僕は君の恋の側に居る

「もう随分良くなったんだな、よかった!」

「お陰さまで!ありがとう、炭治郎!」

機能回復訓練を日々こなしている名前の様子を見に蝶屋敷にきてみると調子も随分良くなったらしい名前がにこにこと迎えてくれた。俺を庇って大ケガを負い、意識がなかなか戻らなかったとは思えないくらいの回復に心が安堵した。正直ずっと気が気でなくて。俺より小さくて細い体にあんな大ケガを負わせてしまって、どう責任を取ればいいのだろうとずっと思っていた。できれば毎日お見舞いに行きたかったけど任務や鍛練で都合がなかなか付かない時は文を送り、時間がある時は必ず会いに来て少しずつ良くなっていく姿を直接見ていた。この間、何度謝っても気が済まない俺に「それ以上謝ったら怒る!」と珍しく眉を吊り上げて言う名前からは嘘偽りのない優しい匂いがした。名前は本当に、思いやりの塊のような女の子だ。

「炭治郎は?任務だったの?」

「いや、俺はさっきまで冨岡さんに稽古を着けてもらってたんだ」

「え!義勇さんに!?」

名前が身を乗り出して俺に詰め寄る。驚きに満ちた大きな声が庭にまで響いたことだろう。名前はすぐにはっとして乗り出した体を引き戻して少し恥ずかしそうにしていた。俺は思わず笑ってしまった。

「…いいなあ、炭治郎。義勇さんに稽古を着けてもらえるなんて」

「本当は一緒に着たかったんだけど、冨岡さん任務になっちゃったんだ。ごめんな?」

「それは謝らないで〜!そうじゃないの、…私も義勇さんに稽古をつけてもらいたいだけ」

「そうだよな。名前は冨岡さんの継子になりたかったくらいなんだから」

名前が甘露寺さんの継子になった経緯を聞いたときに自ずと知ることになった、冨岡さんに何度も継子にしてほしいと頼んだという名前らしい話を思い出す。善逸はこれを伝説と呼んでいたっけ。名前の体感では5万回頼んだらしい。冨岡さんは継子をとりたがらない、稽古もつけたがらない。とくに名前には頑なで稽古をつけて下さいと名前が言ってもいつもなんだかんだと丸め込まれていつも通りお茶を片手に色んな話をして終わる。聡明な名前は冨岡さんの前だと無邪気で素直がすぎるから、冨岡さんに座れと言われれば座る。冨岡さんから珍しく話し出せば意気揚々と普段よりもたくさん喋る。そうやって名前をかわしている冨岡さんを何度か見た。

「まあ私は…水の呼吸がそもそも全く使えなかったからダメダメなんだけど…」

「うーん、俺は冨岡さんの弟弟子だから…」

「は!そっか…ぎ、義勇さんが…兄弟子なんだ…炭治郎…」

「うん、そうなんだ。だからお世話になりっぱなしだ。」

冨岡さんが兄弟子であることに対して名前はわかりやすく羨ましいと顔に書いて見せた。実際冨岡さんには何から何まで本当にお世話になっている。俺が今こうして鬼殺隊に入れたのもあの人のおかげと言っていい。数えきれない、返しきれない恩がある。
名前はどこか空を眺めて「いいなあ…義勇さんが…兄弟子…かあ」とぼやいていた。

「あはは、俺も冨岡さんが兄弟子で良かったと思うよ」

「兄弟子…いいなあ〜!お兄ちゃんみたいなもんだもんね…!」

「う、うん?…そう、なのか…?」

名前の表情がぱっと咲いて目をきらきらとさせていた。冨岡さんのことを兄とは考えたことはなかった。どういう発想なのかわからなかったけれど、名前からは楽しそうなにおいがした。

「…私も義勇さんみたいなお兄ちゃんほしいなあ。頼りになるし、優しいし…」

「そうか…確かに、兄が居るってこんな感じなのかもしれないな」

「炭治郎もお兄ちゃんだもんね!私お姉ちゃんがいるから妹だけど…義勇さんの妹かあ、憧れちゃう」

名前はうっとりとした声で言ってのけると「義勇さんがお兄ちゃんだったら〜」と夢を語るような口ぶりで想像の話をしてみせた。あれがしたい、これがしたいと指を折りながら話す名前はとても楽しそうだったけれど段々と声が小さくなり何かを考え込むように黙ってしまった。

「……」

「名前?」

「………やっぱいい!義勇さんはお兄ちゃんにいらない!」

「え、」

突然大きな声で、真剣な顔でさっきまでと真逆のことを言う名前に吃驚してしまった。むむむ、と口をきゅっと結んでいる名前に、何か機嫌を損ねてしまうようなことを言っただろうかと記憶を辿ったが何にもぴんとこなかった。

「急にどうしたんだ?」

「…だって、義勇さんがお兄ちゃんだったら、私の恋は叶わないもん!」

「え?」

すっとんきょうな声が出た。
必死の血相で、切羽詰まった声で、名前は俺の想像のはるか上を行っていた。
確かに、冨岡さんがお兄さんだと名前の恋は叶わないだろうけど、そもそも冨岡さんはお兄さんではないし、仮に名前が妹として生まれていたとしても名前が冨岡さんに恋をするかはわからないだろうに。

「…だから冨岡さんはお兄さんには要らないって?」

「要らない!だって義勇さんだよ!妹なんかに生まれちゃったら大変だよ!そんなの、どんな人よりもお兄ちゃんが一番じゃない!」

「…名前は妹に生まれたとしても冨岡さんが好きになるのか?」

「当たり前だよ!!義勇さん以外ありえないよ!!」

力説する名前を見て俺は唖然としたりもしたが、やはり名前は名前だなと思わざるをえなかった。この無垢で一途な感情を恋と呼ぶのだとまざまざと見せつけられた気がした。

「義勇さんが他の人と恋仲になっちゃうかもしれないのを見てるしかないなんてぞっとしちゃうよ…」

「…ははっ、そうだな。俺も見当がつかないよ。」

「絶対耐えられないよ!私、義勇さんの妹じゃなくて良かった〜!」

「…名前は、義勇さんと恋仲になりたいのか」

俺は一喜一憂、百面相する名前の口から恋仲、という言葉が出て来たことに少しだけ驚いてしまった。名前は冨岡さんが大好きだけれど、だからどうなりたいとか口にするようなことは無かった。いつも冨岡さんが大好きだと口にはするものの、恋仲になりたいなんて聞いたことはない。側で見ているうちになんとも思わなくなっていたけれど、そうだ、普通好いている意中の相手が居るのならきっと恋仲になれることを望むものだ。俺のなかで、二人の関係が出来上がっていただけだ。名前だってそれを望んでもおかしくはないんだ。

「…そんな贅沢なこと、考えたことはなかったんだけどね」

「…うん」

俺の問いかけに騒いでいた名前は途端に静かになってぽつぽつと話し出した。自分の指を絡めたり握ったりしながら。

「…このまま、一生居るのもいいなと思う。でも、」

「…うん」

「…私、多分世界一義勇さんのこと大好きだと思うから、…他の人には、とられたくないなあ」

見たことない顔をしていた。
眉を下げて切なそうに目を細めて、薄い唇を少しだけ震わせて。寂しそうな、苦しそうなにおいが俺の鼻をくすぶった。思い当たる他の人なんか俺には居ない。多分それは名前だってそうだと思う。間違いなく名前は冨岡さんに一番近い女の子だと確信している。
それでもなお、そんな顔をするなんて。
そんな未確定の未来に怯えているなんて。

「…名前は、恋をしているんだな」

「…なあに、改まって」

冨岡さんの隣に居る名前は、嬉しい出来事はその時よりもさらに嬉しそうに話すし、冨岡さんに悲しい出来事があれば自分のことよりも悲しそうだった。冨岡さんのそばに居ると、どんな感情もずっと大きく膨れ上がるんだろう。
冨岡さんのことになれば、名前は些細なことも全部世界一特別に感じるんだろう。
全部俺の憶測でしかないけれど、冨岡さんが関わっているとどんな感情でも名前からは特別なにおいがするから。きっとそうなんだと思うんだ。
俺はずっと名前は冨岡さんのことが好きだと知ってる。
けど知らなかったんだ。

「恋をするって、難しくて、すごく大変だ」

冨岡さんの話をする名前があんまりにも楽しそうだから、なかなか気づけなかった。冨岡さんにこんなに心を焦がす名前が居たことに。
恋をすることは素敵なことだと思っていた。それこそ、楽しげで、眩しくて、穏やかな名前のおかげで。でも違ったんだ。その分だけ、不安なんだ。自分じゃない、知りもしない、居るかどうかもわからない誰かの影に怯えて、心細げにしている姿を見て知った。
名前の恋が、一途であればあるほどその不安はとても大きなものなんだろう。
名前は俺を見つめて少しだけ笑ってみせた。

「うん、難しくて、大変。でも、私ね」

俺に教えるように柔らかい声色で名前は続けた。

「義勇さんに恋をして、すっごく幸せ!」

名前からは、いつも香る特別なにおいがした。
本当に幸せそうに笑う名前につられて笑ってしまった。

「私ぜーったい、世界中の誰より義勇さんのこと好きだと思うの!多分誰にも負けない!」

「ははは、…うん、俺もそう思うよ」

「だよね?そうだよね?」

「…うん、俺は冨岡さんの隣に居るのは名前以外、想像できない!」

「…だよね!!」

二人で声を合わせて笑った。
俺はずっとこの恋の側に居た。多分これからも側に居る。
そう、この子は、名前は恋をしているんだ。
紛れもなく、ただ一人に。大好きだと声を声を張り上げて。
あなた以外考えられないと。
その命の限りさえ超えて、きっとずっとあの人に恋をしていくんだろう。
この言葉にし難い笑顔が、誰からも感じ得ない特別なにおいが、俺にそう思わせるんだ。

どうか、花開けと。
俺に願わせるんだ。

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