情、捻れ巻くこと深きものよ

「え!そうなの!?」

「そうなんです…」

私は興奮気味に話す先生にどうにか声を絞り出していた。
この間の任務から、どうにか生きて戻ることのできた私は未だ蝶屋敷にいた。期間にして今日で三日目、任務に出られていた先生が物凄く急いですべてを片付けてその足で私の様子を見にきてくれていた。
しのぶさんのお薬のおかげで戦闘不能になって意識が戻らないままだったとは思えないほどの回復を遂げているものの、まだ療養以外のことは許してもらえないまま。私はこの三日間寝台で時間をもて余すばかりだった。

急いで駆けつけてくれた先生に体のこと、任務のことを聞かれ包み隠さず不甲斐なさを堪えて話した。先生は助けに来てくれたのが義勇さんだと聞き、口を大きく開けていた。

「そ、そうなの…冨岡さんが…?」

「私もその場を見てはいないので具体的な話はわからないんですけど…炭治郎がそう言ってて…」

「…そう…」

先生は何か考えるように口を閉ざしてしまった。珍しく眉間に皺を寄せ、口に手をあてて考え込む先生を見て私はなんだか心がざわついた。どうしたんだろう。私、なにかおかしなことを言ったかな。

「…どうかしたんですか?」

「…あのね、驚いちゃったんだけど…冨岡さん、名前ちゃんたちが任されていた任務地からは、少し離れたところでお仕事されてたはずなの。」

「?…えっと…」

「間違いないの、だって伊黒さんが一緒に任務だって言ってたもの!」

先生は慌てたような口調で私に納得させようとしているのか少し早口で話す。
義勇さんは結局、ご自身の口から助けに来てくれたことを肯定することはなかったし、どうやって駆けつけてくれたのかも教えてはくれなかった。私が目を覚まし、義勇さんが任務があるとお帰りになったあと炭治郎が私に会いに来て、怪我をさせてしまったことを謝りにきてくれた。炭治郎は責任感がとっても強いし、これは私の勝手な解釈だけれど私を妹のように可愛がってくれているからとても悲しんでいたし物凄く自分を責めていた。そのときにわかりうるだけの話を聞いたけれど、炭治郎にも義勇さんは何も言わなかったみたいだった。
もし先生が言っていることが本当なのであれば、義勇さんは任務にあたっていた最中、どういうわけか私たちの救援を聞きつけ駆けつけてくれたことになる。

「…あの山から、一番近くに居たのが…義勇さんだったんでしょうか…」

「そんなはずないの!あのお山から、冨岡さんたちよりも近いところに煉獄さんが何人かで長期で任務に当たっていらっしゃるはずなの!…だから、おかしいなって…煉獄さん、いらっしゃらなかったのかしら?」

何故か先生は混乱していらっしゃった。私はその混乱についていけるほどの情報を持ち得なかったのでどういうことだろう、という疑問だけが頭に残っていた。
普通は一番近くにいる、動ける隊士のもとに救援要請が飛ぶ。とくに、任務に余裕のある隊士だったり、任務を終えた隊士の元に。他に誰もいなくて、任務中であったにも関わらず義勇さんが呼ばれてしまっただけではないのか。だとしたら物凄く、物凄く申し訳ないことをしてしまったのではないか。

「…やっぱり、義勇さんたちがたまたま一番近くにいらっしゃっただけじゃ…」

「そう…なのかな…」

「だとしたら私たちとんでもなくご迷惑をかけちゃったかも…」

「そ、そんなことないわ!!も、もしかして冨岡さん、そんなこと言ったの!?」

「い、いえ…」

先生が私に食いぎみに詰め寄る。私の寝台に手をついてぐっと距離を詰め焦ったような表情の先生からは甘味のような甘いにおいがした。私は先生の問いかけに義勇さんに迷惑じゃない、心配したと言われたことを思い出した。あのときの眼差し、温もり、においが一度にぶり返してきて急激に体に熱が集まる。
私よりも大きい背中も、強い腕も、あの義勇さんがあんなに心配してくれたことも、思い出すとここに今義勇さんがいないのにこんなにもどきどきする。苦しくなってくる。
多分忘れられない、簡単に、さっきのことみたいに思い出せる出来事。どんどん体があつくなる。頭から順番に溶けてもおかしくない。

「…名前ちゃん…?」

「は、はい!せんせい!」

先生が私の名前を呼んで、意識が戻った。
先生は私の顔をじっと見つめていた。それはもう真剣に。その大きな目から与えられる視線の強さになんだか冷や汗のようなものが背中を伝う気がした。

「…………」

「……先生……?」

「……冨岡さんと何かあったのね!!??」

「え、えええ」

先生は私の肩を掴んでさらに詰め寄った。その顔はさっきまでの混乱や焦りのようなものはさっぱり消えていて、何があったのか気になると顔に書いてある、女の子の顔をしていた。
そんなにわかりやすかったかな、顔があついから、きっと真っ赤になってしまっているから、ばれてしまったのかな。

「何があったの…?!先生に教えて…!!」

「ぅえ、えっと…えっと…」

「い、いつも教えてくれるのに〜!なんで勿体ぶるの〜!?」

義勇さんとあったことはなんでも先生に話していた私が珍しく口ごもるものだから、先生は私の肩を揺らした。決して内緒にしとこうとか、言いたくないとかではない。むしろ次先生に会えたら聞いてもらおうと思っていたくらい、私にとっては大きな出来事だったのだけど。いざ聞かれるとものすごく恥ずかしくて恥ずかしくて、いつも私がしたことに、義勇さんがこうしてくれた、と話していたばかりだからか。義勇さんがこんなことをしたと言うのはなんだか、ものすごく恥ずかしくて胸がぎゅうと締め付けられるのにどきどきではち切れそうだった。

「あらあらあら、いけませんよ甘露寺さん。名前さんはまだ完治してないんですからね」

「しのぶちゃん!!!はっ、や、やだ私!!名前ちゃん大丈夫!?」

「わ、私は全然平気です!」

後ろから突然現れたしのぶさんに先生は慌てて手を離して顔を真っ青にした。痛くも痒くもなかった私は素直に笑った。
しのぶさんがふふふ、と笑ってぱちんと手を叩いた。

「さあ、何かとっても楽しいお話をしていたみたいですけれど、そろそろ面会はお仕舞いですよ。名前さんはまだまだ療養が必要ですからね」

「ううう…!そうよね…名前ちゃん!今度名前ちゃんが大好きなお団子を持ってくるわ!だから全部聞かせてね!?絶対よ!?」

「こ、心の準備をしておきます…!」

「まあ、楽しそうなので私も混ぜてくださいね」

先生は女の子の話題に事欠かないから、とても息巻いていた。しのぶさんはどこから話を聞いていたのかわからないけれど楽しそうに笑っていた。
私の心臓はまだ、義勇さんのせいでどきどきと音を鳴らしたままだった。






冨岡義勇と伊黒小芭内は依然として任務の最中であった。柱二人が出向く任務ともなれば大きなもので、進捗は悪くなくとも、まだかかる見通しであった。

「…冨岡、お前が途中で勝手に抜け出したりするからいつまで経っても終わらんのだ!」

「…構わん、俺一人でも十分だ」

この任務の間、相性がよくないとされる二人がこうして任務に同行するとなっても必要な情報を共有する程度であとは個々に行動していた。伊黒はどうしても冨岡と共に居ることが耐え難かった。任務の途中、冨岡は伊黒を置いて1日どこかへ雲隠れしてしまったことを三日四日たった今もずるずると文句を垂れていた。冨岡は窮地に追いやられた名前達を助けに走ったのだが、伊黒は勿論それを知るよしもなかったのだ。

何せ、冨岡に報せたのは名前の鎹鴉で、伊黒の元にその救援要請を報せることなく冨岡を連れて名前の元へと連れていったのだから。

冨岡は名前が鬼殺になり、鴉が与えられた時からずっと名前に何かあった時、真っ先に報せに来るようにと言いつけてあった。名前の鴉は名前と同じくして、冨岡にはよく懐いていた。冨岡の言葉の通り、いつも何かあれば必ず報せに飛んだ。
名前の鴉はとても利口であった。任務の状況が怪しくなり鬼の多数出現を確認したときにはもう名前の指示がなくとも救援要請へと飛んだ。それも勿論、急ぎ冨岡の元へ。炭治郎の鴉や善逸の雀が隠や、近くに駐在していた煉獄杏寿朗率いる鬼殺隊士たちの元へ飛ぶよりも先に。
冨岡は名前の鴉の飛来に真っ先に反応した。鴉が冨岡に救援要請と一言叫ぶと、冨岡は任務を伊黒へしばらく託すよう、冨岡の鴉に言いつけて走った。目にも止まらぬ早さで、詳細を聞くよりも先に鴉の後を追って。
近い場所ではなかったために、名前を失う寸前にどうにか間に合った冨岡は我を忘れてしまったように鬼の首を伐り落とし続けたのだ。

勿論そんなことは誰も知りえない。冨岡が誰かにわざわざ言うことも勿論ない。名前の鴉がそれを公言することもない。
可愛い名前を、護れうるだけどうしても護りたい冨岡を、鴉だけが知っているのだ。そして冨岡であれば、名前を助けてくれると鴉も信じているのだ。

決して名前は弱くはない。けれど、失うわけにはいかない。

この明らかな特別扱いを知られるわけにはいかないのだ。
冨岡も、名前の鎹烏も。
剣士の誇りを胸に宿す名前への冒涜となりえる。加えて多くに知られてしまえば贔屓だと名前を罵るものも少なくはないだろう。
これは名前が鬼殺になりたいと口にする前から、名前を護りたいとしていた冨岡の我が儘だった。
冨岡がどう言われようが扱われようが、冨岡自身は何も気にならないのだ。
しかし自身の我が儘がたたり、名前に危害が及ぶことも、名前の心を傷つけることも、冨岡は良しとは決してしない。

冨岡は一生、誰にもこれを知らせるつもりはない。
名前にも、甘露寺にも、炭治郎やその他どんな人間においても。

冨岡は誰にも言わない。
名前でさえ、知ることは出来ない。
何人たりとも、この渦巻く情に触れることなどさせやしないと、冨岡は胸に誓うのだ。
名前を幸せにすることのできない自分に、そのくらいの情けは許されようと。

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