懸命に奏でる音を聞いている

「名前ちゃんって本当に冨岡さんが好きだよなあ」

「あ?」

恋柱である甘露寺さんのお屋敷に来てたらふくご馳走になったあと、炭治郎と名前ちゃんが水柱の冨岡さんに会いに行くと言って先程でかけて行ってしまった。
俺はあの人なに考えてるかよくわかんないしあの人に夢中な名前ちゃんを見ててもつまんないしいつも着いて行かない。
俺の横で信じられない量を食べていた伊之助が動けないと寝そべっている。
甘露寺さんのお屋敷はとても暖かい陽が差し込んでいてのんびりするにはとても気持ちのいい午後だった。

「だってさあ、俺あんまり信じられないんだよ。あーんなに可愛い名前ちゃんがなんであんな無愛想で何考えてるかわかんない人のこと好きなのかな〜ってさ?」

「知るかそんなもん」

「あーはいはいお前に聞いた俺が馬鹿だったよ」

名前ちゃんはすっごく可愛い。禰豆子ちゃんと同じくらい可愛い。喜怒哀楽がはっきりしてて天真爛漫な感じが堪らないんだ。おまけに努力家で、実家でたくさん手伝ってたらしいお料理が上手で恋柱の甘露寺さんの継子。強くて頼りになるし。でもあの無愛想で無口で何考えてるかわかんない水柱の冨岡さんが好き。それはもう俺がちょっと理解できないくらい。それも俺たちと出会う前から。あんまり俺は二人が一緒に居るとこに居合わせることはないけど、たまにあの人の話が出ると名前ちゃんから聞こえる音は半端じゃない。恋をしてるんだなって音がする。音だけでよくわかるから野暮に聞いたりしたことはないけど。

「一生懸命恋をしてる名前ちゃんも可愛いでしょ?」

「名前ちゃんは可愛いですけどお」

名前ちゃんと炭治郎を送り出したあとお茶を持ってくるわねとお屋敷の奥に消えてった甘露寺さんがお団子と湯飲みを持って戻ってきてくれた。
さっき炭治郎に持たせてたやつと同じやつかな、淡い色で甘露寺さんの髪色と同じくらい鮮やかなお団子だった。
俺と伊之助の側に座ると俺に湯飲みを渡してくれた。俺はありがとうございます、と受けとるとふんわりとお茶のいい匂いがした。

「甘露寺さんは名前ちゃんがあんなにあの人のこと好きな理由知ってるんですか?」

「すこーしだけ!ね!」

「そうなんですか?」

「一緒に居るうちに聞いちゃったの」

「それで名前ちゃんは、なんて…?」

「それは私から教えていいことなのか解らないから内緒!」

「ええーーーーー」

甘露寺さんはとても楽しそうにきゃあきゃあと騒ぐ。可愛い。
頬を少し赤くして今にも落ちそうな緩んだ頬を抑えながら話す甘露寺さんはなんとなく冨岡さんのことを話す名前ちゃんに似てるような気がする。
名前ちゃんと甘露寺さんは師弟の関係にあるわけだけど、並んでいると仲の良い姉妹にも見える。二人が一緒にいる姿は度肝抜かれるくらい可愛いし超癒し効果がすごい。二人ともちょっと何言ってるかわかんないときあるけど。
名前ちゃんはいつも甘露寺さんのことを先生と呼んで慕ってる。甘露寺さんの側にいるときの名前ちゃんの音は物凄く穏やかで安心に満ちてる。すごくいい関係なんだと聞かずともわかるんだ。

「私は名前ちゃんの恋を応援してるの。名前ちゃん、冨岡さんの話をするときが一番可愛い顔をするのよ!」

「…それは、確かに」

「女の子は恋をしているとどんどん可愛くなるの、とっても素敵だわ」

そう言う甘露寺さんの表情は驚くほど綺麗な微笑みで暖かく射す陽が甘露寺さんから聞こえる音の穏やかさを更に顕著なものにした。
言った通り名前ちゃんはあの人の話をするとき、恋をしているんだな、という音が俺にまざまざと伝わる。それは簡単に言ってはいるけど、言葉の節々から寂しさだったり、不安だったり、期待だったり、愛しさだったり、それはもう忙しく音が変化していくんだ。一つ一つに一喜一憂しているんだとあの子の音から解るんだ。もしかしたら名前ちゃんの見ている世界は俺の見てるものとは少し違うんじゃないかとすら思う。
それが恋なのだと俺に教えたのは名前ちゃんだ。
恋をしている名前ちゃんは可愛い。顔がどうとか、そういうことじゃないんだ。
あの人の全てに過敏に反応して、それに喜んだり落胆したり、俺からすればそれだけのことで?と思うことで笑ったり怒ったり。大事な仲間だと言う俺たちのことよりも更に深くあの人に翻弄されてる。小さなことに飛んで跳ねて一生懸命喜ぶあの子が可愛いんだ。
名前ちゃんをそんな風にさせるあの人のことを俺はよく知らない。名前ちゃんがどうしてそんなにあの人が好きなのかを知りたいけど、知りたくない、知らない方がいい気もするんだ。別に聞けば教えてくれるって知ってるんだ。でもなかなか聞こうと思えないんだ。
ずるいなと思ってしまうんだ。名前ちゃんをこんな風にできることが。こんなに可愛い子にこんな風に想われて、ちょっとのことで笑わせることができることが。俺と何が違うんだろうとか、そんなのあの人は柱だし、まずそこから大違いなんだけど。一緒に居る時間は今は俺の方が多いのになんでなんだろうとか、あんな可愛い子にこんなに想われるって何をしたらいいんだろうとか、それは途方もない話な気がして怖いとも思うんだ。
俺だって名前ちゃんに大事にされてると思う。
けど、全然違うんだ。あの人は。多分。

「…あーあ!やっぱり、名前ちゃんはすごく可愛いなあ」

突拍子なく俺が呟いたのを聞いた甘露寺さんは一瞬きょとんとして、すぐ小さく声をもらして笑った。「そうなの、名前ちゃん、すっごく可愛いのよ!」と、そう言いながら甘露寺さんはお腹いっぱいになっていつの間にか爆睡してた伊之助に羽織をかけてやってた。
名前ちゃんと炭治郎、早く帰って来ないかなあ。

俺は少しだけ目を閉じて、可愛いあの子の音を思い出そうとした。

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