誰かこの恋を詠ってはくれまいか

その日は突然やってきた。

「えええ!義勇さん、戻られてるんですか!?」

「…………ああ」

予定していたよりも長期に渡って任務に出られていた義勇さんがお戻りになったと教えてくれたのは意外にも小芭内さんだった。先日連れてきてくれると約束していたお団子屋さんに小芭内さんと来てお団子を頬張っていた時のことだった。
小芭内さんが私が先生に結って貰った髪を見て可愛いと褒めて下さったので、義勇さんに髪紐を貰ったこと、義勇さんに見てもらいたくて色々試したこと、先生がたくさん手伝ってくれたことを話し、早く義勇さんに会いたいなあと溢したら小芭内さんがものすごく顔をしかめつつ、しぶしぶ、「冨岡なら一昨日戻った」と言った。
勢いよくその話題に飛び付けばものすごく嫌そうな顔をされた。なんでも蝶屋敷で手当てを受けていた義勇さんに会ったらしい。知らなかった。随分と長く任務に出られたままだったけど柱ともなればそれも珍しいことじゃない。先生だって長く帰ってこないこともあるから。

「ど、どうしよう!小芭内さん!私、なんにも心の準備ができてません!」

「しなくていいあんな奴に会う必要はない」

「お団子食べてる場合じゃないかも…!」

「黙って食え」

一人慌てふためく私の口にお団子を入れてきた小芭内さんは相変わらず義勇さんのことはあまり好きじゃないみたいだった。それでも私に義勇さんが帰ってきたことを教えてくれたのは多分、義勇さんを好きだという私を認めて下さっているのだと思う。
その日は結局小芭内さんに「あいつだけはやめろ」と一日中言われつつもお団子をお腹いっぱい楽しんだ。小芭内さんがいつもよく頑張ってるからとご馳走してくれた。そのご好意に甘えてしまい小芭内さんにご馳走してもらうことに遠慮がなくなってしまった自分に気づいて慌ててやっぱり自分で出しますと言えば小芭内さんは意味がわからないという顔で私を見て「いつも素直に甘えていたのにどうした」とそれは真面目に聞いてきた。私、そんなに甘えていたのか。気を付けなければ。
小芭内さんに送っていただいた後、先生に義勇さんが戻ってるらしいこと、明日会いに行きたいことを伝えると私よりもさらに張り切っていた。

翌朝いつもより少しだけ早く起きてしまった私は朝御飯の準備にとりかかろうとすると私よりもさらに早く先生が起きていた。「なんだか早く目が覚めちゃったの」と言いながら一緒に台所に並んで食事の準備を進めた。
食事を取り終わると先生が手鏡と櫛を手に「いよいよ本番だわ!」と張り切っていた。そうだ、私は義勇さんに髪紐を頂いてから今日初めて義勇さんを訪ねる。
相変わらず今日お邪魔していいかどうかの鴉は飛ばしていない。もしかしたら今日行っても会えないかもしれないけどどこからくる自信なのか、今日は絶対に義勇さんに会える気がする。別に鴉を飛ばしても良かったけれど、変な自信があったので今日も飛ばさなかったのだ。
先生がいつもより丁寧に髪を結って下さってまじまじと私を見て「これまでで一番可愛くできたわ!」と自信満々に言ってくれた。
先生に今日は稽古やお手伝いはいいから!と送り出され、私は義勇さんのお屋敷を目指した。いつもより少しだけ足早に。



「ごめんください!」

いつも通り声をかけ、義勇さんが居ることを願って義勇さんのお屋敷の門をくぐった。玄関には寄らずお庭と縁側へ続く方に足を進める。どきどきする胸が苦しくて飛び出してしまいそうだった。お庭を覗けば植えた小さな花たちが新しく開いていた。縁側に視線を移すと戸は開かれているものの期待していた義勇さんは見当たらなかった。私は縁側へ回り込みお屋敷の中を覗いた。

「名前」

待ち焦がれていた声に心臓がはねあがった。
足取り優しく、義勇さんが羽織を揺らしながらお屋敷の奥から現れた。久しぶりに見る義勇さんはお変わりないように見えた。義勇さんの姿に反射的に駆け寄った。縁側から入り込む陽が私のもとへ近づいてくる義勇さんをゆっくりと照らし、輪郭がはっきりしていく。ここのところ毎日、いや、最近には限らないのだけれど、ずっと義勇さんのことを考えていた私はやっと会えた義勇さんしか目に入らなかった。

「義勇さんっおかえりなさい!」

「ああ、戻った」

「えっと、あの、えっと…!」

思わず縁側に手をついて義勇さんを覗き込むと義勇さんの少し長めの前髪が作る陰の中の目と目が合った。色んな言葉が一度に私の口から出ようとしてうまく話せない。何から話そう、何から聞こうと頭の中をぐるぐる回る。もごもごと口ごもると義勇さんが薄く笑った。
義勇さんは踵を返しながら私を手まねいた。私は手まねかれるままに靴を脱ぎ縁側に上がって義勇さんの後を追うようにお部屋に入った。

義勇さんに向かい合って座り、怪我はないか、お体に変化はないか、昨日は何を食べたのか、といつも義勇さんに聞くもはや常套句と言っても過言ではないやり取りをした。どんな任務だったのか、どこまで行ったのか任務についても色々聞いた後、私の近況を報告するように話した。義勇さんは話す私から目を反らすことなく、時折相槌を打ってくれた。

「この間までずっと炭治郎たちと一緒に任務に出てたので、単独任務はちょっと緊張しちゃいました!」

「…そうか」

「でもでも、私絶対強くなってると思います!間違いなく!毎日稽古をつけてもらってるおかげです!きっと!」

私の話は止まることを知らないのか、次から次へと義勇さんに投げ掛けられていく。話し出すとあれも、これも、話したくなってしまう。
義勇さんはいつもどんな話も聞いてくれる。今日とてそれは変わらず私のどんな話も少し目を細めて、でもずっと私を見て聞いてくれる。身ぶり手振り色んなことを話す私の問いかけには軽く頷いてくれるし、私が笑えば一緒に小さく笑ってくれる。
義勇さんとお話しするのが大好きだ。
どこ居ても、どこに行くときも、私は義勇さんの気を引きたくて色んな話をするし、義勇さんのことがもっとたくさん知りたくて色んなことを聞く。私の周りには義勇さんを含め、先生や炭治郎、他にもたくさんの人が居て皆私の話を丁寧に聞いてくれるけれど、義勇さんはやっぱり特別だ。
こうして義勇さんのお屋敷でお話ししているときは尚更、他の何にも邪魔されることなく義勇さんが私を見つめてくれる。今まさに私は義勇さんを独り占めしていると思うと一生このまま、時間なんて止まってしまえばいいのにと思った。
私は義勇さんに会わなかった間の任務や稽古について話しきったので義勇さんに少しだけ近づいて満を持していつものようにねだった。

「義勇さんっ褒めてください!」

義勇さんに撫でてもらいたくて近寄った私に義勇さんはとくに驚く様子もなく徐に手を上げた。私はそのまま撫でて貰えるものだと待ちわびていたけれど、義勇さんは撫でようとしてくれた手の動きを何故か、止めてしまった。

「ぎ、ゆうさん…?」

これまでそんなことはなかった。褒めてほしいと言えばどこでだって大きな手が私を撫でてくれた。どうして撫でてもらえなかったのか、手を下ろしてしまったのかを知りたくて義勇さんの表情を伺った。義勇さんは変わらずじっと私を見つめるばかりだった。
何か気に障ることをしてしまったのだろうか、いつもと何も変わらない流れだったと思うのだけれど。何も思い当たらず、何も言ってくれない義勇さんに心がざわつくばかりだった。

そんな私をよそに、義勇さんは突然私の頬の横に手を伸ばして顔にかかっていた横髪を控えめに、優しく、耳にかけてきた。
義勇さんの指が私の耳を掠めてくすぐったくて思わず吃驚してしまった。

「…崩して、しまう」

そう言いながら義勇さんは私の垂れた髪に少しだけ指を通した。義勇さんの声だけが耳に響いて反響した。義勇さんの優しい指先を肩越しに感じ、驚きのあまり心臓が止まってしまったのではないかと思う程、義勇さんの声しか聞こえない。さっきまでうるさく高鳴っていた心臓の音も、何も。

「俺なんかが触ると、きっと崩れてしまう」

もう一度、理解の追い付いてない私にわかるように義勇さんが言い直してくれる。なんのことを言っているのだろう、と義勇さんの視線を感じながら考えた。
義勇さんの指が掠めた耳が少しずつ熱を帯び体温の上昇を感じずには居られなかった。触れられた髪に自分で指を通してわかった。

「…に、あい……似合い、ますか」

朝先生に結ってもらった髪。義勇さんに貰った髪紐。
久しぶりに会えたことに舞い上がり、いつもの流れで話をしていたらまさか、義勇さんの方から口に出してくれるなんて。予定では、今日までたくさんこの髪紐に似合う髪型を研究したことを伝えて、どう思うか聞こうと思っていたのに。
撫でることで結った髪が崩れてしまうと心配してくれた、と受け取っていいのだろうか。まるで壊れ物を扱うような指先を思い出してしまい急激に心拍数が上がる。なんとなく息苦しく感じるほどだった。
義勇さんに意を決して似合うかどうか訊ねる声は震えてしまった。こんなはずじゃなかった。こんなにどきどきして苦しいなんて、予想を遥かに超えた。いたたまれない程恥ずかしくなってきて義勇さんから目を反らして自分の髪をいじる。次義勇さんから発せられる言葉の想像も私にはできなかった。

「…ああ。随分と、愛らしい。」

大好きな優しい声が確かに私の耳に届いた。信じがたくて勢いよく顔をあげて義勇さんを見ると私を見て微笑んでいた。
死んでしまいそうだった。
嬉しさも、喜びも、驚きも、ときめきも、もうどれがどの感情なのか区別がつかないくらい私の中で溢れてどんどん息苦しくなる。こんなどきどき、知らない。
全身熱くて溶けてしまうかもしれない。

「わ、私…本当にこれを頂けたのが、う、嬉くって…それで、えっと、…」

うまく言葉を紡げない。どきどきにあわせて震える声がちゃんと義勇さんに届いているかわからない。
伝えたいことはたくさんあるのに、義勇さんがくれた言葉全部に脳内を占拠されてしまった。義勇さんは優しい目で私の言葉を待ってくれていた。

「っ、…大好きです…義勇さん、これ、一生大事にします…っ」

やっとまともに出てきた言葉はそれだけだった。
もう堪らなくてどうしようもなくて、さっき私の髪に触れた義勇さんの指に手を伸ばしてきゅっと掴んだ。
義勇さんの手は私の手よりずっとずっと大きかった。義勇さんの手にこんな風に触れたのは初めてかもしれない。いつも頭に感じていたこの優しい手も、崩してしまうからと撫でることをやめた優しさも、私を見つめる微笑みも、形容するのが難しいくらい、好きだ。
頭がくらくらしてきた。この人は一体どこまで私を狂わせてしまうんだろうか。好きすぎて、怖いくらいだった。
指先から私のどきどきが伝わってしまうのではないかと思っていた矢先、義勇さんの指を掴む私の手を、義勇さんがそっと握った。

「ああ、…ありがとう」

いつもより一層、その声は優しく聞こえた。
何度好きと伝えたって足りない。どう言えば、どんな言葉を使えば私の気持ち全部この人に伝えることができるのか。誰か教えて欲しい。誰に聞けば解るんだろうか。
嗚呼、神様。わたし、この人に苦しいくらい恋をしているんです。

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