他の誰でもない君のために

私も炭治郎も、それはもう食い入るように見つめた。
思わず呼吸を止めてしまうほど緊張した。
机を挟んで目の前にいる義勇さんが持つ、きれいに漆が塗られたお箸がいよいよ口に運ばれるその瞬間思わず唾液を飲み込んだ。

「…………旨い、」

義勇さんが少しだけ驚いたように目を開いてそう言った。
私は思わず前のめりになって、炭治郎は詰めていた息を大きく吐いた。



朝から今日は大変だった。このしばらくの間ずっと練習していた鮭大根を食べてもらおうと思って朝から奔走していた。
最近試しに作った鮭大根を炭治郎や善逸に食べてもらい続けやっと満足できる出来映えにまでたどり着いた。そこまでくるともう早く食べてもらいたくて仕方なかったのだ。義勇さんが今日前もって任務を受け持っていないことは先生のお屋敷に出入りしている隠の皆さんから聞いていた。なんの伝令もなければ今日義勇さんは多分お屋敷にいるはず。私はいつもなら鴉を飛ばさずに義勇さんのお屋敷に遊びに出ていたが今日ばかりはそうも言っていられず、今日昼食を作りに行きたいことを言伝て義勇さんに鴉を飛ばした。そこまでは勢いで出来たものの、いざ材料の買い出しをして義勇さんのところに向かおうと思うと心臓が飛び出しそうな程緊張して怖じ気づきそうになった。義勇さんの好みでなかったらどうしようと考え出すときりがなくて、もし義勇さんが喜んでくれなかったとき物凄く落ち込んでしまうことを考慮して炭治郎に泣きついた。
炭治郎に一緒に来て食べて欲しいとお願いすると「せっかくここまで練習したのに、いいのか?」と何故か私に遠慮していたけれど頭を下げてお願いすると快く着いてきてくれた。
結局炭治郎と義勇さんのお屋敷に向かえば、義勇さんが門のところで待っていた。「いつも鴉を飛ばさないだろう」と心配そうに私を見ていた義勇さんにどきどきしてしまったのは言うまでもない。

私はなんの心配もいらないことを義勇さんに説いて、お台所を借りた。調理をしているその間義勇さんに炭治郎が色んな話をしているのをちらと盗み見したら何故かこっちを向いていた義勇さんと目があってどきりとした。それと同時にお鍋が吹いて慌てた私に義勇さんが「危ないぞ」と火元を確かめに来たせいでそこから何をどうしようと思っていたのか忘れてしまった。
義勇さんに翻弄される私を見た炭治郎が義勇さんを急いでお台所から引っ張り出してくれたことを私は一生感謝すると思う。

正直練習のときよりも慌ててしまったし、うまく立ち回れなかったけれど出来映えそのものは良くて湯気立つお鍋に向かって必死に義勇さんが美味しいと言ってくれますようにと祈るばかりだった。
一通り完成して盛り付けていたら、ふらりと義勇さんが後ろから現れて「鮭大根か」といつもより少しだけ弾むような声色にかっと顔が熱くなった。丁度お昼時でお腹が空いていらっしゃったのか手伝うと義勇さんと炭治郎が机に完成した料理たちを並べていってくれた。
あとは義勇さんの反応を見守るだけだった。



「お、美味しいですか……?」

「…ん」

私は義勇さんの言葉を聞き返すように言った。義勇さんは私を見ることなくまた鮭大根に箸を伸ばして頷いた。
なんだかそれがとっても嬉しくて安心して思わず笑ってしまった。
私の隣で炭治郎が「良かったなあ!」と本当に嬉しそうな声を挙げるものだから義勇さんが不思議そうに咀嚼しながら炭治郎を見ていた。

「た、炭治郎…!」

「名前、ずっと練習してたんです!美味しい鮭大根が作れるようになりたいって!」

「炭治郎!!」

ずっと内緒にしていたのにこんな所で炭治郎にばらされてしまい思わず大きな声が出た。炭治郎は声を出して笑ったあと「いいじゃないか、あんなに頑張ってたんだから」と怒る私にそれはもう優しく笑い返してきた。
私は突然居心地が悪くなってぎゅっと隊服を握りしめ俯いた。
炭治郎は「俺も頂きます!」とぱちんと手を叩いて義勇さんに続いてまだ湯気が立つ鮭大根にお箸を伸ばしていた。

「んん!やっぱり名前は料理上手だ!」

「も〜…言わないでって言ったのに…」

「はは、すまない、つい。でも冨岡さんに知って貰いたかったんだよ」

ちらり、と義勇さんを盗み見るとぱくぱくとお箸を進めながら私と炭治郎のやり取りを見ているようだった。
美味しいと言ってくれたあと、何も言ってはくれなかったけれど多分いつもよりも早く進むお箸が全てだと思う。
身を解さずに一口で口に放り込んでいくのを見てなんとも形容し難い気持ちになった。

「そのとき名前、鮭大根なのに鯖にしてみるのはどうかって言い出して!すっごく混乱してたんですよ!」

「…鯖…?」

「その話!一番してほしくなかった!一番!!」

炭治郎は観念した私を横目に今日ここに作りにくるまでの事をありったけ義勇さんに話し出した。恥ずかしさで顔から火が出てしまうかと思った。
義勇さんは炭治郎の話に沢山相槌を打つわけでもなく、いつも通り時折言葉を挟みつつ私たちの話を聞いていた。
するとしばらくして意気揚々と話続ける炭治郎を前に義勇さんは突然箸を止めたのを私はよく見ていた。

「…義勇さん?」

「……もう一杯、もらえるか」

思わず義勇さんに声をかけると義勇さんが私をじっと見つめてお椀を差し出してきた。私は思わずぽかんとしてしまったけれど、私の隣で私より先に喜び出した炭治郎を切っ掛けに、わあと声をあげて「喜んで!」とそのお椀を受け取りまた台所に走った。
いつも私がおかわり要りますか、と聞いていたのに。
義勇さんからおかわりと言われたのは初めてだった。


結局作ったものは全部義勇さんと炭治郎が平らげてくれた。
今まで何度も人に手料理を食べてもらってきたし、勿論義勇さんにこうして食べてもらうことも初めてではなかったけれど今までで一番の満足感と多幸感に満ちていた。やりきった気持ちでいっぱいだった。
後片付けを三人で済ませてお茶を淹れて縁側に並んで座りまた他愛もない話を続けた。

「あれ」

「ん?……あー…」

炭治郎が何かを見つけて指差した。私と義勇さんはその指先を視線で折った。指先の向こうに居たのは朝義勇さんに言伝てたあと姿を見ていなかった私の鴉だった。
鴉は勿論私の方へと真っ直ぐ飛んで、私が差し出した腕に止まった。
なんとなく、ここに鴉がきた理由が解っていた私はため息をついた。

「伝令か?」

「うーん…違うと思う。ありがとうね。」

私が察した通り鴉は足に文を着けていた。鴉からそれを受けとり頭を少しだけ撫でてやると義勇さんの方に飛び移った。私の鴉は義勇さんにとても懐いていた。
鬱々としつつ、その文を広げると案の定両親からだった。

「…もしかして、ご両親か?」

「うん、また」

「うーん、またか…なかなか引いてはくれないな」

内容はずっと同じだった。以前先生やしのぶさんにも相談した、家に戻って見合いを受けるようにと私を説得するもの。つい先日も同じ内容の手紙に、いつもと同じように返事を返したばかりだった。何度もこうやって手紙を受け取り返事をしている私を炭治郎は知っていた。炭治郎も先生と同じように「見返してやろう!」と私を励ましてくれていた一人だった。両親からの手紙ということだけで、炭治郎も察してくれたようだった。

「絶対嫌って言ってるのにな…」

「…冨岡さんにも、相談してみたらどうだ?」

「……義勇さん、」

先ほどまで天にも昇りそうなほどご機嫌だった私を急降下させた手紙に子供みたいなことを言ってしまった。炭治郎が側で私の鴉を撫でながら変わらず私たち二人のやり取りを見ていた義勇さんに話をふった。私は意を決して聞いた。

「何か、知りませんか?おかしいと思うんです。あんなに鬼殺になることを応援してくれてた両親がいきなり辞めて戻れなんて、お見合いしろなんて言うんです。…何度話を聞いても家に何かあったわけでもなさそうで。義勇さん何か聞いてたりしませんか…?」

両親と仲の良い義勇さんなら、私の家に何かあったことを知ってるかもしれない。私の家のことなのに私が知らないなんておかしな話だけれど、義勇さんのことを両親は揃ってとっても頼りにしていたから私には力及ばずなことも相談しているかもしれない。
とにもかくにも、何通も何通も同じやり取りをし続けるのはもう疲れてしまった。両親も引く気はない様子だし、私だって折れるつもりもなかった。この不毛とも言えるやり取りを一刻も早く終えたかった。
義勇さんを巻き込むつもりなんて無かった私は少し申し訳のない気持ちを抱えつつ、義勇さんの言葉を求めた。
義勇さんは鴉を撫でていた手を止めた。それと同時に私の鴉はまたどこかへと飛び去って行ってしまった。

「………俺が頼んだ」

「え?」




「俺が、そうさせるようにと頼んだんだ。」


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