沈む陽をも浮かべるなんて

「名前、そろそろ帰らなきゃならないぞ」

「ええ〜……」

解ってた、勿論。そろそろ時間だなってちゃんと感じていた。
でもいざそう炭治郎に言われると帰りたくないと駄々を捏ねたい。でも今日は先生と一緒にご飯を食べる約束をしてる。だから絶対に帰る。でも義勇さんとまだ居たい。あーあ私が二人いたらいいのにな。
義勇さんに稽古をつけてもらうわけでもなく、私たちはただなんてことはない話を続けてそろそろ帰る時間を迎えていた。

「甘露寺さん、きっと心配するから遅くならないうちに戻ろう。な?」

「…………」

「名前」

「……うん、義勇さん、今日はもうお暇します。」

「そうか」

炭治郎が拗ねる私に優しく言い聞かせるように帰りを促す。
物凄く物凄く名残惜しいけれど義勇さんに向き合って少し頭を下げると頭の上から優しい声がした。
炭治郎が帰るために身支度を進めるのを横目に、次いつ会えるかわからないしと思って義勇さんをじっと見ておく。義勇さんは目をそらさず私を見返すと不思議そうにこてんと首をかしげた。
何、今の。す、好き。
あんまり見せない仕草にぎゅんとときめいた。
一気に顔に熱量が集まるとどんどんドキドキしてしまい、義勇さんが大好きだという気持ちが堪えられなくなる。
この人のせいでどうにかなってしまいそうだ。

「こーら、名前。ちゃんと帰らなきゃ」

「う、炭治郎…」

「今完全に帰ることを忘れかけていただろう?俺にはお見通しだぞ」

困ったように笑う炭治郎に後ろから頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。炭治郎は鼻がとっても利くらしいから、匂いでばれちゃったのか、だとしたらものすごく恥ずかしい。今さら隠すこともできないし、炭治郎はそんなことで人を測るような人じゃないとは解っているからあまり気にはしていないけれど。

いよいよ帰り道につこうとお屋敷の外へと足を進めるとやっぱり名残惜しくてため息がでてしまった。
あまりにもわかりやすい私に炭治郎は小さく笑っていた。

「義勇さん、また遊びに来ても良いですか」

「駄目だと言ったことがあるか」

「だって〜」

「名前、あんまり冨岡さんを困らせちゃいけないぞ」

「炭治郎〜」

もうあとは帰り道を歩くだけ、帰れば先生と置いてきた善逸や伊之助が待っている。それもとっても幸せなことなんだけど、やっぱり義勇さんと一緒に居たい。そう思わずには居られない。
炭治郎が私にお小言のように言うと尚更駄々を捏ねてしまう。だってずっと会いたかったんだもん。

「…俺は明日、出立する」

「え!!!」

「そ、そうなんですか?ご出立前に俺たち、すいません…」

「え、え、義勇さん任務に出ちゃうんですか!!」

「ああ一週間程だが」

「い、一週間…」

なんでそんな大事なこと、別れ際に言うのか。
余計に寂しくなる。せっかく会えたのに裕に一週間は顔を見ることはできない。そんな、悲しすぎる。いや、私だって明日からまた任務になるかもしれないけど、そうだけど。
さっきまで有頂天レベルに浮いていた心が急に沈んだ。どうしよう、このまま死んじゃうかもしれない。いやこんなとこで死んでたまるか、と思ってるけど。
寂しさが私をまた襲ってきて撃沈した。

「…ご出立前のお休みに、押し掛けちゃってごめんなさい…」

「……」

「でもでも、すれ違わなくって良かった…絶対、絶対怪我なく帰って来てくださいね!絶対ですよ!」

「……」

「聞いてますか!義勇さん!」

心は完全に撃沈したけど、任務の前に騒がしい私が来てお疲れになったかもしれない。嫌われたり、面倒に思われていたら絶対に私が死んじゃう。立ち直れない。ちゃんと人として謝っておこうと思ってぐずる気持ちは一度置いておいて明日から任務に発つ義勇さんを案じた。私の心配なんかいらないかもしれないけど。だって義勇さんは柱だし、強いし。でも心配くらいはさせて貰いたい。どうか何事もありませんように。

「…義勇さんは強いけど、怪我したりするのは、私嫌ですからね」

義勇さんが何も言わずにただ私を見るだけだから、自棄になりつつあったけど言いたいことを言って、私の方が先に顔を反らしてしまった。義勇さんの前ではいつでもニコニコしてたいのに、辛気くさい顔をしているだろうから自分の足元に目線を移した。

「…甘露寺に叱られるぞ。」

「…義勇さん?」

「行くぞ」

義勇さんがやっと口を開いたと思ったら私と炭治郎より先に歩いて行ってしまった。歩く先は私たちが来た道、先生の住むお屋敷のある方。
義勇さんの行動になかなか頭がついていかなくて足が動かず義勇さんの背中を見つめる私の横で炭治郎が吹き出して笑った。

「はは、よかったな名前。さ、帰ろう」

「え、え?」

「冨岡さんも送ってくれるらしい、ほら置いていかれるぞ」

「え、ちょっとまって、まって、」

先を歩く義勇さんに向かって炭治郎が笑いながら走っていく。
慌てて私もついて行くと義勇さんが立ち止まって振り向いた。
私が追い付くのを見てまた歩きだす。
少しずつ傾いてきた陽がどんどん赤く空をそめて、私達を色濃くする。
義勇さんの隣を歩く足取りは来たときより随分とゆっくりになる。

「義勇さん」

「…なんだ」

「大好きです」

義勇さんの羽織をきゅっと掴んで義勇さんを覗きこむ。その表情になにも変化はないけれど、のんびり歩きながら私をゆっくり見る義勇さんの目が私の目としかと合う。

「…そうか」

私の目を見てそう言う義勇さんの声はいつも私に優しい。義勇さんの羽織から手を離してぎゅっと義勇さんの腕にくっつく。義勇さんのいい匂いがする。陽が落ちてきて少し風が冷たい夕方、義勇さんはあったかく感じた。沈みきっていた私の心も不器用に私を甘やかしてくれる義勇さんのおかげで比べられないほど浮き足立っている。何か言葉をくれたわけじゃない。でもそんなもの要らない。義勇さんがどう思ってるか全てわかるわけじゃない。けど確かに義勇さんは今私を甘やかしてくれているのだとわかる。ぐずる私を励まそうとしてくれているに違いない。義勇さんを誤解する人は多いらしい、でも私はわかる。この人は本当に、ものすごく優しい。ああ、この気持ちをどう形容したらいいのか。

「ふふ、だーいすきです!」

堪らなくなってもう一度そう言うとまた炭治郎が吹き出して笑っていた。

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