誕生日を祝うのは今年で最後かもしれない。そんな風に考えるようになったのはいつからだったか。
 
「わあ、人いっぱいだ……」

 降り立った空港では同じ言葉を話す人なんか居ないのではと思わされるほど、外国の人で溢れていた。いや、逆か。私が来たんだから、私が外国人か。初めての海外旅行でこんなに遠くに来ることになるとは思っていなかった。いつか海外行ってみたいな、くらいの気持ちで居た私が十八時間もかけてこんなところにたどり着くとは。海外旅行には小さめのキャリーバッグを引きながら必死になって案内板を読む。英語にもスペイン語にも疎い私は必死になって知っている単語を探しながらその方面に歩く人たちを勝手に道標にしていた。
 スペインに知り合いは一人しか居ない。土地勘もなければ知識もない。語学力なんてものは言うまでもない。そんな私がこんな所に来たのはそのたった一人の知り合いを訪ねに来たのだ。義務教育を終える前にその才を世界に賭けた幼なじみ、糸師冴の誕生日を祝いに、私はここまで遥々たった一人で来た。

 糸師冴とは元来、傍若無人な奴だった。何もかもが事後報告でそれに悪びれる様子は無く、その我の強さに結局こちらが折れるしかなくて振り回されてばかりの二十年だった。出会ってもう何年経つのか考えると古い記憶を手繰り寄せなければならない程の付き合いになった私たちは、大学生とプロサッカー選手、日本とスペインという距離を抱えてもなお、要所で関わりを続けている。
 冴はきっと、いつか本物のプロサッカー選手になって、有名になるんだろうとぼんやり思って居た。本当にそうなった。そうなった今、私と冴はいつまでこんな風に幼なじみを続けられるんだろうと考えるようになった。
 冴はサッカー以外なんにも出来ない。本人がそう言っているくらい、冴はサッカーばかりに人生を費やしてきた。それが許されるほど、サッカーが上手だったし、サッカーに一途だった。でも冴にとってサッカーは今や仕事の一つだ。テレビをつけてたまたま映る冴を見た時、冴が身につけている物が冴のスポンサーの商品であった時、冴のスポンサー企業が「糸師冴モデル」として大きく商品を売り出していた時、その「糸師冴モデル」を糸師冴が関わっているからというだけで手に取るファンを見た時。私にとって冴はいつまでも幼なじみの「糸師冴」では居られなくなりつつあった。
 世界中が糸師冴を知ってしまった。世界中が糸師冴に注目している。その事実がどんなに連絡をとっていたってどんどん私から冴を遠ざけていくような気がした。
 初めのうちはただただ不思議な気持ちだったのだ。知り合いに有名人が居るってそわそわするな〜くらいの。同時に誇らしくもあったのだ。幼なじみを褒める世間も色めきたつ周囲も、冴の頑張りに相応しいと思っていた。でもそれらは少しづつ私には身分不相応だと思い知らされる材料になっていった。世界に羽ばたく幼なじみに、私は未だ地元でのんびり生きているだけで、糸師冴の幼なじみだなんて自称するのも恥ずかしくなっていった。誰が信じるんだそんなこと。たまたま地元が同じ女が調子に乗ったことを言ってるだけにしか聞こえないと思う。
 それでも冴はそんなこと気にもしてないかのように自分の都合でメッセージを送ってきたり、毎年私の誕生日を律儀に祝った。全然帰国しないくせに、私への誕生日プレゼントは毎年国際便できっちり当日届いている。会う機会もそうそうないのによく覚えてられるものだと思ったりもした。帰ってこない冴に、未だに幼なじみだと思っているのは私だけかもしれないと思うのに、毎年自分の誕生日にそんな考えを覆されていた。毎年それに驚かされていた。冴って、まだ私の事ちゃんと覚えていたんだって。たまにメッセージを送ってみれば昔と変わらない無愛想な返事が返ってきて、その度に安堵する。送られてきたプレゼントへの感謝を伝えれば「毎日着けろ捨てたら殺す」なんて物騒すぎる返事は記憶に新しい。凛もこういうとこだけきっちり似た。可哀想に。残念ながら送られてきたネックレスの額面を知ってしまってからつける事ができなくなったけど。
 テレビをつければ私でさえ顔は知ってる女優が糸師冴のファンだと語っている世の中で、糸師冴は未だに私のことを幼なじみだと思ってくれているらしい。いつまで私たちは幼なじみとして続いていくんだろう。この女優が冴と出会ってしまったら、終わるかもしれないな。冴に相応しい世界観で生きる人が世の中にはちゃんと居て、そんな人はみんな私より綺麗な人に決まっているのだから、明日には終わるかもしれない。冴の誕生日を祝うのは今年で最後かもしれない。冴の誕生日が近づく度に、そう思うのだ。だから冴が私の誕生日を祝うことにいつも驚かされてしまうのだ。なのに冴から送られてくるメッセージにまだ大丈夫なのかもと思わされてしまって気持ちの浮き沈みに風邪を引きそうだ。

 大学生のバイトでの稼ぎなんてたかが知れている。私は夏休みの間必死に働いて、これまでの貯金を足して今日ここに来た。凛に「スペインってどうやって行く?」なんて馬鹿みたいなことを聞いたら全部凛がなんとかしてくれた。旅行に来たわけじゃないから用が済んだらさっさと帰る。自主休講はできるだけ少なく済ませたい。年々送ってこられるプレゼントの額面が年齢不相応になってく冴に私から贈れるものなんかもう思いつかなかった。いつも傍若無人な幼なじみに、仕返しするつもりで今年は直接祝いにきてやった。キャリーバッグの中には冴には似合わないパーティグッズを詰め込んできた。スペインで作れるのかわかんないけど日本食でも作ってやってお祝いしよう。今年は多分大丈夫。きっと私はまだ冴の幼なじみのままだ。だってつい一ヶ月前に凛の誕生日に贈るプレゼントについてやり取りをしたところだし。これが最後になっても後悔ないように、スペインで一人で暮らす冴の誕生日を私が派手に祝ってやろうと思う。
 冴から届いたプレゼントに付けられていた荷札を片手にタクシーと思われる車に乗る。名前を隠して住所を見せればあとはたどり着くのを寝て待つだけのはずだった。



 俺には頭の悪い幼なじみが居る。バカとかアホとかタコとかそんな言葉で表現してられねえくらいのヤツ。そんなどうしようもねえ幼なじみから久しぶりに届いたメッセージは「冴引っ越したの?」だった。

「ふざけんなよお前」
「さえ〜〜〜!」
「馬鹿も休み休みにしろはっ倒すぞ」

 練習後に車を走らせ慌てて向かったのは少し前まで住んでいた場所だった。なんでこいつここに居るんだとかそんな疑問よりも先に馬鹿のくせに一人でこんなとこ来たのかと頭が痛くなる。言葉もわかんねえクセに命が惜しくねえのかこいつ。いや、よくここまで一人で来たって褒めるべきか? ンなわけねえだろ命知らずが。

「めちゃくちゃ頑張ってスマホ翻訳で話したら冴もうここに居ないって言われて死んだなと思った」
「生きてることに感謝しろよ」
「神様に愛されててよかった〜……」
「ふざけんなよお前」

 言葉が出ないとはこの事か、同じことを二度も言ってしまうあたり状況に脳ミソがついていってねえな。脊髄反射で話してる気分。文明社会に感謝しろ。そのスマホが無けりゃどうするつもりだったんだよ。

「引っ越してたならそう教えてよ……」
「お前俺の住んでる場所なんか聞いてきたこともねえクセに何言ってんだよ」
「……たしかに冴の住んでる場所とかあんまり気にしたこと無かったな……」
「薄情なヤツだな」

 ちっせえキャリーバッグを勝手に引っ張って車の中に積む。こいつこんな小せえ荷物一つでスペインに何しに来たんだマジで。俺の行動に異論もなくされるがまま、助手席の扉を開いてやれば素直に乗る馬鹿に頭痛がひどくなるだけだった。言葉もわかんねえコイツならあっさり誘拐されてしまいそうだ。ため息一つ吐きながら仕方なく車に乗り込んでシートベルトを締めろと小言を言う。「冴運転できるの!?」なんて言い出すこいつに「うるせえな死にてえのか」と言えばいそいそとシートベルトを締めた。シートベルトくらい締め方はわかるらしい。
 とりあえず行先なんか聞きもせず俺の家に向かってアクセルを踏む。窓の外を落ち着きなく眺めるコイツにようやく「お前何しに来たんだよ」と言えば俺に向かって振り返った。

「……冴の誕生日祝いにきたの」
「は?」
「サプライズで驚かせてやろうと思って勢いでここまで来たんだけど、よくよく考えたら冴今日もしかして用事あったんじゃないかなって今になってちょっと後悔もしてる」
「何言ってんだお前」
「だってチームメイトとか……えーと……ファンとか……? 冴の誕生日を祝う人なんてたくさん居るよね。呼び出してごめんね。申し訳ないんだけど空港まで送って貰えたら私帰るから」
「勝手に話を進めんな」

 馬鹿かコイツ。いやそうだ馬鹿だった。凡そ海外旅行とは思えぬサイズ感のキャリーバッグはやはりスペインに観光にきたわけではなかった。十月十日は間違いなく俺の誕生日で、コイツは律儀に毎年俺の誕生日を祝ってくれている。スペインじゃ手に入らない日本のお茶だったり調味料だったり、毎年何かと両親を経由して送ってくれる。まだ子供の頃、海外に荷物を送る方法がわからないと言って両親伝いに送られてきてからずっとそのままだった。だから引っ越したことなんかわざわざコイツに伝えていなかったのが今回こんな大きな落とし穴を生むなんて思っちゃいなかった。大学で栄養学を専攻してるコイツが送ってくるものはどれも美味い。コイツのせいでここ数年舌が肥えた気がするくらい。今年もどうせ両親経由で何か食い物が送られてきて、いつも通り届いたことを報告すれば呑気なメッセージが返ってくるんだろうと思っていたのに何だ誕生日を祝いに来たって。地元から離れる気なんかなかったくせに、こういうとこにだけ無駄に行動力を使うなよ。俺の寿命縮ませてぇのか。

「来るなら来るって言えよタコ」
「それはサプライズにならない……」
「もっと他にやり方あっただろ脳ミソつまってねえのか」
「いやまあ確かにちょっとミスったなとは思ってるけど……」
「帰りの便は」
「明日の夜に取ってもらってるけど……」
「は? 明日? お前スペインまで半日以上かけて来て一泊で帰んのか」
「だって授業あるもん」

 コイツと再会して早くも何度目かのため息。どうせ飛行機を手配したのは凛だろう。それは簡単に想像つく。にしても一泊ってバカなのか? こいつマジで俺の誕生日だけ祝いに来たのか。助手席で大人しくしている幼なじみにチラ、と視線を向ければ指を弄りながら小さくなっていた。居心地悪そうで可愛いやつだな。
 見慣れた景色を車で横切っていく。俺なら死んでも御免な弾丸スケジュールを鑑みるに俺以外に用事はないんだろう。俺の家を直接訪ねたんだから俺の家に用事があるとしてこのまま家まで連れて帰る。旅行のつもりで来たなら何処か適当な名所に立ち寄ってやってもいいような気がしたがバカの考えてることはわかんねえから俺も考えるのは辞めた。

「飛行機って日付変えれるのかな」
「何でだよ」
「え、だって明日の便だし……」

 帰る気かコイツ。俺まだなんにも言ってねえだろ。帰すわけあるか? ねえだろ。

「お前宿も取ってなかったのかよ」
「だって凛が兄ちゃんの家でいいんじゃねって言うから……取り方もわかんなかったし……」

 よく出来た弟だなと思う。そこらの安宿に泊まられるのは俺も凛も胃が痛えからそれでいい。にしたってお前はもうちょっと危機感持てよとまたため息。俺のため息の度にチラチラこっちを気にするのは子供みたいで虐めたくなるからやめとけとは言わなかった。

「俺の家」
「え?」
「空港なんか行くわけないだろ。俺の家に帰るんだよ」
「えっでも冴、いいの?」
「あ?」
「他の誰かに祝ってもらう予定とか……その……なんにも考えてなかった私が言うのも変だけど……私が冴の家にお邪魔したら困らない……?」
「……お前、何の心配してんだよ」

 チラホラ挟まる意味深な間にイライラする。サッカーしか出来ねえけどコイツよりは察しがいいし頭も回る自信があった。シンプルな学力で言えばコイツに敵うモンはないだろうけど、賢さっていうのは何も勉強に限った話じゃない。コイツはそういう意味で馬鹿だった。根も葉もないこと勝手に心配してる気がする。俺がそんな素振り見せたかよ。いつ、何処で?

「だって、冴ももうプロサッカー選手なわけだし……」
「気色悪いこと言うな。変な心配ばっかり立派にしやがって」

 勉強できてもコレじゃ俺の心配は絶えそうもない。最もここまで鈍感だったおかげで離れててもそこらへんの雑魚に靡かなかったとも言える。いつだって自分は外野に追いやって自分をモブに仕立て上げることについてはプロ並みだった。自分に矢印が向かない馬鹿女で良かった。そんなんだから俺に唆されて女子大なんか選ばされて興味も無かったくせに栄養学なんて専攻する羽目になるんだ。

「……冴、ちゃんと言ってね……冴は大事なこといっつも事後報告だからいつか私事故りそう……」
「事故るって何がだよ。運転する資格もねえくせに」
「車の話じゃなくて! 女と女の接触事故の話! 私なんにも知らなくて鉢合わせとかやだからね! 泥棒猫扱いとかヤダからね!」

 やっぱクソくだらねえこと考えてやがった。本気で言ってんのかコイツ。あやうくアクセルを踏み込みそうになったのをぐっと堪えた。俺の事馬鹿にしてんのか。仮に俺がお前の言う通りだったとして事後報告だろうがお前が取り返しつかねえことになったことあったかよ。俺は必要なことはちゃんとやってるだろ。お前にとっての大事なことと俺にとっての大事なことに少し差があるだけにすぎねえだろ。そんなの俺とお前に限った話でもねえだろ。

「……わかった」
「……え?」
「全部言えば満足か?」
「え? 何が?」
「どのみち年末に一回帰国して話つける気だった。丁度いいだろ」
「何の話?」

 大事なことは事後報告なのが気に入らねえんだろ。何が大事か知らねえけど、予め言えば満足するならそうしてやるよ。



「ひ、広……」

 たどり着いたのは冴の新居だった。明らかにセキュリティ万全ですと言わんばかりの門構えに生活の違いを見せつける建物、一人暮らしに不必要なほど広い部屋は住む世界の違いを見せつけるようだった。シンプルな家具でまとめられて物の目立たない内装は冴らしくもありながらいっそ生活感がなくて本当にここに住んでいるのかと疑ったけど、テーブルにあった日本茶を見て冴の家だなと納得した。

「お掃除大変そう……」
「ハウスキーパーでも雇えばいいだろ」
「一人暮らしなのに冷蔵庫大きくない……?」
「食材は保存の仕方も大事なんだろ」

 冴の家を物色して回る。冴はどこに私が足を踏み入れても何も文句言わずに受け答えだけをした。怒らない冴をいいことに一つ一つ扉を開けていく。ここでトレーニングしてるのかなと思われる部屋もあれば私の自室よりも広いウォークインクローゼットもあって目が回りそうだった。

「部屋多くない……?」
「こんなモンだろ」
「あれ、ここ何にもないけど」
「そこはお前の部屋になる」
「え?」

 一つ一つ扉を開けてたどり着いた殺風景な部屋で衝撃発言に思考が止まった。

「……何て?」
「お前の部屋になる」
「……なんで?」
「お前が卒業したらスペインに連れてくる予定だから」
「……何の話?」
「お前の話」

 冴は扉の枠にもたれかかって腕を組んでいる。相変わらず表情の乏しい冴は私の疑問に丁寧に返事しているように見えるけど全部が意味不明だった。

「ちょ、ちょっとまって、聞いてないし全然わかんない」
「だから年末に話す気だったって言ったろ」
「年末!? 年末に私スペインに行く話をされる予定だったの!?」

 何も置かれていない部屋に私の声はキンキン響いた。冴は「うるせえ」と言うだけだった。全く状況を飲み込めていない私は冴に何から聞くべきなのかも分からなかった。だって全部初耳だもん。なんで私スペインに来る話になってるんだ。

「お前、俺が贈ったネックレスは」
「え」
「毎日着けろって言っただろ」
「いやあんな高価なもの着けて歩けないよ」
「俺がどうでもいい女にあんなネックレス贈ると思ってんのか」
「え」

 冴の強い眼差しが私を射抜くようだった。なんかちょっと怒ってる気がしなくもなかった。

「呑気なもんだな、俺に言いくるめられて女子大なんか入って栄養学なんて専攻させられて」
「い、いやいや……え?」
「お前に女子大を勧めたのは男と関わるべきじゃねえと思ってるから。将来悩んでたお前に栄養士を勧めたのは俺のエゴ。そろそろわかってきたか?」
「さえ……?」
「誕生日を祝いに来るなんて思ってもみなかったが手間が省けたしもういい。お前をスペインに連れてくるつもりで引っ越した。ここが卒業したらお前が住む家だ。よく見て帰れよ」
「たんまたんま!」

 糸師冴は冗談を言うほど暇じゃない。多分。というか、こんな冗談を言うタイプじゃない。元来私の幼なじみは傍若無人で事後報告がすぎるヤツだった。にしたって今回のことは傍若無人なんて言葉で片付けるのに無理がある。
 スペインに着いて、冴が住んでいると思い込んでいた場所に冴は居なくて、途方に暮れながらメッセージを送ったものの、冴の家に行って大丈夫なのかと今更不安になり、それこそ現地で恋人を作っている可能性だってあるんじゃないかと思いだして誕生日に家に押しかけるなんて何してるんだろうと冷静になってしまったというのに。

「……冴、なんで私をスペインに連れてこようと思ってるの?」

 冴たちみたいに大きな目標のなかった私に、栄養士になることを勧めたのはたしかに冴だった。いい勉強になりそうだし、生きてく上で役立ちそうだし、仕事にも困らなさそうだなと思って冴が言うなら間違いないかと選んだ。結果として楽しく学んでいるし、実りのある大学生活だと思っている。卒業したあと冴の栄養管理を任されるということならそれもまあアリか。でもそれって此処に住む必要あるかな。ていうかそれと女子大とネックレスはあんまり結びつかないな。

「この鈍感女。お前まだ分かんねえのか」
「冴はいつも大事なこと事後報告すぎるの! 肝心なことなんにも聞いてないの!」

 冴の眉間に皺が寄る。冴の表情筋はそこにしか働かないのかな。鈍感女なんて言って私を罵るけど私が鈍感なんじゃなくて冴が言葉足らず過ぎるんだってば。事後報告なんて業務的に片付けられることじゃないでしょこれ絶対。冴の視線に負けじと見つめ返す。今日ばかりは私が折れてやる場合じゃなかった。

「……黙って俺について来い。馬鹿みてえに幸せにしてやる」

 私が求めた言葉とは違ったけれど、冴の言葉は多分それに匹敵するものだったのだと思う。なんだこれ、プロポーズみたいだ。

「……それって、つまり今から私は冴の恋人ってこと?」
「お前雰囲気もクソもねえな」
「だって冴わかりにくいんだもん」
「俺が恋人相手にここまですると思ってんのか?」
「はい?」

 思わず聞き返したものの冴はやっぱり私の欲しい言葉をくれはしなかった。なんならさらに聞き返されて思わず間抜けな声が出た。

「間抜け面。卒業したらさっさと籍入れるぞ。ちゃんと卒業しろよ」
「……エッ」
「四年待ってやってんだ。これ以上待つ気ねえ」

 冴は傾けていた身体を起こして廊下へと出ていってしまった。冴の背中に向かって声をかけながら慌てて後ろをついていく。まって、今私本当にプロポーズされた? 付き合ってもなかったのに?

「せ、籍いれるって、え!? 付き合ってもないのに!?」
「うるせえ」
「うぶっ」

 急に立ち止まった冴の背中に思い切り衝突する。さすがスポーツマン、私がぶつかったくらいじゃビクともしなくてぶつかった私がよろけて転びかけた。

「お前が俺と結婚するって最初に言い出したんだろ」
「……はえ……」
「自分の言葉には責任を持てタコ」

 なんの事だと聞き返す前に、そんなことを昔は言っていたような気がすると思い出が蘇る。そんな子供の頃の話今引っ張り出されても困ってしまうんだけど。

「こんな所に俺に会いに来るお前も大概だろ。さっさと頷いて腹くくれ」
「は、腹くくれって……」
「お前俺の事が好きだろうが」

 思わずぐっと息を飲んだ。冴の言葉が私の頭をぶん殴ったような衝撃を与えた。冴のことが、好き。誰が、私が? そうだったっけ。
 冴の目をじっと見つめて言葉を噛み砕いていく。私ここに何しにきたんだったっけ。そう、冴が誕生日で、お祝いしにきてて、それで。冴に会えると思ったら居なくて、連絡つかなかったらどうしようかなとか悩んで、そりゃ冴はプロサッカー選手なんだし祝ってくれる人は他にいるよなあなんて思ったりして、全部恥ずかしくなってしまって。いつか私よりも冴のことをよく知る人ができて、私は思い出になってしまう日かまくるのかもといつも怖くて。そっか、怖かったのか、私。

「……私、冴のこと好き、なのか……」

 胸の内側にストンと落ちてきて一人納得する。冴のことが好きだから冴の活躍が少し寂しくて、いつまで幼なじみで居られるのか気になって、こんなとこまで来てしまえたのか。なんだ、そっか。それだけか。

「私、冴のこと好きみたい」
「知ってる」

 自分でようやく気づいた気持ちになんだか晴れ晴れとした気持ちで冴に向かって言い放つ。冴は今日何回目かの大きなため息を吐いて頭を掻いた。

「私冴のお嫁さんにしてもらえるってこと……?!」
「掌の返し方おかしいだろ馬鹿」
「なんか急にドキドキしてきたかもしれない」
「お前俺の誕生日祝いに来たんじゃなかったのかよ」
「は!」

 急に浮かれ出した私に冴はまたため息をついたものの眉間に寄せていた皺は消えていた。たった一人私にだけ色んなことが起こりすぎて私はまだ冴におめでとうの一言も言っていなかった。

「冴! お誕生日おめでとう! 今年のプレゼント私でいい?」
「アホだなお前」

 浮かれまくった私に冴は少しだけ笑って「貰ってやるから準備しとけよ」と私の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。

「さっさと卒業しろ。卒業までの間に必要なもん全部揃えとけよ」
「必要なもん……スペイン語力とか……?」
「要らねえそんなもん家から出なきゃ話すこともねえだろ」
「家から出ない選択肢があるのおかしくないかな」
「とりあえず年末にご両親に話済ませんぞ。お前がなんか言ってたインターンだ就活だは全部必要ねえから辞退しとけ。生活に要るもんはこっちで揃えられるがスマホだの口座だのは考える必要がある。手続きできるようにしておけよ」
「まってまって話が早い」
「お前が事後報告どうこう言ったんだろうが」
「プロサッカー選手の奥さんになる気構えまだないんだけど」
「うるせえ腹くくれって言ってんだろ」
「傍若無人……」

傍若無人はかく語りき
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -