サイレンと黒煙
@サトル
「…オチアイさん?」
そう呟いた、しょうちゃんの目線の先…ちょうど404号室の前に、オチアイさんが立っている。そう、あれはオチアイさんだ。多分、三脚なのか、何か細長いものを持って立ってる。ちょっと体が大きく見えるけど、多分目の錯覚だろう。そうだと思いたい…廊下の奥に目を凝らしながら、僕は必死でそう願った。
「オチアイさん…?だ、大丈夫ですか?」
呼びかけても、彼は答えない。窓からの逆光でよく見えないけど、何も言わずに、ただじっとこっちを見つめている気がする。
なぜだろう…ものすごく怖い。カメラを持つ手が震えて、うまく被写体を捉えることができない。
「あの…さっき、オチアイさんの悲鳴が聞こえて…何が、あったんですか?」
しょうちゃんが振り絞るように声を出していて、彼も尋常じゃない恐怖を感じているのが分かる。それでも、やっぱり何も答えてくれないオチアイさん…?の元へ、しょうちゃんは勇敢にも、一歩、一歩と進んでいく。
待って!行っちゃダメだ!
思わず喉元まで出かかった声を必死で飲み込んだ。だって、もしあれが「ちゃんと」オチアイさんだったら?彼があまりの恐怖で正気を失っていて、茫然自失の状態だったとしたら…?もう怖いなんて言ってられない、何とかして、すぐにここから連れ出さないと。
ゆっくりと、しょうちゃんの後について進みながら、自分が作り出した二つの恐怖に板挟みになり、精神が極限まで張り詰める。
「お、オチアイさん?もう僕らが来たんで、大丈夫っすよ!撤収し、ま…?」
そう言い切らないうちに、声が何かに遮られる。ずっと遠くから響いてくるような…高く、長く伸びる音…
「…サイレン…?」
呟いたのは、しょうちゃんとほぼ同時だった。まるで建物の火災みたいな、聞いただけで不安になる音…いったいどこから聞こえてくるんだろう?
とっさにオチアイさんの方を見ると、ちょうど彼の背後から、ぶわっと黒いものが噴き出してくるのが見えた。
…まさか、煙?
「待って、前から黒いのが…煙だよ!」
「けむり…って、火事すか!?」
「ほら、あそこ!あの部屋からだ!」
そうしてる間にも、オチアイさんの背後にどんどん煙が迫って…このままだと飲み込まれる!
「オチアイさん!!」
スタートダッシュは、しょうちゃんの方が少しだけ早かった。煙に包まれ始めても微動だにしないオチアイさんの元へ、ガンダッシュで向かう。もうなりふり構っていられなかった。
「オチアイさーん!!早く逃げ…!てっ…!?」
辺りが暗い…どうして?光が逃げていく…!?
まるで舞台の照明が消えるみたいに、窓から射し込んでいた光が、すうっと光が遠ざかってくのが見える…
窓の外に目をやった瞬間、誰かがこっちを覗いていた。
その目は赤く光ってた。
あれは、人?
何であんな場所に…
と、次の瞬間には、視界が全部真っ黒になった。
@しょうちゃん
「どうしよ、何も見えね…!」
「しょうちゃん!そこにいる?」
「はい!サトル君は?どこ?」
「えっと、ここ!もうちょっと手前…って言っても分かんないか」
真っ暗な中で声を掛け合うけど、あまりにも周りが暗すぎて、はっきりしない…それに、オチアイさんはどうなったんだろう?まさか、また消えちゃった?
「オチアイさん?サトルくん?誰か…」
「いる、ここにいるよ!」
うーん、せめて、相手の体に触れたらいいんだけど…!
決して遠い距離じゃないはずなのに、手を伸ばしても、なかなか触れない。
「…え?」
ふと、背中に気配を感じた。言うなれば、何も言わずに、スッと背後に立たれた感じ。
明らかに尋常じゃないって気づいてたけど、僕は反射的にそっちを振り向いていた。
「オチアイさ…」
振り向いて、僕は言葉を失った。目の前に、赤い人が立ってる。いや、ヒトガタのものが、赤く発光してる。顔なんて見えない。ただ、人っぽいシルエットがあるだけ。でも、何で俺はソレを「オチアイさん」って呼ぼうとしたんだろう…。
そんなことを思いながら、"赤いもの"から目を離せずにいたら、不意に手を握られた感覚がして、ふっと意識が遠くなった。
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