「ゲームするのやめて」

 手に持っていたスマホを大きな手で覆われて声をかけられる。声の主はこの部屋の主である誠士郎ただ一人だった。

「え」
「ソレされるのヤダ」

 さっきまでゲームしていた誠士郎はいつの間にかゲームを辞めていて、器用に私のスマホのパワーボタンをカチリと押して画面をオフにした。
 やめてって、それヤダって、ええ。誠士郎だっていつも私が居たってゲームしてるのに、なんで?

「どうして……? 誠士郎だってゲームしてたじゃん……」
「ヤダから」
「ヤダって、誠士郎が良くて私はダメなの?」
「ダメ」
「なんで? それはちょっとおかしくない?」

 誠士郎の手を振り払ってスマホを握りしめる。最近私が始めた、誠士郎が今まさにやめてと言ったゲームは小さなバーチャルペットを育てるものだ。キャラクターが可愛くて、好きなように育てて着せ替えて、お部屋の模様替えをする、誰にでも遊べる簡単なゲーム。少し前に始めてからちまちま遊んでハマっているものだった。誠士郎が好きなゲームはどれもこれも難しくて私は誠士郎がプレイしてるところを見つめることしかできない。ゲームしてるか寝てるかの誠士郎の隣で私が暇を潰すのに持ってこいなソレを、誠士郎はやめてと言う。

「誠士郎は私を放っておいてゲームするのに、私はゲームダメなのは理不尽だよ」
「別にソレじゃなかったらいいよ」
「ソレ? ……このゲームじゃなかったらいいの?」
「うん」
「なんで? 私気に入って遊んでるのに……」

 ゲームが得意でない私が初めて楽しんでいるこのゲームを否定する誠士郎に首を傾げる。誠士郎は珍しく眉を潜めて私をじっと見つめてくる。

「……フレンドに男が居るのヤダ」
「え?」
「なんかいいねしたりしてやり取りしてるでしょ。それもヤダ」
「……ええ?」
「クラスの……誰だっけ、男子とソレで盛り上がられるのもヤダ」

 誠士郎の言葉に口を開いて驚愕する。誠士郎は変わらず私を見つめたまま言いたいことがたくさんあるとばかりに言葉を続けた。想像していなかった理由に都合のいい解釈が頭をよぎる。

「……それって、ヤキモチ……?」

 思わず真意を確かめる言葉が飛び出してちょっとストレートすぎたかなと恥ずかしくなるのに誠士郎は「うん」とたった一言、即座に返事をして頷いた。
 あの、あの誠士郎がヤキモチ。そんなことあるんだ。勝手なことを言われて少し腹を立てたりしたのに理由を聞いたら怒りも勝手に静まっていく。誠士郎がヤキモチなんて妬くわけないと勝手に思っていたからだった。

「そ、そっか……」
「だからやめて。できたらゲームそのものをやめて」
「ええ……」
「俺以外と仲良くされるのヤダ」
「別に、ちょっと話したくらいだよ……?」
「カノジョが男子と話してるの見てて楽しい男なんて居る?」
「……意外……誠士郎もそういうの気にするんだ……」
「気にしてモヤモヤするのも面倒だから、辞めてもらおうと思って」
「くっ……このめんどくさがりめ……今の一言に人間性が凝縮されてる……」
「だって考えるのしんどいよ、なんの話してんのかな、とか」
「……まあ、わかるかも」
「だからやめて」

 ストレートに言葉をぶつけてくる誠士郎は機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せたまま、私が頷くのを待っているようにじっと私を見つめ続け、その視線が居心地悪いような、でもちょっと嬉しいような、複雑な感情になる。
 確かにこのゲームを遊んでいるらしいクラスメイトと最近少しゲームを通してやり取りしていた。学校で会った時はちょっと感想を言い合ったりなんかした。でもそれも友人の域を出るようなものではなかった。私にとってはそれら全てがゲームの一部でしかなかったのだけど。
 どうしようかと思案する。誠士郎からの素直な気持ちを受け取って、安易に頷きそうになるのを堪える。どうしてかって、誠士郎のわがままばかり叶えるのは負けた気がするからだった。誠士郎は好きなゲームを私の隣でずーっとぼんやり遊んでいるのだから少しズルいと思う気持ちはある。でも誠士郎のヤキモチを知った今、それに応えないのはちょっと違う。

「……誠士郎もやったらいいじゃん、このゲーム」
「え」
「私このゲーム気に入ってるんだもん。でも誠士郎の気持ちはちゃんと理解できるから、だから誠士郎も一緒にこのゲームしよ」

 少し見回せば誠士郎の傍に放り捨てられているスマホを見つける。手を伸ばしてスマホを手に取り、自分で確認するのが面倒だと言うから既に私の親指が登録済みの指紋認証でロックを解除して勝手にアプリを入手する。誠士郎はその間何にも言ってこなかった。

「今ね、招待コード入れたらペットにつけれるお揃いのアイテム貰えるんだよ」
「えー……」
「私の子とお揃いでつけようね」

 スマホの通知がアプリのダウンロードが終わったことを報せる。誠士郎に「はい、チュートリアルから」とスマホを受け渡せば「マジ? 俺向いてない気がするこーいうの」と言いながら微妙な顔でスマホを見つめていた。

 やっぱりゲームが得意、というか大体のことはさっさとこなせる誠士郎はあっという間にゲームを理解して、なんだかんだと一緒に遊んでくれるようだった。誠士郎はペットに私の名前を勝手につけた。まあ私のペットの名前も「せいしろう」だから何も言わないでおいた。
 結局誠士郎もまんまとこのゲームを楽しむことになり、一緒にグッズにまで手を出すことになるのは少し後の話だ。

ささやかなゲームオーバー
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