心を配ると書くように

「…はい、いいですよ」

「ありがとうございます!」

「他に痛むところはありませんか?」

「大丈夫です!」

長い夜だった。とは言え、こうしてしのぶさんに手当てをしてもらえれば後は生活に支障のない程度の怪我で済んだのは幸運だった。
俺も善逸もあちこち打撲や切り傷、擦り傷まみれだけど大きな怪我こそ何もない。鬼との交戦後、隠の後藤さんたちが俺たちが出した救援要請を聞きつけて救護に駆けつけてくれた。簡単な応急措置のあと、意識のない重症を負った名前を連れ、いつもの通り意識を飛ばしたまま鬼を払いまくり目を覚ましたあと泣きわめく善逸を引きずりながらこの蝶屋敷に誘導してくれた。
自分の足でここに帰ってこれた。あんな、地獄の景色から。

俺たちが飛ばした救援要請に応えて駆けつけてくれたのは冨岡さんだった。
あの人の殺気をまだこの体が覚えている。思い出すと手が震えるような、穏やかな冨岡さんから感じたことのない程の怒りや憎しみみたいな匂いと全身を刺すような鋭い威圧感。鬼どころか、俺たちまでもが怯んでしまう、圧倒的な殺気を浴びた。
鬼は俺たちが調査に入ったとき、俺たちの存在に気付き名前が稀血であることを察知していたらしい。また鬼殺隊が首狩りに来ると知った鬼は稀血の名前をだしに、呼べうるだけの鬼を一晩でかき集めた。稀血を食えば強くなれる、そう呻くように言っていた鬼たちが意識のない名前に集る様は地獄そのものだった。思い出したくもない。
そんな惨状を一転させたのが冨岡さんだった。難なく幾多の鬼を凪ぎ払い逃げ去ろうとする鬼さえも容赦なく切り落とした。修羅を見た。あの人は無傷だった。

「ウッ…おれ…生きてる…生きてるゥ…!!」

「ああそうだ、生きてるぞ善逸。だからそろそろ泣き止むんだ」

「たぁんじろォ〜〜!」

余程怖かったのか善逸はずっとこの調子だった。いつも善逸は自分の活躍を覚えてはいない。隠の皆さんや俺にしがみついて泣いてた。鬼に囲まれ絶望的な状況で、目の前で大好きな名前が食われかけたのだから、無理もないとも思うけれど。

「…しっかし、やっぱ柱ってこえーな…」

しがみついてくる善逸を宥めていたらここまで俺たちを連れてきてくれた後藤さんがしのぶさんの施す処置を見ながら小さな言った。しのぶさんがそれに対して「まあ、そんなことないんですよ?」と笑うと後藤さんは無意識だったのか、肩を大きく跳ねさせて慌てて訂正した。

「あっいや違うんです!!すいません!!!」

「ふふふ、解っていますよ。冨岡さんのことですか?」

「アッいや…なんていうか…」

後藤さんはしのぶさんを前に言いづらそうに口ごもり、言葉を探しているようだった。しのぶさんは俺たちの手当てをしつつ、紙に様態を書き取っているようだった。にこにこといつも通り笑って後藤さんの言葉を待っていた。

「…苗字を運ぼうとしたら、水柱様が運ぶって聞かなくて…そんときのお顔がまあ…その…凄みがあって…」

「まあ、そうですか…あらあら…そうなんですね…確かに、冨岡さんが名前さんを抱いて着たのには驚きましたけど、そんなことが」

「お疲れだと思って俺たちがやるって言ったんですがね…震え上がりましたよ…」

しのぶさんは口に手をあてて少しびっくりしているようだった。後藤さんは思い出して少しだけぐったりと頭を抱えていた。確かに、あのとき冨岡さんの周りに三人の隠の人が慌てて駆け寄って名前を貰おうとしていた。一部始終ずっと見ていたわけじゃなかったから後藤さんが頭を抱えるほどのことだったとは思わなかったけれど。

「冨岡さん、名前のこと大事にしてるからすごく心配だったんじゃないですかね…」

「そうなのか?どうみても苗字の一方通行だと思ってたんだけどな…」

「…名前が冨岡さんのこと好きなの、後藤さんも知ってるんですね!」

「あ?そりゃああそこまでくっつき回ってりゃ嫌でも察したわ…隠の間でもそこそこ有名な噂になってるよ」

「へえ!」

次は俺が少し驚く番だった。そうか、隠の人たちも知っているのか。確かに、柱の皆さんも知ってるとなると自然と知れ渡るものかもしれない。そうでなくてもずいぶん前から名前は冨岡さんに片想いをしていたから、いずれはそうなるものだったのかもしれない。
俺はなんだか、名前の一途な思いが伝わっているような気がして嬉しくなった。善逸は何とも言えない顔でぎりぎりと歯が音を立てるほど噛みしめずっと隣でものすごく不機嫌そうにしていた。

「すごく長い間片想いをされていますからね、それはもう健気に。」

「俺はてっきり、水柱様が困ってるんじゃないかと思ったんですけど…」

「あらあら、困ってるようにお見えでしたか。私はもっと名前さんに優しくしてあげればいいのにと思っていたんですよ。…まあでも、」

しのぶさんは後藤さんに話ながら席を立ちごそごそとお盆に何かを並べだした。
そのにおいはなんだかとても安心するもので、見守るような暖かさを持っていた。にこにこと優しく笑うしのぶさんに、ぴったりなにおいだった。

「私たちの心配には及ばない事でしょう。今も離れず、名前さんの側に居るんですから、ふふふ」

しのぶさんは嬉しそうだった。別室でまだ目を覚ましていない名前を、ここに着いたときから冨岡さんは付きっきりで看ている。名前はもう目を覚ましただろうか。起きたとき、冨岡さんが居ればきっと大丈夫だとは思うけれど。
にこにこ笑うしのぶさんはお盆に乗せた水と薬を俺に差し出した。お盆には水といくつかの薬が乗っていた。

「名前さんのお薬です。目を覚ますときっと痛むと思いますから。まだ名前さんが寝ていたら冨岡さんに渡してください。私は皆さんの様態についてお館様に報告をせねばなりませんから。」

「はい!わかりました!」

しのぶさんからお盆を受け取る。しのぶさんは俺たちにお礼を言って「冨岡さんに、怪我人には優しくするよう伝えてください。」と笑っていた。




俺は足早に名前の眠る部屋に向かった。善逸は冨岡さんに会うのが気後れするようだけど名前の名前をぼやきながら着いてきた。後藤さんも最後に顔を見ておくと言って三人で静かな廊下を進む。目的の部屋の扉が見え、とんとん、と軽く扉を叩き開けた。

「失礼します、冨岡さん薬を……」

「た、炭治郎〜…!」

「ッウエエ!!??なに、ちょっと名前ちゃん!!??大丈夫じゃないよね!?!」

扉を開けると名前は起きていた。ぐるぐると包帯を頭に巻かれたまま、何故か冨岡さんに抱きすくめられて。
冨岡さんの肩越しに名前と目が合う。どういう状況なのかはわからなかった。善逸は物凄く大きな声で叫んでいた。それを後藤さんが蟲柱様に怒られると封じ込めていた。
わたわたと手を動かし困惑する名前と俺たちがきても動じるどころかなんの反応も見せない冨岡さん。

「義勇さん、何にも言ってくれなくって〜…」

俺に助けを求めるような目で弱々しく言う名前の顔色は思ったよりも良かったので安心した。俺は暴れる善逸とそれを押さえ込む後藤さんの隣で香ってきた匂いに意識を向けた。
冨岡さん、すごく安心しているみたいだった。
少しだけまだ心配そうなにおいが混じっているものの、迷子がお母さんを見つけたような、そんな匂いがする。

「…冨岡さん、しのぶさんから名前の薬を預かってきました。ここに置いておくので、よろしくお願いします。」

「…………わかった」

「義勇さん!?今喋りましたね!?義勇さんどうしたんですか〜…!」

「ははは、じゃあ俺たち行きます!また会いに来るよ、名前」

「えっえっえっ炭治郎、」

俺はお盆を近くにあった机に置いて部屋を出た。まだ何か言いたげな善逸を後藤さんと引きずって。
邪魔しちゃっただろう、申し訳ないことをした。

「……あれって、本当にあいつの片想いなのか?」

後藤さんが善逸を引きずりながら俺に疑問を投げ掛けた。
冨岡さんが困ってると思っていたらしい後藤さんには、確かにそうは見えなかったと思う。名前にしがみついている冨岡さんなんて、俺だって初めて見た。いつもは逆だ。
俺は冨岡さんが、名前を大事にしていることも、形容するには少し難しげな気持ちを持っていることも知っている。
それが、名前にどのくらい伝わっているのかはわからないけれど二人が幸せになってくれることを俺は祈って止まない。

「…俺は、それだけじゃないと信じたいです」

後藤さんは俺の答えに「…そうだなあ」と一言返すと更に暴れた善逸にげんこつを食らわせて居た。

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