奇跡なんて言葉では物足りない

「名前は本当に強くなったな!目覚ましい成長だ!」

「ほ、ほんとですかあ〜!あ、ありがとう、ございます…!」

「息絶え絶えじゃねえか、まだまだだな」

「うっ面目ないです…」

「名前ちゃんはもっともーっと強くなれるわ!一緒に頑張ろうね!」

「はい!!先生!!」

この間炭治郎たちと行った任務から帰って来て数日ずっといいお天気が続いている。私のもとに鴉は伝令を届けにはこないままだった。
昨日、先生が任務へ出られたあと小芭内さんが遊びにきてくださり、他愛ない話をしていたら夜も深まりはじめた時間に先生はお戻りになった。調査のあとお館様のところへ報告へ行く予定だったらしいけど報告に向かうには少し時間が遅く鴉を飛ばして翌日に報告に出られることにしたらしい。
その翌日というのが今日にあたるわけなのだが、どういうわけか、朝出られた先生がお昼頃にお戻りになると何故か炎柱の煉獄杏寿郎さんと音柱の宇髄天元さんがご一緒だった。
なんでも、お館様のところへ行くとお二人と会ったらしい。何故かそこから私の修練具合の話になり、今どうしてか私はお二人に稽古をつけてもらっている。本当にどうしてなのか。

「少し休憩するか、名前もなかなか消耗してるしよ」

「うむ!そうだな。名前、よく頑張ったな!偉いぞ!」

「ひい〜疲れました…流石にへとへとです…」

お二人がどうしてここに来たのか、なんで私に稽古をつける流れになったのかを聞く間もなくぶっ通しで稽古をしていたので汗は止まることを知らないように流れ全身熱い。久しぶりにここまで体を動かしたかもしれない。休憩の言葉に膝から崩れるように座り込み呼吸を整える。先生がお疲れ様、と私に手拭いを差し出してくれたのをありがたく受けとる。お日さまのいい匂いがした。

「甘露寺と同じ、柔軟に秀でた剣術には目を見張るものがあるな!」

「先生のおかげです!私、自分の体をこんなに活かすことができるとは思っていなかったです!」

「確かに、体の柔さに関しては甘露寺に匹敵するな。もっとド派手な技を使えるようになれば上出来なんだがなあ」

「ぐう…頑張ります!先生目指して!」

水を体が求めるままに飲み体が望むままに息をすると少しずつ汗も引いていった。私はこんな調子なのにお二人は涼しい顔でいつもの調子で話している。やっぱり柱なんかまだまだ先だなとこんなところでも思い知らされた。
先生も十分私より背が高いけれどそれとは比べ物にならないくらい大きいお二人の話は私の頭上でいつも行われる。煉獄さんが私にお褒めの言葉を投げ掛けて下さったので声の方を見上げるととても大きな目が私を見つめていた。それに反応したように話す宇髄さんを見ると顎に手を当てて私を見ていた。宇髄さんは正直私が出会ってきたどんな人より大きい。いつも目をみて話そうとすると首がもげるんじゃないかと思ったりする。今日も頭が後ろにおっこちそうだった。

「甘露寺も、よく名前を育てられている!素晴らしい師範を持ったな名前!」

「そ、そんな!名前ちゃんがとっても優秀なだけなんです!」

「いいえ!先生は本当に私には勿体ない師範です!」

「よくお前も甘露寺の稽古についてけてるもんだと俺は思うけどよ」

先生は真っ赤になって照れていた。
煉獄さんの言うとおり、私はとても素晴らしい師範の下で鍛練を積ませてもらっていると思う。ここまで生きてこれたのも先生の教えがあったからだと思う。
先生の教えは少し独特な方らしく、以前宇髄さんに言ってることがわかるのかどうか聞かれたことがある。宇髄さんの言ってることがどういうことなのかのよく解らなかったけれど私は先生の教えはちゃんと身に付いていると思う。
私はもう止まった汗を手拭いでしっかり拭いてまだ赤い先生を見た。

「先生、私を継子にして下さってありがとうございます」

「名前ちゃん……!!!」

「私先生の元でこうして強くなれて幸せです!」

「わ、私もよ〜!!名前ちゃんが私の所に着てくれて本当に本当に嬉しいの!ありがとう!」

「仲がいいもんだないつもいつもよ」

先生に深く頭を下げると先生が勢いよく私を抱き締めてくれた。先生はいつも甘いにおいがするような気がする。
私をすりすりと抱き締めてくれる先生の腕に甘えて抱き締められる。先生が大好きだなと思った。

「甘露寺がこいつを継子に選んだんだったか?」

「いや、冨岡が紹介したと俺は聞いたぞ!」

「冨岡ぁ?」

先生は少し私を抱く力を緩めるとそうなんです、とお二人に向き合った。
そう、私は鬼殺になったあと、水柱である義勇さんに何度も何度も何度も継子にしてほしいとお願いした。勿論何度も何度も何度も断られた。継子にしてもらえるまで粘るつもりでいたし、そもそも義勇さんが継子をとるわけがないと思っていたから何度断られても痛くも痒くもなかった。
義勇さんが継子を取らないと思っていながら、継子にしてほしいと何度もお願いしていた自分の頑固さと粘り強さに関しては私自身驚くところだ。

「私、何度も義勇さんに継子にして下さいってお願いしたんです。数えられないくらい。私の体感では多分五万回くらい!」

「お前一体いつから冨岡追っかけ回してんだよ」

「勿論毎度毎度断られたんですけど、ある日冨岡さんが会わせたい人がいるっていうから、私もうびっくりしちゃったんです。まるで結婚相手を紹介されるみたいなこと言うから!会う前からよく解らない汗がとまりませんでした!」

思い返すと鮮明に思い出せる。いつものように義勇さんのところへ行き、いきなり会わせたい人が居ると言われて、継子にしてほしいとかそんなこと言ってる場合じゃないくらい慌てふためいたこと。会わせたい人が居る、なんて私もまだ両親に言ったことないのに大好きな義勇さんから言われるなんて。こっぴどくフラれるかと思って頭がクラクラした。
あの日のことはよく覚えているせいで勢いよく言葉たちが飛び出していく。つい力んで話してしまう私の横で当事者の一人である先生がニコニコ笑っていた。

「そしたらそこに先生が居て、卒倒しちゃうかと思いました。義勇さんこんな素敵な人が居たのかって。そしたら真っ正面から違うってすごい目で見られました。」

「冨岡のすごい目か!大いに気になるな!」

「そっちかよ」

「義勇さん、私が継子になりたいって言ってたの実はとってもよく考えてくれてたみたいで。義勇さんの元で鍛練に励むより先生の方が私のためになるって紹介してくれたんです。それが先生との初めまして、でした!」

俺より、甘露寺に世話になった方がお前にはいい。
ただそれだけしか義勇さんは言わなかった。その日も勿論断られて帰るのだろうと思っていたのにまさかそんなことを言われるとは思っていなくて吃驚しすぎて頭がついていくまでに時間がたくさん必要だった。
目の前に座っていたニコニコ笑うかわいい人が柱なんて信じられなかったし、義勇さんがそんな人を紹介してくれるとも思ってなかった。

「初めはなんで義勇さんはそんなこと言うんだろうって思ったんですけど、義勇さんが何にも考えずにこんなことするわけないって私すぐ思って。絶対に義勇さんの継子になる!って決めてたんですけど、そんなことはさっぱり気にならなくなって、先生の継子にしてもらったんです。」

「ほーお。思ったより見る目あるじゃねえか、冨岡のやつ。」

「私も吃驚してます。体が柔らかいなんてなんの足しにもならないと思ってたんですけど。今や私の武器の一つになりました!」

義勇さんはきっと私のことをよく見てくれていたんだと思う。
私は義勇さんがいつ、どうやって私には先生がいいと見極めたのかわからないけど、あの日わからなかったことは今なら解る。義勇さんのおかげで、先生のおかげで私は確実に力をつけている。義勇さんの継子にはしてもらえなかったけど、継子にするかどうか真剣に考えてくれたんじゃないかな、とか。継子をとるのと同じくらいの愛情を感じた。
先生の人柄も、剣術も吃驚する程私に噛み合う。こんなことは奇跡でないと起こらないと思う。義勇さんが私のために起こしてくれたのだと思う。
そうして力一杯話す私の隣で先生がくすくす笑った。

「私も吃驚しちゃったんです。とっても急なことだったから…どんな子を紹介されるのかと思ったらとっても可愛い女の子で。私なんかで大丈夫なのかとーっても不安だったんです。でも名前ちゃんも冨岡さんも、とっても真剣に私に頭を下げるんだもの!とってもいい子だったから正直勢いで継子にしちゃったんだけど…何も間違ってなかったわ!」

「せ、先生…」

義勇さんがそう言うなら、と私も勢いで先生に面倒を見て貰えないかと頭を下げた。義勇さんも一緒に頭を下げてくれたことは多分、一生忘れないと思う。あのとき先生は、本当に驚いていて頭を上げてくださいとわたわたしてた。
一先ず、私のお家でご飯を一緒に食べましょう?とあのとき先生は言った。私の実力や階級は聞かないのかと不思議にも思ったけれど、まず私の人柄を見ようとしてくれたんだと、先生はそういう人だと、今一緒に生活をしている私はわかる。
一緒にご飯を食べて、色んなお話をして、先生は私を継子にしてくださったのだ。

「ふむ、冨岡もやるな!甘露寺、俺はとても感動した!名前も一生懸命励んでいるし、素晴らしいことだ!」

「先生の元でもっともっと強くなります!期待しててくださいね!」

「自信満々じゃねーか。そういう派手さは大事にしとけ」

「はい!ありがとうございます!」

義勇さんがくれた今の私の生活は私には勿体ないくらいの充実感があって、大事にしたいと思うものがどんどん増えていく。
先生、此処にきてくれる皆さん、お庭に埋めたお花、先生と揃いのお箸、先生がおさがりにくれた羽織、私にはどれも勿体ない。でもだからと言って絶対に手放せない。
絶対に守るために、先生の元で一人前になって強くなって恩返ししていきたいのだ。
先生たちに、義勇さんに。
鬼の居なくなった世界で今と同じ幸せを噛み締めたい、あわよくば、もっと幸せになりたい。
義勇さん、私やっぱり義勇さんに出会えてよかったです。
義勇さんと出会わなかった私を想像することももう出来なくなりました。
こんな風に私を強くしてくれた人が義勇さんなんですよ。
今度ちゃんと、義勇さんにそう伝えよう。

昔話をして、改めて噛み締めた尊さに居てもたってもいられなくなった私は煉獄さんと宇髄さんにもう一度稽古を申し出た。
先生は変わらぬ笑顔で私を見ていた。

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