別世界までも手を繋ごうよ



 目が覚めたら隣に焦凍が居て、私より先に起きてたらしい彼は私を見つめていたのか、起きた瞬間目が合った。まだ覚醒しきらないふわふわとした意識を彷徨いながら辛うじて彼の名前を呼べば「ん、おはよう」と微笑まれた。無造作に乱れた彼の髪がなんだか色っぽくてぼんやりと彼を見つめた。

「……焦凍……」
「ん?」
「いつから起きてたの……?」
「……さあ、あんま覚えてねえ」
「起こしてくれればよかったのに……」
「……都合の良い夢見てたわけじゃねえんだなって、噛み締めてた」

 まだ開ききらない目をこすりながら意識を少しずつ覚醒させていれば、私の隣に寝ていた焦凍がベッドを軋ませながら上体を起こす。私の上に大きい陰が落ちてきて、ちゅ、と音を立てて目元に唇が降ってきた。
 突然のことに驚きも追いつかず、「う?」なんて間抜けな声が出たにも関わらず、焦凍はくすりと笑って「可愛い」と宣った。

「……今何時……?」
「十時過ぎたところだ」
「……じゅっ、じゅう……ッ!?」

 焦凍の言葉に身体が勝手に飛び起きる。驚きのあまり心臓が口から飛び出たかと思った。

「どっどうしよう! 遅刻!」
「休むって俺が連絡いれといた」
「エッ!? う、うええ!? ど、どうやって!?」
「どうやってって、とりあえず落ち着け。お前は今日もう休みだから」

 ベッドの上で慌てる私を焦凍は涼しい顔でもう一度布団の中へ引きずり込んだ。
 焦凍が朝のうちに事務所に、というより所長に連絡をしてくれたらしい。うちの事務所の連絡先なんか調べれば出てくるし、そもそも焦凍はヒーローなんだから、うちの事務所のヒーローと面識があるのは当然だった。所長の連絡先を知ってることなんか頭から抜け落ちていた。なるほど、良かった。いや、起こしてくれればよかったのに。

「ま、まあいっか……無断欠席じゃないなら……あれ、焦凍は? 今日お仕事ないの?」
「俺は事務所の方から休んでいいって連絡があった」
「え? 何かあったの?」
「……大騒ぎになってるらしい。あんま見てねえけど」

 焦凍の言葉に首を傾げる。もしかしてものすごく大きな任務をこなして、実は大怪我してるとか、それで療養のためにってこと? だとしたら一大事だけど、焦凍の様子はいつも通りだった。
 昨日二人でグズグズ泣いて、気づいたら終電を逃してた焦凍はうちにそのまま泊まって、まあ、その、そういうことで。大きな怪我は見受けられなかったし、今も全然平気そうに見える。
 一体どういうことだろうと思って試しにスマホを手に取って、情報収集のために使っているSNSをワンタップで開いた。

「……っ、ぅええ!?」
「お」

 タイムラインは焦凍のことで埋め尽くされていた。慌ててトレンドを見ればトップには「ショート」の文字、それに続くワードはどれもショートに、焦凍に関係するものばかりだった。

「ね、つあい発覚……」

「ヒーローショート熱愛発覚、御相手は全くの別人」と大きく見出しに書かれたネットニュースを思わずタップすれば、すぐさま記者に囲まれた焦凍の写真が掲載されていた。

「な、何があったの……?」
「……知らなかったのか?」
「え、え? なに? 知らない……」
「……そうか、良かった」
「良かったの!?」

 混乱する私を他所に焦凍は一人で安心していた。全然話についていけなくて必死になってネットニュースを読んだ。そして絶句した。

「ま、待って……大丈夫なの……?」
「? 何が」
「だ、だってこんなの、ファンの皆に迷惑がかかっちゃうんじゃ」
「なんでだ」
「なんでってそりゃヒーローは人気商売でもあるでしょ……!」
「俺はアイドルじゃねえから、俺が誰のこと好きでも誰にも文句言わせねえ」
「そ、それはそうかもしれないけど!」

 アイドルとのスキャンダルを大きく報じられてしまった焦凍が、即日カメラの前で他に好きな人が居ると言い切ってしまったらしく、昨日からずっとこの話題で世間は持ち切りだったらしい。当の本人は私の家の前でびしょ濡れになって私を待ち、一晩かけてヨリを戻したわけだけど、突然きた焦凍のことに頭がいっぱいになっていてSNSはおろかテレビすら付けていなかったから私にはこの情報が一切舞い込んでこなかった。
 本当にとんでもないことになってしまった。心臓がバクバク音を立てて嫌な汗が全身に伝う。焦凍が良くてもファンは許さないかもしれないし、例えば彼のお父さん、エンデヴァーがなんて言ってるのかなんて想像もできなかった。
 タイムラインを流れていく色んな情報を必死に汲み取って状況を整理する。焦凍は本当にここに居て大丈夫なのか目を白黒させていたら突然大きな力に引っ張られた。

「お前のこと迷惑なんて言うやつ俺のファンにいらねえ」
「うぐ、」
「もういいだろ、せっかく一緒に居られるんだから他のこと考えんのやめてくれ」
「ほ、他のことって、焦凍のことじゃん……」
「ヒーローショート、のことだろ」

 人が心配しているというのに当の本人ときたら! お腹に回された逞しい腕が私の身体をぎゅうぎゅうと引き寄せてくる。もうこれ以上くっつけないのにもっともっとと引っ付いてくる。「はやく皆に説明したほうがいいんじゃないの!?」と言い聞かせるように焦凍に言ったものの、「説明……お、つまりお前のこと皆に言うってことか? いいなそれ」なんて呑気な口ぶりで嬉しそうに言った。

「俺の恋人だって皆に言っちまえば、誰も手出したりしねえもんな」
「なしなし! それはダメ!」
「なんでだ」

 全然話が噛み合わないし、焦凍一人に任せるととんでもないことになりそうだった。ベッドの上、布団の中で二人で小さな攻防戦をしばらく続けたものの焦凍は全く気にしている様子もなくて骨が折れた。
 いいやもう、きっとエンデヴァーたちなら上手いようにやると思うし、そもそも焦凍の言う通り別に悪いことしたわけでもないんだし、これがきっかけで焦凍がヒーローを続けられなくなることはないだろうし。人気商売でもあるんだからと口酸っぱく言ったものの、焦凍はすぐに自分のお父さんの話を引っ張り出してきてぐうの音も出なかった。
「俺はてっきり、あの報道のせいでいよいよお前に愛想尽かされんじゃねえかってそればっかり心配で」なんて捨て猫みたいな顔で焦凍が言うもんだから、私は諦めるしかなかったのだ。どうか世間に私の存在が知れ渡ることはありませんようにと祈るしか無かった。
 ベッドから二人で手を繋いで這い出てカーテンを開ければ昨日に比べて今日はびっくりするほどの快晴だった。とは言え昨晩はしっかり雪が降ったようでちらほらと雪の積もる場所も窓からうかがえた。外気の冷たさが窓際に満ちていて寝巻きだけではぶるりと身体が震えた。

「寒いか?」
「焦凍寒くないの?」
「俺は平気だ」

 寒いと身体を擦る私の隣で、突然我が家に泊まることになってしまった焦凍はずっと我が家に置きっぱなしになっていた彼の部屋着一枚でも平気そうな顔をしていた。
 私の家に置き去りになっていた焦凍の部屋着をクローゼットの中から取り出すのがこんなに早いとは思ってもいなかった。けれど置いておいて良かったと心から思った。体格差のある私と彼じゃ、衣服の共有はほぼ不可能だから。

「朝ごはん食べよっか。もうすぐお昼だけど」
「ん、そうだな」

 焦凍は私の提案に頷きながら、当たり前のようにおでこにキスをした。恥ずかしくなってさっとおでこを隠したら「寝癖、かわいいな」なんて微笑まれた。なんともまあ心臓に悪いイケメンだ! 全く!
 冷蔵庫に何か残っていたかなと考えつつ、お蕎麦あったかもしれないと真っ先に思いつく。焦凍に「お蕎麦食べる?」と聞けば嬉しそうに頷きながら「身体冷やさねえようにお前はあったけえのにしろよ」と言われた。冬でも冷たいお蕎麦を食べてるの焦凍くらいだよとは言わなかった。




「俺、一晩考えたんだが」
「ん〜?」
「一緒に住みてえ」

 がちゃんっ
 手から滑り落ちたのはまだ雄英の寮で皆で生活していた頃の写真が入ったフォトフレームだった。
 朝ごはんと称して作ったお蕎麦を二人で食べていたら焦凍から「クローゼットのやつ、元に戻していいか」と言われた。一瞬何について言われているのかわからず、首を傾げれば「捨てたわけじゃねえって知って安心した」と言われてなんのことかすぐに理解した。
 食後、焦凍を思わせるもの全てを片付けてしまいこんだクローゼットの中の箱を引っ張り出してきて焦凍と一緒に元にあった場所に戻していく。よく気づいたなあと思いつつなんと目敏いのだと驚きもした。
 そんな中彼の口から飛び出してきた言葉に動揺が隠せなくて手の中から思い出の品が落っこちてしまった。慌てて誤魔化すように拾おうとすれば焦凍は「割れてたら危ねぇから」と私のかわりに拾ってくれた。

「……ん、大丈夫そうだな」
「ありがとう……」
「悪ぃ、驚かせたか」
「ちょ、ちょっとね! 全然予想してなかったから!」

 焦凍は私にフォトフレームを手渡すと、先程からずっと座らせては転がってしまうぬいぐるみと向き合い直した。いつもチェストの上に飾られていた、私たちが二年生の時クリスマスにくれたプレゼントのぬいぐるみを以前そこに置いてあったように座らせるのに苦戦しているようだった。

「かして?」
「……ん」

 上手くできないことに拗ねているのか、かわりにやろうと私が手を出せば焦凍は少しだけ納得いかないような顔をしつつも大人しくそれを私に手渡した。
 元々私がそこにずっと置いていたのだから容易いものだけど、そっと座らせれば難なくそこにちょこんと居座ったぬいぐるみを見て焦凍は「こいつもお前のことが好きなのか」とよくわからない不貞腐れ方をした。

「……嫌か?」
「え?」
「一緒に住むの」

 急にハンドルを切られた会話に言葉が詰まる。ドキドキと心臓が高鳴っていくのを感じて、少しずつ顔に熱が集まる。まるで告白された日みたいに。

「え、えと……急だね……?」
「……昨日の今日でって思うかもしれねえけど、嫌じゃ無かったら真剣に考えてくれたら嬉しい」

 まだあと少し箱の中には残されたフォトフレームがあったけれど、私も焦凍も手を止めた。焦凍を見上げれば真剣な顔で私を見ていて、本気なのだとよく分かった。

「……お前が同じ部屋に居るだけで嬉しすぎてなんか、ふわふわした」
「ふ、ふわふわ……?」
「ああ。隣で寝てるだけで幸せすぎておかしくなるかと思った」

 焦凍の手がすっと私の顔の横へと伸びてきて指先が頬に触れて優しく撫でられる。あまりにも優しい触れ方にくすぐったくて勝手に身体がぴくりと反応した。焦凍の手はそのまま私の横髪を掬って耳にかけ、髪の流れに沿って離れていった。

「……飯作ってる背中見て、一緒に飯食って、横に並んでなんかして……帰りたくねえなって、思っちまう」
「焦凍……」
「ずっと一緒に居てえ」

 背の高い焦凍が私の頭に擦り寄るように凭れてくると突然視界が焦凍でいっぱいになった。ぐりぐりと私の頭に擦り寄る彼を宥めるようによしよしと背中を撫でれば、調子に乗ったのか大きな体躯が私を包んで今度は全身で擦り寄ってくる。

「……でもはやく独立してえから、またお前に寂しいって思わせちまうと思う」
「……うん」
「まだあと少し、離れた場所でそれぞれ頑張らなきゃなんねえから……せめて、同じ家に住みてえなって俺は思ったんだが……」

 私から少し離れた焦凍にそっと顎を掬われて「ダメか?」と真正面から強請られる。しゅんと切なげな顔で見つめられるのには学生時代からずっと弱かった。

「俺がこっちに越してくるから、な?」
「え! ダメだよ、焦凍の事務所ここから遠いんだから!」
「別に平気だ」
「よくないよくない! 私がそっちに行くから!」
「帰り道暗いのに危ねぇだろ」
「もう大人なんだから大丈夫だよ!」
「良くねえ。心配で気になっちまうからこの辺りで家は探す」
「せめて中間地点にしよう!?」
「却下だ」

 今日という今日まで一人で生活してきたのだからなんの心配もいらないというのに、突然過保護なことを言い出して一体どうしちゃったんだと慌てふためく私に焦凍は一切譲ってくれなかった。事務員の私の方が苦労がないのだから、事務所から家が少し遠かろうとなんの問題もないというのに。

「この辺りの治安の良さがなきゃ家に一人にしておけねえ」
「そ、そうなの……?」
「そうだ。で、つまり一緒に住んでくれるって話で合ってるか?」
「はっ」

 つい流れで返事もまだしていないのに白熱してしまった。焦凍の言うことにまだあまり納得はしていなかったものの、まずはこれからどうするのかだった。
 えらく私の返事を急かす焦凍はどうやら今すぐ返事が欲しいらしい。こういうことはもっとじっくり話し合うのだと思っていたけれど、私をまっすぐ見つめ続ける焦凍に私は頷くことしかできなかった。そりゃそうだ。寂しいと泣いたのは私だったのだから。

「! いいのか」
「そりゃ、寂しいんだもん……思ってたより急だけど、私も一緒に住みたい」
「嬉しい、ありがとな」

 焦凍はまた私のことをきつく抱きしめた。「苦しいよ」と背中をとんとん叩けば「あと少しだけ」と思い切り抱きすくめられてしまった。
 これで私たちのすれ違いが全部解消されるのかはわからない。それでも多分、これまでよりはきっと二人でちゃんと伝えて話し合って考えていけると思う。だからきっと、きっと大丈夫だ。上手くいかない時を支え合って生きていけると信じてる。私はもうヒーローじゃないけれど、ヒーローとして誰かを助ける焦凍の助けになれるように。
 私をヒーローだと呼んでくれた人のことを思い出す。焦凍だけじゃない。私を見てた人はきっとたくさん居たんだ。だから今こんなに素敵な人に囲まれて生きているんだと思うから、これからも精一杯生きていく。ヒーローを支える一人になるために。思っていたやり方とは少し違うけれど、私もきっとヒーローになれる気がした。

 同棲しようと決めた途端、浮かれた様子の焦凍はすぐさまスマホで物件を探し出した。まだ両親にも話してないし何から準備すればいいのかもわからないのに、「気が早いよ〜」と私が笑えば焦凍は「叶うなら明日にでも越してえ」なんて言っていた。
 BGM程度にテレビをつければワイドショーが丁度ヒーローにインタビューしていてよくよく見れば見知った顔のチャージズマが映っていた。彼はアナウンサーに「ショートの同期のチャージズマはやっぱりショートの意中の相手をご存知なんですか?」なんて聞くものだから噎せてしまったし、「え? 当たり前っしょ〜! 俺らの間ではもう昔っから公認の仲だし、結婚秒読み的な?」なんてふざけて言うものだから絶句した。
 よくよく焦凍から話を聞けば、焦凍を焚き付けたのは出久とお茶子ちゃんと電気だったらしい。ちくしょう、あの時か! と思い当たる節がありすぎて私はなんて同級生に恵まれたのだと感動した。焦凍が見せてくれたのはメッセージアプリで「仲直り大作戦」と名前がついたグループトーク。焦凍は早朝に「ありがとな。ちゃんと仲直りできた」とメッセージを送っていて、それに対して皆が「良かった!」「心配したぜ〜!」と返事をしていた。焦凍は「同棲することになったって報告しとかねえとな」とまだ口約束にも関わらず早速言いふらそうとしていたので「気が早いってば!」ととりあえず引き止めた。
 それはそれとしてちょっと張り切ってお茶の間を騒がせすぎの電気には私の周りでは誰も使っていないエンデヴァーの怒ったスタンプを連打しておいた。







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