心に決めた人が居るのです

「…はい、いいですね。もう完治と言ってもいいでしょう。」

「ありがとうございます!」

「いえいえ、女の子ですから。跡が残らなくてよかったです。」

機能回復訓練を経て、任務と鍛練に復帰してからも数日に一回蝶屋敷に足を運んでいた。攻撃を受けて強く叩きつけられた背に残っていた怪我の跡をしのぶさんが手厚く診てくださっていたのだ。それももう綺麗に治ったらしくしのぶさんが私の背を撫でて言った。正直なところ、私は鬼殺だからこんなものは致し方ないと思っていた。五体満足であるのだから十分幸運な方だと。しかし先生はずっと女の子なのに、と気にしてくれたのだ。しのぶさんに治るかどうかと掛け合ってくれたのも先生だった。しのぶさんは、まだ完成はしていない薬の治験も兼ねて良いのであれば、と私の治療を続けてくれた。結果として私の怪我も、跡も綺麗に治り治験は大成功ということになった。

「本当によかったわ…!ありがとう、しのぶちゃん!」

「こちらこそ、治験にお手伝いいただきありがとうございました。お体も変わりないようですし…私も安心しました。」

「女の子なのにあんな大きな怪我の跡があるなんてもう見てられなかったの…!お嫁に行く前なのに!」

「…お嫁…ですか、」

先生が拳を作って力んで話す姿を隊服を直しながら聞いていた。ボタンをかける手がなんとなく縺れた。

「は!勿論、そんな怪我の跡があったって名前ちゃんの可愛さは揺るいだりしないのよ!きっと引く手あまただわ!でもやっぱり名前ちゃんの体に怪我の跡があるなんて私すごく悲しくて」

「ふふふ、焦らなくとも、名前さんは解ってらっしゃいますよ」

先生は私にわたわたと早口になりながら言葉の訂正をし、しのぶさんがそれを見て笑った。先生の言いたいことはちゃんとわかってる。優しい先生。私を妹のように、たまに娘のように可愛がってくれる。私が年下と言っても、そんなにたくさん年齢が離れているわけでもないのに。たった数個の年齢差にもこうやって人としての成熟に差が生まれるものなのだろうか。私を心から思いやってくれる先生を人として尊敬して止まない。一つ一つボタンをかけていく。毎日していることなのに、少しだけ手間取ってしまった。

「…名前ちゃん?何かあったの?」

「…え?」

「なんだか、ちょっとだけ上の空な感じがするの」

物思いに耽っていたのか、先生は少し眉を下げて私を覗き込んだ。指先を縺れさせながら動かしていた手が最後のボタンをかけるのとほぼ同時だった。上の空、と言われてそんなつもりはなかったのだけれど、そうなのかもしれない。

「……ごめんなさい、ちゃんとお話は聞いていたんですけれど…」

「ううん、違うの!何か困っているなら教えて欲しいだけ」

「困っている……」

先生と私のやり取りをしのぶさんは静かに聞いていた。私の目に先生の心配そうな顔が飛び込んでくる。
最近、困っているという程でもないけれどなんとなく胸のつっかえになっているものが頭を過った。

「…困っているわけじゃ、ないんですけど…」

「うん」

「……最近、…縁談をいくつか持ち込まれていて」

「そう………縁談!?!」

ぽつぽつ話す私の声を大事に拾ってくれる先生は突然大きな声を出して立ち上がり勢い余って座っていた椅子をがたんと倒した。しのぶさんは何も言わなかったけれど、らしくなく口を開けていた。

「縁談、縁談!?名前ちゃんに!?」

「…そうなんです、家からの手紙が毎回そればかりで」

思わずため息が出てしまった。思い返すこと四、五通はもうそのことばかりやりとりが続いて居た。いつも通り近況を綴り鴉に持たせた手紙の返事は途中まで変わりのないものだったのに、いきなり縁談が来ていると。できれば受けて、家に戻らないかと言うのだから私もビックリしてしまった。本当に私の両親からの手紙なのかと思わず鴉に問いただした。慌てて断る旨を書いた手紙を持たせた。家に何かあったのか、私がどこかに嫁に出なければならない程家が傾いているのか。良くない想像が止まらなかったけれど、私だってそこそこの階級になった。昔と比べれば実家の支えには少しくらいなれるはずだし、そもそも家の状況が良くないのであればとっくに私の耳に届いているはずなのにどういう事なのかと。

「…私の家は藤の花の家紋を掲げています。お爺様も鬼殺隊士でした。私が鬼殺になりたいって言ったときも、親戚総出で応援してくれたんです。…でも、何故か…縁談を受けて家に戻るように、と…鬼殺として、認めてもらえていないのかもしれません…酷い負け方をしたところですし…」

「…それで、名前さんはなんてお返事を?」

「勿論毎回受けないと!お断りしてほしいと!返してます!」

縁談なんて真っ平御免だった。そもそも鬼殺を辞めろだなんて、考えられない。地を這ってここまで来た。先生に面倒を見てもらって、色んな人に助けてもらってやっと実力を着け任せて貰えることも増えたのに。これじゃあんまりだと思う。私にも、私を良くしてくれる人たちにも。
家業も、藤の花の家紋を掲げることも、嫌いじゃない。誇れる家に生まれたと思う。けれど私にはやることがあって、やれることがある。
だからそんな縁談受けられなかった。鬼殺としてやれることがあるうちは家に戻る気なんかない。まだ私は強くなれると思っているから。まだ救えるものがあると確信しているから。

「仮に、認めてもらえていなくても…まだ、私は鬼殺隊士としてやれることがあるし…まだ、強くなれると思うんです。だから絶対家には帰りません!……それに」

「それに?」

「……私は、…大好きな人が、居るから」

思わず手に力がはいって隊服に皺を寄せた。ぐっと掴んだ隊服を見つめた。私はずっとずっと義勇さんが大好きで、これからも多分義勇さんが大好きだ。そんな私と一緒にされるお相手にどうやって顔向けしろと言うのか。長年同じ人に心を寄せ続ける私と一緒になる人が可哀想でならない。
ずっと義勇さんが好きだと知っておきながら、どうしてそんなことを言ってきたのかわからない。わからなかった。

「…そうですね、名前さんは冨岡さんが大好きですね。…で?」

「…で、とは…」

「将来ご結婚されたいんですか?冨岡さんと」

「しのぶちゃん!?!」

しのぶさんはいつもの調子でとんでもないことを聞いてきた。私は思わずきょとんとしてしまった。先生は更に慌てて私のとなりで大きな声を出していた。
しのぶさんの言葉が大きく頭のなかで反響した。

「い、いくらなんでも話が飛びすぎよ〜!け、結婚だなんて名前ちゃんはまだ」

「…したいです!!義勇さんと!義勇さんじゃないと私は嫌です!!」

「名前ちゃん!?!?」

先生は今日一番の大きな声で私を呼んだ。
私は義勇さんが大好きだ。多分この世を生きる誰よりも義勇さんのことを好きだと思う。世界で一番、この人が好きだと胸を張って言える。他の人に取られてしまうなんて絶対に嫌だ。我が儘だとわかっているけれど、そんなの絶対に嫌だった。出来ることなら私を選んでほしいと思う。だって私は義勇さん以外を考えたことがない。義勇さんしか、選べない。義勇さんしか、選ぶつもりもない。私は義勇さんでないと、絶対嫌だ。
義勇さんが大好きだ。義勇さんと一生一緒に居たい。

「だから私は!縁談は!受けられないんです!!」

しのぶさんに真正面から聞かれて、頭を殴られたようだった。
途端に頭が冴えて、もやもやしていたものが消えてった。ぼやけていたものが急に晴れて気持ちが途端に強くなった。自分の中の籠っていたものが爆発したような気分だった。
私は縁談を受けられない。鬼殺隊もやめたくない。義勇さんを諦めるつもりもない。だから縁談は受けることはできない。

「そうですね、その通りです。なんだ、随分湿気たお顔でしたからどうしちゃったのかと思ったんですけど全然大丈夫じゃないですか。心配しちゃいましたよ。」

「ありがとうございます!しのぶさん!私なんだか滅入ってたのかも…もう大丈夫です!!」

「それは良かったです。大丈夫だと思いますけれど、折れちゃいけませんよ」

「はい!!負けません!!」

両親からこんなこと言われる日がくるとは思っていなかったから、どうしていいのかわからなかった。上手に整理できずに毎回渡される手紙に鬱々としてしまっていた。いつの間にか気落ちしていたけれど気持ちを言葉にするとさっぱりした。
先生は私としのぶさんのやり取りを一部始終見たあと倒してしまった椅子を立てて、大きく息を吸って私のとなりに座り直した。少し咳払いをして私を呼び向き合った。

「…慌てちゃったけれど、私は絶対に、名前ちゃんの味方よ!!頑張りましょうね!!」

「はい!!先生!!」

「名前ちゃんが優秀な鬼殺隊士って認めてもらわなきゃ!!!ね!?」

「はい!!がんばります!!」

先生が私の手をぎゅっと握った。私はそれよりもさらに強く握り返した。先生は何かを考えながらうんうんと頷きまた私をじっと見た。

「…そうよ、冨岡さんと一緒になっちゃえば話は解決だもの…!とっても簡単な話よ!!剣士としても乙女としても見返してやらなきゃ!」

やる気満々だという表情で先生は力一杯私に言った。
しのぶさんはにこにこと笑っていた。「そうと決まれば帰ってお稽古、それから一緒にゆっくりお風呂に入って作戦会議!」と先生はまた勢いよく立ち上がった。私は先生に続いて立ち上がり、しのぶさんに頭を下げた。

「しのぶさん、ありがとうございました!」

「いいえ、また何かあればいつでもどうぞ。お体のことでも、その他のことでも。」

「ありがとうしのぶちゃん!じゃあ行きましょう名前ちゃん!」

「はい!」

私は部屋を出る先生に続いて蝶屋敷を後にした。先生は「何からすればいいのかしら〜…」と顎に手をあてて小さく色々呟いていた。うんうんと唸りながら二人で帰路を辿った。



「…胡座をかいているなら、きっと痛い目を見ますねえ。冨岡さん。」

「…しのぶ様?」

「ふふふ、なんでも。さあ、回診しましょうか、アオイ。」

完成と言っていい試験薬を綺麗に片付けながらしのぶさんが呟いた言葉は勿論私には聞こえなかった。

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