変わらない恋を見せつけられている

惨事、とは言わないものの。
楽勝、とは言えない状況だった。

更けた夜に鬱蒼とした山の中で、数人の部隊を編成して遂行された任務に、近くの藤の家紋のお屋敷にお世話になっていた私が呼ばれた。
私は昨日の朝から調査任務を行っており、鬼の出没をこのお屋敷の人に知らされて来た。日中は聞き込み、夜は巡回をしたけれど今日は目立った収穫はなかったので持ち越しになりそうだと思っていたとき、鴉が救援要請を叫んだ。
山の中で行われていた任務はどうやら以前戦闘の末逃がしてしまった鬼の討伐だったらしい。鴉の叫ぶ声に耳を傾けながら私は鴉の後を走り追った。
負傷者多数による救援要請だった。まだ夜明けまで時間があり死傷者が出るのを避けるために近くの隊士達を集めているようだった。

鴉の後を追っていくと負傷から動けなくなった隊士数名に会った。鬼の討伐を急ぎ情報を共有し私は先に鬼の討伐へ向かった。幸い今日は歩くばかりで体力に余裕があった私は元々任務に当たっていた隊士達とすぐ合流することが出来た。目標の鬼と交戦中で、他の負傷した隊士たちを庇いながらの戦闘だった。
当の鬼は私達隊士よりも遥かに大きな体を持つ、私が調査に当たっていた鬼と特徴がよく似ていた。この鬼が山を下っていたのかもしれない。

「加勢します!」

「!助かった…!」

戦えるこちらの人数は私を合わせても三人、負傷者が二人、ここに来るまでに三人居た。これ以上の被害は朝まで持たないだろうと判断した。ぐっと足を踏ん張り鬼を視界に捉え全集中。鞘から日輪刀を抜き構え鬼の動きを見計らいつつ周囲の位置関係にすばやく目を配る。
怖くはない。
どんな鬼であろうと、先生の継子である私が負けることはない。あってはいけない。
鬼の動きをすばやく見極め、先生にこれでもかと稽古をつけて貰った持ち前の柔軟を活かし間合いを攻める。大きな体から繰り出される技は威力はひとたまりも無さそうに見えるが見切るのは雑作もなかった。狙え。首を。首を落とすだけ。それだけのこと。
他の隊士のお二人が私の動きを避けつつ負傷者の待避を手助けしているのが視界の端に映る。それにほんの一瞬気をとられた鬼の隙を見逃さなかった。

「星の呼吸、弍の型」

瞬きも惜しい。
呼吸を廻らせ全、集中。真正面から小回りの利くこの体を打ち付けるように首を狙い落とす。
鈍い音を木々に反響させ鬼のしゃがれた叫びが木霊した。手のひらがじんわりと熱を帯びだししびれにも似た感覚が広がる。刃にしたる血を振り落として鞘に日輪刀を収める。鬼が砂になり流れる様を見届けて負傷者のいる方へと走った。

「大丈夫ですか!」

「ありがとう…!助かった、本当に。おかげで死者は居ない。動けない奴等ばかりだけど命に別状ある奴は居ないだろう」

「よ、よかった〜…!間に合って…!」

「運が良かった…本当に、ありがとう」

ずっと負傷者を庇いながら鬼と対峙していた二人の隊士が肩の力をやっと抜けたような声で頭を下げてくれた。
私の追っていた鬼がこの鬼だったかはもう少し調査が必要かもしれないけど、追跡中の鬼がまた減ったのだと思うと安心した。

「名前、強くなったね」

「!…時透くん?」

「か、霞柱様!」

不意に後ろから名前を呼ばれて振り返ると霞柱の時透くんが居た。長い髪をなびかせつつのんびりと私たちに近寄ると「煩く呼ばれたから来たら、終わってた」と言った。
時透くんも私と同じように救援要請に従ったようだった。まさか柱が出向くなんて、少し驚いてしまった。
時透くんは私が交戦中にたどり着き鬼の首を落とすところを見たらしく感心したように言った。

「名前。負傷者、集めて。隠に連絡。」

「はい!」

時透くんに指示された通りに動き報告を上げるために意識のある隊士たちと情報をまとめつつ救護を待った。真夜中の森は暗かったけれど高く上った月はとても明るかった。
隠の人たちが到着すると重傷者から手当て、運ばれていきこの任務は一段落した。

「僕がくる必要なかったじゃん。走って損した。」

「そんなことないない…!負傷者たくさん居るし、すっごく頼りになりました!」

「それは名前のことでしょ、ほんと、頼もしくなったね」

唯一ほぼ無傷の私を時透くんは「えらいえらい」と撫でた。柱とは言えこんなに歳の近い子にこんな風に褒められるのは先生に褒められるよりもさらに照れてしまった。

「そ、そうかな」

「うん、そうだよ」

「…だったら、いいなあ。」

「あんなに感謝されてたんだから、もっと自信を持てば」

時透くんがまるで飼い犬を躾るように両手で私の頭を掴んで目を合わせて言った。
私に頭を何度も下げていた隊士の皆さんが頭を過る。ありがとうと声をかけられて助かったと頭を下げられた。誰かの力になれたことを素直に嬉しく思う。日頃の稽古が着実に実を結んでいるのだと思う。他の同期たちに置いていかれないように、一日も早く鬼の居ない朝を迎えるために、がむしゃらに身を叩いてきた。
厳しい時透くんに認められたのかなと思うと、自然と頬が緩んだ。

「…へへ、…義勇さんに言わなきゃ」

「…ええ?なんでここであの人なの」

「時透くんが褒めてくれたって、今日のことも話すの!義勇さんに!」

「……何それ」

「ふふふ、義勇さんも褒めてくれるかな、」

「……」

なんだか体が少しだけ温かく感じた。私が言い終わるのを聞ききった時透くんは何とも言えない顔で私を見て頭を掴んでいた手でぐしゃぐしゃと私の髪を掻き回した。
今日は綺麗に編めた髪がくちゃくちゃになっちゃう。
私は時透くんの腕を掴んで必死にその手から逃げようとした。だめだ、これはもう再起不能だと思う。完全に崩れたと思う。
私の髪を思うがままに乱した時透くんは私に捕まれた手をぱっと広げた。

「ほんと、名前は何を言ってもあの人のことばっかり。よく飽きないよね。僕なら御免だよ。」

「またそんなこと言う…って、あ!」

時透くんの広げた手には義勇さんから頂いた髪紐が垂れ下がっていた。いつの間に。私は自分の髪を触って髪紐が取られたことを確認した。なんて器用なの、全然気づけなかった。
返してと時透くんの手に収まる髪紐に目一杯手を伸ばした。それでもひょいひょいと動きをかわされててしまった。

「か〜え〜し〜て〜!それ!義勇さんが私にくれたの!」

「らしいね、珍しいよね。正直吃驚した。」

「知ってるんじゃない!も〜!!なんでこんな!意地悪なことするの〜!」

時透くんの周りをぐるぐると走り回り時透くんの手の中から揺れなびく髪紐を追っかけ回した。あと少しという所をうまくかわされて我慢ならなくなった私は勢いよくその手の先の腕に飛び付き動きを封じた。時透くんは「うわ、」とさして驚きもしてないようないつも通りの声を反射的に溢した。
髪紐を取り返し、ぐしゃぐしゃになった髪を戻すようにといた。

「もう!今度こんなことしたら怒るんだから!」

「名前が怒っても怖くないよ」

「義勇さんにも言いつけちゃうからね!」

「……それは、…まあいっか。面白いし。」

「何それ!ちょっとくらい反省してよ〜!」

「考えておく」

「もう!私!実は別任務の最中だから!あとは任せたからね!霞柱様!」

私はこの場を時透くんに任せることにしてお屋敷の方へと来た道を戻ることにした。ほどかれてしまった髪紐を握って少し足早にこの山を下った。
明日の朝一で報告をあげて、私が追っていた鬼との関連性を探さなきゃ。一刻も早く安心してもらえるように。
私は月の光を頼りにお屋敷に帰った。





名前の後ろ姿を見送って僕は隠たちが救護を待っていた最後の隊士を運ぶのを見る。ここはもうこれでいいだろう。僕もさっさと山を降りて今日は休もう。

「すごいよなあ、苗字」

「恋柱の継子様なんだから、そりゃそうだろ」

「おまけに可愛いんだもんな、いい子だし」

そんなくだらない会話が僕の耳をかすめていったのに、思わず足を止めてしまった。
名前は本当に優秀な隊士だ。あの雰囲気につい惑わされてしまうけど。出会ったときより格段に実力を着けていて柱の誰かが成長が目覚ましいって褒めてたのを覚えてる。その通りだと思う。頼りない細い腕も今じゃ立派な剣士の構えを見せている。
それなのにあの子は何も変わらない。その志も、勇気も、穏やかさも、無邪気さも。からかい甲斐のある反応も、あの人を一心に慕うのも。おかしな子だなと最初は思ってたんだ。ただ黙って名前の話を聞くばかりで、名前に何か言われて初めて反応するあの人の何にあそこまで酔えるんだろうって。関わると面倒な感じがしたから放っておいたけど、いつの間にかこんなに近しい人になっていた。そうなってからは尚更、そのひたむきさに何度か目を覚ませばいいのにとあれこれ言ったりもした。
その度に名前は笑顔を綻ばせてあの人の話をするんだ。
あの子が変わってるところを一つだけ言うなら間違いなくあの人のことが好きなとこ、と言えるよ。僕は。

「ほんと、非の打ち所がなくなってくるよな」

「あんな子、そうそう居ないよ」

命拾いした隊士がため息を吐いていた。どんな気持ちでそんなこと言ってるのか僕にはわからないけど、わかることは一つ

「やめとけば」

「!…霞柱様?」

「名前、ああみえて結構変わり者だよ」


君たちの言うとおり、あんな子そうそう居ないよ。
だってどれだけ周りに何を言われたって、ずっと前からあの人のことばっかりだもん。
あの人がそれに何も返してくれなくったって、飽きもしないんだから。
良かれと思って言ってるのに、ほんと敵わないよ。


ほんと、変な子。

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