剣も恋も修業あるのみ
「んんん…!!お、美味しいです!!」
「そーだろそーだろ!!」
「宇髄さんは作ってないじゃないですか〜!」
私はほかほかと湯気を立てる鮭大根にまた箸を着けながら私の前で肘をついて大笑いする宇髄さんに言った。
朝は先生に稽古をつけてもらって、午後は任務に出られる先生を見送って頼まれていたお使いを済ませた。その後、少し前に約束をした通り宇髄さんのお屋敷にお邪魔していた。
「どーだうちの鮭大根は。世界一美味いだろ?」
「美味しいです!やっぱりお家ごとに味は違いますね…!勉強になります!!」
今日ここ、宇髄さんのお屋敷に来た理由は他でもない。三人もいる宇髄さんのお嫁さん方に、鮭大根の作り方を教えてほしいとお願いしたのだ。
この間蝶屋敷でしのぶさんと先生に家に戻ってお見合いをしろと勧められている話をしたあと、先生がどうすれば両親に認めてもらえるか考えてくれたところ「冨岡さんと夫婦になれれば全部解決よね!」と言った。あまりにも飛躍した結論ではあったけれど、そもそも結婚するなら相手は義勇さんでないと嫌だと言ったのは私で、それならばそこを目標にしようということらしい。お見合いを断った上で鬼殺として生きることができれば一先ずはいいのだけれど、鬼殺として認めてもらうためには死ぬほど頑張るしかない。炭治郎がそう言ってた。私もそう思う。これまでより一層力を入れて稽古や任務に励む傍ら、義勇さんに振り向いてもらうためにやれることを先生と考えた。
数日前「胃袋を掴んじゃうのはどう!?」と先生が美味しい美味しいと夕餉を口に運んでいたときに突然前のめりになって私に提案してきたのが今日に繋がった。
私の家は旅館を営んでいる。藤の家紋を掲げる旅館で、長らくお客さんや鬼殺の人たちをもてなしてきた。だからお料理はそれなりに得意な方だった。とは言え、勿論お料理は料理番の人たちのお仕事だったのでお金を貰えるほどのことができるとは言えないけれど。
当然、鮭大根は作れる。義勇さんの好物が鮭大根であることはうちの人は皆知っていたし、義勇さんが着たら必ず鮭大根をお出ししていた。義勇さんの好物が鮭大根と知った日、すぐに鮭大根の作り方を教えてもらったしその日からたくさん練習もした。
とは言えそれは所詮うちの家の味で、義勇さんは「美味い」といつも言ってはいるものの好きならばきっと色んな所で鮭大根を食べてるに違いない。現にこの間炭治郎と義勇さんと食事に出たとき鮭大根を食べてた。私だって色んな所で色んな甘味を試して、お団子はこのお店、おはぎはこのお店と決めているのだから。
胃袋を掴むなんて本当に可能なのかは知らないけれど、義勇さんの好きなものを一番上手に作れる人になりたいと思った。
その為にはまず他の人の作る鮭大根を知りたいなと思った結果、宇髄さんのお嫁さんたちに頼ることにした。宇髄さんのお嫁さんたちに会うのは今日が初めてではなかったけれどいきなり鮭大根の作り方を教えて欲しいと言った私にとても優しく丁寧に、宇髄家の鮭大根を教えてくれた。
「口に合ったなら良かった」
「私も食べた〜い!」
「ちょっと須磨、後にしなったら」
雛鶴さんが私と宇髄さんにお茶を出してくれる。ありがとうございますと頭を下げると私の隣に須磨さんが座って、ぐいと近寄って来た。私はぱくぱくと食べ進めていた鮭大根から目を離して須磨さんに視線を向けた。
「どうして鮭大根なんですか?急だったらびっくりしちゃった〜!」
「…そういやそうだな。料理を習いてえっつーから簡単に返事したけど。お前別に作れるんじゃねえのか?」
にこにこと私に話しかけてくる須磨さんの問いかけに宇髄さんも乗ってみせた。そう言えば言わなかったような気がする。宇髄さんにお願いしたときも私に理由を聞くよりもずっと「ウチの飯は美味いからな!」と宇髄さんはお嫁さんたちの話をしていたし、その話の波に乗ってトントン拍子に今日まで来た。
私は一度お箸を置いて出されたお茶を一口頂いた。
「義勇さんがの好物が鮭大根なんです!もっと上手に作れるようになりたいので、色んな人の鮭大根を知りたいなって!今日は本当にありがとうございます!」
頭を下げてお礼を言い、また顔を上げると何故か宇髄さんもお嫁さんもぽかんと口を開けていた。
何かおかしなことを言っただろうかと私もぽかんとしてしまったけれど、次の瞬間宇髄さんはまた大きな口をあけて笑いだした。
「はは、なんだ名前、お前花嫁修業中か?」
宇髄さんは私をからかう時の意地の悪そうな笑顔で肘をついて笑った。私の横に座った須磨 さんはなんだか目をきらきらとさせて頬を染めて笑っていた。宇髄さんの言葉に私は頭が着いていかず、口を開けて呆けていると須磨さんを筆頭にお嫁さん方が騒ぎだした。
「義勇さんって、水柱様のこと!?!きゃ〜!」
「ちょっと須磨暴れないでよ食事中でしょ!」
「水柱様を慕ってるって…本当のことだったのね…」
「花嫁修業なら最初からそう言えばいーのによ。相変わらず地味な奴だな」
口々に私と義勇さんについて話し盛り上がるお嫁さんたちと、大口を開けて笑う宇髄さんを見ていたらようやくなんの話をされているのか解った。私は恥ずかしくなってぐっと顔に熱が集まるのを感じた。花嫁修業なんて、私そもそも義勇さんと恋仲でもないのに。義勇さんに一番私の作る鮭大根が美味しいと思って貰いたいだけで、そんなつもりはなかった。違うんですと慌てて首と手を振って否定すると須磨さんが照れなくてもいいのにと楽しそうに言った。
「は、花嫁修業だなんて、そんなあ…!やめてくださいよ宇髄さん…!!」
「で?祝言はいつだ?」
「うーずーいーさーんー!」
慌てる私を見て宇髄さんは更に笑った。完全にからかわれている。私と宇髄さんのやり取りを見てお嫁さんたちも声にだして笑っていた。私は拗ねて宇髄さんを相手にするのをやめてまた美味しい鮭大根に箸を伸ばした。
「お前、ほんと派手に冨岡のことが好きだよなあ」
「…大好きですよ、何回も言ってるじゃないですか」
「なんだ?お前の作った鮭大根は冨岡はお気に召さなかったのか?」
「そんなことはないと思うんですけど…でも、義勇さんに…一番美味しいって思われたくて…」
ちびちびと箸を進めながら結局宇髄さんの話を聞いて応えてしまった。宇髄さんは変わらずにやにやと笑い私を見ていた。完全に機嫌を濁らせてしまった私はぼそぼそと言葉を返していたけれど、話し終わった私の手を突然須磨さんが握って止めた。
「大事なのはやっぱり気持ちだと思うんです!!」
「ひえ、」
「だから!大丈夫!絶対に一番美味しいはず!」
大きな目を爛々とさせてぐい、と須磨さんは私に顔を近づけた。私は情けない声をだしてしまったけれど、きっと須磨さんは私を応援してくれているんだと思うと嬉しくなって段々と胸のあたりがぽかぽかとした。それと同時になんだか照れくさくなって、へへへとまた情けない笑い声をもらしてしまった。宇髄さんが「そうだな、いーこと言うじゃねえか」と優しい声で言うと須磨さんは宇髄さんに褒められて嬉しそうに笑った。
「ウチの鮭大根なら冨岡も唸るぜ?派手に期待しとけ。あとはお前の気持ち次第ってとこだ。まあそこは誰も心配しちゃいねえけどよ」
「…はい!頑張って世界一美味しい鮭大根作ります!!ありがとうございます!」
宇髄さんは机の向かいから私に大きな手を伸ばして頭をぐしゃぐしゃと掻き撫でた。義勇さんと違って頭が揺れてしまう程の力加減に思わず目を瞑ったけれど、宇髄さんの優しい言葉に頬を緩めずには居られなかった。
そのあと宇髄さんはどうしてか「花嫁修業中のお前に教えておくべきだろ!」と夫婦円満についてのコツを話だし、時折宇髄さんの言葉に赤面したり慌てたりするお嫁さんたちを見ながら盛り上がってしまい、随分と帰りが遅くなってしまったのは言うまでもなかった。