まごうことなき、運命の人よ。

「わあ〜〜!たくさん咲いてくれてる…!!」

名前は冨岡の住む屋敷につくや否や、真っ直ぐに庭の一角へ足を進めた。庭を見渡せばすぐに目にはいるそこは名前が殺風景な屋敷の庭に植えた花がたくさん並ぶ。
名前は花の様子を窺うためしゃがみこみ、花開いたばかりのそれらを嬉しそうに見つめた。

「義勇さん!見てください!とっても綺麗に咲きました!」

「ああ、そうだな」

名前の後ろから花を見ているのか、それとも名前を見ているのか、冨岡は薄く笑ってみせた。

「この間は一つ花開いてただけだったのに、どれも満開です…!蕾を探す方が難しそう…!」

うきうきと話す名前の声を冨岡は心地よく思いながら相槌を打つ。ここに植えられた花が初めて花を開いた日から数日が経っていた。
二人揃って泣いたあのあと、名前は師範である甘露寺に泣きながら喜ばれ、冨岡は伊黒をこれでもかと言うほど怒らせ、胡蝶には散々な言われ方をし、何故か名前と冨岡よりも炭治郎が泣いた。周りの人々の祝福を受け、嬉しそうに笑う名前を見て冨岡も笑った。

冨岡は名前の両親に謝罪するため先程まで外に出ていた。無論、自分の我が儘を取り下げるためだった。名前と結ばれたのは自分で、自分が頼み込んだことを自分のために取り下げるなんてふざけた話は他にないだろう。冨岡は再び名前の両親に頭を下げた。名前の両親は、笑って喜んだ。
冨岡は帰る途中その足で甘露寺邸に立ち寄り名前に見合いを受けさせようとしたことを改めて謝り、もう縁談も来ないだろうと話をした。名前だけが「どうして私も連れて行ってくれなかったんですか!」と怒っていた。冨岡はそれにまた謝るばかりだったが、甘露寺は二人のやり取りをたまらないという風な表情で見守っていた。どんなお話よりとっても素敵だわ、と甘露寺は最後に笑っていた。
それから甘露寺の気遣いを受け名前は冨岡と共に屋敷へ足を運んだ。何度も共に歩いたその道を、いつものように名前が尽きることなく話をしながら。それに冨岡が愛おしげに耳を傾けながら。





「義勇さん、私義勇さんは私の運命そのものだったんじゃないかなあって思うんですよ」

名前は花を見つめたまま、唐突に呟くように言った。冨岡は突然語りかけられたその言葉の真意を知りたくて名前の表情を窺うように名前のとなりにしゃがんだ。名前は横顔からでもわかるくらい、柔らかく微笑んでいた。

「あんなに怖かった鬼に立ち向かうことができるようになったのも、誰かを助けられるようになりたいと思うようになったのも、こうして鬼殺隊に入れたのも、炭治郎たちや先生たちと出会うことができたのも、全部全部、義勇さんから始まったんじゃないかなって、義勇さんがあの日、私の家に来て私を助けてくれて、義勇さんに恋をして、そこから私の運命が始まったんじゃないかなあって思うんです」

しゃがみこんだ冨岡の方に徐に首を傾げ迷うことなく言葉を続ける名前の声はそよぐ風に拐われてしまうことなく冨岡に届く。さらさらと風に揺れる花たちが少しばかり騒がしい。名前は目を細めてその微笑みを深くした。

「運命ってあると思いますか?私は、こんなこと言っておきながら、努力次第で運命なんていくらでも変えられると思っているので、運命なんか考えたって無駄かなって思うこともあります。」

冨岡の羽織をきゅっと掴み自分の思うままを語る名前に、冨岡は自分の運命など深く考えたことはなかったと己の生を振り返った。全て決まっていたとするのなら、自分のしてきたことは愚かなことだろうと自嘲もした。それでも、目の前に居る暖かな存在が運命であったのなら、それは美しいことだとも思った。冨岡はそれを口に出すことはしなかった。ただ名前の言葉の続きを、名前の笑みに魅せられながら待った。

「でもなんだか、義勇さんのことは絶対運命の人だって、義勇さん以外に絶対他に居ないって信じて疑わない自分が居るんです。おかしいですよね。」

名前は小さく、ふふふと声に出して笑った。頬を少し赤く染めて言い放たれた言葉に冨岡は胸を大きく鳴らした。

「義勇さんが大好きだから、義勇さんにぴったりな、綺麗な言葉が使いたくなっちゃいます。」

照れくさそうに視線を反らしてまた花を見つめた名前を、冨岡は堪らなく愛おしく感じた。いつも求める以上のものを与えてくれる名前を、なんて言葉で表せばいいのか冨岡にはまだ解らなかった。ただこの胸に込み上げるものは間違いなく幸福というものなのだろうと、確信していた。

「…お前が、名前が俺の運命であるなら、俺が名前の運命であるなら、それはとてつもなく幸せなことだと…俺も思う。」

冨岡の羽織を掴んでいた名前の手を冨岡はそっと絡めとった。名前は少し驚いた様子で冨岡にまた視線を戻すとあまりにも優しく微笑む冨岡にぐっと息を飲んだ。
素直に言葉にすること、愛しいという気持ちに素直になることは悪いことではないのだと知った冨岡は自分の知りうる限りの言葉でこれまでの分も名前に伝えようとしていた。名前に愛され、名前を愛することを許された冨岡はその貪欲さを隠すことを辞めた。ねだられずとも己の意思で名前に触れ、名前が惜しみ無く与えてくれる愛情に満ちた言葉を余すことなく受け取り、相槌ではなく己の想いを伝える。名前はそんな冨岡にまだ慣れない様子であった。
隠すことを辞めた冨岡の眼差しは、誰がみても名前を心から愛しているのだとよく解る。誰もが冨岡に対してこんな顔も出来たのかと驚くことだろう。
真っ直ぐに向けられる愛情表現が名前にはくすぐったくて堪らなかった。同時に、幸せすぎて死んでしまうのではないかと無意味な心配もしていた。

「…季節が変われば、この花も枯れる。」

「…そう、ですね…」

「新しい季節には、新たな花が咲く。」

「…はい」

「一年すれば、また同じ花が種から芽を出す。それもまた、運命というものなのかもしれない。…過ぎ行くものを積み重ねて、何度も、何度も新たに芽吹くものを喜び合うことができれば、…幸せだと思う」

「…幸せ、ですね…!とっても!素敵ですね!」

名前は絡めとられた手をぎゅっと握り返して咲き誇るように笑ってみせた。季節が移ろえば花も枯れる。その代わりにまた違う芽が花を成す。惜しむことも喜ぶことも共にありたいと冨岡は願う。どんな運命も、そばに名前が居れば眩いものだろうと。名前はそんな冨岡の言葉をただただ喜んだ。

「たくさん、お花を植えましょう!一緒に!」

「…ああ、」

「何年たっても、咲いた花を一緒に見ましょうね」

「…指切り、だな」

「はい!指切り…約束です!!」

どちらともなく絡めた手をほどいて、小指を絡めた。いつか、必ず冨岡の元に帰ってくると約束をした日のように。
約束は形を持たない。それでも、結んだ小指に確かにあって二人を繋いでいくのだろう。
変わってしまったものがあれば、変わらないものもある。変わらないものを欲しがるのは恋をしているからか。約束は形を持たないかわりに、不変である。
人は変わる。冨岡も名前も等しく。それもまた運命なのかもしれない。それでもその変化を共にしていこうと寄り添うのが愛か。
二人は確実に変わってしまったのだろう。一緒に変わっていってしまったのだろう。二人、一つであろうと手を取り合って。
叶うなら、それが永久であれと変わらないものを祈りながら。

揺れる花が陽の光を浴びて眩しく輝く。今日は愛を語るには丁度良い、美しい晴れ空だった。

「義勇さん、大好きです!」

「…俺もだ」
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