「かったりいなあ」そう言って首を鳴らした悟に傑は「明日はオフなんだろう」と溜め息混じりに返した。
二人に当てられた任務は「最強」を自称するだけあってそう時間のかかるものではなかった。予定より早く終えた任務に、補助監督の迎えが遅いとキレた悟を宥めたのは勿論傑で、高専につけば次は報告書が面倒だと機嫌を悪くする悟に気の利いた言葉をかけてやるのも傑だった。
予定していた任務も早く終え、今日の予定はすべて完遂したのだから喜んでいいところだが悟は机にかじりついて何かをするのは好きではなかったし、報告書なんて堅苦しいものが宿題のように残っているのは憂鬱だった。
どうせこの後ぐだぐだ言いながら一緒にやることになるのだろうと傑は頭のなかですぐ訪れるだろう未来を予想した。

するべき事を終えて、残りは自分たちの時間にあてられるのだから、向かう先は自分の部屋のある寮だ。さっさと制服を脱いでしまって、何か腹ごしらえでもしようかと考えながら寮へ向かって足を進める。在校生の少ない呪術高専では誰かとすれ違うことは少ない。校門から寮まで、何の足止めも受けずに今日の任務はどうだったとか、次の任務はどうだとか、真面目なテーマと見せかけてその内容は明らかにやる気の無いもので舐め腐った言葉を溢しながら歩く悟に、傑は「今日の悟の機嫌は最低だな」と言葉にはしなかったものの己の親友の機嫌をコントロールしてやらなくてはならないと思うと何か言ってやるべきかとも思った。機嫌が良ければゲームだの、コンビニだのと任務のことなんか無かったように遊びに誘ってくるのに、今日の悟は1日この調子だった。気分屋な悟において、こんな日は対して珍しくもないがあまり怒らせると面倒なのは明白だった。

「ん?誰か来てるのかな」

「ア?」

寮の入り口をくぐり抜けた傑が住むのにも随分慣れた寮の変化に気づく。いつもより少しばかり騒がしさを感じる。いつも人気はあれど住人の少なさから静かな寮だ。騒音とはいかないまでも、普段聞こえない物音と通常より多く聞こえる人の声に傑も悟も興味を示した。
とは言え高専のセキュリティを考えて怪しむことはないだろうと傑は警戒することもなく物音の方へ素直に足を進めた。悟も勿論その後に続いた。

「硝子」

「お、早かったじゃん」

「誰が任務に行ったと思ってんだよ」

「なに、ご機嫌ななめじゃん。ウケんね。」

住居にあたる寮の部屋が並ぶ廊下の先で、硝子が壁に凭れて居るのを見つけた傑は自然な流れで声をかけた。1日オフだった硝子は朝みかけた時と同じ部屋着でそこに居た。傑が意図して避けていた言葉を容易く言ってのけ笑う硝子に、悟は「うっせえ」と舌打ちした。否定しないあたり、本当に機嫌が持ち上がらないのだろう。一触即発とまではいかずとも、今日の悟はやはり取り扱い注意な様子だ。

「何かあったのかい?」

硝子が立つ場所からもう少し向こう、部屋の扉が一室開け放たれており、どうやら物音の正体はその中に居るようだった。硝子は「ああ、」と何か知っている風に相槌を打つ。

「五条の女のコ来てる」

「は?」

「あ?」

硝子は楽しげに少し笑い、その部屋を顎で指した。傑は勿論、悟も意味が解らないという顔で硝子を見る。
依然としてその部屋から絶えず聞こえる物音に傑は首を傾げ、悟は真顔でその部屋を見つめた。

「何、もしかして何も知らされてなかったかんじ?」

「…は、マジ?ちょっとまって、」

悟の様子を見た硝子はてっきり知っているものだと思っていたのか、体を起こし腰に手を当てて見てこいとばかりに親指を立ててその部屋に悟を誘導した。
悟はそれほど距離もないのに、慌てた様子でその部屋に駆けていき勢い良くその部屋の扉に手を掛けて押し掛けるように中に居る人物を確認した。

「ッバ、おま、なんで言わねえんだよ!!!」

中を見るや否や悟は大きな声で中の人物を捲し立てながらズカズカと大股で中に進んでいった。部屋の外、廊下に取り残された硝子と傑は何を話しているかまでは聞こえないものの、悟が大騒ぎしているのはわかるために肩を竦めた。

「…悟の女の子っていうのは、あれかい?よく連絡とってた…」

「多分ね。」

「へえ、どんな子だった?」

「夏油も部屋覗けばいーじゃん」

悟の声をBGMに、傑はこれまでの学生生活の中に居た悟を思い出して硝子に問いかけた。悟は「女の子」の存在を決して隠そうとはしなかったから、同級生である二人には良く耳にする人間だった。
「五条には勿体ないかんじの子だった」と硝子は言葉を付け足して悟の後を追うように傑を部屋へ誘った。


「ごめんね、驚かせようと思って…」

「ふざけんなよ驚いたどころじゃねえわ!!」

「あはは、ほんとう?やった〜」

「あ"〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」


傑が部屋を覗けば確かにそこには悟ともう一人、小さな存在を確認できたが肝心の人物は悟が大きな体躯を折り曲げるようにして覆い被さり完全に隠してしまっていたために、悟の背に回った細い腕とバランス悪そうに爪先立ちになる足しか見えなかった。

「…取り込み中悪いね、ご挨拶しても?」

傑は部屋の扉を軽くノックして二人に話しかけると悟はそれに気付き、抱き込んでいた人物をゆっくりと解放してやった。

「あ、こんにちは!はじめまして…!」

悟を挟んだ向こう側からひょこりと顔を出したのは、小柄でぱっと花が咲くように笑う少女だった。傑は悟とその少女のギャップに少しばかり驚いた。
悟の後ろから傑のそばへと駆け寄った少女は軽く頭を下げた。

「名字名前です。…傑くん、かな…?」

「あ、うん。夏油傑です。よろしくね。」

礼儀正しく名乗って見せた名前に、傑は一瞬気後れした。呪術高専ではあんまり見ないタイプの人間だと、簡単に壊してしまえそうな人間だと物騒にも思ったのだ。そのくらい名前は暖かく微笑んだからだ。
すぐに傑も自分の名前を名乗って手を差し出せば名前はそれを快く受け取った。

「おい五条ちゃんと紹介しろよ」

「…そうだね。悟、紹介して貰っても?」

硝子が傑と名前のやり取りを見て突っ立ってるだけの悟にせびった。
簡単な自己紹介をしたと言っても、ずけずけと気になることを本人から聞き出すよりも双方に詳しい人間が居るのだから、この状況をまとめるのに適役な悟に傑も話を振った。

「俺の許嫁の名前」

「、ちょっと悟くんてば」

「俺のトモダチの傑と硝子」

「………」

悟は傑や硝子の言葉に反発はしなかったものの、丁寧にそれに応えることもなく指を指して簡潔に言うだけだった。
名前は「もうちょっとくわしく〜」と悟の服をぐいぐい引っ張り、それに対して悟は「これ以上言うことなんかねえわ」と名前の頭をがしがしと撫で付けた。

「…ちょっと、私たちには規模の大きい話で理解に時間がかかったけど、悟がいつも連絡とってたのはこの子かな?」

「そ」

「へえ…」

「えっと、悟くんから二人のことは沢山聞いてて」

「ああ」

だから名前知ってたのか、と傑はすぐに点と点を繋げた。
「さっきはごめんなさい、急に…」と名前が硝子に向かって情けない顔で小さくなると硝子は「いーよ全然、硝子チャンで。」とひらひらと手を振った。
名前が硝子を見つけるや否や、名前は「もしかして硝子ちゃん!?」と嬉しそうに声を上げたらしい。こんな知り合い居たかなと硝子はしばらく考えたらしかった。話を聞けば悟の名前が出てきたものだから、硝子はすぐに状況を理解したので名前の部屋の側で様子を見ていたそうだ。
よくよく部屋を見渡せば、それなりの数の段ボールが積んであり、いくつかの段ボールが広げられていた。

「…ここに越してきたのかい?」

「あ、うん…!悟くんより随分遅れちゃったんだけど…来週から同級生ってことになります!よろしくお願いします!」

「そっか、それは嬉しいな。同級生が増えるなんて考えたこともなかったよ。」

どんなわけがあってこの時期に呪術高専に、と気になることは他にもあったが忙しいところに来てしまったのは間違いないと疑問は一度しまって当たり障りない迎え文句を傑は並べた。傑は状況の判断をして察することのできる人間だった。

「何か手伝えることはあるかい?」

「い、いやいや…!大丈夫!大したことないから!」

「って、私もさっき言われた。」

「あはは、そっか。もし何かあったら何でも言って?」

「って、私もさっき言った。」

「なるほど、だから硝子はそこに居たのか。ははは、」

傑と名前のやり取りに硝子はデジャブを感じて口を挟んだ。付き合いはまだそこまで長くなくとも、同じ場所で生活しているからか掛ける言葉や取る行動が被ると少し心地よく感じて傑は笑った。名前もそれにつられた。

「っわ、」

すると名前の顔を覆い隠すように悟が後ろから名前を抱き込み二人から名前を隠した。名前は驚きの声をあげつつ身動いでその腕から逃げようとするも、体格の差も力の差も悟とは歴然でなす術はなかった。

「あんま見んな」

「おや」

「ウケる、何してんの五条」

「ア?お前らに名前はもったいねーから隠してんだよバーカ」

悟は硝子と傑に解りやすくヤキモチを妬いたらしく口をへの字に曲げて悪態をついた。
正直、悟の性格を考えれば一人の女性に執着するようには見えなかった傑は悟の反応を意外に感じた。いつも悟から甲斐甲斐しく連絡をいれているなと思ってはいたものの、これほどかと。シンプルな言葉で表すなら、その溺愛加減に驚いたのだ。
容姿を理由に街中でもよく声をかけられている悟に、愛らしい少女という言葉がぴったり当てはまる名前は想像とは少し違った。あの悟に、あの悟から連絡をいれさせているのだから、悟の方からすり寄っていくのだから、きっとしっかりした大人の女性だろうと勝手に思っていたのだ。
美人というよりは可憐で可愛らしい、柔らかい雰囲気を纏う彼女の危なげな感じは箱にいれておきたくなるのはなんとなくわかるが、俗な言い方をすれば「悟っぽくない」ように見えた。

「んん〜〜〜くるしい、はなして悟くん…」

「やだ」

「んんん〜〜〜〜」

「離してあげな。私たちもとりあえず着替えてこよう悟。彼女だって片付けが進まないし。」

傑が全うなことを言うと悟はいつも気に障ったと解りやすく顔に出す。今日とてそれは変わらず、悟はわかりやすく眉間にシワをよせて傑を睨んだ。

「そうだよ、悟くん着替えておいでよ。ね。」

「……………、………わかった」

名前にぽんぽんと腕を叩かれ、悟は大人しくその腕を緩めた。悟の腕の中から顔を出した名前が悟を見上げて笑った。

「へへ、今日から一緒に居れるんだからそんな寂しそうな顔やだな」

「!…名前〜〜〜〜〜〜〜〜………」

「あはは、またあとでね。私も頑張って片付けしちゃうね!」

名前の言葉に悟は情けない声を出しながらぐりぐりと名前の首もとに頭を擦り付けた。名前は慣れた様子だったし、あやすように悟の頭も撫でてやった。
傑は目の前で行われるやり取りを目を開いて見つめていた。

「……さ、行こう悟。邪魔してすまなかったね、名前…って呼んでいいのかな。」

「!、勿論…!仲良くしてね!」

悟は傑の言葉に「やっぱ離れたくね〜〜〜〜」と駄々をこねたが「何言ってるんだい」といくつか傑に小言を浴びせられて渋々離れて傑のあとを追った。
傑が部屋を離れる直前に「硝子、名前をよろしく。またあとで様子を見に来るよ」と言えば硝子は返事をするかわりにまた手をひらひらと振った。悟は「オイ」と自分が言うべき言葉を取られたことにまた機嫌を悪くしたが傑はあっさりスルーして悟を連れ出した。



「意外だったよ」

「何が」

傑は悟を連れて自分達の部屋へ向かって廊下を進む。帰ってきたときより明らかに機嫌が持ち直した悟に相変わらず単純で面白い友人だなと思った。
足取りの軽くなった悟の隣を歩きながら傑はぽつぽつと話す。

「悟から連絡をいれるような女の子、どんな子なんだろうと思っていたけど。全然悟とタイプの違う子で。」

「はあ?」

傑の言葉に悟はわけが解らないと解りやすく反応する。傑は悟にはそういう自覚は無いのだなと悟の反応を見て思うとくすりと笑った。

「悟が尻に敷かれてるんだと思ってたからね、もっと気の強そうなお姉さんかと思ってたんだよ。」

「はああ?意味わかんねーわ」

「良い子なんだね。見てればわかるよ。」

「当たり前だろーが」

「俺の女だぞ」とさも当たり前に言ってのけた悟は、いつもの悟だった。傑にはそれだけで、悟は本気でそう思ってるのだと、本気で彼女を好んで傍に置いているのだと十分にわかった。

「気になることが一杯だから、沢山聞かせて貰わないとね」

「見せもんじゃねーわ」

「そうだね、でも馴れ初めくらい教えてくれたっていいんじゃないかい?親友とその結婚相手なんて、何も知らないのは寂しいじゃないか」

傑の言葉に悟は「しゃあねえな」とまんざらでもなさそうに答えた。

「……ふ、ふふ。」

「なんだよ」

「いや、…好きなんだね?彼女のこと」

「はあ?今日の傑、マジで意味わかんねー」

悟の反応一つ一つが意外性に満ちていたものの、拾ってみれば悟らしい回答が返ってくるのに、自分の親友は何も取り繕っていないのだと思うと存外悟は愛情に満ちた男なのだと傑は微笑ましくて笑ってしまった。元より素直な人間で周りに取り繕ってやる義理なんかないという風に生きている男だが、悟が彼女に向けてる感情や想いも悟の中にあるままの姿なのだと思うと愛おしい奴だなと思ったのだ。

「大事にしてるんだなって伝わってきたんだよ」

「当たり前だろ」



「一生離さねえって決めてんだから」そう言った悟に、傑は流石に驚かずに居られなかった。

エレメンツの邂逅





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