袖摺れに雪明り
「すっかり寒くなりましたね」
「ね! いやあ〜でもまさか雪が降るとは思ってなかったよ〜」
うっかり事務所で二人揃ってずるずるになるまで泣いたあと、これまたうっかりさらに話し込んでしまい、気づけば陽が落ちていた。
陽が落ちてしまったのを窓を覗いて確認したら驚くことに雪が降っていて、二人揃って大騒ぎした。「今年初雪だよね!?」と言えば彼は「積もりますかね!?」と一緒に驚いてくれた。いい子だなあ。おまけにしんしんと降り続く雪を見ながら「傘ないけど平気かなあ」呟けば「俺折りたたみあるんで送ります!」と元気に手をあげてくれた。いい子すぎるな!
彼の言葉に「いいの? ありがとう!」と遠慮せず厚意を受け取ったのはまだ少し話したりなかったのと、ちょっと離れ難い気持ちだったからだ。
彼にはこれからお世話になるのだから、これが最後の別れでもないけれど、もっと仲良くなりたいと思ってしまうのは仕方の無いことだと思う。あれだけの熱意を向けてもらって、たくさんの元気貰ったのだから。
事務所と自宅の短い距離で彼の隣を歩く。職場からも駅からも近い私の家を彼は「超便利ですね!」と羨ましがっていた。
「このあたりはあんまり知られてないけど穴場なんだよ〜家賃も高くない! おすすめ!」
「へえー! 知らなかったです!」
「今度打ち合わせの時に穴場の定食屋さんも教えてあげよう!」
「美味しいんですか?」
「美味しい! そして大盛り!」
「おお〜〜〜!」
風が吹いて髪が揺れる。首元から入り込む冷気にふるりと身体が震えて、そろそろマフラーが必要だなと体感する。私の話にいちいち元気なリアクションを見せてくれる彼の鼻は赤くなっていた。雪はまだ止む気配を見せない。
「次どっちですか?」
「右だよ〜 曲がったらすぐ!」
これは積もるかもしれないなあと空へ視線を動かす。真っ暗になった空から降る雪は綺麗に見えた。
「あれ」
「ん?」
「あそこに居るのって」
傘を持つ彼について行くように角を曲がる。彼は何かに気づいたらしく立ち止まった。
「……、しょ、うと……」
彼が見つめる先を一緒になって目をこらす。私の住むアパート前で、雪を肩に積もらせながら立っているのは間違いなく焦凍だった。深く帽子を被っていても背格好だけでわかる。
思わず口に出た名前に隣に立つ彼が「やっぱりそうですよね?」と言った。どうして焦凍がここに居るのかはわからないけれど、私に用事があるのは間違いないだろう。
隣に立つ彼より先に私が一歩踏み出す。私を追うように傘を傾けて彼はまた私の隣を歩いてくれた。
「焦凍」
傘もささずにただ雪の中を立ち尽くす焦凍に声をかければ、勢いよくこちらに振り返った。焦凍は私を見るなり何か言おうと口を開いたものの、大きく目を見開いてどこか呆然としていた。
「どうしたの? 風邪引いちゃうよ、こんなとこで……」
本物の焦凍を見るのは随分久しぶりだった。放っておくわけにいかず声をかけたものの、声をかけてその後私はどうするつもりなんだろう。
できるだけ平然を装って、何事も無かったみたいに声をかけたけど上手くできてるんだろうか。私の隣に立つ後輩の彼はきっと焦凍の存在だけでそれなりに緊張して居心地悪いだろうし、ここで私が取り乱すわけにはいかない。
焦凍はぎゅっと顔を歪めて私に向かい合う。わずかに街灯に照らされただけでも、焦凍の顔はよく見えた。
「……勝手に来て悪ぃ。……話が、したくて」
焦凍はそう言ってチラリと隣に立つ彼を見る。彼は気を利かせて「じゃあ、俺はここで」と明るく言った。
「ごめんね、送ってくれてありがとう!」
「いやいやそんな、楽しかったです!」
「また今度!」
「はい! 定食屋さん、忘れないでくださいね!」
彼が後ろ手で私に手を振りながら駅の方へと歩いていく。気を使わせてしまったお詫びはまた今度にして、今はとにかく、目の前にいる雪まみれでぐっしょり濡れた焦凍をどうにかしなくちゃ。
「……えと……うち、でいい? このあたり個室の部屋なんか無いし……焦凍、目立つと大変だと思うし……」
「……悪い」
焦凍を連れてそそくさと身を隠すようにアパートの中を進む。最後にこうして焦凍がうちに来たのはいつの頃だったか、全然思い出せなかった。