「玲王、大丈夫だよ。私ちゃんとわかってるよ」
「ほんと悪い、ごめん、違うから……」

 休日、自宅に突然表れたのは玲王のお家のばあやさんだった。何事かと思えばあっという間に玲王の家へと連れ出されてしまった。作りかけの夕飯は火にかけられる前、私に切られただけで放置になっているのが気がかりだけど、急ぎだと言われてしまっては慌てて家を出る他なかった。玲王に何かあったのかと思ったのだ。
 ところが何を聞いても玲王が私を呼んでいるというだけで、病気や怪我ではないということしか分からなかった。まあそれはそれで良かったけれど結局何のために呼ばれたのかわからないまま、私はようやく乗り慣れつつあった玲王の家の車で素直に運ばれた。けれど程なくしてたどり着いた玲王の自宅に玲王はまだ居なかった。何だというのか。
 連れてこられてしまったものは仕方ない、とソファーにかけて玲王を待った。持ってきたのは肌身離さず持ち歩いているスマホだけ。手持ち無沙汰な気持ちをスマホで誤魔化した。プロサッカー選手である玲王の動向を追うのは難しくない。何かあったのであれば調べればすぐわかる。そっとブラウザを開いて検索窓に我が恋人の名前を入力する。トレンドを示すマークが添えられた、検索第一候補に表示されたのは「熱愛」だった。

「疑ったりしてないよ」
「……ほんとに?」

 検索にヒットした記事を上から順番に確認してああ、そっか、なるほどな、と読み流した。自分がここに連れてこられた理由を察すると同時に開いた扉から息を切らせて慌てた様子の玲王が駆け込んできて私を勢いよく抱きしめた。それからずっとこうだ。玲王は私を強く強く抱きしめたまま離してくれなかった。

「ほんとだよ」
「全部ウソだから、二人で会ってなんかないし、凪も傍に居たし、あの人もたまたま通りかかっただけで」
「何も疑ってないってば〜」

 私の首元に縋り付く玲王の声は不安と焦りを感じさせるものだった。自分にかけられたありもしない熱愛疑惑に、怒ってもいない私に弁解する玲王の背中をぽんぽんと優しく叩く。ここでようやく全部を察した。私は多分、玲王がこうやって私に弁解するために連れてこられたのだと思う。
 私の恋人はえらく心配性でおまけに超がつくほどのヤキモチ妬きだった。それはもう、普段の人柄からは考えられないくらい。友人に過去の出来事を話せばメンヘラ彼氏だと揶揄されるほど。私の持つ連絡先の中に知らない人が居るだけで不安なのか洗いざらい説明させられるし、玲王以外との予定は予め玲王に許可をとる必要がある。少しでも男の人と関われば事細かく事情を話しすし、玲王の納得が得られなければその人との関係はそこで終わる。玲王から課せられる行動制限については話し出したらキリがない。よく耐えられるね、と皆驚くけれど付き合う前からいつからかこうだったものだから今更何も思わなかった。
 そうやって私の全てを掌握したがった玲王にふりかかった熱愛報道、普通なら怒ったり、悲しんだりするのだろう。浮気者と罵ったり、あるいは関係の維持を不安に思ったり。そうしたって何も咎められないと思うし、玲王もそうなるのではと思って私をここに連れてくるように言ったのだろう。突き放したり逃げたりしないのにな。

「玲王〜」
「信じてくれ……俺を捨てないで……」

 背中を撫でて名前を呼べば私を抱きしめる腕がより一層強くなる。弱気な声に少しだけ笑ってしまう。信じてるって言ったのに、疑ってないって言ったのに、それでもこんなに必死に縋って弱々しく許しを乞うのだから余程不安らしい。ここに連れて来られるまでこの報道すら知らなかったし、それを知ったからと言って動揺もしなかった。

「玲王」

 玲王の頭を撫でて呼びかければ「……ん」と弱々しく短い返事が返ってくる。玲王の顔を覗き込むため大きな体をぐっと押せば嫌がるように少しだけ力を強められるものの、大丈夫だからとまた背中を叩けばゆっくりと身体が離れてその顔が見えた。情けなく眉を寄せて下げ、唇を噛む玲王は子犬のようだった。
 玲王の両頬を包んで視線を合わせる。その眼は少し潤んでいた。

「信じてるし捨てないし玲王が大好きだよ」

 こんな熱愛報道、信じられるはずがないのだ。だってこの人、私のことが大好きなんだから。

「……絶対?」
「絶対」
「……なんで?」
「なんでって、そりゃ玲王が私のこと大好きって知ってるもん」

 玲王の頬を包んだ私の手に、玲王の手のひらが重なってくる。私の手のひらに甘えるようにすりすりと頬擦りをしながら玲王は問いかけてくる。こういうところだ、普段は自信家なのにえらく心配性で私の言葉を疑ってくる。それが嫌だと思わないのは玲王は玲王なりに、こういう自分のネガティブでどうしようもない所を理解していて、嫌われても仕方ないと思っているんだろうな、と私が勝手に解釈しているからだ。

「……俺、こんなにお前のこと束縛してんのに?」
「うん」
「お前が男と連絡取るのを許さないのに?」
「うん」
「逃げらんねえように閉じ込めておきたいって思ってるのに?」
「それはちょっと初耳だねえ」

 玲王の言葉一つ一つに肯定しながら親指で頬を撫でる。物騒な言葉が少しばかり聞こえたけど驚きはしなかった。そっか、そこまで思っていたのか。そこまでしなきゃならないと思うほど心配なのであればそれは私の落ち度なのかもしれないな、なんて思いながら目の前でしゅんと小さくなっている玲王にちゅ、と短くキスをした。

「全部私が好きだから、なんでしょ?」
「……そう、だけど……嫌じゃねえの?」
「私のことが好きでやりすぎちゃう、玲王のそういうとこも含めて私も玲王が好きなんだよ」

 私の言葉を聞いて玲王の眼が大きく開かれてから、ぎゅっと顔がしわくちゃになっていく。ふるふると震えるまつ毛を眺めながら頬をむにむにと揉んで「泣いちゃう?」とからかうように笑えば玲王は悶えるように「うう〜〜〜……」と唸った。

「好き……マジで……結婚しような……」
「いいよ〜」
「待って違うやり直すからちょっと待ってくれ……!」

 玲王が雪崩るように私に倒れこんできて再びぎゅっと抱きしめられる。縋り付くような触れ方から、包まれるような触れ方へと変わったのを感じて玲王の不安が晴れたであろうことを察する。今度は私が甘える番だと玲王に身体を預ける。玲王は「お前のことが好きすぎて最近すぐに口を滑らせる」と流れるように言ってしまった言葉を悔いていた。

「……それはそれとして、二度とこんなことにならねえようにするから」
「うん、ありがとう」
「とりあえず無いことばっかり適当書いたメディアには会社から忠告して、俺のSNSから全面的に否定する」
「おお……御影コーポからの圧力……怖いね……」
「ついでに俺には結婚を決めた愛する人が居るって公言してもいいよな?」
「うん……うん? え? あれ?」
「決まりだな」

 急にいつもの雰囲気と勢いを取り戻した玲王に脳みそがついていかないまま頷いてしまってから首を傾げる。

「えっあれっ? やり直すって言ってなかった?」
「プロポーズはちゃんとする。でもとりあえず牽制に、な?」

 玲王が私の頭を撫でておでこにキスを一つくれる。玲王はメディアでいつも見せている弾けるような笑顔で「愛してるよ」とさらりと言ってみせた。

 翌日、熱愛報道を蹴散らすような玲王の呟きはあっという間にトレンド入りして、御影コーポレーションからの「遺憾の意」を受け取ったメディア陣は「不適切な表現」と称して該当記事を一斉に取り消した。あんな弱々しい玲王を、きっとメディアの向こう側の人達は知らないんだろうな。そう思えば思うほど、優越感を得る私もきっと大概なのだ。

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