「きょーすけ!!」

「はいはい」

「あと五分!」

「わかったわかった」

あと五分で日付がかわると大騒ぎする彼女の姿を見て、一体明日は誰の誕生日なのかと思わず笑ってしまいそうになった。あと五分もすれば俺の誕生日らしい。
数ヵ月前から「一番最初にお祝いしたい」と前日の夜から玉駒に泊まって欲しいとねだられ続け、その度に「大袈裟だな」と返していたものの、可愛い恋人の可愛いおねだりに簡単に屈したのは言うまでも無かった。まあ、ねだられるのが可愛くてイエスの返事を返したのは数週間前の話だけど。俺が返事を濁すと「やっぱりお家の人もお祝いしたいよね…駄目、だよね…」と小さくなっていじけるのが可愛くて。それでもしばらくすると「やっぱりだめ?」とダメ元でねだるのが可愛くて。俺が了承したらどんな反応をするのか考えるほど答えてやるのを先延ばしにしてしまった。イエスの返事は一度しかできないんだから、仕方ないだろう。俺がやっと首を縦に振ったときの彼女の喜びようと言ったら、思い出すだけで今も口許が緩むくらいのものだった。
隣でまるで自分の誕生日を待ってるかのように時計を見つめ続ける彼女は堪らなく愛おしい。何で俺よりそわそわしてるんだか。

「どうしようドキドキしてきた!」

「ふ、俺の誕生日なのに?」

「そーだよ!きょーすけの誕生日だからだよ!」

拳を握りしめて表情をコロコロ変えながら「あと四分だ〜!」なんて一分一分騒がしさを増す彼女を見て、「日付が変わったら爆発しそうだな」と言えば「しちゃうかも…!!」と真剣な面持ちだった。本当にバカで可愛いと思った。

俺に与えられた部屋のベッドの上で時計を見つめ続ける彼女、彼女を見つめ続ける俺、特別変わった雰囲気はないけれど有り余るくらい幸せだと思う。あと数分で終わってしまうのが勿体ないとすら思う。自分の誕生日が待ち遠しいだなんて、随分可愛いことを言う彼女に対して、俺はこのまま時が止まってしまってもいいけどな、なんてらしくもないし、彼女ががっかりするかもしれないから言わないでおいた。

「あと三分…!」

「細かい時報だな」

「秒で数えようか!?」

「気が早いな」

「三分前ってあと何秒?!」と両手を使って数えようとするくらい、今の彼女は落ち着きがない。「200秒」とあまりにも適当で解りやすすぎる、ちゃちな嘘をつけば「そうだっけ!?」なんてさらに慌てただしたのだから、流石に小さく吹き出してしまった。

「違うじゃん180秒だ!あっ待ってあと二分だよ!二分!」

「そうだな、じゃああと120秒だな」

「違、…ってない!あと120秒!」

自分の誕生日をこんなに意識したことはあっただろうか。幼い頃は誕生日を楽しみにしていたかもしれないが、それにしたってあと何分で、なんて細かく意識したことはない。彼女は俺に比べるとこういう記念日に対してマメな方ではあるけれど、ここまで自分の誕生日を祝ってくれるとは思っても居なかった。

「あのね、きょーすけ」

「ん、」

「幸せだね」

変わらず時計を見つめたまま、突然真面目なトーンで俺に語りかけた彼女の顔は言葉の通り幸せそうに緩んでいた。

「こうやって、一分一分、すごーく大切だなって思えてさあ、私すごく幸せだなあ」

ようやく時計から俺の方に向けられた彼女の視線がひどく甘くて、心臓を掴まれた。嬉しくて堪らないと言うように、「えへへ」と笑ってみせる彼女があんまりにもいじらしくて、脳みそから順番に溶けてしまいそうだ。

「きょーすけと同じ時間を生きれるって、すごく贅沢だ!」

屈託なく笑う彼女が俺の気なんか知らないで殺し文句とばかりに俺を捲し立てる。もうすぐ日付の変わる夜中、二人きりの部屋、ベッドの上、可愛いことばかり言い放つ困った恋人。彼女の言う通り、あり得ないくらい贅沢で幸せで、数分後に迎える誕生日なんか霞んでしまいそうだ。

「どうしよう!あと一分!」

彼女がまた時計に視線を戻したかと思ったら指を指して俺に知らせる。
一分一分大切だなんて、俺と同じ時間を生きれることが贅沢だなんて、それが幸せだなんて。彼女の包み隠さないありのままの言葉全部が、俺を愛してると伝えてくる。幸せすぎて怖いって、多分こういうことをなんだろう。

「じゅーう!きゅーう!はーち!」

まるで年越しのテンションでカウントダウンがはじまると彼女は俺に向き合って、数字に合わせて手を叩く。胸の内側があつい。いよいよ迎える誕生日なんかより、目の前の存在をかき抱いてしまいたい。

「さーん!にー!いーち、…ぜろ!!」

「っ!?」

煩悩と戦いながら大人しく彼女のカウントダウンに耳を傾けていたら、いよいよ日付の変わる瞬間、一際大きくゼロを数えた彼女が俺に向かって飛び付いてきた。予想して居なかった衝撃に、素直にそのまま押し倒されてしまった。

「…危ないだろ」

「へへへ、きょーすけお誕生日おめでとう」

ぽんぽんと彼女の背中を叩いて咎めると、彼女は体を少し起こして俺に覆い被さったまま、満面の笑みで「一番最初にお祝いしたい」を有言実行した。
その言葉を受け取ったあと、俺に跨がる彼女の腰と肩を抱き寄せて俺の隣に転がせば目と鼻の先に照れくさそうに笑う彼女が見えた。

「きょーすけ大好き」

「…ありがとう。俺も好き。」

額と鼻をじゃれあうように擦り合わせてそのままキスをした。いつもより甘ったるく流れる雰囲気のせいか、あるいは夜のせいか、ぐっと強く感じる彼女の匂いが心地よくて、酔ってしまったのかもしれない。ちゅ、と音を立ててキスを繰り返せば彼女は合間に息を吐くように笑う。

「ん、ふふ、…嬉しいなあ」

「何が」

「きょーすけから大好き〜って伝わってきたから!」

「…バレたか」

「バレバレ!」

くだらないやり取りをして二人で笑った。思い切り彼女を抱き締めてやれば仕返しとばかりに抱き締め返される。俺より随分小さい体で、全身で俺が好きだって伝えてくる彼女にはとてもじゃないけど敵わなかった。

「プレゼント欲しい?」

「お前がいい」

「わあ!きょーすけそんなこと言えたの!?すけべだ〜!」

俺の機嫌は完全に浮かれてて、腕のなかで笑う彼女もご機嫌で、ついクサいことを言ってしまったけれど後悔もなければ恥ずかしさもない。彼女が冗談と受け止とれば冗談だったことにしてやろうと思いつつ、あわよくばこのまま流されてくれたりしないかと期待もした。

「朝、ぜーったい起きてくれる?」

「……絶対起きる」

「約束できる?」

「する」

「絶対だよ?」

「絶対」

「…仕方ないなあ、じゃあ今年はプレゼント2つあげちゃおっかな」

「もう一個は朝起きてからだね」と付け加えて俺にすり寄る彼女は世界一俺を喜ばせるのが上手い。冗談だと躱されるかと思いきや、ご機嫌なまま俺のわがままを叶えてくれるらしい。すこぶる贅沢な誕生日だ。来年の誕生日も前借りしたのかと思うくらいに。

「今日はきょーすけが主役だからね、私がたくさん甘やかしちゃおうと思います!」

「…じゃあお言葉に甘えて」

「嬉しい?」

「ああ、嬉しい、ほんとに。」

抱き締めていた腕をほどいて、彼女の上に覆い被されば、彼女は両手で俺の頬を包んだ。その仕草まで堪らなくてこつりと額を合わせて、また何度目かのキスをした。




朝、彼女に「約束!」と言われ、眠い目を擦りながらされるがままに起きていけば玉駒支部の皆が盛大に祝ってくれた。どうやらそれも全部彼女の仕込んだことらしい。あーあ、彼女の誕生日に俺は何をしてやればお返しできるのか、嬉しすぎて見当もつかない。

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