世界を変える言葉は

「その時先生がお土産に買ってきてくれたお菓子がとっても可愛らしくて…!」

「そうか」

縁側の日溜まりは今日も暖かく私たちを包み込んでくれた。義勇さんの隣に座って、義勇さんに会えなかった間にあった色んなことを話す。義勇さんはとても穏やかな声で私に相槌を打つ。少し前の私達ときっと何も変わらない私達。流れる時間もなんだか愛しく感じて、ばくばくと音をたてて私を締め付けていた胸が少しずつ少しずつ解けていくようだった。先程まで力がこもっていた肩も、荷が降りるように力が抜けていく。

少しだけ変な感覚だった。いつも義勇さんの隣に居るときはいっぱいいっぱいになってしまって、上手に話せなかったり義勇さんの仕草一つで息がつまったりしたのに。今義勇さんの隣にいる私はとてつもなく落ち着いていた。満たされていくような感覚がじわりと胸のあたりを占めていく。

「お店を教えて頂けたので、今度一緒に行きませんか…!」

「…ああ、そうだな」

義勇さんが薄く微笑む。柔らかな風が私と義勇さんの間を通り抜けて髪を拐う。義勇さんの少し長めの前髪の間を見え隠れする瞳から私は目を離せなかった。
義勇さん、義勇さん、義勇さん。
何度呼んだって特別な言葉な気がする名前も、必ず応えてくれる声も、私を穿つ柔らかな眼差しも、お日様に当たるとより一層強く感じる匂いも、全部全部大好きだ。
きっと全部知ってるんでしょう、私がずっとずっと義勇さんのことが好きだって。伝わってしまっているのでしょう。だって隠せなかったもん。隠しきるなんてできなかったの。私の体では抱えきれないくらい、好きだから。何度大好きだと伝えたって足りなくて、言葉にするほど安くなるなんて気にも留められなくて、私の全てが義勇さんのことが好きだと騒ぐの。

「それから、それから…」

あれもこれもと義勇さんに伝えたいことを一頻り話きって、今か今かと出番を待ち構えて居たように一番伝えたいこと、伝えなきゃならないことが喉の奥に詰まった。
言わなければ。ちゃんと伝えなければ。

「…義勇さん、あのね」

手を膝の上で握りこんで、ゆっくり言葉を吐いていく。
義勇さんはとても優しい人だから、私のお願いやお誘いをいつも受け入れてくれた。でも今回は違うかもしれないってちゃんと解ってた。もうこんな風に話せないかもしれない未来を何度も何度も考えた。それでも飛び出さずに居られなかったのは恋する乙女が一番強いという、先生の教えのおかげなのかもしれない。
私はきっと今、世界で一番強い女の子だと思う。
だから今なら言える。


「わたし、義勇さんが好きです」


義勇さんは少し目を見開いて私を見ていた。義勇さんの瞳の奥に私の姿が映っている。今私がどんな顔をしているのかまでは解らなかった。
あれだけ怖がって居たのに、悩んで居たのに、自分でも驚くほどするりと言葉が出ていった。不思議と心臓の音は落ち着いていて自分の言葉がすとんと胸に落ちていくような感覚がした。
義勇さんにお嫁に行けと言われたあの日から、いろんな事があった。どれから話せばいいのかわからない。どれから話したってきっとすごく長くなるから上手く話せるか解らない。
だから多分、揺るぎない言葉だけが先に出ていってしまった。

「だから、縁談は断りました。鬼殺隊も勿論辞めません。」

義勇さんはただ私を見つめるだけだったけれど、その表情が驚きに満ちていて私の言葉がちゃんと届いていることがよく解る。
意を決して言葉を一つ吐き出してしまえば後は勝手についてくるようだった。ずっと抱えていたものが胸のうちから外へと飛び出していく。
まるで私が私じゃないみたいだ。きっともっと怖くて、緊張して、今度こそ義勇さんの前で泣いてしまうだろうと思っていた。どうしてこんなに私は今落ち着いていられるのか、自分でも解らない。たくさん心の中で練習したからかな。あれから時間が経ってしまったから、時間が解決してくれたのかな。そんなことを考えてしまうくらい私は私の想像と違ったし、そんなことを考えられるくらい心は落ち着いていた。

「…ここを、飛び出してしまった日からいろんな事がありました。先生や小芭内さん、しのぶさんや炭治郎にまで迷惑をかけちゃって」

改めて言葉にするために思い返してみればなんだか情けなくて小さく笑いを混ぜて誤魔化してしまった。本当にたくさんの人に迷惑をかけてしまった。泣きじゃくる私と一緒に泣いてくれた先生も、心配して駆けつけてくれた小芭内さんや炭治郎も、何も知らないのに優しい言葉をかけてくれたしのぶさんも、皆記憶に新しい。ここまでくるのに物凄く時間がかかったような気がするのに、思い返すと昨日のことみたいにも感じる。

「…義勇さんに、言われた通りにするべきなのか少しだけ悩みました。だって義勇さんは、いつも私のことを見ていて下さって…私のことを考えて沢山のことをしてくれたって、私ちゃんと解ってたから」

義勇さんが私のためにしてくれたこと全部が私を作る一つになっている。先生を紹介してくれたのも義勇さんで、何もわからなかったけれど義勇さんが言うならと信じて先生の元に来たことだって、私をこんなに強くした。先生の元で生活をして、いろんな人に良くして貰って本当に幸せだと感じる。
全部義勇さんからはじまった。今こうして生きていることも、私が鬼殺を志したのも、義勇さんを好きになったことも。全部が私をここまで連れてきてくれた。だから私は義勇さんを信じている。義勇さんの言葉はいつも私のために投げ掛けられているって。

「義勇さんがどうして…鬼殺隊をやめてお嫁に行くように言ったのか、私には解りません。解らないままじゃ、私は鬼殺隊を辞めません。お嫁にも絶対行きません。」

私のわがままかもしれない。それでもいい。私の言葉で私の気持ちを伝えることが大事だって皆教えてくれたから。

「義勇さんがどうして私に鬼殺隊をやめてお嫁に行ってほしいのか教えてもらえないと……、義勇さんが私の気持ちに…お返事をくれないと、私は先に進めません。」

義勇さんの目が伏せられて、陽の光がその睫の輪郭を照らし義勇さんの目に影を作る。居心地の悪そうなお顔をした義勇さんは口を結んだままだった。捲し立てるような私の言葉をちゃんと聞いてくれているのだと思う。私程度の人間を振り払うことなんか、義勇さんにはきっと造作もないことだから。こんなに良いお天気に見合わない私の言葉は義勇さんをきっと苦しめているのだろう。謝るのは後にしよう。今はとにかく、この気持ちにどんな形でもいいから終止符を打たなければ。

「義勇さん」

義勇さんの羽織の袖に手を伸ばして、どうか聞いて欲しいと祈りを込めてきゅっと握った。義勇さんはそれを咎めなかった。

「義勇さんのお優しいところも、ご自身にはとても厳しいところも、撫でてくれる手も…声も匂いも全部、全部大好きです。」

義勇さんの好きなところなんか、言い出したらきりがない。陽が落ちたって言い尽くせない。どうしたら伝えきれるんだろう。義勇さんの仕草が、言葉が、眼差しが、私の名前を呼んでくれるその声が、私を釘付けにするんだって。ずっとお側に居たいと願わずには居られなくするんだって。どんな言葉で伝えたら全部伝わるんだろう。

「義勇さん」

この想いを形容する言葉が見つからない。参考になるかと思って先生がおすすめしてくれた恋のお話を沢山読んだ。その中に出てきたどんな素敵な言葉も力不足だと感じるくらい、私の想いはぐちゃぐちゃで大きくて、形を成す暇がないほど広がっていく。全部知って欲しいのに、私にすらこの想いの終わりが見えないから一生かけてもきっとそれは難しいんだろう。
それでも、一生かけて知ってって欲しい。わがままでもいい。先生がそう教えてくれたから。これが恋をしているということだと、先生が教えてくれたから。
私は一生分の恋をしているのだから。

「心から、お慕いしています。多分、義勇さん以外の他の誰かを私は愛せないと、そう思ってしまうくらい。」

今、私はどんな顔をしているのだろう。どんな声で義勇さんに伝えたんだろう。ほとんど衝動で吐いた言葉はちゃんと義勇さんに届いただろうか。
義勇さんは私の言葉に伏せていた目を開いて私を見つめて、ぐっと眉を寄せた。その表情は見たことないくらい辛そうに見えた。
言ってはいけないことを言ってしまったのかもしれないと、義勇さんの顔を見てぼんやり思った。それでも、ちゃんと言えて良かったと思わずにはいられなかった。

「…義勇さん。私の気持ちに、どうかお返事をくれませんか。」

急かすようなことを自分で言っておきながら、その決意が自分の中で揺るがぬように、怖じ気づきそうな心を踏ん張らせるように羽織を掴む手にぐっと力がこもってしまう。
皺になってしまうかもしれない。ごめんなさい、大切なものなのに。後でちゃんと綺麗にしますと心で謝りつつも、あの日みたいに逃げ出さないように、義勇さんからちゃんと答えてもらえるまでは絶対に離さないと必死だった。
もう私も義勇さんも、どこにも引き返せない。二人で変わるしかないんだ。明日から、早ければ数刻後から私たちはこれまでの私たちを終える。
義勇さんの言葉で、私の世界は変わるんだ。

「………俺では、」

義勇さんが小さく、小さく私に向かって言葉を紡ぐ。胸の内側がぎゅっと締まって喉の奥まで苦しく感じる。今さらどくどくと胸の音が響いてきて、心臓が震えた。

「……俺では駄目なんだ、…俺では。」

義勇さんはそう言って俯いた。
その言葉の真意が、私には解らなかった。
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