メロウライトじゃ照らせない


#3 メロウライトじゃ照らせない

「ア〜〜〜〜めんどくせ!」

 悟の声が部屋に響いて反響する。悟は行儀悪く机の上に足を上げて椅子をガタガタと鳴らし、普通の人に比べて余りある手足をつまらなさそうにぶら下げていた。

「ちょっとくらい機嫌をなおしなよ」
「ハァ〜? じゃあご機嫌取ってくれよ」
「私は君のママじゃないんだから」

 悪態をつく悟に傑は大きな溜息をついた。与えられた控え室、もといホテルの一室で待機中の祓ったれ本舗は数ヶ月前から抑えられていた地方ロケの真っ最中だった。ロケ弁と呼ばれる昼食を取り、傑は読みかけの本を開いて休憩時間を謳歌しようとしていたというのに、相方の悟はどうだ。移動日にあたる昨日からずっと機嫌は絶不調、こうなるとマネージャーにも手をつけられない程だった。
 それもそのはず、悟は昨日の朝大々的に熱愛報道されてしまい、要らぬ事を言わぬようにスマホをマネージャーに取り上げられてしまっていた。日頃の行いについては言うまでもなく最悪だったために、ことが大きくなってしまい、相手方に迷惑をかけぬよう事務所の社長が下した判断だった。無理もない、祓ったれ本舗の五条悟とは、「炎上」を痛くも痒くも一切感じない男なのだから。かくして悟は事務所が声明文を出すまでこの情報化社会から切り離されてしまっていた。

「あーあ。アイツマジで俺のスマホ返さねえ。俺の連続ログイン記録がパァだわ。ありえねー」
「これを機に少しまともな生活をしようという努力も欠片もないね」
「ハ? んだよそれ、つまんね」
「毎晩遅くまでスマホゲームに勤しむ相方を心配してやってるつもりなんだけど?」

 悟は口を開けばハマっているらしいスマホゲームの話をして苛立っていた。余程それが気になるのか、「スマホ触れねえ間傑のスマホにアカウント連携させろ」と有り得ないほどごねていたくらいに。勿論傑はすっぱり断り続けていた。

「俺今度こそランキング一位狙えると思ってたのにどーしてくれんだよ」
「知らないよ」
「この時代にスマホ没収とか中学でもやんねーだろ」
「そう思うなら日頃の行いを省みたらどうだい?」
「俺なんも悪いことしてねーっつーの」
「仮にそうだとしてもマネージャーが悟に手を焼いてあちこち駆けずり回ってるのも事実だけどね」
「あちこちペコペコして雑魚みてーだなほんと」
「……悟、君はもうちょっと社会人の自覚を持ちな」

 傑は思わず頭を抱えた。それもそのはず、自分がどうしてスマホを没収されたのか全く考えちゃいないからだ。傑も最初はスマホの没収について些かやり過ぎではと思ったものの、当然のことかと思い直すほど、悟は言いたいことをはっきりと世界中に発信してしまう。その苛烈なまでの正直さはこの業界に合ってない瞬間も多々あった。実際、悟を共演NGにしている芸能人は何人もいる。今回の熱愛報道が事実かどうかより、悟が相手方の事務所に迷惑を掛ける可能性は十二分にあった。祓ったれ本舗も、相手の女優も、時の人と言われて然るべき売れ具合で双方この熱愛報道を丁寧に鎮火させる必要があったのだ。そこに油を注ぐ悟は簡単に想像できた。傑はスマホを預かると言ったマネージャーに対して怒る悟を少々無理やり抑え込み、マネージャーと結託してスマホを没収したのだ。暴れる身長百九十越えの二十八歳児には相当手を焼いた。
 仕事に関わらず日常的に一緒に居ることの多い二人は、地方ロケともなれば離れる瞬間は殆ど無いため必要な連絡は傑にすれば問題なく仕事をこなす事ができる。悟が癇癪を起こし仕事を放り捨ててどこかへ消えてしまうことも考えられたが、スマホを人質に取られた悟は想像より大人しく仕事をこなしていた。余程スマホが大切らしく、マネージャーの「相手方とやり取りを終えて声明文を出したらすぐに返すから」という言葉を愚直に信じている様子だった。

「……気にならないのかい?」
「は? クソ気になるっつーの、今回のイベント報酬マジで神がかってんのに」
「ゲームの話じゃないよ、君の熱愛報道についてだよ」
「あ?」
「あ? じゃないよ」

 傑はまた大きな溜息をついた。自分のことだろうに、この熱愛が世間に報道されることを知った時に悟は少し騒いだくらいで、スマホの没収の方に腹を立てていただけ。それから一日経った今も、SNSを筆頭にあることないこと囁かれているというのに、気にする素振りもない。まあ、悟は今そのSNSを確認する手段もないのだから当たり前と言えば当たり前かもしれないが、相方の傑の方が明らかにことの大きさを理解していたと言える。
 傑は手元にあった自分のスマホを軽く操作して、話題の渦中に放り投げられた相方が今どんな風に取り上げられているかチェックした。
 相手方の女優と私物が酷似しているだとか、共通の知り合いが居るだとか、似たようなタイミングで同じような内容を呟いているだとか、こじつけ甚だしい憶測はどれもこの熱愛報道を事実にしたいのだろうと傑は察せた。スキャンダルとはそういうものだ。元々悟はその見た目や言動からか、女遊びが激しい等と噂されていたのだから無理もない。これまで悟はスキャンダルらしいスキャンダルは無かったものの、あのアイドルと、このタレントと、そのモデルと、根も葉もない噂を立てられ続けてきた。事実無根だと傑は胸を張って言えるが、否定するほど怪しく見えるものだ。事務所も傑も一切触れずにきた。悟だけはSNSで直接聞いてきたファンに対して「ねーよウケる」と返した上に「ケバくてタイプじゃねえ」と言わなくていいことを言い、共演NGを言い渡された経験を持つが。それが今回のスマホ没収に繋がっていることを悟は自覚していない。傑は困った相方を持ったと今回ばかりは本気で思った。
 何もかもが事実ではないのに、悟の元カノ遍歴等と勝手に語る世間に傑は思わず吹き出して笑いそうになった。美人な有名人たちが名を連ね、そのファンたちが悟に対して怒っている。滑稽な話だ。悟にはずっとたった一人恋人が居るというのに。

「自分が今、根も葉もない熱愛で世間を湧かせてる自覚ないのかい?」
「あ〜〜〜〜 そういやそーだったな」
「自覚なかったんだね」
「スマホねーしテレビなんもやってねーから付けてねーもん」
「とは言えちょっとくらい気にしなよ。君のせいでマネージャーは昨日からずっと寝れてないんだから」
「知るかよ、俺は連絡先すら知らねーってちゃんと言ったろ。さっさと否定すりゃいいのに何やってんだよアイツ」
「なかなかそうはいかないのが芸能界だよ。相手が悪かったね、というか悟も悪いんだけどね」
「は〜〜〜? 俺は間違ったことを勝手に報道しました申し訳ありませんって謝ってもらうべき立場の人間なんですけど?」

「誰だよウソばっか書きやがったやつ、俺の課金返せ」と悟はまたお気に入りのスマホゲームの話をする。実際、否定するしか悟にはできないのだ。事務所からの声明文と言ったって、「交際の事実はありません」あるいは「プライベートは本人に任せております」の二択だと傑は察しがついていた。それでも事務所が対応に追われているのは相手方事務所と同じ声明文を出さなければならないからだろう。女性ファンの多い悟、男性ファンの多い相手の女優、二人の熱愛は今後の仕事に差し支えてくる。そうなってくると事実無根であると声明文を出すだろうから、悟のスマホが返ってくるのは時間の問題だが、そこから悟が要らぬことを言わぬように躾ける方が厄介だと傑は一人頭を悩ませた。

「いいかい悟、今回の事については一切自分で勝手に言及しちゃいけないよ」
「は? 何の話だよ」
「君、勝手に噂を否定したあとお相手を傷つけるようなことを言って仕事がおじゃんになったこと忘れたワケじゃないだろうね」
「そんなつまんねーこと覚えてねーわ」
「とにかく、今私たちのために色んな人がこの虚偽報道を鎮火させようとしてくれてるんだから不要なことは言わない、いいね?」
「あーもーわかったわかった、口うるせえママだな」
「誰がママだい」

 ちゃんと話を聞いているのか、本当にわかったのか分からない悟の態度に傑は安心できなかった。
 悟は机に乗せていた足を下ろしてガタンと大きく音を立てながら椅子の上に座り直して肘をつく。その反動で大きくずれた机を向かいに座る傑は力づくで元の場所に戻した。

「なんで何にも悪いことしてねーのに俺がこんな窮屈な思いしなきゃなんねーんだよ」
「言ってることはご最もだけど、自分が目立つことを自覚してなかった悟も悟だよ」
「納得いかねー」
「まあよく撮れてる写真だったよ。一発で悟が写ってることがわかる」

 料亭での密会だと撮られた写真には傑も覚えがあった。この写真の真偽を問われた悟は「ココ傑と行った」とすぐに答えた。その裏付けは傑もした。
 真相はこうだ。傑と悟の二人で食事をし、ジャンケンで負けた傑が全額支払うことになり、その会計を悟はさっさと外に出て待っていた。そこでたまたま件の女優も自身のマネージャーと食事をしていたらしく、出入口で遭遇。料亭の前を通りかかった一台のタクシーを二人揃って停めてしまったという。二人は軽く会釈した程度のコミュニケーションしか取っていないと悟は言ったが、まあ上手く撮られたものだ。二人一緒に来て一緒に帰るように見える写真が世間にバラ撒かれた。悟は撮られていたことに気づくことも無く、その女優と会ったことを傑にも伝えなかった。興味が無かったからだ。傑が出てきたときにその女優の姿はなかった。傑は悟にその話を聞いた時「もしかして停めたタクシーを譲ったのかい?」と思わず聞いた。「だったらなんだよ」と答えた悟に驚いた。あの悟が人にものを譲ることができただなんて、と驚いた傑に悟は「傑今クソ失礼なこと考えたろ」と怒った。
 根も葉もないのだ。何もかも。良いように撮られてでっちあげられた報道も、それに応じて他人にこじつけられたあらゆる憶測も。正直なところ、悟と傑が二人揃って否定をし、相手方も否定すればこの熱愛報道は簡単に鎮火する。単純に偉い人間達が今後のことを考えて誠意のある対応をしようとしているだけなのだ。それを台無しにしかねないのが五条悟なのだ。実際、ただ否定するだけだというのにこんなに時間と手間がかかっているのは謂れもない悟の「女癖の悪さ」が原因であることを悟は知らない。清純さを売りにしていた女優にとんでもない傷がついてしまったと、相手方はそれはもうカンカンだったのだ。交際の事実はないと世間にちゃんと理解してもらうために、影で色んな人間が頭を悩ませていることを悟は考えもしなかった。

「今後はこれに懲りてもう少し自覚を持ちなよ」
「さっきから説教ばっかうぜ〜」
「ちゃんと聞きな、人気商売なんだから」
「ハイハイそ〜ですか」

 トレードマークになったサングラスを外して手で遊び出した悟に傑は本日三度目の溜息をつく。悟がまた不要なことを言った時は尻拭いをしてやるしかなさそうだったからだ。
 傑はそのままSNSを開き「五条 熱愛」で検索してヒットした呟きをすいすいと流し見る。悟の女性ファンは、本人によく似て少し過激だ。熱愛を報じられてしまった女優に誹謗中傷の矛先が向いていないかと気にしていたが、残念ながらそういった呟きは少なくなかった。相手女優の男性ファンが悟を罵った呟きも見受けられたが、悟はこういった類の他人からの評価に一切耳を貸さないし、煽り返すくらいのメンタルの強さを日頃から披露している。傑は悟に向けられた誹謗中傷に関しては全く心配していなかったものの、SNSでは想像より白熱したバトルが繰り広げられていた。
 事実もないのに勝手に独り歩きしている悟の「女癖の悪さ」を武器に女優を庇う人、こんなブスを悟が相手するわけないと交際を否定したがる人、芸能人だってひとりの人なんだから祝ってやるべきだと何様ぶった人。本人たちはまだ何も言っていないのに、元気な事だと傑は興味深く思ってすらいた。

「はは、馬鹿馬鹿しいったらないね」
「何見てんだよ」
「悟のファンの皆が相手の女優さんを必死になって誹謗中傷してるのさ」
「あっそ」
「こうなるって分かってたから、恋人の存在ひた隠しにしてきた悟のこと何にも分かっちゃいないね」

 悟はサングラスを弄っていた手を止めた。
 この熱愛報道はある種悟の弛まぬ努力の片鱗である。「女癖の悪さ」を噂されていながら、決定的なスキャンダルがこれまで無かった悟に張り付いていたパパラッチが必死になってでっち上げたものだ。簡単に否定されてしまう安いスキャンダルを大々的に取り上げて、話題をかっさらっていった。世間は大騒ぎ、大成功だ。
 しかしながら、悟にとってはどうでも良い話だった。熱愛を報じられた相手が自身の大切な人でないのであれば、なんだってよかった。自分の立場を全く理解していないわけではなかった。誹謗中傷が恋人に向けられてしまえば、これまで守ってきた穏やかな交際の幕を引かねばならなくなる可能性をちゃんと理解していた。だから彼女に会う時は細心の注意を払っていた。少しでも彼女に関わる内容はSNSにはアップロードしなかったし、影を感じさせもしなかった。逆に言えば、相手が自分の大事な人で無かったから、今回撮られたと言ってもいい。事実以外はどうでも良かったのだ。悟は、自分が一等大事にしなければならないものだけ、本気で守っていたのだ。

「……そーかよ」
「マネージャーに手を貸した私が言うのもなんだけど、彼女に連絡しなくて大丈夫なのかい」
「マジで傑がそれ言えた立場かよ」
「はは。悪いね、私もマネージャーも今後の仕事がかかっていたからね」

 全てが偶然の産物である今回の報道で、悟が一番最初に釈明すべき相手はファンではない事を傑だけが知っていた。何処から情報が漏れるか分からないと悟は恋人の存在を傑にだけ話していた。何かあった時のためにマネージャーにくらい話してもいいんじゃないかと傑は言ったが「そのうち」と悟はまだ話していなかった。悟なりに慎重になっていたのだろう。
 世に報じられるとわかった瞬間から、悟はスマホを取り上げられてしまっていたため彼女に連絡する手段はなかった。悟はそのことを気にしている素振りは無かったから、一日経った今まで傑もわざわざ聞くことはしなかったが、世の中がここまで騒いでいるのに彼女の耳に入らないわけが無いと思い直し、悟の胸中を訊ねた。

「アイツはこんなこと信じたりしねーよ」
「どうかな、不安に思ってると思うけど」
「まあちょっとくらい妬いてたらかわいーけど」
「何言ってるんだいホント」
「俺がこんなに好きなのに、伝わってねーとかある?」

 傑は悟の言葉に目を見開いた。悟はサングラスを再び掛けて偉そうに脚を組む。
 悟が自信家であることを傑はよく理解していたが、なるほど、と小さく笑った。もう少し気にかけてやるべきだと思っていたが、それは杞憂だったらしい。

「まあ後でちゃんと連絡するけど」
「そうしてやりな」
「そう思うならスマホ取り返してこいよ」
「それは手伝えないかな」
「は〜〜〜 クソだりい」

 傑はさっさとこのろくでもないスキャンダルが否定され、誹謗中傷が正しく裁かれ、熱愛を報じた全ての人間の心が折られることを祈りつつ、ひとまず目の前の仕事を適当にこなそうとスマホの画面を消した。
 
「とりあえずこの後のロケまでにその機嫌なおしな」
「うっせーな、そこまで言うならスマホ貸せ」
「だから嫌だって」


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