるかもしれませんがこれまでにないくらい心臓が音をたてていて爆発する気がします。先生、こんなの習ってません私…。

「ひぇ、!」

頭の中でぐるぐるとこの状況を整理しようと必死になっていたら後ろから腰に回った腕に少しだけ力が籠ったのが解っておかしな声が出た。
まさか義勇さんがこんな風になっちゃうなんて思っていなかった。



義勇さんが任務からお戻りになられたと聞いて、その日のうちに義勇さんに会いに来た私は少し前に両親から義勇さんにお渡しするようにと言われたお酒を持ってお屋敷まできた。私はまだお酒を飲んだことはないから持たされたお酒の味は知らない。けれど両親が営む旅館でお客様に出しているお酒で、とっても人気があることは知っていた。義勇さんがお酒を飲んでいる所はあまり見たことがなかったけれど、きっとお喜びになるだろうと思っていた。

話を聞けば、義勇さんは任務から戻られたばかりなので明日は今のところ非番だそうだ。それならば多少明日に響いたとて問題はないのではないかと思って持ってきたばかりのお酒をすすめた。お酒の美味しさをしらないものの、大人は皆ご褒美にお酒を飲んでいたし、そのご褒美にどんなものが合うのかは知識として知っていたから簡単にお夕飯とまとめていくつかお酒のあてを作ってお出ししたまでは良かった。順調だった。

ところが今私は、腰に回った腕だとか、背中に感じる温もりだとか、首もとにかかる息だとか、私の脳みそたった一つではとても理解が追い付かない状況に陥ってしまっていた。
多分、義勇さんはものすごく酔っていらっしゃる。それはもう、それ以外に説明がつかないくらいに。
やはり両親が私に持たせたお酒は美味しいものだったらしく、義勇さんはとても気に入った様子で飲み進めていらっしゃった。ひとくち口にしたとき、表情が一瞬ぱっと花を咲かせたのを私は見逃さなかった。嬉しそうな義勇さんを見て私もなんだか嬉しくなってお酒を勧めていたからこの状況は私が作り出してしまったものと言えばその通りになる。
少しずつお顔が赤みを帯びてきて、いつも凛々しく何かを見つめてらっしゃる目がとろりと落ちているのを見て大丈夫かと声をかけたら、じっと見つめられて何がどうなったのか解らないけれど抱き込まれてしまった。

「あの、っぎ、義勇さん!大丈夫ですか…?!あの、は、離して…ん、!!」

意を決して義勇さんに話しかけるとさらに強く抱きしめられて、ぐりぐりと頭を首元に押し付けられる。こんなに義勇さんと密着したことなんかないから、何をされても心臓が飛び出そうなくらいの衝撃を感じる。本当に、この人は義勇さんなのかな。というかそもそも、これが現実なのかも怪しく感じるほどだった。

抱き込まれて身動きのとれないまま、私は両手の行き場を失っていた。こういうときって、とりあえずお水を飲んでもらってお布団でお休みになるべきなんじゃないのかな。このままだと良くないんじゃ…、と思い空中をさ迷っていた両手で腰にきつく回った義勇さんの腕をほどこうとその手に恐る恐る触れた。

「っきゃ、!?」

するとどういうことか、するりと手を絡め取られて握りこまれ、私の手と義勇さんの手がめちゃくちゃに絡まってしまった。思わず声をあげて驚いてしまった。私の頭の中ももうめちゃくちゃだった。

「ぎ、ぎゆさ…」

ばくばくと音を大きくしていく心臓、義勇さんが暖かいのか私が熱いのかわからなくなってきた体温、絡めとられた手に感じる義勇さんの手の感触、いつも隣で見つめてきたのに、ぴったりくっつくと大きくて吃驚する義勇さんの体も、私なんかじゃほどけない腕も、今まで感じたことも意識したこともなかった義勇さんの息づかいも、全部が私をおかしくしていく気がしてどうにかしなくちゃと混乱する頭の中で警鐘を鳴らす。
身じろいでこの腕の中から抜け出そうと試みる。このままじゃ脳みそから順番に焼ききれてしまいそうだったから。

「す、少しお休みになられた方が…っ」

「ん…、いい…」

「よ、良くないですよ!お布団敷きますから、」

「このまま、」

「ひ、」

「このままがいい」

耳元で聞く義勇さんの声が、少し掠れていて肩が揺れた。何かが弾けるみたいにチカチカした。思わずぐっと息をのんでしまった。
全身、とけてしまいそうだった。
あまりのことに身じろぐのをやめて兎に角息を吸って吐いて全身に酸素を回す。死んでしまう気がしたから。
義勇さんにこんなことを言われる日がくるなんて想像もしていなかった。いつも私ばかりが義勇さんから離れがたくて、帰りたくなくて、ずっと一緒に居たかったから。わがままなことを言っているのはいつも私だったから。側に居たい私はいつも義勇さんを困らせてしまっているのに、義勇さんからこんな風に求められるのはもう、訳が解らないくらい嬉しくて、ぶわりと顔に熱が集まってぎゅうっと胸が苦しくなった。
色んなことを思って、離れようとしたけどもうやめていいかな。だってなんだか堪らないから、もうこのままこの状況に甘えてしまってもいいだろうか。このまま、どろどろにとけてしまいたい。

「…名前」

「っは、ぃ」

「…………」

「……義勇さ、ん…?」

「………会いたかった」

なんだかもうその声色さえ甘く感じてしまうのは、私が義勇さんが好きで、この状況を良いように捉えてしまっているからなのか。決して大きくない、なんならいつもよりも更に小さな声も耳元ならしっかり私の耳を通り越して脳みそまで届いてしまった。
全身痺れて息を吸うのも苦しくて都合のいい夢なんかじゃないのがよく解る。頬をつねらなくたって、それよりもずっと胸がきつく締め付けられるから、これが現実に起こっていることなのは確かだ。
義勇さんは酔っていらっしゃるから、この行動も言葉も全て真に受けてはいけないと解っていても喜ぶなという方が無理な話だと思う。だって私、義勇さんが好きだから。

「…わたしも、わたしも義勇さんにずっと、会いたかったです」

「…ん、」

「ずっと義勇さんと居たいです、」

「…そうか、」

義勇さんの言葉にそそのかされて私もするすると言葉が出ていった。私は勿論お酒を飲んでいないから、全部本心だけれど。
めちゃくちゃに絡まった指先に少しだけ力をこめたら、義勇さんがするりと私の手を絡まった親指で撫でた。なんだかそれが色っぽくていけないことをしているようだった。

「……俺もだ」

「………え、っわ…!」

義勇さんの小さな声に必死に耳をすまして、その言葉の意味を汲もうとした。例えお酒にあてられた戯れ言でも、下心で成り立ったこの恋には十分なご褒美に値したから。
義勇さんの言葉を聞き届けたあと、ぐっと私の方に義勇さんが凭れかかってきてずしりと重みを感じた。あれだけ強く回っていた腕も、絡まった指も簡単に抜け出せるくらい和らぐ。

「…義勇、さん…?」

首を回して義勇さんを覗き見ようとすると、その表情は見えなかったものの、耳元で聞こえる規則正しい息づかいが義勇さんが寝てしまったことを私に教えた。少し驚いたものの、緩やかに落ち着いていく心臓が私の意識を整理していく。
きっととてもお疲れだったんだと思う。だからこんなになるまでお酒を飲んでしまったのかもしれないし、お酒が回るのが早かったのかもしれない。こんな体勢で寝てしまうくらいなんだから。
私は起こさないように、やんわり腕をほどいて義勇さんを支えてそっと自分の膝を枕に義勇さんを寝かせた。
ここからお布団のある場所まで義勇さんを運ぶのは私には不可能だ。少ししたら一度起こそうと思い、私の羽織を義勇さんにかけた。

「…おかえりなさい、義勇さん。」

すうすうと寝息をたてる義勇さんの顔はとても穏やかで、なんだか可愛らしくてきゅんとした。義勇さんの寝顔を見ることなんか無かったから、まじまじと見つめる。睫が長いなと思って義勇さんの前髪を少しだけ退けると義勇さんは「…んん、」と少しだけ、くぐもった声をあげた。なんだかそれも可愛くて口許が緩んだ。

「…義勇さん、大好きです。」

義勇さんには多分聞こえていないだろうけど、言わずには居れなかった。




その後、義勇さんは私が起こすより先に目を覚ました。
「ご気分大丈夫ですか?」と聞く私に対して義勇さんはぽかんと口をあけて珍しく何も解らないといった様子で私を見上げていた。簡単に事の顛末を説明すると義勇さんは飛び起きて「本当に、すまない」と頭を抱えていらっしゃった。
ぼんやりとしか覚えてないそうで、正直私もちょっとだけ安心してしまった。


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