秘め事の共演者
「あれっ名前?」
「わー!炭治郎!善逸!」
「名前ちゃんっ!!」
この間の任務で大怪我をした伊之助の様子を見に蝶屋敷へ行った帰り、腹ごしらえをしようと定食屋さんで善逸ととりとめもない話をしながら美味しいご飯をつついていたら見慣れた顔が戸を引いて入ってくるのが見えた。
名前はお店の人に会釈をして少しやり取りをすると俺たちのいる席に通され俺の横に座った。善逸はいつもの調子で名前にこんなところで会うなんて、と物凄い勢いで名前に話していた。それを名前はまたいつもの調子であははと笑い「善逸お米ついてる〜」と流していた。
「二人とも任務のあと?」
「いや、伊之助の様子を見に行ってたんだ」
「あいつはしのぶさんを怒らせる天才だと思ったよ俺」
名前はなるほど、という顔をしたあと「またいじけてるんじゃないかと思ってたんだけど、大丈夫そうなら良かった〜」と安心したように間延びした声を出した。そのあと名前はお店の人を呼んで「これください」とお店の人に簡単に注文を済ませて出されたお茶を啜った。
「名前ちゃんは?任務だったの?」
「うーうん!違うよ〜小芭内さんのお使いに出てたの」
「…伊黒さんの?」
「そう!急に任務になっちゃって、本当は今日ここに一緒に来る予定だったんだけど…」
少しだけしょげた顔をした名前は「お忙しくなっちゃったみたいだから、ちょっとだけお手伝いしてたの」と俺を一瞥してにっこり笑った。話を聞いてもあまり経緯がすんなり飲み込めない俺と善逸は簡単な相槌を打つしかできなかった。
するとお店の人が名前が頼んだものを盆に乗せて持ってきた。いい匂いがした。名前は嬉しそうにありがとうございますとお店の人にお礼を行った。
「鮭大根にしたのか」
「うん!美味しそうだね〜」
「名前ちゃん好きだったっけ?」
「今練習してるの!」
名前は運ばれてきた鮭大根に早速箸をつけて煮崩れせず綺麗に染まった鮭を小さくほぐした。名前の言葉に俺はなんとなく察しがついたけれど、善逸はわからないという顔をして「練習?なんの?」と名前にさらに詳しい話を聞こうとした。
「美味しい鮭大根の作り方!色んな鮭大根食べて研究してるんだ〜ここも美味しいって先生が言ってたの。先生は今任務に出られてるから、小芭内さんが連れてってくれる予定だったんだ」
「へえ〜名前ちゃんお料理上手だもんね。」
「そんなことないよ〜だから美味しい鮭大根が食べられる所知ってたら教えて欲しいな」
善逸は納得したような声で返事をしたけれどすべての辻褄合わせが出来てないというか、不思議そうな匂いがまだ少しした。名前は鮭大根をぱくりと頬張ると一瞬目を見開いてゆっくり咀嚼した。俺が美味しいかと訪ねると、口の中のものを飲み込んだ名前が「うん!美味しい!」とご満悦の表情だった。食べ物を幸せそうに食べるのは、名前が先生と慕う甘露寺さんとよく似ている。
「美味しい所か〜…なんだっけ、この間宇髄さんと煉獄さんが美味しいって言ってたとこあったよね」
「ああ、北の方の街の」
「そうそう!」
少し前に煉獄さんと宇髄さんが世間話ついでに教えてくれた定食屋さんをよく思い出して名前に伝える。鮭大根があったかまでは聞いていないけれどあのあたりはものすごく栄えているから行ってみる価値はあるんじゃないかと名前に言うと進めていた箸を止めてうーん、と悩むように唸った。
「ありがとう、でもそこは任務以外で行っちゃだめって言われてて…」
「え?誰に?なんで?」
「…義勇さんが、危ないって」
あのあたりは花街があるからって、と申し訳なさそうに続ける名前に善逸は「ああ〜…なるほどね…」と納得したようなあきれたような声で返した。確かにその街は奥まで行けば花街と呼ばれる場所に繋がるけれど、物凄く大きい花街というわけでもなければ道を間違えなければ通らずとも抜けることができる。とは言え、冨岡さんは確かに許可しないだろうなと思った。冨岡さん、名前を大事に思っているから。
「鬼も居ないのにそんなところ出歩くなって、」
「…名前ちゃん、あの人にそんなこと言い付けられてんの?」
「え?」
「で、それを名前ちゃんも素直に聞いてるの?」
「え?え?う、うん…」
「へえ〜〜…ふうん……」
善逸は何か言いたげな口振りだったけれど「…まあ確かに、名前ちゃん一人でっていうのは良くないよね」と改まって言った。多分善逸は冨岡さんが思った以上に名前に過保護であることが理解できてない。いつも善逸は「なんであんな冷たい人が名前ちゃんは好きなんだろう」と垂れていたし。加えて名前はいつもそんな冨岡さんの言うことにはいつも素直に従うからそこも納得していない。とは言え、耳のいい善逸は俺と同じように音で聞き分けて冨岡さんが冷たい人だと決めつけてはいないとは思うけど。
「…じゃあ俺たちと一緒ならいいんじゃない?ねえ、どう?そうしよう!?」
「…でも行くって、義勇さんに言わなきゃだめだし…」
「エッ俺たちが居たら大丈夫でしょ…それもダメっていうの?怖…」
「そ、そうじゃなくて…」
善逸が閃いたとばかりに名前に提案したものの、名前はいつもより小さな声で歯切れ悪く口ごもった。引き気味の善逸と言葉を探してるような名前に俺は助け船と言うほどでもないけれど、なんとなく察しがついていたことを口に出した。
「鮭大根の練習してるの、冨岡さんに内緒なんじゃないか?」
「え?内緒?」
「!炭治郎、なんで知ってるの…?」
「冨岡さん、鮭大根好きだからなんとなくそう思ったんだ。」
名前は本当に驚いた様子で俺を見て居た。善逸は何もしらなかったようだったけど、俺は何度か冨岡さんと食事に出たことがあったから知っていた。冨岡さんは大がつくほど鮭大根が好きみたいでよく口にしていた。だから名前が鮭大根を作る練習をしていると聞いたときにピンときていた。きっと冨岡さんのためなんだろうなと。冨岡さんに街に出ることをいうのを躊躇ったのは内緒にしたいんだろうなと。
名前は少しだけ頬を染めて、視線を俺たちから下ろして「そうなの、」と言い恥ずかしそうに続けた。
「…一番美味しい作り方が解ったら、食べてもらいたいなって思ってて…上手に出来るようになるまでは内緒にしたいの。」
「どうして内緒なんだ?」
「だって!いつも何を作っても美味しいって言ってくれるんだもん!義勇さんは優しいからきっと私に気を使って一番美味しいって言うもん…とびっきり美味しいのを食べてもらって、びっくりしてほしいの!」
名前はいじけたような仕草を見せたかと思ったらぐっと拳を作って意気込んだり百面相という言葉がぴったりだった。「だから内緒にしてね!」と俺たちに言うとまたやる気満々だという様子で注文した鮭大根を食べ進めた。
「何それ…なんか色々聞き捨てられないんだけど…えっ何…?名前ちゃんってあの人に手料理を振る舞うの…?いつもって何…?」
「冨岡さんが忙しそうだと、いつも名前が食事や家事を手伝ってるんだ。」
「だって柱のお仕事は手伝えないものもいっぱいあるし…」
いつも暇があれば冨岡さんのお屋敷に出向く名前は冨岡さんがお屋敷でお仕事をされていたら名前と俺とで手分けして家事を手伝っていた。名前は実家でそういうお手伝いをたくさんしていたからか、物凄く手際が良くて驚いたものだった。あののんびりした穏やかな雰囲気からは想像もできないくらい。とは言えやっぱり名前は名前だから、その手際の良さからは想像できないほど上機嫌にその場で思い付いた鼻唄を歌っていたけれど。いつもげっそりと消耗したお顔で色んな報告書と向き合う冨岡さんが名前の作った料理を美味しいといつも言っていたのは確かだった。
そんな話を冨岡さんが苦手らしい善逸に話すと信じられないという顔をして「なにそれズルくない!?!」と大騒ぎした。
「そんなのお嫁さんがやることじゃん何それ俺も名前ちゃんの手料理毎日食べたい食べたい食べたい!!」
「あはは!毎日って、大げさだなあ。たまにお手伝いしてるだけだよ?でもありがとう〜」
「笑って流さないでお願い流さないで!!」
「それで、練習の成果はどうなんだ?」
「俺の話終わってないから!!」
騒ぐ善逸をにこにことかわした名前はお茶を啜っていた。
俺が話を戻すように名前に問いかけると変わらず善逸は大騒ぎしていたけれど名前はうーん、と顎に手を添えて考え込んだ。
「悪くはないんだけど、決め手には欠けちゃって…」
「そうなのか?」
「この間伊之介にたくさん味見してもらったんだけど、伊之介の感想がすごいざっくりしてて感覚的で…これからって感じかなあ」
「伊之介ェ〜!?なんで!?なんであいつなの!?」
「だ、だって善逸も炭治郎も絶対美味しいしか言わないでしょ〜!伊之介は美味しくなかったら美味しくないって言ってくれそうだったんだもん…!」
勢いよく迫る善逸に名前はたじたじになりながら負けじと反論していた。善逸はよっぽど悔しかったのか、むきになって「だからってアイツだけはない!アイツだけは!」と机を叩いていた。さすがにお店の迷惑だと思って咎めると「だってさァーー!」と机に突っ伏してぐずりだしてしまった。俺は呆れて「また恥を晒して…」と言うと善逸は「やめてよソレ!!」とさらに愚図ってしまった。
「……も、もう少し練習したら次は味見をお願いしてもいい?」
「!!!名前ちゃん!!!」
「でも善逸も、炭治郎も!ちゃんと感想を教えてね?!お世辞は絶対抜きだからね!」
「ああ、勿論!俺も一緒に手伝えたら嬉しい!」
がばりと勢いよく顔をあげた善逸は机に擦り付けていたのか額が真っ赤になっていた。次は俺も味見をさせてもらえるらしい。冨岡さんに便乗して俺もたまにご馳走になるけど、名前は本当に料理が上手だから、お世辞抜きで美味しいと言ってしまう気がするけど。名前の力になれるように俺も一緒に考えたいと思った。
名前はまた拳を作って「ようし、美味しいって絶対驚かせちゃうぞー!」と腕を高く挙げた。善逸は「あの人と名前ちゃんを取り持つのは微妙な気持ちだけど!」と言いつつも名前によって機嫌は持ち直されたようで名前と同じくして拳を高く挙げていた。