きみは下手くそなライアー
彼女と轟くんの関係は僕らが雄英に居た頃から始まった。
誰に対しても優しくて、ニコニコ笑って、少し遠巻きにされていたヒーロー科を飛び越えて色んな科に友達が居た彼女は、男子とか女子とか関係なく慕われていて、輪の中心へと轟くんの手を引いていたのはいつも彼女だった。
彼女と居る轟くんがあんまりにも優しく笑うから、つられて僕まで笑っちゃうんだ。轟くんと居る彼女はいつも嬉しそうに彼の名前を呼ぶから、僕までなんだか幸せになってしまう。
いつから二人、離れ離れになっちゃったんだ。誰もが二人の未来を勝手に想像していたっていうのに。それ程までに、二人が並んでいる姿が当たり前になっていたのに。
「私、嘘やと思う」
麗日さんは強い声でそう言った。急遽四名になった食事の中で発覚した大事件に、僕はずっと頭を悩ませていた。
結局突然のカミングアウトのあとはまた話題を切り替えて楽しくこの会は終わった。とっぷりと夜が更けるまで話し込んだ後、皆で同じ電車に乗り込み、途中で電車を降りていった彼女を三人で見送った。送っていくと声をかけたものの、彼女は「私の家もう駅から見えてるから!」と軽い足取りで片手を大きく振っていた。
そんな彼女が降りてすぐ、麗日さんは表情を固くして急に話題を変えた。その言葉が何を指しているかなんて、聞くまでもなかった。
「絶対、嘘やと思う。好きな人が出来たなんて」
「……僕も、この間轟くんに会った時、随分と疲れていたというか……様子がおかしかったから、二人に何かあったんじゃないかと思って、聞いたんだ」
管轄地区の近い僕達が顔を合わせることは珍しくなくて、轟くんには同級生の中でもとくに頻繁に会っていた。最近の轟くんは見かける度に疲れた顔をしていて、少しずつ窶れているようにすら見えた。始めこそ、働きすぎなんじゃないかと思って休むことを提案したものの、彼は「何でもねえ」の一点張りだった。
彼が何か気に揉んでいることは明白だった。彼がこんな風になってしまう理由は彼女にあるんじゃないかと思うのは簡単だった。あれだけ轟くんのことを応援して心配していた彼女が、こんな彼を放っておくわけがないから。
もし喧嘩をしたなら理由を聞こうと思ってた。仲直りの手助けくらいはできるんじゃないかと思っていたのに、二人は僕の想像の範疇を大きく超えたところに居た。まさか別れていたなんて考えもしなかった。
だって二人はとっても仲が良かったから。轟くんは、彼女のことを本当に大切にしていたから。彼女だって、轟くんのことを一番に応援してたから。
「緑谷、轟に会ってたのか。轟なんも言って無かった感じ?」
「何かあったのか聞いたんだけど、何にも教えてはくれなかった」
「……デクくんにすら、轟くん言ってなかったんやね」
「うん、まさか別れてるなんて思いもしなかった」
彼の様子がおかしかった事全てに合点がいく。轟くんが大切にしていた彼女への未練でいっぱいなことは想像に容易い。例え、彼女に他に好きな人が出来たとしても、彼の、轟くんの好きな人は彼女なんだ。そう簡単に整理ができるわけも無い。
ずっと暗い顔をしていた轟くんが脳裏に過ぎる。話してくれても良かったのにと思うけど、彼が言わなかったのにはきっと理由があるんだろう。いずれ知られてしまう事実なのに、何でもないと言った彼には。
「……私、二人が付き合ったときすっごく嬉しかった」
麗日さんはどこかを見つめながらはっきりとした声色で話を続けた。
「好きな人の話をするとき……轟くんの話をするとき、いっつもすっごい幸せそうやったから。だから二人が両思いやったって知ったときは、震えるくらい嬉しかった」
今も簡単によみがえる、僕たちの学生時代の記憶の中でもそれは一際よく覚えていた。轟くんの片思いも、彼女の片思いも、一度に叶った日のことだった。幸せそうに大きく口をあけて笑う彼女と、見たことないくらい柔らかく微笑んでいた轟くんに、まるで映画を見たような感動さえ覚えた。
「でも今日、どんな人って聞いたら……素敵な人なんて」
「……」
「あんな顔で言われても轟くんより素敵な人なんか、ホンマに居ると思われへん」
目的地を目指して揺れる電車の中で、僕は麗日さんの言う通りだと思った。
「素敵な人だよ」と言った彼女の表情は上手く笑えていなくて歪だった。どんな時もにこにこと笑っていて、ムードメーカーで、人を元気づけることが上手な彼女からは想像できない表情をしていた。轟くんの話をする時、いつも好意を隠しきれずに緩ませていた頬は引き攣っていて、誰と話す時も目をしっかり合わせる彼女の視線は泳いでいた。あんなにたくさん轟くんの好きなところを教えてくれた彼女は、今好きな人のどこが好きなのか話すことは無かった。
彼女に轟くん以外の好きな人が出来たなんて話、本当にあるんだろうか。
「……轟くん、相当参ってるみたいだった」
「! やっぱり……」
「傷ついてるなんてものじゃなかったよ。まだきっと、何にも飲み込めてないと思うんだ」
「……このままになんて、しておかれへん」
「……うん、僕もそう思う。このままじゃ轟くん、身体を壊しちゃいそうだし」
「……こーいうこと、かっちゃんなら他人が首突っ込んでんじゃね〜ってキレそうだけど、俺も放っておけねーわ」
間もなく終点を告げる電車の中で、僕達は小さく決意した。
元通りにならなかったとしても、せめて二人がまた同級生として笑い合えるように、手を取り合うのは悪いことではきっとないと思う。このままなんて、あまりにも悲しすぎるから。轟くんが元気になるまでは、嫌がられたってお節介を焼いてやる。彼は滅法、愛することや愛されることが下手くそだから。