あの子を見ている、貴方を知ってる

「じゃあ名前ちゃん、ここで待っててね」

「はあーい!」

今日は久しぶりに任務も稽古もない日だった。
というのも今日は半年に一度行われる柱合会議だ。お館様のお屋敷はお天気がいいととっても広いお庭がキラキラと光って見える。
私はつい一昨日まで久しぶりに大きな任務を任されていて昨日先生の元に戻ってきた。任務地で、任務中に気づいたけど炭治郎たちも同じ任務に就いていた。任務そのものは二週間くらいだったけど思ったより疲れていたのか、大きな怪我なくお屋敷に帰った私は昨日一日ずっと寝こけて居た。面目ない。先生はお優しいからそんな私に何も言わなかった。
そして昨日の夜私はいつかもお願いしたように先生に柱合会議について行きたいとねだり今日も連れてきてもらった。私は先生のお荷物を運ぶお手伝いをし、お屋敷に着いてすぐ煉獄さんが先生に任務のことで話があると仰るので待っているように通された部屋の前で先生と別れた。
以前着いてきたときもこの部屋で先生を待っていた。初めて着いてきたときは庭先に猫ちゃんが迷いこんで居たんだっけ。
先生を見送りお庭を見渡すことができる長い縁側からきょろきょろと辺りを見回したけど今日は見つけられなかった。

「名前?」

「え?…玄弥〜!わー!久しぶりだねえ!」

通された部屋の戸が開いたと思ったら中から玄弥が顔を出していた。玄弥に会うのは数週間前、先生のお屋敷に悲鳴嶼さんからのお使いを届けにきてくれた時が最後だった。
玄弥は部屋から出て来て私の隣に並ぶ。

「何見てたんだ?」

「んっとね、前にここに来たときは猫ちゃんが居たから、今日はどうかな〜って」

「へえ、それは知らなかった」

玄弥もきょろきょろと辺りを見回していた。私ももう一度よく見てみたがやっぱり猫ちゃんの姿はなかった。少しがっかりしたような気もするけど気を取り直して玄弥にどうしてここに居るかを聞いた。

「悲鳴嶼さんのお荷物を運ぶために着いてきたんだ」

「そうなんだ!いつも偉いね〜!」

「名前は?」

「先生に連れてきて欲しいってお願いしたの!先生のお手伝いと、義勇さんにももしかしたら会えるかなって」

「ああ、なるほど」


玄弥は私の理由を聞いて笑ったあとまじまじと私を見てきた。どうかしたのかと声をかけると「いや、この前と同じだな、って」と私の髪を指差した。この間お屋敷にお使いにきたとき、私が似合うかどうかと問い詰めたのを覚えていたらしい。私は少し前に義勇さんに髪紐が似合うと、可愛いと言ってもらえてから先生が居なくても一人で出来るようにと結い方を教わり何か理由がなければこうして髪を結うようになった。勿論先生のように綺麗に編むのは自分では難しいけれど。

「とってもとっても気に入ってるの!だからいつもこれにしちゃうんだ〜」

「そうだと思った」

玄弥がまた笑うといきなり「あ、」と口を開けて何かを見つけたらしく視線を一点に向けていた。
玄弥の見つめるものを、玄弥の視線を辿って探す。玄弥が私にわかるように指を指すとその先には前に会った猫ちゃんが居た。

「あ!あの子!あの猫ちゃんだよ!」

「本当に居るのか…」

「可愛いね!」

猫ちゃんが怖がらないようにおいでおいでと手で誘う。随分と懐こい子だった記憶がある。記憶の通り猫ちゃんは私たちの方へゆっくり、のんびり歩いてきた。縁側にしゃがんで手を伸ばし、猫ちゃんが逃げてしまわないように待った。猫ちゃんはみゃあと鳴いた。

「!水柱の、」

「エッ!?」

「…何してるんだ」

「義勇さん!!!!」

猫ちゃんに夢中になっていたら玄弥の言葉が頭の上に振ってきた。水柱、という言葉に我ながら物凄く大きな声で反応してしまった。玄弥の視線をもう一度追うとお庭を歩いている義勇さんが見えた。まさかこんなに早く会えるとは思っていなかった。
私の大きな声に驚いた猫ちゃんは逃げて草むらに姿を消してしまったけれど。
義勇さんが逃げた猫ちゃんを目で追いながら私たちの方に歩いてきた。私は縁側にしゃがみこんだまま義勇さんを見つめた。

「お久しぶりです…!」

「…また着いてきたのか」

「はい!お会いできるかなって…!勿論、先生のお手伝いも兼ねて、です!!」

「…そうか」

義勇さんはしゃがみこんだ私を上から見下ろした。玄弥は義勇さんに緊張しているのか少し固く挨拶をしていた。義勇さんはああ、と一言返すだけだった。
先生はさっき煉獄さんと行ってしまったけれど先生から聞いていた柱合会議の時間にはまだ早い。お散歩していたのかな、今到着されたのかもしれないなと考えを巡らせたがひとまず、せっかく義勇さんに会えたのだから少しお話しできないかなと思い私の隣に誘った。

「義勇さん!ちょっとだけ、お話ししたいです!」

義勇さんは私の言葉に黙ってゆっくり頷いて私の隣に腰かけた。その様子をずっと隣で見ていた玄弥にも座ってと促すと解けない緊張が玄弥の表情から伝わった。

「…怪我は」

「この通り!無傷です!」

「…体は」

「なんともありません!」

「…ならいい。」

私が任務に出ていたことを知っていたらしい義勇さんが簡素に、それでも私にはあまりにも十分な言葉をかけてくれた。それだけで私の機嫌はもう有頂天に達していた。
私は玄弥を巻き込みながら義勇さんにいつものように色んな話をした。玄弥は義勇さんに緊張してたみたいでずっとどもり気味だった。なんだか面白くて笑ってしまった私に玄弥は恥ずかしそうにしてた。

「今日はとってもお天気がいいですね、ぽかぽかしてて、眠くなっちゃいそう…」

「…名前、本当に眠そうだけど…」

「んん〜、なんだかとっても気持ちよくて…」

もうすぐ柱合会議がはじまる、という時間まで私たちは縁側に座り込んで話をした。大体私が喋っていただけだけど。
ぽかぽかのお日様が私たちを暖かく照らすものだから居心地が良くて堪らない。隣には義勇さん、とっても幸せだった。
玄弥に言われた通り、なんだか少しうとうととしてきてしまった。きらきら光るお庭が眩しくてぱちぱちと目を閉じると少しずつ瞼の重みが増していった。






「あら?冨岡さん、いつもの羽織はどうされたんですか?」

今日は予定されていた柱合会議、私は継子の名前ちゃんを連れてお館様の居るお屋敷に着た。柱合会議までもうすぐ、と時間が迫ってきたから柱の皆さんがぞろぞろと集まり出した。
しのぶちゃんが声をかけた先を見ると名前ちゃんが大好きな水柱の冨岡さんが居た。冨岡さんはいつも素敵な羽織を御召しになってるから羽織を着ずに隊服で現れたお姿にしのぶちゃんと同じように不思議に思った。
冨岡さんに皆の視線がゆっくり集まる。

「…風邪を引くとよくないからな」

冨岡さんはしのぶちゃんの問いかけの答えとは少し違うようなお返事をした。風邪を引く?羽織がないと寒くて尚更風邪を引いちゃわないかしら。冨岡さんは少し言葉足らずなのだと名前ちゃんはいつも言っているからそういうことなのかしら、と言葉の真相を探った。

「えっと…汚しちゃったのかしら…?」

「ふむ、汚したのなら俺の羽織を貸そう!暖かいぞ!」

「必要ない。」

「冨岡さん、私の質問の答えにはなってないと思いますよ。羽織がないと風邪を引いてしまうのではないのですか?貴方の仰る通り、風邪はよくないですから。どこかに忘れてきたのですか?」

何か言葉を引き出そうと思い付いた理由を口にしてみたら煉獄さんが大きな声で冨岡さんに話しかけた。冨岡さんはいつもの声色でさっぱりと断ってしまった。一部始終を見ていたしのぶちゃんはいつも冨岡さんと上手にやり取りをしていると私は思う。私が思っていたことをそのまま冨岡さんに伝えてくれた。冨岡さんの表情に変化は何も見受けられなかった。名前ちゃんから沢山お話を聞くから、本当に素敵な人なんだと思うけれど、私にはまだ上手にお話しすることができないかもしれないわ。

「…貸した」

「貸した?どなたにですか?」

「……名前に、」

「エッ!?!」

思わず大きな声が出てしまった。途端に私にたくさんの視線が集まったのを感じた。
まさか、私の継子の名前がでてくるだなんて思ってもみなかったもの。そりゃ名前ちゃんは冨岡さんのことが大好きだけれど、羽織を貸したって、どうして…。

「な、何かご迷惑をかけちゃったり…」

「違う。……いい、俺は」

恐る恐る聞くと冨岡さんは断言したあともう気にしてくれるなとばかりに私達から視線を反らしてしまった。
そうは言われても、いつも大人しく待っている名前ちゃんが、冨岡さんが大好きな名前ちゃんが冨岡さんにご迷惑をかけてしまうとは思わないし…。

「なんだ、名前のやつまた来てんのか」

「あっそうなんです!お手伝いしてもらうのと、名前ちゃんが冨岡さんに会えたらいいなって!」

「名前も本当に、派手に冨岡が好きだな。」

宇髄さんが話に混じってくると冨岡さんに「なんだ、じゃあ名前は冨岡の羽織を着てんのか?」とそっぽを向いてしまった冨岡さんにまた同じ話題を投げ掛けた。
冨岡さんは視線だけこちらに寄越して「違う」と一言言った。

「…名前は、寝てる。疲れてたんだろう。」

私は貸したという羽織と、寝てしまったらしい継子の名前ちゃんと風邪を引くとよくないという言葉からようやく解った。勿論それは私だけじゃなくて、この場に居る皆解ったと思う。





「おー、派手に爆睡してんな」

「名前ちゃん、任務の疲れが溜まってたのかも…帰って来て昨日、一日寝てたんです…」

名前ちゃんを待たせていた部屋に行くと冨岡さんの言うとおり、名前ちゃんはぐっすり寝ていた。冨岡さんの羽織を肩までかけて。玄弥くんが名前ちゃんを見ていてくれたらしく側に座っていた。
話を聞くと冨岡さんとお話ししていたら暖かさに負けて寝てしまったらしい。冨岡さんの肩に凭れて寝出してしまったので、お部屋まで冨岡さんが抱き運び、寝かせてご自身の羽織をかけて柱合会議に向かわれた、と。
柱合会議のあとすぐ、私が様子を見に行くと言うと宇髄さんも見に行くと行って着いてきた。宇髄さんは名前ちゃんの顔を覗きこむようにじっと見て寝ている名前ちゃんの頬をつついた。

「ん、んん…」

「やだ、名前ちゃんが起きちゃうわ…!」

「はは、お館様のお屋敷でこんだけ爆睡できるのは大した器だと俺は思うぜ。やっぱ派手な奴だな〜」

宇髄さんは楽しそうに笑うと名前ちゃんが身動ぎをした。
よく眠っているから起こしちゃうのは可哀想だと思って宇髄さんを咎めたけれど宇髄さんはやめてはくれなかった。

「起きたか」

「冨岡さん!ごめんなさい…名前ちゃん、本当によく眠ってるわ…何か掛けるものを私借りてきます!だから羽織はもうお返ししますね…!」

「…いい、構わない。」

後から部屋に入ってきた冨岡さんは名前ちゃんを一瞥して私の言葉にわかりやすい言葉を返してくれた。
ここままだと冨岡さんがなかなか帰ることができないしご迷惑になってしまうと思って言ったのだけど、冨岡さんは名前ちゃんの側に腰かけてじっと名前ちゃんを見ていた。

「こいつ、なかなか起きないと思うぜ?帰れねえんじゃねえか」

相変わらずつんつんと時折名前ちゃんの頬をつつきながら宇髄さんは冨岡さんに言った。
すると名前ちゃんが大きく寝返りを打ったので今度こそ起きてしまったのではないかと少しはらはらしてしまった。居心地が悪かったのか冨岡さんの羽織の中でもぞもぞと居直すとまた規則正しい寝息が聞こえてきたので少しだけほっとした。

「…ぎゆ…さん……」

名前ちゃんが掛けられた冨岡さんの羽織をぎゅっと掴み寝言を言った。誰もそれを聞き逃すことはなかった。宇髄さんもなんだか驚いている様子で宇髄さんの指から逃げるように冨岡さんの方へ寝返りを打ってしまった名前ちゃんをじっと見ていた。
名前ちゃんはまた穏やかに寝息を立てている。多分、今寝言で「義勇さん」と、冨岡さんを呼んだ。寝ていてもこの子は冨岡さんが大好きなのねと思うときゅんとせずには居られなかった。
可愛い名前ちゃんを観察するように見ていると冨岡さんが徐に名前ちゃんに手を伸ばして顔にかかった髪をそっとよけた。

「…此処に居る」

今微笑んだ気がした。冨岡さんはよけたことで流れ落ちていく髪を少しだけ整えるように撫でてぽんぽんと頭を撫でた。
私のときめきがきゅんと爆発してしまいそうだった。冨岡さん、なんて素敵なの、寝ている名前ちゃんに絶対に教えなきゃ。そう心に誓う私の隣で宇髄さんは見たことないものを見た、というお顔で冨岡さんを見ていた。玄弥くんもそれは変わらなくてぎょっと目を見開いていた。

「…冨岡さん、名前ちゃんを起こしちゃいけないし私たちはあちらで起きるのを待ちます!…名前ちゃんをお願いしてもいいですか…?」

「ああ」

「ありがとうございます!さ、宇髄さん玄弥くん、行きましょう!」

「お、おお…」

「は、はい!!」

私は名前ちゃんを冨岡さんにお願いして他の二人を連れてお部屋を出た。きっとこの中の誰よりも冨岡さんが適任だと思ったもの。本当はそばで二人を見ていたかったけれど、少しお邪魔な気がした。

「…冨岡、普段からあーしてやりゃあいいものを。なんだあいつ。地味な奴だな…いや、今のは少し派手なやつだなと思ったけどよ」

宇髄さんが腕を組みながらそんなことをぼやいていた。
皆そうなの、名前ちゃんが一心に冨岡さんに向けている恋心にもっと応えてあげたらいいのにと口を揃えて言うの。冨岡さんが名前ちゃんを少し蔑ろにしているように見えているのかもしれないわ。皆名前ちゃんを可愛がってくれているから、反応の薄い冨岡さんにやきもきしているのかもしれない。
でも違うの、私は名前ちゃんと一緒に居るうちに冨岡さんのことがちょっとだけ解ってきたわ。

冨岡さん、すっごく名前ちゃんのことを大事に、とーっても大事にしてる。少なくとも私に名前ちゃんを紹介してくれたときから、本当は私の知らないもっと前から。
本当、見ている私がときめいちゃって困っちゃう。
冨岡さん、名前ちゃんをよろしくお願いします。

そのあと、少しして名前ちゃんが起きてきた。顔を真っ赤にして冨岡さんにいっぱい謝りながら、冨岡さんはそれを宥めながらお部屋から出てきたのを見て、なんだか二人ともとても可愛くて、少しだけ笑ってしまった。

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