某日より五日後 午後二時十八分 高専校内

「傑さあ、もうちょっとやり方あったでしょ」
「これが一番最短の手段だったんだよ」
「お前らいつまで居座るつもりだ。夏油お前そろそろ出発時間だろ」

 硝子は鬱陶しそうに言い放って、出て行けとばかりに二人を見た。傑と悟はそんな硝子に悪びれる様子もなければへらへらと笑って見せた。
 一件落着と語る三人は夏油が出張先へ戻るための飛行機に乗るまでだらだらと部屋にこもっていた。そこに泣き腫らしていた彼女の姿はなかった。真面目な彼女は朝一番に傑に「本当にありがとう」と頭を下げたあと、ちゃんと自分に与えられた任務へと赴いたからだった。

「仲直りできて良かったじゃないか。ちょっとは肝が冷えただろ?」
「もっと平和的解決をはかってよ、陰気だな」
「よく言うよ、あんな女々しいメッセージ送ってきておいて」
「そのメッセージ見て飛んできてくれた傑はマジ僕のこと大好きだよね。いや〜愛されてんな僕〜」
「気色悪いことをわざわざ言うもんじゃないよ」

 悟は座る椅子をきいきいと鳴らす。傑はあんなに荒んでいたくせに、自宅に戻って一日も待たずにあっという間に元通り、上機嫌で人を煽る悟に対して安心しつつも「やれやれ」と少しばかり呆れていた。
 
「やっぱ持つべきものは友達だよねえ!」
「一ミリも思ってないくせに調子のいい奴だ。ちょっとくらいしおらしくなってみろ」

 悟が調子よく笑い飛ばしたのを硝子がため息混じりにたしなめる。思っていたよりははやく収拾がついたものの、結局振り回されるばかりだった硝子はたった数日でどっと疲れた思いだった。

「いや、ほんと。マジでありがと。命拾いした」

 悟は椅子を揺らすのをぴたりと止めて、人が変わったように落ち着いた声で語った。

「僕彼女無しじゃ生きてけないってよーく分かったよ。あのままだったらどうなってたか、死んだ方がマシだったかもね」
「……」
「どうにかしようと思って出てったくせに、どうしたらいいか分かんなくて途方に暮れてたからさ。やり方はどうあれ、ぐずぐず考えてる場合じゃなくなったお陰で真正面から向き合えた」
「……」
「彼女が僕のこと大好きなんだって知れたし、ほんと感謝してるよ」

 悟の声だけが部屋の中に木霊する。年齢相応に落ち着いた雰囲気で感謝を語って見せた悟に、傑も硝子も目を見開いて思わず黙りこくった。
 あの悟が素直に、丁寧に感謝の意を、それも自分たちに表すなんて思ってもいなかったのだ。

「何その顔」
「……大丈夫かい? 家を出てる間に何か悪い病気にかかったんじゃ……」
「諦めろ夏油、元からこいつの頭は人間の造りとは違うんだ」
「失礼すぎてウケる。僕のこと何だと思ってんの?」

 傑は本気で悟を心配して見せ、硝子は取り返しがつかないとばかりに頭を抱えて見せた。悟はそれを見て偉そうに足を組み直し、不服そうに態度を裏返した。

「まあ正直、傑が全部知ってすぎて、全部傑が仕組んだ罠だったんじゃないかって思ったりもしてるけど」
「そんなわけないだろ。君達正直分かりやすいからね、硝子に君たち二人の様子を聞いてたらビンゴだっただけだよ。私たちは迷うことなくゴールにたどり着いちゃっただけ」
「一体何年お前らに巻き込まれて生きてきたと思ってるんだ」

 傑はあられもない疑いに腕を組み大きなため息を吐く。それに合わせて硝子もまた抱えた頭を左右に振って呆れて見せた。
 硝子はデスクに置いてあった冷めたコーヒーの入るマグカップを手に取って口をつけると冷ややかな目で悟を見た。

「あの子は少し盲目的に頑張りすぎるところがある。このまま別の男のものになればもう少し楽に生きてけるようになると思ってたんだがな」
「面白くない冗談言うのやめなよ。そんなの僕が放っておくと思うわけ?」
「だったらこんな下手な真似二度としてくれるな。次やってみろ、引き剥がしてやる」
「おー怖。言われるまでもないけどね」

 一息で言いたいことを言い切り、悟に釘を指した硝子は再びマグカップに口を付けて冷えたコーヒーを飲み干した。コーヒーなんかじゃ物足りないと硝子は思った。

「さてと、僕はそろそろ行こうかな」
「何、私の見送りに来てくれるのかい?」
「あはは、寂しんぼか? いーよついでに見送ってあげる」
「はは、私がついでなんだ?」
「そ、ついで。用事があるからさ〜」

 時刻は丁度おやつの時間と呼ばれる頃合。悟は勢いよく椅子から立ち上がって長い体躯をぐっと伸ばした。傑はそれを見て冗談ぽく悟の行き先を聞くと、傑の思った通り悟の行き先は別の場所にあった。
 悟は顎に手をあてて「ん〜」と考えるように唸る。

「やっぱプラチナにダイヤがいいと思う? まあ、彼女が気に入らなかったら何個でも用意するけどさ」
「……一応聞いてやるけど、なんの話だ」
「え? 指輪の話に決まってんじゃん」

 なんの脈絡もなく始まった悟の話に、硝子はあっという間に合点してしまい、うんざりしながらも話の全貌を暴いた。悟はあっけらかんと返事をし、硝子は自分の察しの良さに辟易とした。

「聞くんじゃなかった」
「ほんと、昨日の今日で君は世界がひっくり返ったみたいなことするな」

 傑も硝子も、悟の言うことに対して信じられないという顔で返した。
 悟は傑の言葉に「はは」と明るく笑ってみせたものの、すぐに表情を変えて自信ありげに答える。

「気づかないうちにすごい待たせちゃったみたいだからさ、なりふり構ってらんないんだよ。僕が出来ること全部、はやく彼女に返していかなきゃ」

 それは悟なりの覚悟と決意だった。
 悟はすぐに表情、声色をいつも通りに戻して「式には呼んでやるから安心しなって」とけらけら笑った。

「世界一美味い酒と肉忘れんなよ。この礼は高くつくと思え」
「はいはい」
「断られても次は来ないからね。自分でなんとかしなよ」
「断られるとかないから。二人とももうちょっと言うこと他にあるでしょ」

 辛辣な同級生に悟はまんざらでもなさげに笑い混じりに返す。それが二人なりの優しさで、激励の言葉だとよく知っていたからだった。
 硝子が「さっさと行け。仕事の邪魔だ」と言ったのを合図に傑は荷物を持って立ち上がる。名残惜しいやり取りは無しに「じゃあまた」とだけ言って、悟と傑は部屋を出た。硝子はそれを振り返ることなく後ろ手で見送った。
 悟は彼女に何と言って指輪を渡すか決めかねながら、浮き立つ気持ちが堪えられず足取り軽く廊下を歩く。傑はそれを後ろから安心したように見つめて、また「やれやれ」と肩を竦めた。

 後日、悟からの着信に傑が「やれば出来るじゃないか」と笑ったのは別の話。

某日、ふたり、幸いにて。






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -