血通う鼓動に響くは恋か

「義勇さん…?」

「……………」

「ぎ、義勇さん〜……」

目が覚めたら何度かお世話になっていた天井が見えた。頭が痛い。どうやら生きているらしかった。鬼に囲まれて集中を途切れさせることなく刀を振りまくって、炭治郎を助けようとしたことまでは覚えているけどここまでどうして着たのか知らない。側には何故か義勇さんが居て思わず体を起こしたらそのまま抱きすくめられた。頭が痛いとかぶっ飛んだ。どういうことかわからなかった。義勇さんが、私を抱き締めている。もしかして私は死んでいて、都合のいい夢を見ているのか。いや死んでるのに夢は見ないか。
義勇さんに何度声をかけても返事をしてくれることはなかった。途中炭治郎たちが私に薬を持ってきてくれたのでこの状況を動かそうとしたけど気の利く炭治郎はにこにこと笑って部屋を早々に出ていってしまった。ありがとう、と言うべきなのかもしれないけど。

義勇さん、あったかい。いい匂いがする。こうして義勇さんから抱き締められるのは初めてだった。いつも私が抱きつけば頭を撫でてくれるのが義勇さんだった。義勇さんってこんなに大きかったんだな、と思った。
鬼はどうなったんだろう。義勇さん、なんでここに居るんだろう。私はどうしたんだろう。色んな疑問が頭を巡るけれど答えてくれそうな人は今目の前に一人しか居ない。その人はさっきから何にも言ってくれない。
一度考えるのをやめてしまおうかな、そうしてもいいかな、と私を抱き締めるその体に素直に凭れて恐る恐る腕を回し、義勇さんの羽織をぎゅっと掴んだ。
そうすると少しだけ私を抱き締めている腕の力が強くなってぐっと引き寄せられた。義勇さんの髪が私の頬を掠めて、衣擦れの音だけが聞こえた。

「…………、お前が…死んでしまうかと、………」

「……義勇さんが、助けてくれたんですか」

やっと口を開いた義勇さんの声は、私の耳に届くくらいの小さな声だった。
途中で言い淀んでしまった言葉の先を無理やり聞こうとは思わなかった。
そうなんじゃないかな、そうだったら幸せだなと思って聞いてしまった。あのとき、間違いなく刀を握ることができなくなった私を誰かが助けてここまで連れてきてくれたんだと思う。もしかしたら炭治郎たちかもしれないし、運んでくれたのはさっき後藤さんが居たから、隠の誰かかもしれない。それでも、あの日義勇さんが助けてくれた時みたいに、もしかしたら義勇さんが、そう思ってしまった。
体が少しずつ熱を持つ。抱き締められたとき、全然状況が掴めなくて、わけがわからなくて。気にもできなかったけれど、義勇さんに抱き締められている。落ち着いて、改めてそう思うと言葉にならないどきどきで手が震えた。あつい。義勇さんが暖かいからじゃない、私が、義勇さんを好きだから。

「…ごめんなさい、迷惑をかけて。」

「……違う」

義勇さんがこんな風に私を抱き締める日が来るなんて夢にも思わなかった。望んでいなかったわけじゃない。手を伸ばせば逃げることなく受け止めてくれたから、想像もしなかったのだ。きっと相当な出来事があったのだと思う。義勇さんから、私にこんなに近づいてくれるだなんて、それだけのことがあったのだと言っているようなものだった。
義勇さんは私をゆっくりとした動きで離し、ようやく私と目が合った。義勇さんの目に私が写っているのがよく見えた。
義勇さんは、今まで見たことない顔をしてた。深く眉間に皺を刻んで何かを堪えるように目を細めて居た。じっと私を見つめて徐に両手で私の頬を、こめかみを包んだ。顔の輪郭を撫でる。それはまるで私が生きていることを確かめるような指使いで、思いがけない行動の連発に私は呼吸の仕方を忘れてしまった。

「迷惑じゃない。…死ぬほど、心配した。」

私に言い聞かせるような声だった。その表情は、私を叱りつけているような、でも何かにすがり付くような迷子みたいな顔だった。
義勇さんは多分、少しだけ怒っている。とても優しく諭すような仕草や声で、私に怒っている。私が鬼なんかにやられてしまったからか、義勇さんの手を煩わせたからか、色んな理由は浮かぶけれどそれよりも、何よりも。
義勇さんは本当に、今この瞬間も私を案じ、心から今私がこうして生きていることに安心してくれているのだと思う。これも私が義勇さんが好きだから、そう思えるだけかもしれないけれど。

「…ごめんなさい…心配、かけて。…不甲斐ない…情けない、です」

義勇さんが触れる場所全部が熱い。
きっとバレてしまっている。こんな有り様で、助けて貰ってこうして息を繋いでいるというのに。反省するべきことも謝るべきこともたくさんあるのに、そんなことよりも義勇さんがまるで宝物みたいに私に触れるから、私を扱うから、勘違いしてしまいそうなくらいどきどきしてしまって。
剣士として恥ずかしい、どこかに隠れてしまいたい。未熟なくせにそれを顧みることより、ただ目の前にいるこの人に翻弄させられてそれを嬉しい等と思ってしまう。日頃伝えているのだから今さらバレてしまうも何もないけれど、どんなに剣士としての言葉を並べようとも義勇さんを通して沸き上がる熱を隠しきれなくてきっと全てお見通しだと思う。
私が今、烏滸がましくもこの上なく幸せだと。

「痛むところは」

「…平気です」

「嘘をつけると思うのか」

「いっ、…ぎ、義勇さん…」

私の頬から後頭部に手を滑らせぐっと撫で付ける義勇さんの手から、鈍く痛みが走る。義勇さんは立ち上がって炭治郎が置いていった薬を取り私に差し出した。
今さらだけど炭治郎たちに見られたと思うとなんだか恥ずかしくなってきた。いつも私からひっついているのに、それも今さらなのだけれど。

「…すまない。…もう少し、休め。」

「…義勇さんもお休みになってないんじゃ、」

義勇さんが薬を飲む私を見て頭をぽん、と撫でる。すまないと謝る義勇さんは一体何に謝っているのか。
少し前に義勇さんが、熱を出した私のそばにずっと居てくれたこと、うたた寝してそのまま起きない私をそばで見守ってくれてたことを思い出す。
私を助けてくれたのが義勇さんならきっとお疲れだと思う。きっとここに私が運ばれてからずっと側に居てくれたんだと思う。自惚れ甚だしいけれど、間違いないと思う。
私の言葉はそっちのけで、優しくも少し強引にまた寝台に怪我に触れないように寝かしつけられて布団をかけ直された。

「…ずっとここに居てくれたんじゃないんですか、」

「…ああ、」

「お休みになってください、私はもう平気なので、」

一緒に居てくれるのはこの上なく嬉しい、けれど、やっぱり申し訳が立たない。義勇さんが大好きだ、だからできる限り一緒に居たい。でも私は義勇さんに迷惑はかけたくない、義勇さんが大好きだから。
義勇さんは私の言葉を聞いているのか、居ないのか、また私の頭を撫でてじっと私を見ていた。

「…ここに居る。頼むから、寝て休んでくれ。」

義勇さんは撫でた手で私の顔にかかる髪を払うと規則正しく、まるで子供を寝かしつけるようにとん、とん、と私の胸の辺りをそれはもう優しく叩く。
義勇さんの声に私は逆らうことができなかった。促されるまま目を閉じて義勇さんの心地よい手の重みに身を委ねた。
こうしてとんとんと優しく叩かれると眠くなるのは、胎児のころ、母親の心音を聞いていたときの疑似体験で人はひどく安心するのだと、お母様が言っていたのを思い出した。こんな風に寝かしつけられるのは一体何歳ぶりのことかわからないけれど、もしかしたら、この手の穏やかな速さが義勇さんの心臓と同じ速さなのかな、と心地よくなってきた頭でぼんやりと考えた。





「………………はあ、」

冨岡義勇は寝静まり、規則正しく寝息を立てる名前を見て、らしくもなく大きなため息をついた。
意識のない名前を抱いて連れ帰っていた間、ずっともし目を覚ますことがなかったら、何か体に障害が残っていたら、記憶に障害があったら、と悪いことばかりが頭を巡り考えても仕方のないことで頭を悩ませていたからだった。
目を覚ました名前はどこも異常を唱えることはなく、「義勇さん」と特別な響きを持つ声を聞き、冨岡は言葉にならない安心感にようやく肩の力を抜いたのだ。言葉にならない分、生きていることを触れて確かめてしまったのだ。

冨岡はいつも通り会話をする名前に、自分の言動一つ一つにあまりにも分かりやすく反応する名前に、ようやく冷静ないつもの自分を取り戻した。
途端に、触れてしまったことにひどく冨岡は後悔をした。
髪紐を贈ってしまったことも、それを冨岡のために健気に使いこなそうとする愛らしさに居てもたっても居られず、結局自ら触れてしまった時も、ずっとずるずると後悔をしてきたというのに。名前の目に写る自分を見てまた懲りもせずにやってしまったと。

幸せにしたい。
でもそれは自分に叶えられる望みではない。

自分に向けられる苦しいほどの愛情を前に冨岡は、返せうるだけのものを持ち合わせて居ないと思って止まなかった。これ以上こちらに踏み込まないで欲しいと、これ以上名前に踏み込んではならないと、絶妙な線引きをしてもなお名前の甘みを帯びた声に、触れると染まる頬にぐっと心臓を掴みとられるのだ。その度に己の意思の弱さに、所詮は出来損ないなのだと頭を抱えるのだ。悔しいほどに、冨岡はただの「人」でしかなかった。
突き放すことは到底できっこない。けれど、腕の中に閉じ込めて置く覚悟も、勇気も、自信も、その資格も持ち合わせては居なかった。

冨岡は触れることを怖がる。壊してしまうことを、壊れてしまうかもしれないことを恐れて、これ以上この陽だまりが自分に溺れてしまうことのないようにと。自分がこれ以上この陽だまりに踏み込んでしまわないようにと。
けれどそれと同時に、名前がそれを望んでくれるのなら、許されることであるのなら、そばに居ることだけはと。日陰から、穏やかに息をする姿をどうか見ていさせて貰えないかと願うのだ。自分の目の届く場所で、笑っていてくれと。

「…………名前、…っ」

出かかった言葉を冨岡はぐっと飲み込む。
冨岡は掛けてやった布団の下にある小さな名前の手に手を重ねた。隣で握ることはできっこない、けれどせめてこの手を守らせてくれやしないかと、頼むから守られてくれと痛く願って。何かに締め付けられた心臓にぐっと気持ちを抑えて、次目を覚ました時いつも通り接することができるようにと深く息を吸い心臓に酸素を送る。鳴りやめと、落ち着けと、

嗚呼、どうか俺の鼓動が伝わることのないように、と。

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