恋する乙女に敵うものかと


一つ一つ、溢れるように話す私の手を先生はずっと握ってくれていた。
膝をつき合わせて、その上で繋がれた手と手が暖かくて柔らかくてひどく安心してしまっていつの間にかまた涙が止まらなくなっていた。
夢中になって話した。
炭治郎に付き合ってもらったこと、あんなに練習したのに慌ててしまったこと、内緒にしていたのに炭治郎が義勇さんに全部話してしまったこと、義勇さんがおかわりしてくれたこと、義勇さんが美味しいと言ってくれたこと、義勇さんが沢山話を聞いてくれたこと、また両親から手紙が届いたこと。
義勇さんが、見合いを勧めていたこと。義勇さんに、鬼殺を辞めるよう言われたこと。
義勇さんに、私に他の誰かと一緒になるよう言われたこと。
もうどこから話せばいいのか解らなくなって、自分で確かめるように一つずつ記憶を辿った。話すほど涙が頬を止めどなく伝ったけど、拭うこともせず先生が握ってくれた手を握り返すばかりだった。
先生も小芭内さんも優しく相槌をうちながら私が話終わるまで何も言わずに聞いてくれた。
ようやく全てを話し終えた私は胸が痛くて痛くて堪らなくて、情けなく背を丸めて俯いていた。

「話してくれてありがとう」

こつり、とおでこのあたりに優しい衝撃を感じた。先生は俯く私のおでこに、先生の額を合わせてそう言うと握った手を親指で撫でた。視線を上げて先生を見ようとすると綺麗なさくら色の髪がお日様に照らされているのだけが見えた。

「美味しいって言って貰えて良かったね。とっても頑張ってたもの、当然だわ。」

先生はいつも通りの優しい声色でゆっくり私に語りかける。
私はそれをただ黙って、すすり泣きながら聞くばかり。

「とっても吃驚したわよね、だって私でさえこんなに驚いてるんだもん。」

「…、っう、…」

「思い出して、また傷ついちゃったわよね。ごめんね。」

「せ、せんせえ…、先生、」

「先生、とっても、苦しい。名前ちゃんはきっともっと苦しいわよね。」

すがり付くように先生に抱きついた。合図も何もなかったのに先生は解っていたかのようにぎゅっと抱きとめてくれた。
昨日もこうしてもらったばかりなのに、胸の内側が不自然に軽くて色んな物が抜け落ちてしまって寂しくて、穴を埋めるように先生を頼った。昨日あれだけ泣いて、今日こんなに優しくして貰ったというのに。私は思った以上に弱い人間なのだと知った。
先生はぎゅっと私を抱き締める。先生からはいつもいい匂いがするのに、嗚咽が止まなくて今日は全然解らなかった。

「っもう!どうして!名前ちゃんが泣かなくちゃならないのかしら!」

一層強く抱き締められると頭上から先生が大きな声で言うのが聞こえる。なんとなく声色が震えているのが解った。優しい先生の、いたたまれないという感情が伝わってくるようで私も堰を切るようにわんわん泣いた。声にだして泣くなんて、いつぶりか解らなかった。私が感情のままに泣けば先生も同じようにわんわん泣いてくれた。




「…落ち着いたか?」

「ごめんなさい…伊黒さん…」

「ごめんなさい…」

謝ることじゃない、と小芭内さんは首を振ってくれた。
先生と声が掠れるまで泣きじゃくったあと、情けない気持ちになりながら先生と並んですっかりほったらかしになっていた小芭内さんに謝った。小芭内さんがいつの間にか用意してくれた冷たい手拭いで先生と二人揃って目を冷やした。冷たくて心地良かったけどまた手を煩わせてしまったことに面目ないと思う他なかった。

「…それで、どうしたいんだ」

小芭内さんは頭を垂れる私を覗き込むように見て訊ねた。
私はなにも言えずに口ごもった。

「…どう、したらいいか…わからなくて、」

「…聞き方が悪かったか。…どう思ったんだ?」

「…どう思った、か…ですか…」

悲しかったし、辛かったし、もうわけがわからなかった。
今までのこと全部が何だったのか、夢だったのかなと思った。
頭のなかはそんなことでぐちゃぐちゃだった。
小芭内さんはじっと私を見て、少し考えるようにお袖を口に当てた。

「…鬼殺隊を辞めろと言われて、辞めようと思ったのか?」

「!い、いいえ!!そんなこと塵ほども思いません!!」

「どこぞの知らぬ男と見合いを受けろと言われて、受けようと思ったのか?」

「っまさか!!そんなわけ、ないじゃないですか…!!」

「なんだ、解ってるんじゃないか。」

「名前は利口だ」そう言って小芭内さんは私の頭をくしゃりと軽く撫でた。
私はどういうことかわからなくて呆然と小芭内さんを見つめるばかりだった。小芭内さんはまた腕を組んで私を見ると少し首を傾げて目を細め、いつも通りの様子で続けた。

「そうすればいい。冨岡なんかの言うことに従う理由が何処に在るんだ。どうしたいか決まってるんだろう。俺は名前の意見に賛成する。」

伊黒さんの言葉に私は相変わらず呆然とするばかりだった。思わず隣に座る先生を見やれば同じように先生も口をあけてぽかんとしていた。

「…名前の言う、どうすればいいかわからない、というのは冨岡と今後どう接すればいいか解らない、ということなんだろう?」

「え、えと…」

「…違ったか?」

「……そう、なんでしょうか…」

私の声は伊黒さんの言葉に返すのにあわせて少しずつ尻すぼみになっていった。
私は何を思ったのか、自分で考えるにもぐちゃぐちゃで整理が付かずにいたのに。小芭内さんはそんな私とは違っていつも通り冷静に私に問う。

「…すまない、考えを急かすつもりはない。ただ、鬼殺隊は辞めない、見合いも受けないと決まっているなら冨岡にそう言ってやればいい。ふざけた奴だ全く。」

伊黒さんは眉間に皺を寄せて少し怒気を含んだ声でそう言うと「だから言ったんだ俺はあんな奴はやめておけと、」とお茶をする時いつも言う言葉を続けた。

「…そう…よね!そうだわ!ね!名前ちゃん!!」

「えっ、ええっと」

「名前ちゃんが冨岡さんの言うこと全部に従う理由、どこにもないんだわ!その通りよ!私の継子に私を通さずに鬼殺を辞めろだなんて、なんてこと言ってくれちゃってるのかしら!なんだかちょっと怒ってきちゃった!」

先生は私のとなりで先程と打ってかわって拳を握りしめて奮起してらっしゃった。
急な展開に驚いてしまった私に先生は目を拭っていた手拭いを置いて向き直った。

「ねえ名前ちゃん」

「…はい」

「冨岡さんがどうしてそんなことを言ったのか、私たち誰も知らないわ。」

「…確かに、」

「名前ちゃん、鬼殺を辞めてお見合いしろだなんて…それが冨岡さんからのお返事でいいの?」

まるで雷が落ちたような衝撃だった。
先生の言葉に思わずはっとしてしまった。突然思考が明瞭になりだして、心臓がどくどくと脈打つのを感じた。

「…冨岡さんとこれからどうやって接するか…とか、名前ちゃんが冨岡さんを諦めるか、とか…とっても難しいことだわ。それを決めるのも、実行するのも。でも、答えを出すのに必要なことを名前ちゃん、冨岡さんから何も聞かされて居ないんだから当たり前だわ!」

「…そうです…よね…」

「先生はこんなのが冨岡さんからのお返事だなんて、納得できないわ!だって冨岡さん、あんなに名前ちゃんのこと大切にしてたのに!」

自分の膝に意識することなく置かれていた自分の掌をぎゅっと握った。先生が怒ってくれているのに影響されたからか解らないけれど、へし折れていた自分の胸の奥がふつふつと湧くような感覚がする。

義勇さんに鬼殺を辞めてお見合いをするように言われたあと、なんでどうしてと思いながら失恋したんだと自分で答えを勝手に出してしまっていた。
私が義勇さんのことを好きだと義勇さんは知っていたはずだから、他の誰かと一緒になるように言われれば失恋したと受け取って当然だと思う。
実際、そうなのかもしれない。もう義勇さんは懲り懲りだと思っているのかもしれない。だから私にそんなことを言ったのかもしれない。
でも義勇さんにそこまで言われる筋合いはきっとないし、私を突き放すだけなら義勇さんはこんなことする必要なかったんじゃないかと思う。私は義勇さんの一言で、地獄の底にだって落ちれるのだから。
どうしてお見合いなんか勧めたのか、ちゃんと教えて欲しい。
もしこれが私の気持ちに対する返事ならば、ちゃんと私に言葉で欲しい。
私がずっと、言葉で伝えてきたのだから。

「…わ、私…っ私やっぱりこんなんじゃ諦められません!!」

「!、名前ちゃん…!」

「ずるいです!私が、いつもいつも精一杯義勇さんに伝えてきたのに!両親に頼ってこんなことして!こんなの、ずるいですよね!?おかしいですよね!?」

「そうよ!絶対おかしいわ!」

「義勇さんがここまでした理由を聞けないままじゃ、私何にも諦められません!!」

「そうよ!その通りだわ!」

思わず声を張り上げた。少し苦しくなる程に。
胸一杯に息を吸い込んでは吐いて、背筋を伸ばしてぐっと顔をあげた。

「…わたし、ちゃんと義勇さんに話を聞きます。悪あがきかもしれないけれど、こんなの、諦めつきません。…ちゃんと会って話を聞いて、…それからまた、考えます。」

今のままでは鬼殺をやめることも、お見合いを受けることも絶対しない。そんなこと、する理由が私にはない。
もしかしたら、次義勇さんと話をすれば義勇さんを想うことを辞めなくちゃならなくなるかもしれない。義勇さんの言うとおり鬼殺を辞めてお見合いを受けることを選ぶ必要が出てくるかもしれない。
そう思うと怖い気もした、でも先程まで折れてた心が義勇さんにちゃんと言葉で教えて欲しいと願ってやまない。
あのとき、何にもわからなくなって怖くなって走って逃げ出してしまったから。今度はちゃんと聞こう。私のために。

「…無理はするな。急ぐ必要ない、帰る場所がなくなるわけじゃないんだ。」

「…うん、時間がかかってもきっと大丈夫。名前ちゃんはここに帰って来たらいいんだから!」

「う、うう…ありがとうございます…!!」

優しい言葉にじんときてしまった私を見かねた小芭内さんが小さなため息をついて「英気を養っておけ」と机に置いたままのお団子を口に突っ込んできた。先生はそれを見て笑い、「私もたくさん泣いたらまたお腹がすいちゃったわ!」と一緒になってお団子を頬張った。
私が好きなお店のお団子だった。

もう一度ちゃんと私から告白しよう。
一生分の恋を貴方にしていると、ちゃんと伝えよう。
だからそれに見合った返事を貰おう。
それが幸せなものでなくても、受け入れる覚悟を持って。
少し怖い。もしかしたら時間がかかるかもしれない。けれど私にも出来るはず。
恋する乙女は強いのだと、先生が教えてくれたから。
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