「よい、しょ…と…」

部屋に運び込まれたダンボールの最後のひとつを畳んで潰す。
あんまり沢山のものは持ってこなかったから1日もかからず整理がついた。今日からお世話になる寮は聞いていた通りあんまりたくさんの人が住んでいるわけではなくて隣の部屋は空室らしい。私1人にはそこそこ大きい部屋だけど、皆同じ間取りなのかな。


無事に悟くんと再会…と言うには少し大袈裟だけど、久しぶりに会うことができたあと、結局硝子ちゃんが少しだけ手伝ってくれた。途中で着替えた傑くんや悟くんが部屋に戻ってきて先にお夕飯に誘ってくれたから四人でお夕飯をとった。三人とも会話が息ぴったりという感じで、少ない同級生だからこそ仲良くなったのか、それとも運命的にこの三人の相性が良かったのか、三人の話は聞いていて飽きなかった。
硝子ちゃんも傑くんもすごく優しくて親切な人で、私が困らないように色んな気遣いをしてくれた。私が解らないと言う前に全部教えてくれたし、頼りになる同級生だと初日にして安心感でいっぱいだった。
二人は私に色んな質問をしてくれて、好きな物や嫌いなものに始まり最近話題のアイドルなら誰がタイプか、とかよくそんな質問思いつくなあと思うものまで答えていくうちに何故か「五条はやっぱやめときなよ」と硝子ちゃんは何度も言っていた。悟くんはずっと怒ってた。
転校なんかしたことなかったけど、転校生ってこういう感じなんだなと新鮮な気持ちで受け答えしていたら、自然と話題は私と悟くんの関係について流れて行った。

「許嫁ってことは将来結婚するんだよね」

「何回言わすんだよ。そーだっつってんだろ。」

「名前は他に好きな男の子とか居なかったのかい?」

「ハ?!」

「五条うるさい」

「だってそうだろう?こんな可愛い子、みんな放っておかないだろ」

「傑くんはほんと上手だね…」

「まさか、本心だよ」

「おい傑てめえ」

悟くんは悪態をついていたけれど二人に本気で怒ってる様子はなくて、いつも電話越しに聞いていた高専での生活はやっぱり居心地の良いものなんだろうなと確信した。私に傑くんや硝子ちゃんの話をたくさんしてくれた彼は話の通り高校生活を謳歌しているようだ。実際目の当たりにするとものすごく安心した。
悟くんが強い言葉を使ってもへっちゃらそうな二人を見て、やっぱり三人は相性がいいんだろうなと改めて思った。

「どーなんだよ」

「え?」

「好きなやつ!!!まさか居たことあるとか言わないだろうな!?」

三人のやりとりに夢中になっていたら悟くんが私の方に乗り出して問い詰めてくる。
しばらく会えて居なかったけれど、悟くんは何も変わって居なかった。

「…ふふ、居ないよ。悟くんだけだよ。」

悟くんは満足気に笑ったものの、硝子ちゃんが「何喜んでんの五条、気ぃ使ってもらってんだよオマエ」とさらにからかうものだから大騒ぎになった。


すごく賑やかで楽しい夕食を終えて、お風呂に入るために解散した。硝子ちゃんが何もわからない私に気を使ってくれて一緒にお風呂に入った。出会ったばかりなのに申し訳ない気持ちがしたけど、なんだか硝子ちゃんと居るのは居心地良くて今日出会ったのに一緒にお風呂に入るのも楽しかった。硝子ちゃんはどうか解らないけど。

硝子ちゃんは悟くんに聞いていた通り、煙草を吸うらしい。大人な雰囲気になんとなくぴったり合う。やっちゃいけないことだけど。
硝子ちゃんは煙草、私は残った部屋の片付けのためにお風呂の後おやすみなさいと挨拶をして別れた。
畳んだダンボールを部屋の隅に置いて今日できることは全部終えた。後は生活していって足りないものを買い足すだけ。
時刻は九時前、ゆっくりする時間はありそうだ。


「名前〜」

「あ、悟くん」

片付けた部屋を見渡していると不意に扉が開いて外から悟くんが顔を出す。頭にタオルをかけている様子を見るにお風呂上がりだ。
私が居ることを確認した悟くんはそのまま部屋の中に体を滑り込ませて扉をしめた。

「お前、寝る時はちゃんと鍵しめろよ」

「そっか、そうだね。自室に部屋をかけるっていう習慣なくて。」

「まあ、ここはそこらの家より安全だろーけど」と悟くんは扉の鍵をしめた。ノックも無しに扉を開けたことに関しては何も思ってないらしく、悟くんらしいなと思った。

「どうかしたの?」

「?なんもねーと来ちゃだめなの」

「………」

悟くんが私に擦り寄ってきて柔く腰に腕が回る。大きな体はほかほかと暖かくていい匂いがした。悟くんを見上げるとぽたりと私の頬に彼の髪から雫が一粒降ってきて反射的に目を瞑った。
すんなり甘えてくる彼が可愛いと思うのは惚れた弱みなのかもしれない。

「…髪ちゃんと乾かさないとだめだよ」

「すぐ乾くだろ」

「駄目だよ〜」

「じゃあやって」

「…もお〜…」

そう言われると思っていた。うんと手を伸ばして彼の頭に掛けられたタオルの上から出来るだけ優しく髪を触る。水気をとるためにくしゃくしゃと指で揉む。自然とかち合う視線が、久しぶりだからかくすぐったくて目を逸らした。

「なんで逸らすんだよ」

「うえ、ち、近いなあって…」

「こっち、見て」

こんなことばかり目ざとい悟くんに咎められるものの、私を一直線に見つめる蒼い目をもう一度見つめるのは気恥しさが勝る。サングラス、してきてくれたら良かったのに。
悟くんの言葉を聞かなかったフリをして何も言わずに手を動かし続ける。本当に久しぶりだ。こうして直接話すのも、触るのも、触られるのも。10年を超える長い関係でも、こうして会わない日々が続いてしまうと意識することもなかったことに緊張するものなんだと初めて知った。
悟くんはたくさん連絡をくれたから、久しぶりに会った感じはしなかったのに。こうして2人になると途端に緊張した。

「…無視、ヤなんだけど」

「きゃっ」

私の腰をぐるりと囲んでいた腕に突然抱き上げられて不安定になった体を支えようと思わず悟くんの頭にしがみついた。いきなりのことに心臓がバクバクと音をたてる。びっくりした。
悟くんはそんな私もお構い無しで部屋の奥にずんずん進んでいく。遠慮のない悟くんは緊張してないみたいで、私だけこんなどきどきしてるのかと思うと悔しかった。
悟くんがやっと降ろしてくれた場所はベッドの上で、スプリングが音をたてて私を迎えた。

「…悟くん、ちょっと背のびた?」

「え〜?知らね、名前がそう思うならそうなんじゃねーの」

抱き上げられて感じた違和感をそのまま伝えると悟くんは楽しげに笑った。私の頭に手を回して抱きしめてくる悟くんの重みに耐えられずゆっくりベッドに2人で沈む。
昔は同じくらいだったと思うのに、彼は世間的に見ても物凄く大きい男の子になった。その背に合わせて、頭に回った手のひらも覆いかぶさった胸も、腰に巻きついた腕も、全部私とは作りが違う。
彼から与えられる安心感は一体何から来ているんだろう。近くに居ると体から力が抜けていく。大きな身体か、心地の良い体温だろうか。あるいは声や美しい眼差しかな。まあ、なんでもいいんだけれど。

「今日ここで寝てい?」

「ええ〜」

「なに、ダメなわけ?」

「絶対狭いよ〜悟くんまた大きくなっちゃったんだもん」

「別に大丈夫だろ、くっついて寝るんだからさあ」

私の首筋にぐりぐりと頭を擦り寄せて甘えてくる彼は、大きくなっても可愛い。彼は甘え上手だと思う。私が嫌だと言わないのを知っているのかもしれない。押せば頷くと思ってるんだろう。実際、そうだけど。
彼が擦り寄ってきたことによってパサりと私にかかったタオルをそっと退けて適当にベッドの上に放り捨てた。

「あ"ーーー…名前いい匂いする」

「ほんと?」

「やべえ」

「感想が雑だなあ」

悟くんの深呼吸が耳元で響いてくすぐったい。お風呂に入ったばかりだから大丈夫だと思うけど、それにしたってこんな風に何度も何度も匂いを嗅がれては流石に羞恥心を駆り立てられた。

「もう、何してるの」

「名前を吸ってる」

「ええ?意味わかんないよ」

「悟くん、疲れてる?」と笑い混じりに聞けば「疲れてる。だから吸わせて」と素直に言うものだから本気で嫌がれない。私も大概彼に甘い。
悟くんが吐く息が当たってぞくぞくする。でもそれが気持ちいい気もする。仕方ないからしたいようにさせてあげようと意識なく放っていた腕を彼の背と頭に回してよしよしと撫でてやると、彼は一層腕の力を強めた。

「っひ…!?」

首筋に、彼の息とはまた違う柔らかくて生ぬるい感触に思わず驚いて声がでた。悟くん、今舐めた。
悟くんは私の反応がお気に召したのか肩を揺らしてくすくす笑う。それがまた悔しくて背中をぽかぽか叩いてやると更に笑った。

「はは、悪かったって。舐めたら美味いかなって思ったんだよ。」

「美味しいわけないでしょ〜が〜!!」

「名前は甘くて美味い」

「変態くさいよ」

「悟クンにそんなこと言うのお前だけだわ」

悟くんはそう言ってまた私の首筋に顔を埋め、ちゅ、と音をたてて吸うように口付けた。痛くはないけど、色気のある仕草に顔に熱が集まる。久しぶりに会ったのに、えらく彼は余裕な様子で私ばかりが翻弄させられていた。

「なあ〜〜〜〜」

「やだ、もう今日は一緒に寝ません」

「は?今更そんなんナシに決まってんだろ」

「ふーんだ、知ーらない!」

彼に回していた腕をぱっと離してそっぽ向くと彼は不服そうに起き上がった。
彼が私を見下ろせば大きな影が私に落ちる。それに気づいて見上げれば影の中でも悟くん眩しい瞳はきらきらしていた。いつの間にかそれなりに乾いた髪がふわふわと揺れていてなんだか可愛い。

「悟くん今日は甘えんぼだね」

「うるせえ」

「あはは、あーあ。悟くんが拗ねちゃった〜」

誰のせいって、私のせいなんだろうな。分かりやすい彼が可愛い。
そう、悟くんはとっても可愛いんだ。素直で、隠し事できない、隠し事なんかしない悟くんはとっても可愛い。こんなに大きい人なのに、とっても強い人なのに、最強に可愛い。ずるい人だ。なんでも持ち合わせすぎてる。この人に神様は二物も三物も与えたっていうんだからこの世に平等は存在しないかもしれない。

「そう、拗ねた。だからご機嫌とって。」

「そうきたか…!んふふ、仕方ないな〜甘え上手さんめ…!」

彼がこの部屋に来て、鍵をしめたときから今日はもう一緒に居るんだろうなと思ってた。一緒に寝ないなんてつっけんどんに言ってみせたけど塵ほども思っていない。そりゃ、ちょっと仕返ししてやろうとは思ったけどね。
私ももの凄くご機嫌だった。気恥ずかしかったし、緊張していたけど、それとこれとは別である。彼にこんな風に甘えられて、機嫌を良くするのは当然だ。
私も彼の機嫌や気持ちを弄べるくらい、彼が私を想ってくれているとよく解るから。

「1日目から寝坊はヤダから、ちゃんと起きてね」

「名前が起こしてくれれば大丈夫だろ」

「他力本願〜!」

身を捩ってベッドに這い、悟くんを招く。卸したばかりのシーツはさらさらしていて気持ちがいい。悟くんは簡単に機嫌を直してくれたようで、何も言わなくてもベッドの上の私の隣に並んだ。

「眠たくなるまでお話しよ」

「まだ九時だけど、一体何時の話してんだよ」

悟くんはバカにしたように笑うけど、嫌だとは言わなかった。私の提案に乗ってくれるんだなと勝手に解釈した。
話したいこと、たくさんあるからきっとあっという間だよ。ちょっと時間が足りないくらいだよ。きっと。

「はいはい、仕方ねーなあ付き合ってやるよ」

「わ〜い!やった」

大袈裟な口ぶりの悟くんに、私も少し大袈裟に喜んで二人でくすくす笑う。悟くんが布団をぺろりと捲って中に入るように促す。素直にそれに従って布団に体を滑り込ませると悟くんも同じように布団に入った。
やっぱり狭いじゃん、分かってたけど。

「頭」

「ええ、いーよ疲れちゃうよ」

「うるせー」

カッコつけたがりだな、とは言わないでおいた。仕方ないからかっこつけさせてあげよう。大人しく頭を上げれば悟くんの腕が私と枕の間に差し込まれて、その手が私の髪を撫でるように頭に回る。腰に回った逆の腕がぐっと私を引き寄せて悟くんと密着する。暖かい。

「何から話そうかなあ」

「まず俺に説明からな」

「え?」

「え?じゃねーわ。なんで俺に言わなかったんだよ。」

「…ああ…!ええ、今その話するの?なんかムードないからやだなあ」

「ふざけんなよ」

「え〜明日にしようよ。今日はもっと楽しいこと話そう。せっかく同級生になれたんだから、学校のこととか、これからのこと話したい!」

足先が悟くんの足に当たって、自然な流れで絡まっていく。
私が急にここにきたこととか、言われてみればまだ話してなかった。あんなに皆でお喋りしたのに、おかしいな。もう十分楽しくてすっかり伝えた気になってた。
これから一緒に同じ場所で学ぶんだと思うと、やっぱり嬉しくてつい先のことばかり考えてしまう。ここは少し変わった場所だけど、良い青春が送れそうな気配がするから。

「悟くんが言ってたクレープも食べたいなと思ってるし、任務の後に寄り道するのも羨ましいなってずっと思ってたんだよ」

「…そーかよ」

「そーだよ。私やりたいこといっぱいあるから、ちゃんと手伝ってね。」

「仕方ねーなあ」

今度は私が悟くんにぴったりくっついて、その胸にぐりぐりと頭を擦り付けた。悟くんは私をいい匂いと言ったけど、悟くんだってものすごくいい匂いがする。
二人で寝るには些か狭いベッドの上、私たちの体温を吸って暖かくなってきた布団の中で子供の頃みたいにじゃれ合ってたまに素肌が触れ合う感触が愛おしい。

「明日はお休み?」

「今んとこな」

「そっか!じゃあ案内してね」

「んなおもしれーもん、なんもねーよ。ここ。」

「学校デートだよ」

「上手いこと言えばいいと思ってんなオマエ」

バレたか。でも嫌だとは言ってないから、きっと明日は付き合ってくれるんだろう。
まだ9時を過ぎたくらいなのに、もう明日が待ちきれない。でもせっかくの温もりをもっと味わっていたい気もする。

「んふふ、どうしよ。わがままになっちゃいそう。」

「あ?」

「なんでもない、こっちの話!」

つい言葉に出てしまった心の声に悟くんは不審がって聞き返してくれたけど、内緒にしておこう。

ねえ悟くん。悟くんだけじゃないよ。
私もずっと、ずーっと早く同じ場所にたどり着きたくて堪らなかったよ。待たせちゃったのは私だけど、私だって寂しかったよ。
だからすごく嬉しいよ。悟くんが変わらず私のこと大切に思ってくれてるままで、すごく嬉しいよ。

話すべきことは沢山あるかもしれないけど今はとりあえず、一緒にこれからどれだけ楽しいことをしていくか、いっぱい考えようよ。
それってなんだか恋人みたいで、素敵じゃない?

プラチナより愛をこめて





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