健気なあの子の背を見ている

「しのぶ様、水柱様が来られてます。」

「あら、冨岡さんが?何か怪我でも?」

「いえ、名前さんの様態をお伺いにきた、と」

あらあらあら、冨岡さんは任務に出られていたのでてっきりお怪我でもされたのかと思ったんですけれど。
丁度名前さんの薬を調合しようと薬剤庫に籠っていたとき。アオイが戸の向こうから私に声をかけてきたと思えば、冨岡さんお見舞いができるような人だったんですか。
ちょっと意外ですけど微笑ましくて笑ってしまったじゃないですか。


薬剤庫を出るとアオイの後ろには冨岡さんが立っていらっしゃって、お怪我は本当にないようで、ご出立されたときとなんら変わらないお姿の冨岡さんは相変わらず何を考えているのかわかりにくい表情のまま。挨拶もそこそこに着いてきてください、と声をかけると何も言わずに私のあとを着いてきました。
高熱にうなされる名前さんの居る部屋に冨岡さんを通すと「すまない」と一言だけ言って名前さんの寝る寝台へと足を進められた。
私は扉の側から作りかけの薬の調合に戻りますねと一言声をかけて薬剤庫へ戻った。



薬を調合しながら、なんとなく名前さんと初めて会った日のことを思い出しました。

名前さんと初めて会ったのは産屋敷邸。柱合会議の日で、もう後は各々解散というところでした。とてもお天気の良い日で座り込んで色んな話をした後だったから、お庭の陽気を吸うように何人かが伸びをしていたのを覚えています。
柱合会議での張り詰めた空気を取り払うように世間話を交えつつお館様のお邪魔にならない所へぞろぞろと移動をしていたとき。声の大きい煉獄さんがこのあと気に入っているお店にお食事に行くという話に宇髄さんが乗っかり、伊黒さんが巻き込まれていました。煉獄さんが甘露寺たちもどうだ、と声をかけて、私の横に居た甘露寺さんはぱっとそちらに顔を向けました。

「わあ〜!とっても気になります!でもごめんなさい…!今日は継子の子を待たせていて…」

「継子?甘露寺の?」

「そうなんです!私、とっても可愛い継子が出来たんです!」

甘露寺さんの言葉に真っ先に反応したのは勿論伊黒さんでした。甘露寺さんは誘いを断ることを申し訳なさそうに頭を軽く下げていたけれど、可愛い継子ができたととても嬉しそうに話しを続けていました。
どうやら、誰もそのことを知らなかったようでその場に居た柱全員の興味が甘露寺さんに向きました。勿論、私も知らなかったんですよ。
とっても笑顔の可愛い子で、いい子なんですよ!と甘露寺さんが話していたとき。

「先生ー!」

「あ!名前ちゃん!」

甘露寺さんの向こうから鈴の鳴るような、でも元気な声が聞こえて。名前ちゃんと呼ばれたその子は手を大きく振って私たちの方に走ってきました。

「待たせちゃってごめんね、ちゃんとお利口さんに出来てとっても偉いわ!」

「へへへ、外に猫ちゃんが居たんです!猫ちゃんと遊んでました!」

「そうなの〜!良かったわね!」

甘露寺さんがぽんぽん、と頭を撫でると名前さんは嬉しそうに笑っていました。恐らくこの子が話題の中心に居た甘露寺さんの継子で間違いないのだろうと思いました。お話の通り、笑顔の可愛い子でしたから。
今思えば失礼なことをしたかもしれませんが、まじまじと名前さんと甘露寺さんを見ていたら突然煉獄さんが「名前じゃないか!」と甘露寺さんたちに寄って行き、その声に反応するように「煉獄さん!」と名前さんが返していました。

「あら、お二人お知り合いなんですか?」

「ああ、彼女の家には随分と世話になったんだ!」

私は反射的にそう煉獄さんに声をかけると、こちらを振り返ってそう仰いました。名前さんはにこにこと笑っていました。

「お久しぶりです!」

「噂には聞いていたが、本当に鬼殺になったのか!偉いぞ!すごいじゃないか!」

「ありがとうございます!」

私は勿論、甘露寺さんもどうやらお二人がお知り合いだったことは知らなかったご様子で驚いていました。彼女の家にお世話になった、という説明だけではなにもわかりませんでしたが彼女と煉獄さんがお知り合いということには、明るい人柄が似ているのでしょうか、なんとなく納得ができました。

「甘露寺の継子っつーのは名前のことか?」

「宇髄さん!こんにちは!」

「あら?名前ちゃん宇髄さんともお知り合いなの?」

「はい!よく家に来てくださってたんです!」

煉獄さんの肩に寄りかかるように腕を置き煉獄さんの後ろから宇髄さんが名前さんに声をかけると私と同じ疑問を持った甘露寺さんが私の変わりに聞いてくださいました。
随分と顔の広い子のようで、驚きました。柱と顔馴染みだなんて、なかなかないことじゃありません?ましてや師範である甘露寺さんだけでなく、炎柱の煉獄さんに音柱の宇髄さんまで。

「お家に来ていた…というのは、つまりご実家が何かされているんですか?」

「!え、えっと、」

「ああ、失礼しました。私、蟲柱の胡蝶しのぶと言います。よろしくお願いしますね。」

疑問に任せて自己紹介もなく質問してしまいました。うっかりでしたね。
私はびっくりしていた名前さんに名乗るとはじめまして、と元気な声が返ってきた。

「そうだった、ちゃんと名前ちゃんを紹介しなきゃね…!私の継子の名前ちゃんです!名前ちゃん、柱の皆さんにご挨拶できる?」

「はい!えっと、先生…恋柱様の継子にしていただきました!苗字名前です!今は先生のお屋敷で一人前になれるよう鍛練してます!よろしくお願いします!」

甘露寺さんに促されて名前さんが自己紹介をして頭を下げる。
随分と師範である甘露寺さんと似た子だと言うのが第一印象です。
お顔が似ている、というよりは雰囲気だったり、ころころ変わる表情や元気の良さが甘露寺さんそっくりでした。少し小柄な子ですが一つ一つの挙動が大きくて元気一杯、という言葉がぴったりな子。
そんな名前さんから一切目を反らさずに伊黒さんが小さく「甘露寺の継子…」と意味深めに呟いていたのを私は覚えています。

「ほぉー、名前が甘露寺の継子か。まあいいんじゃねえの。よかったじゃねえか」

「はい!毎日毎日実りがあります!」

「うむ!良いことだ!甘露寺、名前をよろしく頼む!」

「はい!頑張りましょうね、名前ちゃん!」

宇髄さん、煉獄さんにニコニコと返事をするお二人は見ていて穏やかな気持ちになりそうな、可愛らしい師弟でした。良い関係を築いていることが一目でわかりました。

「それで、煉獄さんたちはどこで名前さんとお知り合いに?」

「ああ、そうだったな。彼女の実家が、藤の花の家紋を掲げてくれているんだ」

「煉獄が名前の家に世話になったことがあるとは知らなかったけどな」

なるほど。そういうことだったんですね。
その場に居た全員が納得したでしょう。そういうことなら、お知り合いでも不思議ありませんね。
自分が話題にされていることがくすぐったかったのか名前さんは小さく誤魔化すように笑っていました。
どうやらその事実は甘露寺さんも初耳だったようでまた驚いていらっしゃいました。
煉獄さんが、名前の家の食事はうまいんだ、とこれまで世話になった経験を話だしその話題に最も食いついていたのは甘露寺さんでした。
伊黒さんは何も言いませんでしたが、物凄く真剣にその話を聞いていらっしゃいました。
すると名前さんがきょろきょろと回りを見回し、少し眉を下げてなんとも言えない、寂しそうな悲しそうな顔をするではないですか。

「名前さん、どうかされたんですか?」

「!あ、いえ!なんでも!」

「?…そうですか?何かお探しのように見えたんですけれど」

「えっと」

何か口ごもる名前さんは私から目を少しだけ反らして言葉を探しているようでした。
胸の前で手をいじり、もじもじと何か言いたげで、けれど言いにくそうな様子で。

「名前?」

そうしていると私たちの後ろからそう言えば先ほどから気配もなかった声が聞こえました。
ぱ、と後ろを振り返ると冨岡さんがこちらに向かってゆっくり歩いて来ていました。

「!!、義勇さん!!」

冨岡さんに気をとられていると私たちの側から名前さんが勢いよく冨岡さん向かって駆け出し、そのまま体当たりするように冨岡さんに飛び付いているのを見て、また私たちが驚いたのは言うまでもありません。
甘露寺さんだけがくすくすと笑っていました。

「…どうした、一体」

「義勇さんに会いたくて!先生にわがまま言って連れてきてもらったんです!」

「………そうか」

冨岡さんは名前さんの体当たりにも動じず、私から見ていても力一杯冨岡さんに抱きつく名前さんの肩に手を添えていつもと何にも変わらない調子で声をかけていました。
冨岡さんを義勇さんと呼び、会いたかったと言う。
絶句、という言葉も今なら違わないだろうと思う私たちをよそに二人は何かを話して居ました。

「…驚きました。彼女、冨岡さんと仲がよろしいんですね?」

「ええ!そうなの!とっても可愛いでしょう?冨岡さんが大好きなの、名前ちゃん。恋する乙女なのよ!本当は連れてきていいのか悩んじゃったんだけど…どうしてもって言うから…会えなくても悲しまない、大人しく待ってる約束で連れてきちゃったの…」

「地味なやつだと思ってたが、冨岡のやつ派手にやるじゃねえか。」

「冨岡も知り合いだったのだな!」

恐らく皆気になることがたくさんあると思うのですが、何もかも気になりすぎて、二人を見守ることばかりしかしませんでした。相変わらず私たちを気にもせず話し込む冨岡さんと名前さん。冨岡さんはいつもとなんら変わりないように見えましたが、名前さんはそれはもう、初対面の私ですら手に取るようにわかるくらい嬉しそうに幸せそうに笑っていました。

「私とーっても頑張ったんです!義勇さん!褒めてください!」

「…ん」

冨岡さんがぽんぽんと名前さんを撫で付けると、目をきゅっと瞑って撫でられる名前さんが少し顔を染めてまた一層幸せそうに笑いました。
なんだが、兄と妹のようにも見えて飼い主と飼い犬のようにも見えたのは名前さんには言わないでおきました。
冨岡さんに必死に色んなことを話す名前さんに冨岡さんはたまに相槌をうつくらいでしたが、甘露寺さんにどうしてもと頼み込むほど彼女は冨岡さんを慕っているのは目に見えてわかりました。

「ふふ、可愛らしい子ですね」

「!しのぶちゃんもそう思う?!私も、もうきゅんきゅんしちゃって大変なの!」

よかったですね、冨岡さん。と、心の中でなんとなく思ってしまいました。



その日を境に私たち柱の間で甘露寺さんの継子は冨岡さんが大好きなのだということは共通認識になりました。
毎度、というわけでは勿論ないのですが冨岡さんに会うと一緒に居た名前さんにも会うことは少なくないです。
義勇さん義勇さん、と冨岡さんにいつもひっついて回り、ニコニコと笑いかけ惜しみ無く大好きだと言う彼女を見ているとなんだか応援したくなってしまって。
いつも冨岡さんを大好きだと慕う彼女に大した反応を見せない冨岡さんにやきもきさせられることもしばしばあります。

ですがこうして、恐らく彼女の師範である甘露寺さんから連絡を受けたのでしょう。任務のあと、その足でこちらに来たのでしょう。そんな冨岡さんを見て私が心配するほどのことでもないのかもしれないと思います。
あれだけ、真っ直ぐ思いをぶつけてくれる子に対して言葉が足りなすぎるとは変わらず思いますし、せめてもっと行動で返してあげればいいのにとは思いますけれど。

そんなことを考えながら調合した薬と水を盆に乗せ、先ほど案内した部屋を目指して廊下を進み、彼女の寝る部屋に薬を届け冨岡さんに二三、声をかけて邪魔になるのではないかと思い部屋を出ました。

そのあと自分の仕事をこなしていると、また数刻過ぎた頃に冨岡さんが私のところへ顔を出され、どうやら薬を飲むことを確認したらしく、私が運んでいった盆の薬と水を空にして持って来てくださいました。

「俺は一度戻る。悪いが、名前を頼む」

「あらあら、冨岡さんに言われなくとも元気になるまではここを出すつもりはないんですよ、私。」

「…すまない、感謝する」

「まあ、珍しいことを仰るんですね。」

冨岡さんはそれだけ私に言うと帰りの挨拶もそこそこに屋敷から出られた。
本当にどうしてこうも不器用なんですか。冨岡さん。
見ている私たちの気にもなってみたらどうなんですか。

ふう、と思わずため息が出てしまった。
けれども、やっぱり私は大人しく寝ている彼女よりも冨岡さんを健気に追いかけ回っている彼女のほうが安心しますから、早く良くなるようにお手伝いをしましょうか。

きっと、冨岡さんも寂しいでしょうから。

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