「さ、び、と!」

と、と、と、と少し向こうから聞きなれた足音が背後に近づいてきていたのは解っていた。俺の背中に飛び付いてきたのは言うまでもなく名前だった。

「おかえり!」

「ああ、ただいま」

俺は腰に回された腕をそっと撫でて名前の暖かさを感じた。名前の手はいつも暖かい。子供のように。
俺の背中にぐりぐりと頭を押し付けながら「待ちくたびれた〜!」と笑う名前の顔を見たくて腕をやんわりほどき、名前に向き合うと少し赤らんだ頬で目を細めて笑っていた。なんでこんなに可愛いんだ、こいつ。

「いい子にしてたか?」

「いい子にしてた!だからご褒美がほしい!」

俺が撫でて聞くと大きく腕を広げてはちきれんばかりの笑みで褒美をねだる名前は年下とはいえ、そこまで離れているわけでもないのに随分可愛らしいことを言うものだから庇護欲を掻き立てられる。

「ほら、おいで」

俺が腕を広げてやると名前は大きく広げた腕を目一杯俺に伸ばしてぎゅうと抱きついてくる。負けじとぎゅうと抱き締めてやると少しだけ俺を見上げて小さく声をもらして名前が笑った。

「どこも怪我してない?」

「俺は男だぞ、当たり前だろ」

「ほんと?」

「胡蝶もそう言ってただろう」

「うん、言ってたけど、私がやっぱり確かめる必要があると思って」

俺と義勇が鬼殺になったとき、絶対に鬼殺にはなるなと、ならせてなるものかと俺たちのあとをついて回って来たがった名前をこの蝶屋敷に置いてもらうようになってからそれなりの月日が経った。柱にまで登り詰め、会える機会は減ったかもしれないがどこに置いておくよりも安心できる。幸い名前もここが気に入っているようだからわがままを言わずにここに居てくれている。

「名前こそ、無理してないだろうな。お前は少し頑張りすぎるからな」

「こーんなに元気なのを見て、そんな風に思う?」

「…そうだな、相変わらず楽しいようで何よりだ」

「うん!」

名前は名前で胡蝶の手伝いを精一杯こなしているようで、蝶屋敷を訪れた同僚達がたまに俺に名前の様子を伝えてくれる。いつも面倒を見ていた俺としてはしっかり者になったものだと話を聞くほど驚いたりもしたが、心底よかったと安心するのが常だ。もうここに長く居るのに、まるでこないだ預け入れたように心配に思うのは、俺が過保護なのだろうか。
名前の良い返事を聞いて、話の通り元気にずっとやっていたようだ。

「うーん、でも」

「?どうした。何かあったか?」

先程とは打って変わって、思い悩むような声色に言葉の先を促すつもりで頭を撫でてやるとさらにぎゅっと名前はしがみついてきた。頭と腰に廻した腕でより強く名前を抱き締めるとまた俺の胸に顔を埋め直した。

「ずっとこうしてたいなあって」

寂しそうな、甘えた声で小さく呟くその言葉を俺は溢すことなく聞いた。
こいつはこうやって俺の理性を揺さぶるんだ。勘弁してくれ。
落ち着け、俺の心拍数を悟られる前に平常心を取り戻せ。
そんな俺をよそに名前はすりすりと俺にもたれ掛かりしゅんとしている。
くそ、男なのにみっともない。たかが一言甘えられただけで。めちゃくちゃにしてやりたい。
俺から離れた視線を戻すように名前のこめかみに手を添えて俺を見るように誘導するときゅっと口を結んでまるで捨てられた子犬のような顔で俺を見てくる。その顔のなんと扇情的なことか。本当にこいつは俺を煽るのが上手い。腹が立つほどに。
情けないがこんな顔をされてまで我慢する必要など塵も感じない。名前の顎をさっと掬って少々強引に口を吸ってやると支えていた腰がぴくりと反応するのがわかった。

「ん、んう、…っふ、」

簡単にこじ開けることができた名前の唇に己の舌を挿し込み名前の舌を絡めとればおずおずと返してくるこの初めてでもないのにいつまでも初な反応に堪らなく興奮する。このまま食ってやりたいと本能がざわめくがそんなこと男がすることじゃない。ましてやこの真っ昼間に。
少し離してはまた口付け、舌を絡め唇を吸い、名前から漏れでる情欲を掻き立てる小さな声と息づかいをこれでもかと堪能し、最後に唇をぺろりと舐めて解放してやる。
肩で息をする名前の顔は真っ赤で生理的に溢れたのか涙目で俺を見るこの罪深い女をどうしてくれようか。
名前は俺を一体どうしたいと言うのか。

「さびと、」

「悪い、少しやりすぎたな」

「もっと、」

なんだと。
人の気も知らないで。なんてこと言うんだ。
せがむように俺の腕をぎゅっと握り背丈の差を縮めるように背伸びをする名前が「おねがい」と舌足らずに俺に言う。
こいつのわがままの一つや二つ、いや五つ六つ、いくらでも叶えてやるつもりだがいくら男でも、いや男だからか、これは我慢の限界を試されているとしか思えない。
いつからこんなに誘い上手になったんだ。
あんなに初な反応を見せておいて、俺をここまで翻弄させるか。酷い女だ。お前は。

「…続きは夜だ」

「…い、意地悪言わないで、」

「名前は我慢のできる子だろ?」

「う、うう…錆兎、だって…」

「駄々を捏ねるなら仕置きだぞ」

「…そんなあ」

わざとかどうか知らないが、俺を上目使いでそんな顔で誘い落とするなと言ってやりたい。まだ落ちてやったりしない。
情欲に狩られて不誠実なことを働くのは男のすることじゃない。加えて名前のこの誘いに乗るのも、負けた気がしてならない。
口付けをせがむ名前に少し強く言い聞かせるとしゅんと頭を垂れてきゅっと手を握っていた。堪らないな、可愛い。

「いい子にしてたんだから、いい子にできるだろ?」

「…できるけど、できるけど…」

「いい子にできたらまた褒美をやるよ」

「…絶対?今度こそお預けなし?」

「それはお前の頑張り次第だ」

「うう、さ、錆兎…」

ぽんぽんと頭を軽く撫でてやると撫で付けた手に手を添えて俺を見る名前が物欲しげに見つめてきた。
ぎゅっと俺の手を握って甘えた声をだす名前の頬に手を滑らせて弱く摘まむと「う、」と小さく唸った。

「こら、いい子にしろ」

「…はあい」

今度こそ言うことを聞く気になったらしい名前を頬から髪を通って離すとそっと俺の手とり指を控えめに握った。

「こ、これだけ、いい?」

「…いい子にできるならな」

可愛いやつすぎないか。
ああ、早く夜になってしまえばいいのに。今日ばかりはこの暖かい陽気が邪魔な気がしてしまった。


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