スキャンダル・ベイビー
「ショートくんちょっと!」
事務所に戻るや否や、バーニンや他のヒーローたちに詰め寄られた。
この長期任務が終わったらちゃんと話をしようと決めていた。まだアイツにはなんの連絡も出来てねえままだけど、緑谷と麗日、それから上鳴によって作られた「仲直り大作戦」なんて名前のついたグループトークで、アイツともう一度話すため色んなアドバイスを受けた。回りくどいことはせず、とにかくもう一度会って話したいと伝えればいいと言われた。連絡することすら躊躇っていたものの、緑谷が「彼女は真剣な言葉をちゃんと受け止めてくれる人だよ」と俺に言った。間違いなくそうだと思った。
だから今日こそ連絡してみようと決めていた。なのに。
「……なんだよこれ」
速報、と夕方のお茶の間情報番組を駆け巡ったのは「大人気ヒーロー、ショート熱愛か」の見出しだった。
思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまった。パトロールから戻ってきて一息つこうとしたらとんでもないものを見てしまった。ショートって、僕の知ってるショートで間違いないんだろうか。いやそんなまさか、と思いつつテレビに釘付けになっているとよく見知った白と赤のツートンカラー、間違いなく同級生の彼だった。
『御相手がまさか彼女だとは!』
『まあ確かに、彼女あちこちでショートファンを公言していましたしね。そういうことだったのかもしれないですね!』
嘘だろ、と空いた口が塞がらない。テレビには彼と一緒に並んで歩く今人気のアイドルの写真。一体どういうことかわからないけど、情報元はスキャンダルで有名な雑誌が撮ったものらしい。
いやそんなわけないだろう。ついこの間会った轟くんは未練たらたらで荒みきっていたんだから。
『映画の撮影中らしく、ヒーローショートが同行しているようでその間に関係が発展したと記事は報じています』
『まさに美男美女ですねえ』
「いやそんなワケないから!」
思わずテレビに向かって大声を出してしまった。全身よく分からない汗が噴き出してくる。
任務中に撮られた事実無根のスキャンダルなんてよく聞く話だけど、よりにもよって一番タイミングの悪い時にどうしてこんな事になるんだ。
僕は思わず慌ててスマホを取り出して彼に向けてメッセージを送る。これだけ大きく流されてしまったのだから、彼の耳にもとっくに届いていることだとは思うけど、ぐずぐずしていると取り返しのつかない事になりかねなかった。
もし彼女がこれを知ったら、信じてしまったら。ようやく彼女ともう一度話そうと轟くんが頑張ろうとしているのに、全部が水の泡になってしまう。
僕と同じ番組を見ていたのか、「仲直り大作戦」と名付けられたグループには既に上鳴くんから「なあヤバくない!?」とメッセージが入っていた。
『番組の途中ではありますが、ヒーローショートが所属するエンデヴァー事務所の前と中継が繋がっております!』
「えええええ!?」
想像してなかったことが次から次に巻き起こる。画面が切り替わったと思えばまさに見知った場所が映し出されて番組アナウンサーの他にも報道関係者らしき人達が事務所の前に集まっていた。熱愛疑惑たった一つでここまで大騒ぎになってしまう、彼の人気に圧倒されると同時にこの騒動に彼は受け答えするのだろうか、今彼はどこに居てどうしているんだろうかとハラハラしてしまった。
僕はグループトークに「轟くん大丈夫!?」と送ったものの、何度確認してもそれに既読はつかないままだった。
『ショート! アイドルとの熱愛が報じられておりますがお話をお聞かせください!』
テレビにから聞こえてきた声にパッと視線を戻せば既に記者に囲まれたショート、いや、コスチュームを着ていない轟くんが映っていた。彼の表情は強ばっていた。
『……事実無根です。先方からの依頼で護衛をしているだけです』
『任務中に関係が進展したとのことですが?』
『一切ありません』
彼は僕よりも落ち着いて向けられたマイクに受け答えしていた。臆することなく表に出てきた彼は少し怒っているようにも見えた。
轟くんは飛び交う質問全てを丁寧な言葉で否定していく。落ち着いた声に、想像していたより彼は冷静に対処しているのだとほっとした。彼の元で、エンデヴァー事務所でどのようなやり取りがあったのかは分からない。彼がここに彼の意思で出てきたのかどうなのかは知り得たことじゃなかったけれど、根も葉もない報道をここで食い止めようと一つ一つ必死に否定の言葉を返していく。
彼が一言返す度にカメラのフラッシュが瞬く。眩しく明滅する画面をただ、ただじっと見つめた。
『御相手はとても貴方のファンのようですか』
『依頼主とヒーロー以上の関係はありません』
『SNS等ではファンの間でもその関係を以前から囁かれていたようですが』
『っいい加減にしてくれ!』
突然発せられた大声に飛び交っていたざわめきがシンと静まった。他の誰でもない轟くんの声に、テレビ越しの僕までが圧倒された。
轟くんはわなわなと震えているように見えた。やっぱり彼は怒っているんだ。
ちりりと彼の個性がもれる。一体誰に向けた眼差しかはわからないけど、間違いなく目の前に居る誰かを睨んでいた。
『……もう決めてんだ。アイツしか居ないって』
轟くんはまた落ち着いた声で呟くように言った。
『……アイツじゃなきゃ、ダメなんだ』
強く睨みつけていた目が少しずつ伏せられて轟くんはゆっくりと俯いた。肩を落として片手で顔を覆う。いつもよりずっと彼が小さく見えた。
誰も何も言わなかった。彼に向けられたマイクの数々だけが、彼の声をすくい上げていた。
『……仕事で一緒に居ただけだ。本当に、それ以上も以下もねえ。誤解されたくねえから散ってくれ』
轟くんはまた顔を上げて、全てを締めくくるようにそう言った。それに合わせてまたカメラのフラッシュがざわめきを生みながら明滅する。
轟くんが記者を掻き分けるように歩き出す。記者もカメラもアナウンサーも、彼の動きに慌ててついて行く。揺れる画面の中でも轟くんの特徴的な髪色はよく見えた。
『アイツっていうのは一体何方のことなんでしょうか!?』
『他に意中の相手がいらっしゃるんですか!?』
『ショート! 詳しく聞かせてください!』
誰が想像しただろう。きっと事務所の前に集まった記者達だって、こんな展開考えもしなかっただろうし、期待を遥かに上回る轟くんの言葉に驚いているだろう。僕だってこんなに驚いているんだから。
轟くんは歩みを止めることなく、カメラに振り向くこともなく、揉みくちゃにされながらも急ぐように足を進めていた。
『他に好きなやつが居る。もうずっと、ずっと前から』
どこの誰が発しているのかもわからない質問にはっきりと彼は答えた。
彼は周りの皆が驚くくらい、素直な人だった。それが轟くんの素敵なところだと僕も勿論思っていた。でも轟くん、君が素直に言葉を発するほど、大騒ぎになっちゃうのにな。
『だから放って置いてくれ。好き勝手、書かないでくれ。頼む』
彼は突然立ち止まって、周りを見渡しながらそう言った。
彼の言葉に立ち止まった報道陣に、律儀に頭を下げてから轟くんは走って行ってしまった。
きっともう、大丈夫だ。
中継からスタジオへと映像が切り替わったテレビから目を離す。手に握りしめていたスマホに入った通知は麗日さんからだった。
『轟くん、応援してる!』
僕はそれに続いて「いってらっしゃい! 頑張って!」と送った。