「寒くなってきたなあ」
随分と陽が傾くのが早くなった。少し前まで、暑い暑いと項垂れていたのに、この間大雨が降ってから、途端に寒くなった。季節は天気と一緒に移り変わると昔おばあちゃんが言っていたのを思い出した。早く帰ろうと私は足を進めた。
今日はこの前受けた任務の報告にお館様のお屋敷へと足を運んでいた。
鬼殺隊に入った頃は自分より遥かに上の階級に当たる人達の事すら知らなかったのに、持ち前の強運で 生きながらえ続けてお館様にお目にかかれるまでになったと思うと私も偉くなったなと思う。柱にはまだ遠いけれど。
「名前」
少し後ろから私を呼ぶ声がした。誰か、なんて疑問にもならなかった。今朝私を送り出した声だ。
立ち止まって振り返ると見慣れた羽織りを着た義勇さんが居た。
「義勇さん!どこかお出かけだったんですか?」
私の隣に追いついた義勇さんと一緒にまた歩みを進めた。
夕暮れを楽しむようなのんびりとした足取りで私たち2人しか居ない道はとても長く見えた。
「炭治郎の所に」
「ああ、蝶屋敷にお世話になってるんでしたっけ。大丈夫なんですか?」
「ああ」
そういえばそんな話を聞いたな、と思い返す。詳しい容態までは義勇さんは教えてくれなかったけど、つまりは心配がいらないということなんだろう。二、三 蝶屋敷でのことを質問すると相槌のような返事が返ってきた。
「お腹空きましたね、早く帰ってご飯にしましょう」
「ああ」
義勇さんの元にお世話になりだして何度か同じ季節を過ごしてきた。いつもこの道を一緒に歩くときはこの会話に辿り着く。今日の夕餉は暖かい汁物がいい。たくさんお野菜を入れて。
「炭治郎が」
「はい?」
「俺からお前の匂いがすると」
義勇さんはいつものように突然話だしてそう言った。
鼻の利くらしい炭治郎くんが義勇さんから私の匂いがすると言ったらしい。
「それは…、ご、めんなさい…?」
「何故謝る」
「えーと、不快だったら、申し訳ないなと」
義勇さんがそう言われてどう思ったのか私には汲み取れず、一先ず謝ってしまった。
義勇さんから言い出したのだから、そんなことは無いのだろうと思うけれど、匂いがする、なんて言われてしまえば女の子は皆気になるだろう。
義勇さんの表情は変わらない。少しだけ私に視線を向けて変わらないスピードで歩き続ける。
「…幸せなもんだ、と」
「はい?」
「違う場所に居るのに、お前が側に居たようで」
声色も、表情も何も変化は見受けられなかったけれど私たちの間にある雰囲気が少しだけ、夕暮れの肌寒さを暖めるように変わった気がした。
なんて可愛らしいことを。
継子を取らない彼が、1人の人として私を側に置いてくれていることをたまに不思議に思うこともあったというのに。
言葉の少ない義勇さんがここまで私に伝えてくれている。
正直少し驚いてしまった。だってあまりにも、嬉しくて。
「名前からも、俺の匂いがするのか」
「そうですね、今度炭治郎くんに聞いてみたいですね」
確信している。
きっともっと私からは、義勇さんの匂いがする。
毎朝一緒に起きて、同じものを食べて、生きている。
忙しい彼の身の回りを世話しているうちに、昔感じていた義勇さんの匂いは感じなくなった。
匂いにすら緊張していたあのときから、私随分この匂いに溶け込んだものだと思う。
あまりにも当たり前になってしまって、きっと私はもう義勇さんと同じ匂いがするんだと思う。
「義勇さん、今日は同じ布団で寝てもいいですか」
「?…構わないが、どうかしたか」
「義勇さんの匂い、なんだか恋しくなっちゃいました」
幸せが当たり前になった今をこんなに愛しく思える、なんて贅沢なことなんだろう。
それでもわがままに、義勇さんの匂いがどんなものだったか、もう一度どきどきしたいだなんて思う。
義勇さんは少しきょとんとした後、一瞬だけ私から目を逸らして私にわかるくらいの小さな笑みを見せて私を撫でた。
ずっと包まれていたのなら