どれもこれも、全部全部恋のせい。

「本当にお世話になりました…!」

「元気に戻られてよかったです。また何かあったら、いつでも頼りにして下さいね。」

「はい!ありがとうございます、しのぶさん!」

「どういたしまして、お二人には私からご連絡しておきましたよ」

熱を出して蝶屋敷にお世話になること4日。しのぶさんやアオイちゃんたちの手厚い介抱のおかげで元通り元気を取り戻した私はしのぶさんに頭を下げてこの4日のお礼を告げた。
しのぶさんが連絡しておいた、と言うと私は頭をあげてつい首をかしげてしまった。
はて、一体誰に。

「お迎えに来られると仰っていましたから、少し待っててください。」

「お迎え…先生が?いいのに…!先生、すっごく忙しいのに…」

「ふふふ、さあどうでしょう。きっと心配だったんですよ。こういう時は甘えておいていいんですよ。」

しのぶさんはそう言うとお庭にカナヲがいることを私に教えてくれた。先生の迎えを待つ間しのぶさんのお言葉に甘えてカナヲと少し話をしようといつも綺麗に整えられたお庭へ足を運んだ。カナヲはお庭を眺めるように縁側に座っていた。蝶屋敷に住む皆さんが着けていらっしゃる蝶の髪飾りを見て可愛いなあと思いながらその後ろ姿に声をかけるとゆっくりとカナヲが振り返った。

「名前」

「お世話になりました!おかげでとっても元気になったよ。私!」

「…よかった」

カナヲは静かに笑っていた。カナヲの隣に腰を下ろすとこうしてゆっくり話すのは少し久しぶりだなと感じた。
炭治郎たちと同期の私は、勿論カナヲも、それから玄弥も同期にあたる。選別の一週間が終わったあと、カナヲだけが涼しい表情で立っていたことは多分生涯忘れることはないと思う。
私から目を反らさず私の話をじっと聞いているカナヲに私は最近気に入って通っている甘味処のことや、任務には関係のない他愛のないことを話し続けた。

「カナヲも今度一緒に行こう!とってもあんみつが美味しかったんだあ。炭治郎たちも誘って、ね!」

「…うん、」

約束ね、と小指を差し出すとカナヲは少し目を開いて私の手を見つめていた。驚かせてしまったかな、と思ったけれどゆっくりとした動きでカナヲもそっと小指を差し出してくれた。嬉しくなってきゅっと小指を絡めて指切りをした。
私、もっとカナヲと仲良くなりたいんだ。ねえ、カナヲ。伝わるかな。
カナヲと指切りをしたことがくすぐったく感じて指を離したあとなんだか照れくさくて思わず笑ってしまった。つい喜びが堪えられなくて。

「名前」

そうしていると私を呼ぶ声がした。勢いよくそちらを見ると、そんな、まさか。
義勇さんが私とカナヲを見て立っていた。
驚くあまり返事もせずただ義勇さんを見つめるばかりだった。
そんな私を引き戻すように、カナヲが私を呼び、はっとして思わず立ち上がり、私たちに向かって歩いてくる義勇さんに小走りで駆け寄った。

「ぎ、義勇さん!なんでなんで、どうしたんですか…!」

「…迎えに行くと、胡蝶には言った」

「え!義勇さんだったんですか?私てっきり、先生のことだと…」

「甘露寺は来ない」

完全に先生が迎えに来てくれるのだとばかり思っていた。二人に連絡したって、先生と義勇さんのことだったんだ。
しのぶさん、教えてくれてもよかったのに。心の準備なんか勿論できて居なかったから心臓が口から飛び出そうだった。嬉しい。義勇さんが先生にお願いされて私を迎えに来てくれてるのだとしても、義勇さんが私を迎えにきてくれた事実に心が跳ね回る。
熱はとっくに下がっているのになんだかまた熱く感じてきて頭に熱が集中する感じがした。

「具合は」

「勿論ばっちりです!だってだって、義勇さんお見舞いにきてくれたし、義勇さんが迎えに来てくれたし!おかげでなんだかいつもの五倍くらい、元気な気がします!」

「…大袈裟だな」

私が身ぶり手振り、元気であること、義勇さんが来てくれたことがこんなに嬉しいことをどうにか伝えようとすると義勇さんは目を細めて私を見ていた。今絶対に、笑った。義勇さん、笑った。私にはそう見えた。私の都合のいい解釈かもしれない、でも笑ってくれたと私は信じて疑うことができなかった。
義勇さんの声色がいつもより暖かくて心臓のあたりがぎゅっと苦しくなる。口数の多い人じゃない。言葉足らずだと、言い方がよくないと、いろんな人に言われているのを何度も見た。それでも私はこの人の相槌一つにときめいて、たった一言で今この瞬間死んでしまうかもしれないと思うほど心臓のさらに奥を掴まれてしまう。
ねえ、義勇さん。私義勇さんがお見舞いに来てくれたこと、多分一生忘れません。目を開けたとき、義勇さんが居たあの安心感も幸福感も全部全部あんなに熱にうなされていたのに、手に取るように思い出せるんです。
義勇さんの一言、小さすぎる表情の変化、その一つ一つがどんどん好きを強くして私を困らせてること、知ってますか。
私、あなたが本当に、大好きなんです。

「…帰るぞ」

「……はい!義勇さん!」

義勇さんが優しい声色で言う。
もう堪らなくなってしまって、義勇さんの腕をぎゅっと掴んだ。

「カナヲ、今度、絶対ね!約束!」

義勇さんから後ろに振り返り、一部始終を見ていたであろうカナヲにまたね、と大きく手をふると控えめにふり返していつものように小さく笑ってくれた。
カナヲ、次は私の好きな人の話を聞いてほしいな。カナヲにも知ってほしいな、私の好きな人のこと。
私この人のことが大好きなの。
口下手で、でも暖かくて、自分に厳しくて、責任感がすっごく強くて、とっても優しいこの人が。
今さら言う必要なんかないかもしれないけど、聞いてくれるかな。

私は最後にもう一度義勇さんと一緒にしのぶさんに挨拶をして蝶屋敷を出た。
しのぶさんが連絡してくれたと言っていた二人は恐らく一人は先生で間違いないと思う。そしてもう一人が義勇さんだった。義勇さんの話を聞くと先生はお屋敷で待ってくれているらしい。義勇さんは一緒に行くつもりだったみたいだけど、先生が帰って来る私に美味しいものを用意すると言っていたらしい。
先生ってば、もう。大好きです。
義勇さんと先生の待つお屋敷までのんびり歩いて帰る。義勇さんの羽織をぎゅっと掴んで、道にいつも咲いてるたんぽぽを見ながら先生が用意してくれているらしいご飯の話をしたり、蝶屋敷で会った隠の人の話をしたり。義勇さんの昨日のご飯を聞いたり。色んな話をした。
会うたび色んな話をするけれど、いつだって話足りない。全部義勇さんに伝えたい。私の見た素敵なもの、嬉しかったこと、全部義勇さんと半分こしたい。
義勇さんのこと、本当は全部知りたい。義勇さんの好きなものを私も好きになりたい。義勇さんの生きる世界を私も生きてみたい。わがままだなって解ってるから言わないけど。
そう思ってしまうのも、全部全部、恋のせいにして。

「義勇さん義勇さん」

「…どうした」

「…ふふふ、大好きです!」

口にしすぎると、嘘みたいに聞こえてくるなんて言うけれど、言わずにはいられない。もうこれ以上好きを体に溜め込んでおくことなんかできない。溢れて零れてしまって伝えてしまう。言いたくて言いたくてどうしようもない。
大好きだと口にする度、ああ、本当に大好きだなと思う。それすらとっても楽しいの。
帰り道の足取りがまるで浮いてるんじゃないかってくらい軽い。いつもそう、この間だって。この道を歩くのはもう何十回目かわかんないけど義勇さんが一緒に居るだけで特別になる。
義勇さんはすごい人だな。
あなたが居るだけで世界がこんなに違って見える。
私は贅沢者だと思う。

義勇さんと一緒に歩くこの道のりはいつもよりずっと特別で、いつも以上にのんびり歩くのに、いつもよりも随分早くお屋敷にたどりついてしまう。不思議だなあ。
もうお屋敷の門が見えてきた。それと同時になんだかおいしそうなにおいがした。
お屋敷に戻ると何故か炭治郎たちも居て、私が熱を出して倒れてしまったことをめちゃくちゃ心配してくれたけどこの通りぴんぴんしている私を見て笑ってくれた。
先生は私の大好きな笑顔で迎えてくれて、義勇さんをちらりと見たあと良かったねと一言言った。ありがとうございます先生、私はほんとに、とっても贅沢者です。
ご飯にしましょうと手を叩いた先生を合図に、炭治郎と私に引きずられ義勇さんも一緒に食事を楽しんだ。
相変わらず騒がしい善逸と伊之助にたまに短くお説教を挟む義勇さんを見てなんだか嬉しくなってしまった。

つい、義勇さんが食べるものと同じものにお箸が延びてしまう。
義勇さんにこれ美味しいですね、と言うと短く頷いていた。
こんな小さなことも一緒に感じてみたいと、そう思うのもきっと全部私がこの人に恋をしているから。
ねえ、そうなんでしょう。神様。

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