「かっちゃん今日遅くなる?」
「はよ帰る」
「ほんと?」
「おー」

 ことん。淹れたてで湯気をたてるコーヒーを机の上に置いて、飲み干されたプロテインが入っていたタンブラーを下げる。プロヒーローとして活躍する彼は日々忙しそうにしていて、生活する時間がなかなか合わない。とは言え、養って貰っている私は時間に余裕がたっぷりあるから彼の都合に合わせて生活すればそう毎日すれ違うばかりでもない。
 今朝は出るのが早いと聞いたから、彼が日課にしているロードワークに出る時間に合わせて起きた。彼が戻って出勤する支度をし終わるころに朝ごはんを出せるように。ストイックな彼はどんな状況でもやると決めたことを必ずこなすから、一緒に生活していくと自然と私も早起きが得意になった。
 結婚してもうすぐ一年。何不自由ない日々だ。甲斐性がありすぎて困るくらいの旦那さんに貰ってもらえたおかげである。

「嬉しいな〜 今日は一緒にご飯食べようね」
「ン」
「明日も明後日もほんとにお休みなの?」
「ハ、何回聞くンだよ」
「だって嬉しくってちょっと信じられないんだもん」

 自分の分のコーヒーにミルクを注いでティースプーンでくるくる回す。
 そう、明日は大好きなかっちゃんのお休みなのだ。それもなんと二連休! 連休なんていつぶりか覚えてもいない。まあ、もしかすると緊急要請なんて言って仕事に出てしまう可能性はあるのだけど、それはそれとして浮かれてしまうのは仕方の無いことなのだ。
 どうしよう。うきうきしてしまう。今日かっちゃんがお仕事に行って帰ってきたらそこからは一人占めできるんだと思うと鼻歌なんか歌っちゃって、まるでサンタさんを待つ子供の気分だ。

「世界が平和でありますよーに!」
「デケェ夢だな」
「だって世界が平和だったらかっちゃんはお家に居られるもん。だから世界には平和になってほしい!」
「ンな夢カミサマになんか頼まなくても俺が叶えてやるわ」
「頼もしすぎる……」

 私が用意したコーヒーに口をつけるかっちゃんは日々多忙で今日までずっと連勤だったというのに、連勤初日のような涼しい顔で今日も絶好調の様子だった。
 絶対疲れているはずなのに、自己管理の徹底した旦那さんだなあと感心する。無理しないでねといつも伝えるものの、彼は無理なことはしない。だって無理なのだから。計画をたてて遂行する能力の高さは彼を知る人なら皆知っているだろう。無駄な夜更かしは勿論しないし、生活と身体に対する投資を惜しまないし、実行力に長けた彼の生活に無駄も隙もないのだ。
 伴侶である私が彼にしてあげられることは精々彼に与えられた家電を駆使して家事をこなし、彼が美味しいと言ってくれるように食事を用意することくらい。

「今日何食べたい?」
「今日さみーだろ。チゲ鍋」
「わー! いいね! おネギいっぱいいれよう!」

 お鍋を選んでくれたということは今日はきっと本当に早く帰ってきてくれるつもりなんだろう。一人じゃお鍋さみしいもんね。二人だからお鍋をチョイスしてくれたんだよねきっと。
 私は彼の口にしない優しさが大好きだ。言葉にされなきゃわからないことも勿論たくさんあるけれど、言葉にされなかった優しさに気づけた時の喜びも愛しいと思う。
 今日の献立が決まったからにははりきってお買い物に行かねばならない。まだ朝早いというのに、今日の私はやる気に満ち満ちていた。

「明日はどうする?」
「行きてえとこねェンか」
「ありすぎるから決められません〜!」
「ンなら良かったわ勝手に決めた」
「え! どこいくの?」
「ン」

 差し出されたスマホにぐっと顔を近づける。「予約内容確認」と表示されたその画面では明日の夜、二名で予約されていることがわかる。

「……ん? ん、んんん!?」
「行きてえつっとったろ」
「う、ウソ! 予約とれたの!?」
「おー」
「なんで!? すごい!」
「俺を誰だと思っとンだ。こんくれぇチョロいわ」

 かっちゃんのスマホを思わずひったくる様にして手に取りよくよく確認する。間違いない、少し前にテレビで見た予約の取れないレストランの名前。ご予約承りましたの文字。時間はディナー帯。そんな奇跡みたいな話ある?

「う、うそお〜! 嬉しい! 嬉しい!」
「わーったから落ち着けや」
「かっちゃん大好き!」
「知っとるわ」

 喜びのあまり跳ねる私のせいでダイニングテーブルがガタガタと揺れた。私の旦那さんは仕事も家事もできるのに私を喜ばせるサプライズまでできてしまう。こんなに幸せで許されてしまうのだろうか。
 かっちゃんは得意そうに笑う。態度や口の悪さで彼のことを怖がる人は居るけれど、こんなにお嫁さん思いのスーパーダーリンだと知ったら皆きっとびっくりするに違いない。

「んふふ、嬉しい〜〜〜……おめかししなきゃ〜」
「精々期待しとけや」
「うん! じゃあ明日はディナーまでゆっくりしようね」
「おー昼まで寝てろ」

 スマホをかっちゃんに返せばかっちゃんはずずっとコーヒーを啜った。
 私としては一緒に居られるだけでだから、明日も明後日も何処にも行けなくてもなんの問題もない。かっちゃんだってきっとやりたい事があるし、休みの日くらいゆっくり寝ればいい。と思っていたのにこのサプライズだ。ならば家を出るまでは何もせずゆっくりしようと提案したつもりだった。

「お昼まで寝るのはかっちゃんの方だよ。お出かけまでちゃんと休んでね」
「昼までベッドから出てこれねーのはオメーの方なんだよ」
「んん? なんで?」
「今日ぜってー抱く」

 ぴし、と骨が軋んだ気がした。どきっと心臓が跳ねてじわじわと体温が上昇していく。

「……絶対?」
「絶対」
「きょう?」
「今日」
「はわ……」

 顔に熱が集まってドキマギする私なんて全然お構い無しのかっちゃんはコーヒーを飲み干したのか、大きくマグカップを呷った。
 ストレートで熱烈なお誘いにドキドキしてしまったものの、別に夜仲良くすることは珍しいことでもない。もう結婚して一年も経つんだし。ただ彼の性格上、明日に響くようなことはしない。うん、確かに明日はお休みだし、明後日もお休みだし絶好のチャンスってわけだ。朝のうちからこんなお誘いを受けるなんて考えてもみなかった。いやでも計画的な彼のことだから、ずっとそのつもりだったのかな。だとしたらとんでもない期待を背負うことになるのでは……。

「……それはつまり、可愛いパンツをはかなきゃだめってこと……!?」
「ふは、ンだそれ」
「だってこんな朝から熱烈なお誘いを受けるとは思ってなくって……」
「おーおー、期待しててやっから心の準備してお家でいー子に待ってろや」

 かっちゃんが音を立てて椅子から立ち上がる。どうやらもう家を出なきゃならない時間らしい。彼の動きに合わせて私も椅子から立ち上がり、いつも彼が持ち出す仕事に必要な物を手に取っていく。

「一日熟考しておきます! かっちゃんこそ心の準備しといた方がいーかもしれないよ!」
「言ったなァ? 精々一日俺のために頭使ってろや」

 玄関へと足を進めるかっちゃんの背中を見ながら後ろをついていく。逞しい背中は今日もこの街の平和を守るのだ。無事に帰ってきてくれますように、あわよくば一分一秒でも早く帰ってきてくれますようにと祈るのが私の朝の仕事だ。

「ンじゃ、行ってくっからちゃんと戸締りしろよ」
「はあい」

 振り返ったかっちゃんに荷物を手渡せば少々乱暴に頭を掴まれ引き寄せられる。ちゅ、とおでこに口付けられて思わずにんまりと頬が緩む。誰も知らないんだろうな、かっちゃんがこんなに甘々なスーパーダーリンだってこと。

「行ってらっしゃい! 気をつけてね、はやく帰ってきてね、夜はいちゃいちゃしようね!」
「出る間際に注文の多いヤツだな」

 わしわしと頭を撫でられ彼を見送る。閉まった扉に一息ついてからよし、と気合いをいれてみる。家中ピカピカにして美味しいご飯を作らねば。それからとっておきのパンツを選ばねばならないのだ。今日は忙しくなりそうだ。

 その日私が一日熟考した結果、どんなパンツを選んでもかっちゃんに敵う気がしなくてこうなれば致し方ない! と、まさかの履かないという選択肢を選んだ。かっちゃんは「俺の負けだわ」と一瞬で負けを認めた。どんなもんだい!

甘々と蕩めく
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