なんだこれは。
 散らかし放題の恋人の部屋を片付けていれば脱ぎっぱなしの上着のポケットの中から小さな紙をみつけた。

「……ミヤビって誰」

 名刺だと思われる紙に手書きで添えられているのは数字の羅列。多分電話番号と思われるそれに一気に頭に血が上っていく。

「ちょっと豹馬!」
「うわ何? こえーんだけど」

 彼女が家に来ているにも関わらずマイペースにスキンケアなんかをしている洗面所の豹馬に向かって大声を上げる。彼女という私が居ながら何たることか、もう掃除なんかやってる場合じゃない。

「何これ!」
「は?」
「コレは何なのかって聞いてるの! ミヤビって誰!」

 洗面所まで大股で向かって豹馬に名刺を差し出して見せる。ヘアバンドで前髪を持ち上げた豹馬は怪訝な顔でそれをじっと見つめた。

「ああ〜……」
「ああ〜ってなに!? ねえ何考えてんの! こういうの浮気って言うんだよ!?」
「違うって、落ち着けよ」
「落ち着いてられるワケないじゃん!」

 思い当たる節があるらしい豹馬の反応にさらにイライラが加速する。せめてもっと慌てるとかしなよ、何落ち着き払っちゃってんの! 悔しくなってバシバシ豹馬を叩けば「痛いって」と鼻で笑われる。何余裕ぶってんの!

「コレ男の名刺な」
「はあ!? 何言って、……男!?」
「ちゃんと読めよ、ホストクラブって書いてあんじゃん」
「……ホスト……?」

 豹馬に指さされて箔押しされて読みづらい英語の羅列をじっくり眺める。ど真ん中に書かれたミヤビという名前と添えられた電話番号に完全に意識が持っていかれていたけどそこには確かにホストクラブらしい名前が書いてあった。

「……、も、もう〜〜〜!」
「何慌ててんだよ、どんくさいな」

 私をバカにする豹馬の声にむしゃくしゃして地団駄を踏みながら豹馬をまたバシバシ叩けば「だから痛えって〜」とまた笑われた。

「だってミヤビだよ!? 女の人だと思うんじゃん!」
「お前のそういうとこ俺不安だわ〜、なんでもすぐ鵜呑みにしそうで」

 安心感と同時に途端に羞恥が私を襲う。豹馬の余裕な態度も納得の結果に今度は顔に熱が集まってくる。穴があったら入りたい。笑う豹馬が完全に私をバカにしていて居た堪れない気持ちになっていく。豹馬が私の頭をぐしゃぐしゃ撫でながら「ハイハイいい子にしろって」となだめて来るのが余計に羞恥心を煽った。

「心配だったんだよな〜? 俺がキレーなお姉さんと遊んでるんじゃないかって」
「ぐ、っ」
「お前ホント俺のこと好きね〜」
「ぐうう……!」

 豹馬の両手が今度は私の頬を無遠慮に揉んで構い出す。得意げに笑われ悔しさが募るものの言い返す言葉は出てこなかった。当たり前でしょうか!

「そりゃそうじゃん! プロサッカー選手なんだよ!? 誰もほっとかないじゃん!」
「お、素直になった」
「豹馬カッコイイんだからもっと気を使ってよ!」
「何に?」
「わたしに!」
「お前かよ」

 豹馬は機嫌良さそうに笑いながら返事をする。ずっと笑ってる豹馬に「ちゃんと聞いてる!?」と捲し立てれば「聞いてる聞いてる」と頼りない返事が返ってくる。耳に入ってるかどうかを聞いてるんじゃなくて真面目に取り合ってって話をしてるんですけど!

「こんなもの見つけたら私が不安になるってちゃんとわかって改めて!」
「えー何ソレ可愛いじゃん」
「可愛くありませんけど!?」

 真面目に取り合ってくれない豹馬に怒りながら洗面所を出る。怒ってるのに軽く受け流されたことに腹を立てつつ口走ったこと全部が情けなくて恥ずかしい。怒りと羞恥心でむしゃくしゃして部屋の片付けをしてやる気は完全に失せてしまった。
 豹馬の使うベッドに向かってダイブして近くにあった大きなぬいぐるみを抱いて顔を埋める。豹馬が浮気なんてするわけないって思うけど、豹馬に選ばれたい女の子なんて山ほど居るんだから不安なのは仕方ないのだ。私より可愛い女の子なんて世の中に沢山居るんだから。

「なーに拗ねてんの」
「……拗ねてない、怒ってる」
「あちゃー、ご機嫌ななめ」

 ベッドのスプリングが軋んで傍に豹馬が来たことを知らせる。豹馬の声は私に反して明るくてきっときっとまだ笑ってるんだろうなと思うものの、ぬいぐるみに顔を埋めていては豹馬の表情はわからない。でも豹馬に今顔を見られなくない。
 頭に暖かい感触が乗ってきてそれが豹馬の手であることを察する。髪の毛の流れに合わせて動く指先がくすぐったくて身をよじれば「悪かったって」と思ってもなさそうな声色で謝られた。

「俺が浮気すると思う?」
「……思ってない」
「でも不安?」
「……不安」
「か〜わい」
「可愛くないの!」

 またからかわれてムキになって抱きしめていたぬいぐるみを豹馬に向かって投げると、目を細めて笑う豹馬が簡単にぬいぐるみを抱きとめてしまった。豹馬の表情に、絡まった視線に、何も言えなくなって目を逸らした。

「かわいーに決まってんじゃん。ヤキモチ妬いて拗ねてんの、可愛くないワケなくない?」
「……バカにして〜……」
「バカにしてないって」

 ぬいぐるみが豹馬の手によってベッドの下へと転がされる。こうやってこの部屋は散らかっていくんだろうなという決定的な瞬間を見届けたあと、豹馬が私に向かって両腕を開いて「ほら、よしよししてやろーな」と笑う。そんな手で誤魔化されたくない自分が一瞬私の中で暴れ回ったものの、すぐにその腕の中を選んでしまい、ゆっくり身体を起こしてその腕に向かって飛び込んだ。

「ヤキモチ妬かせる男なんて最低」
「ごめんごめん」
「浮気したら絶対許さないから」
「するわけないじゃん、こんなかわいーカノジョが居るのに」

 調子のいいことを言う豹馬を軽い力で叩けば「くすぐったいんだけど」とまた笑われた。こうなったらとことん拗ねてご機嫌取りしてもらおうかと思って豹馬の背中に手を回して胸元にぐりぐりと頭を押し付ける。豹馬は腕の力を強くして私を抱きしめたまま「なーにそれ、可愛いんだけど」とまたくすくす笑った。

「……ところで、なんでホストの名刺……?」
「あーあれ、こないだお前と待ち合わせしてる時に声かけられてさ〜初見女だと思ったみたい」
「うげえ!」
「で、断ったら俺って分かったみたいで、ファンだって盛り上がられて渡された」
「ちょっと意味わかんない」

チェックユアポケット
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -