「…駄目だな」

朝から調子が悪そうだと思ってはいた。風邪かもしれないと言っていたものの一緒に今年最後の買い出しに出てあれが食べたいだとか、年が明けたら何がしたいだとか無邪気に話していたものだから大事には至らないかと思っていたが。
家に戻り陽が暮れだしたあたりから「冷え込んできたね」と寒そうにしていたのを知っておきながら、こうなるまで気づけないとは。

「ぎゆう…」

「…辛いな、医者に診て貰おう。」

夕飯前に熱があるかもしれないと訴えてきた名前に体温を計らせると38.5度と高熱だった。時期が時期だ。どこで貰ってきたか知らないがインフルエンザならまだ熱が上がっても不思議でないし、しばらく魘されることになる。不安そうに俺を見上げる名前の額に手を当てると体温計が示した通り、熱を感じた。
夕飯の支度を切り上げて、一番近い休日診療をさっとスマホで調べた。混んでいるだろうが、そうも言ってられない。財布に保険証が入ってることを確認して自宅の鍵と車の鍵をポケットに突っ込んだ。

「うう…インフルエンザかなあ…」

「だろうな」

「うつっちゃう…マスクして、義勇…」

どこに連れて行かれるのか流石に察しているのか手近な所にある上着を引きずり寄せふらふらと身支度をする名前に手を貸すと素直に俺にされるがまま上着に腕を通した。日頃気に入って使っているブランケットをさらにかけてやるとぎゅっと握りしめた。

「…予防接種したのに〜…」

「貰う時は貰う。仕方ない。」

「うえ〜ん…ぎゆう〜…」

時折咳き込みながらぐすぐす泣く名前の頭を撫で、戸棚からマスクを取る。俺が名前から貰うとこの家は終わりだ。
名前にもマスクを手渡し着けさせ、手を引いて家を出た。助手席の背をやや倒して座らせると半分降りた瞼と辛そうに寄った眉が見えた。
目的地まで車で向かう間も苦しそうな息遣いが聞こえた。俺も少し焦らずには居られなかった。

休日診療は案の定の混雑だった。名前を待合室に座らせてさっさと受付を済ませ、自販機で水を買って戻った。名前の隣に座り蓋を開けてから水渡すと覚束無い手でゆっくり少しだけ口に含んだ。二口ほど喉に通し唇からボトルを離すのを見てもういいのかと聞くといらないと首を横に振って見せたので水を受け取り蓋を閉めた。
自分が着ていた上着を脱いで名前の膝にかけてやると掠れた声で「ありがとう」と言った。

「…まだかかるだろう、俺が居るから目を閉じていろ」

ぼんやりとした表情で意識の限界をさ迷っている名前の肩を可能な限り優しく寄せてやると名前は大人しく頷いて俺の首元に頭を預けて目を閉じた。触れた体は日頃感じるよりも熱かった。
いつもより呼吸も荒く目元は熱のせいかずっと涙が溜まっていた。努めて優しく、拭ってやると俺の耳にやっと届くくらいの小さな声で「ぎゆう」と俺を呼んだ。

「…大丈夫だ」

「…ん…」

代われるものなら代わってやりたい。
今はただ早く医者に診て貰って薬を貰い、家に帰って休ませてやりたいと思うしかできなかった。
待合室に置かれたテレビは年末の風物詩である歌番組が控えめに流れ続け、名前が鼻歌でよく歌っていた曲が流れ出した。俺は名前を一瞥して赤く染まった頬にかかった髪を耳にかけてやり頭を撫でた。


結局診察を受けて薬を貰えたのは今年も残り一時間と迫った頃合いだった。
名前が毎年意を決して受ける予防接種の頑張りも空しくインフルエンザの診断を受けた。この迫りも迫った年末に、楽しみにしていた正月を目前に可愛そうなことではあるが仕方ない。
行きと同様に名前を連れて帰り、立ち上がるのがやっとな名前を抱き上げて家に戻れば熱のせいか、病院の疲れか俺にしがみついて泣き出した。

「うう〜っ…全身いたい…しんじゃう…ぎゆう〜」

「薬を飲めば良くなる。よく頑張った。」

寝室に連れて行き適当な寝巻きを出して着替えるのを手伝ってやると全身の関節が痛むらしく病院に向かう前と同じくしてぐすぐすと泣きながら弱音を吐いた。こいつは体の調子が弱ると何故か愚図る。いつもだ。人は体が弱ると心も弱るものかもしれないが名前に関してはまるで子供のようだ。まあ、そこも可愛いと思わなくもないのは惚れた弱味か。
寝巻きに着替えさせてベッドに名前を押し込み、名前が今年の冬の始めに意気込んで買ってきた加湿器のスイッチを入れた。

「何か食べられるか」

「……いらない……」

「食べる気になったらちゃんと言え。」

「やだどこいくの……」

「…水を取りに行くだけだ薬が飲めないだろう」

最速力など籠ってない手で引き留められ、宥めるようにその手を取るとまた弱い力で握ってきた。ベッドの中から嫌だと愚図る声が聞こえてきた。

「すぐ戻る。薬を飲まないといつまでたっても辛いぞ」

「わたしもいく…」

「立てもしないのによく言う」

頭を撫で付けて寝室を後にし、愚図る名前のために水だけ持ってすぐに戻る。
薬剤師に指示された通りに薬を手渡し飲み込むのを見届けると名前がうわ言のように「大晦日なのに…お正月なのに…」と呟いた。
やれ初詣だ、お節にお雑煮に、と話していた本人がこれでは家に正月らしい正月はまだこないだろう。

「…義勇、もういいよ…」

「…なんだ、どうかしたか」

「うつっちゃうから…もうどっかいって…」

先程俺を引き留めておいてどこかに行けと言い出した名前に思わず笑ってしまった。笑った俺を見て名前は「ひ、ひとが心配してるのに」と納得いかない様子だった。

「お前が寝たら離れる」

「……わかった……おやすみ」

「…おやすみ」


名前が目を閉じ規則正しい寝息を立てだしたのを見届けたあと、いつも宇髄達が勝手に上がり込んできたときに使っていた毛布を一枚ひっぱり出しさらに名前にかけ、サイドテーブルに起きたときに飲めるように水を置いて部屋を後にした。
正月うちに来ると言っていた連中に名前が寝込んだことを連絡して回っていると日付が一月になっていることにようやく気づいた。
胡蝶が気を効かせて食事についてあれこれとメッセージを送ってくれたが読みきる前に酔った宇髄から喧しい着信が着て挨拶もそこそこに切ってやった。

毎年楽しみにしていた大晦日も正月も今年はこんな調子じゃ、しばらく拗ねるだろう。良くなったらどこかに連れてってやるか。
名前が起きるまでそれをゆっくり考えるか。
俺は名前がどこか行きたがって居なかったかと必死に記憶を遡りながら、新年を迎えたことを祝う番組を聞き流した。


まあ、こんな新年も
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