怒り

ぬかるんだ土、ぼんやりと雲の隙間から見える月、濡れた木々のにおい。この任務はおよそ3日ほど前に伝令を受け、名前、炭治郎、善逸が鴉に導かれ勤務地へ赴いた。道中、名前は伊之助が居ないことを寂しがっていたり善逸が行きたくないとわめき散らしたりいつもと変わらぬ三人であった。
任された命は数日前、鬼との戦闘の末見るも無惨な姿になって帰った隊士のかわりに鬼を今度こそ討伐せよ、というものだった。任務内容を聞かされたときの名前たちの覚悟、その表情、そして殺気は下級隊士が震えるほどであった。尊き仲間の死を前に怖じ気づくことは寸分もない。彼らはこの幾ばくかの月日を背に、誇り高き鬼殺として剣を奮う。
それでも当人らの人間らしい穏やかさに変化はあらず、同じ志を胸に、仲間に、友に背を預けながら任務に着いた。

鬼の潜むは幾つかに連なった山。
各所で任務や鍛練に励んでいた三人は道中で合流し一日かけて鬼と接触したという場所へ向かった。
雨の降る手入れのされていない山道を上り鬼の痕跡を炭治郎は匂いを、善逸は音を拾い探し周った。山の広さや体力を考慮し討伐そのものは翌日になった。十分な準備を済ませ夜が更ける頃合いを見て討伐を目指し再び山に入った。
鬼に遭遇するのに時間はかからなかった。首を切り落とすのも容易い下級の鬼だった。

「…この鬼では、ないな」

「…情報と照らし合わせても、この鬼にやられたんじゃないと思う」

「ええええええヤダよ俺もう帰りたい帰りたいよォーー!!!」

報告と違う鬼を討伐した後暗闇を進んだ。雨は止んでいたものの乾かなかったぬかるんだ土がべちゃりと音をたてる。月明かりも雲の上にあり視界は開けない。注意深く、離れずに進んだ。
途中何体かの鬼と接触、交戦を繰り返し胸のうちにあった違和感を炭治郎は唱えた。

「…おかしいんだ。ずっと、昨日感じなかった匂いがする。それも一つじゃない。」

「…俺も、あちこちから鬼の音がするんだよォ…」

「状況が変わってるのは間違いないね。まさかこんなに沢山鬼が居たなんて…」

炭治郎は鼻を利かせれば利かせるほど、まるで別の山に入ってしまったような感覚に襲われた。善逸は震え上がりながら耳を塞ぎ、聞こえてくる鬼の音から逃れようとして居た。下級の鬼と何度か戦闘になるものの探して居る鬼に遭遇することはできなかった。
目標の鬼はこの辺りから逃げてしまっていても可笑しくはない。一度鬼殺と戦闘になっているのだ。居場所が割られてしまっているのに居座ることもしないのかもしれない。とは言えここに居ないという確証を得るには状況は不十分であった。出会う鬼の首をその度に切り落とした。
また一体見つけた鬼の首を狩らんと交戦になった、その時だった。

「!!なんだこれは!」

「…どういうこと」

「イヤーーーーー!!!!嫌嫌嫌嫌嫌ーーー!!!」

周囲からガサガサと木々の揺れる音に合わせて無数の鬼が表れた。
三人を囲むようにあらゆる鬼が木々の隙間から歩み寄る。各々日輪刀を構え周囲を見渡すが数を数えるには至れなかった。報告にはなかった数の鬼たちが三人を捉え離さない。互いの背を預け鬼に対峙する。

「どうなってんの!?マジでなんでこうなんの!?死ぬ!!!!死んじゃう!!!」

「落ちついて善逸…!」

「っとにかくここから一度待避しよう…!」

朝までは時間がありすぎた。いくらなんでも数が多すぎた。
すぐに応援を呼ぶため鴉を飛ばし命を守ることを最優先で孤立しないように、互いの技が仲間に影響しないよう細心の注意を払って一刻もこの状況から抜け出さんと刀を振る。逃げ抜けようにも数えきれぬほどの鬼たちがあらゆる方向から押し寄せる。
ここが地獄に最も近い場所なのかもしれないと考えずにはいられなかった。
あれだけ細かに探した鬼の痕跡には見合わない数の鬼。一体どこに隠れていたというのかと名前は考えを巡らせながら集中を解かず技をくり出し続ける。

「くっ…そ!多すぎる!振りきれない!」

鬼の血を浴び、ギリギリのところで幾多にもなる鬼たちの攻撃をかわし続けた。切っても切っても鬼が湧き、切ると増えてしまうのではないかと錯覚するほどだった。

「もう駄目無理無理!!!!死んじゃうよォーー!!!」

「頑張れ善逸!!!俺たちがやらなきゃ、」

「炭治郎!!」

名前は大きく足を動かして炭治郎に飛び込んだ。
後ろに迫った鬼から炭治郎を庇い名前は大きく吹っ飛ばされた。

「名前!!!」

「名前ちゃん!!!」

木に強く叩きつけられた名前はぐったりとし、そのまま地に落ちた。立ち上がることはおろか、動く様子も感じられなかった。炭治郎も善逸も目を見開き名前の無事を真っ先に祈った。

「あれが稀血の娘か」

無数にいる鬼のどれかがそう呟いた。善逸は勿論、炭治郎もそれを聞き逃すことはなかった。炭治郎は考えるよりも先に名前へ走った。まずいこのままでは、名前が食われる、と。
吹っ飛ばされた名前に向かって我先にと鬼たちが駆け出す。稀血を、稀血を食いたいと。名前は動くことはなかった。死んでいるのか生きているのかも炭治郎たちにはわからなかったが食わせてなるものかと炭治郎はただ走った。
名前の体に無数の鬼の手がかかる。
持ち上げられた体に力は入っておらずぐったりと手足が垂れるだけだった。

「離せ!!!!!!」

炭治郎が大きく声を荒げて叫んだ。
それとほぼ同時だった。

「っぐあああ!!!」

名前の体に手をかけていた鬼たちの体が、首がごとごとと落ちていく。合わせて名前の体もまた地に落ちた。
炭治郎も、鬼も、瞬時に事を理解することはできなかった。何かが、鬼を切り裂き名前を助けた。

「許されると思うなよ。」

聞き馴染みのある、しかし聞いたことのない声がした。
倒れこむ名前と鬼の間に立ちはだかるように音を立て地に舞い降りたのは水柱、冨岡義勇だった。炭治郎は冨岡の援護に思わず足を止め目を見開くことしかできなかった。
予期せぬ人物の登場と、その圧倒的な存在感に鬼たちはどよめく。ただ者ではないと。
冨岡義勇は咄嗟に膝をつき、倒れた名前を抱き起こし叩きつけられた木に凭れさせた。
再び鬼に向き合うと眼光鋭く鬼たちを穿ち、日輪刀についた血を振り落とした。

「全員、塵にしてやる。」

冨岡義勇の殺気は、炭治郎さえも怯ませた。

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