「あの子にちょっかい出すのはやめとけ」


「錆兎」

「、義勇」

見慣れた後ろ姿を廊下の先に見つけた冨岡義勇はその背に向かってすぐに声をかけた。
時間は放課後、廊下を歩く他の生徒は急ぎ部活に向かう者や、足早に帰宅しようと友人に別れの挨拶を告げる者たちで騒々しいばかりだった。義勇も錆兎もそれに漏れず、帰宅を考え急ぐ生徒の一人だ。
錆兎は声のする方へ振り替えると義勇が追い付くのを立ち止まって待った。

「えらく早かったな。ちゃんと日誌出したのか?」

「日誌は相手がやってくれるらしい」

日直だった義勇を置いて先に教室を出た錆兎はあまりにも早く自分に追い付いた義勇に驚いた様子で言った。
幼馴染で自宅が近く、同じクラスに属する二人は登下校までをも供にする。ほぼ1日一緒に居ると言っても過言ではない。義勇と同じく日直に当たったクラスメイトは錆兎を待たせているのだろうと察し、日誌を引き受けてくれたことを錆兎は知るよしもなく「そうか、良かったな。」と返した。
二人は足並みを揃えてまた廊下を進む。二人の目的地は今年クラスの離れてしまったもう一人の幼馴染、名前の居る教室だ。大して距離があるわけでもないが、生徒が行き交う廊下を進むのは通いなれた学校であっても少しばかり気を遣うものだった。時折友人が声をかけてくるのに応えたり、下級生の挨拶に応えたりしながら人にぶつからないように歩く。
美丈夫な二人は並んでいるだけで目立った。まあそれも二人が気に止めるようなことではなかったが。
もう目の前に目的の教室が見えた頃、普段あまりスマホを弄る方ではない錆兎が歩きながら片手でスマホを操作するのを見た義勇は思わず問いかけた。

「名前か?」

「ああ、教室を少し離れているらしい。」

錆兎は画面を数回タップして消しポケットへスマホを追いやると肯定の返事を返した。錆兎が「グループに送られてきてる」と付け足して教えてやると義勇も素直にスマホを取り出してその通知を見た。
義勇と錆兎は必ず名前を連れて一緒に登下校する。行きは名前の自宅へ迎えに行き、帰りは名前の教室まで迎えに行く。自宅が近いのだから不思議なことではないと幼馴染三人揃って考えているが、同級生からすれば少しばかり珍しい関係であった。
なんだかんだと歩きたどり着いた名前の教室にはまだ生徒が多く残っていた。二人はぐるりと教室を見渡して見るもメッセージ通り名前は教室を離れているようだった。仕方ないので名前を待つべくいつも名前が座って待っている席へと向かえば帰る準備は済んでいるようで綺麗に荷物が纏められていた。

「お、お迎えか〜?」

「苗字ならさっき出てったぞ」

「ああ、聞いてる。」

錆兎は名前の席に、義勇はその隣の席に勝手に座って荷物を置くと名前と同じクラスの同級生たちが慣れた調子で声をかけた。

「毎日毎日熱心だよなあ」

「そりゃお前、二人とも可愛い可愛い苗字が大事だからに決まってるだろ〜?」

「解ってるなら茶化すな」

楽しげに錆兎と義勇を茶化した同級生たちに何か反論するわけでもなく錆兎はさらりと返してみせた。そんな錆兎に同級生たちは「相変わらずかっこいいやつだよな本当に」「モテ男は言うことが違うよなあ」とさらに笑ってみせた。

「でもお前らここで待ってるだけでいーのかよ?」

「?、どういう意味だ。」

「あ、もしかして知らねー感じ?」

同級生たちは何か面白いものを見つけたような顔で錆兎たちの側の空いた席を陣取った。焦れったいもの言いに錆兎は少しばかり苛立ちを見せ眉を寄せた。義勇も黙ってやり取りを聞いているだけだったが話題の展開にわかりやすく興味を示しじっと言葉を待った。

「苗字、こないだ告白されたんだって」

「っ、はあ!?」

「声がでけーよ」

「冨岡は顔がこえーよ」

悪い話をしているかのように少しだけ声をひそめた同級生に耳を貸した錆兎はすぐ驚きと納得のいっていない声をあげ、義勇は声に出さないかわりにキッと目を細め眉をつり上げた。「本当に知らなかったのかよ」と同級生は笑うと、笑い事ではないとばかりに義勇は「おい」と一言発し牽制した。

「怒るなよ、そこは教えてくれてありがとう、だろ?」

「一体いつの話だどこのどいつだ」

「あー、教えてやろうと思ったけど…こりゃあいつが可哀想だな」

面白い話をしたつもりの同級生たちは想像以上の反応を見せた二人に対して、相手を教えてしまうとまずいのではないかと頭を掻いた。少しからかってやるくらいのつもりだったが、まさかこんなに怒るとは思ってもみなかったのだ。同級生は思わず「これが所謂地雷を踏んだってやつかあ」とばつが悪そうに呟いた。
あからさまに苛立ちを見せる錆兎は捲し立てるようにトントンと指で机を叩き名前に告白した男の名前を吐けとばかりに真っ直ぐ同級生を睨んだ。
二人の「地雷」を踏んだ同級生たちは煮え切らない言葉を発するばかりでさらに二人を苛立たせた。
成り立たない会話に義勇はようやく口を開いた。

「…それで?名前が今そいつと居る、ということか」

「は?ふざけるな何処に行ったんだあいつ」

「まてまてまてまて、それは知らねーんだよ」

「もしかしたらまた告白されてんじゃねーかってからかってやるつもりで言ったんだよ」

義勇の少しばかり飛んだ憶測に同級生たちは慌てて弁明し、今にも立ち上がり何処かへ飛び出しそうな錆兎を抑え「悪かったって」と苦笑いで謝った。
とは言えとんでもない話を知らされた二人はそう簡単には落ち着いてはくれなかった。

「ふざけるのも大概にしろ」

「まさかこんなに怒ると思ってなかったんだよ」

「つーか、相手を知ってどうする気なんだよ…苗字を探しに行ってどうするつもりなんだよ…」

「断ってやる」

「マジで言って…るなコイツら…」

未だに怒りが収まらない様子の二人に同級生たちはなんとか苦笑いをしてみせたものの最速ついていけない様子であった。
幼馴染の色恋の一つや二つ、あっておかしくないだろうと思う同級生たちは目の前の二人に呆れにも似た感情を抱き頭を抱えた。
対して錆兎も義勇も未だ教室に帰ってこない名前を思うと落ち着かずため息をついた。
ただの幼馴染と言えばその通りであるが、幼馴染の枠に仕舞いきるのは少々無理があるほど二人は名前に執心していた。この幼馴染三人の仲睦まじさは友人であれば皆知り及ぶことであるが、年頃の男女にしては些か行きすぎているのではないかと同級生たちは再認識し思わずため息を吐くしかなかった。

「ごめんね〜お待たせ〜!」

「!名前、」

「大丈夫か、」

「え?なにが〜?」

そんな中、救世主と言わんばかりに話題の真ん中に居た名前がパタパタと上履きを鳴らしながら教室へ戻ってきた。普段と変わらない様子の名前は焦りを隠しきれない義勇と錆兎をよそにへらへらと緩く笑っていた。名前が二人の座る自分の席にゆっくり近づけば同級生は助かったと胸を撫で下ろした。

「?…何かあったの?」

「こっちの台詞だ」

「ええ、私はなんにもないよ〜。課題のプリント出し忘れちゃってただけ〜」

深刻な面持ちの皆に首をかしげた名前に錆兎は思わず問いただすように言った。名前が少し恥ずかしそうに情けなく笑いながら教室を離れていた理由を話すと、錆兎も義勇もその反応を見るに嘘ではないのだろうとほっとした。
義勇は何も言わずに近づいてきた名前の手を取った。名前は振り払うでもなくされるがまま、不思議そうに握り返す。

「義勇?」

「…」

「…なんかやなことでもあったの?」

義勇はただじっと名前を見つめただけだったが、名前は義勇の僅かな感情表現もしっかりと受け止めて見せた。名前が首を傾げて心配そうに義勇を見つめると義勇は名前の手を強く握った。

「…名前、お前誰に告白されたって?」

「エッ!!??」

何も言わない義勇に変わって錆兎が苛立ちを含んだ声で聞くと勢い良く名前は振り返り大きな声で驚いた。錆兎の側には申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせる同級生が見えた。
明らかに機嫌の悪い錆兎と言葉にし難い様子の義勇に挟まれた名前は捕まったウサギのようだった。

「ほーお、その反応は本当に告白されたらしいな。誰に?いつ、」

「なんでそんなに怒ってるの…」

「これ以上怒らせたくなかったら素直に答えろ。返事はしたのか。」

「こ、断りました…」

「………、よし。ならとりあえずいい。」

とりあえずいいとはどういう事なのかと名前は急な展開についていけずにいたが錆兎の逆鱗には触れなかったことを安堵した。依然として名前の手を握ったままの義勇も少し表情を緩めてみせた。とは言え、名前に解る程度の差ではあったが。

「訳も連絡せずに教室から離れるな。せめてどこに何しに往くのか、どのくらいかかるのか、誰かと一緒なのかも連絡しろ。」

「ええ〜…それって全部じゃ…」

「返事」

「はい…」

錆兎の説教を長引かせない方法は素直に従うこと、返事をすることだと知る名前は少しこぼれた口答えを飲み込んで小さくなった。
錆兎は座っていた名前の席を立ち、机に置かれていた名前の荷物をまとめて持って「帰るぞ」と言い、側にいた同級生にじゃあなと一言挨拶を投げ掛けると「たれ込み、感謝してる」と付け足した。
錆兎の後に続いて手を握ったままの義勇も立ち上がり教室を出るべく歩きだすと、その手に引かれて名前もずるずると引っ張られて行った。また明日ね、と名前が同級生に声をかけると同級生はまた両手を顔の前で合わせてごめんなと返事を返した。

「…苗字に悪いことしたな」

「錆兎怒らせるとこえーからなあ〜」

名前への申し訳のない気持ち半分、ようやく解放された気持ち半分の同級生たちは安易に名前の話題は口にしないでおこうぜ、とため息を吐いた。


朝来た道を逆に進む帰り道、錆兎の逆鱗には触れなかったものの結局名前は「誰に告白されたんだ」と二人に問い詰めに問い詰められた。
名前は「相手のプライバシーに関わる!」と頑なに口を開かなかったが、逆恨みされたらどうするんだと二人も引き下がらなかった。同じ会話の流れを幾度となく繰り返し最終的にそういう真面目で相手を思いやれる名前でこそ幼なじみの名前だと理解している二人は「そういうことならあぶり出してやる」と名前に問い詰めるのを辞めた。

その後、錆兎の広い人脈が功を奏し恐ろしいスピードで別のクラスの同級生であることが解ると二人は「何かしたら承知しない」と、善良な同級生にも名前の知らぬ間に釘を刺した。

過保護の行きすぎた幼なじみは今日も変わらず一緒に登下校している。
名前に安易にちょっかいを出すのは止めておけと、同級生達は固く誓ったのを名前は知らない。

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