「PC版サイト」にチェックを入れて閲覧推奨


☆SANATSUMA☆なミステリーの世界 | ナノ

もうひとつのSILENT HILL -早苗津間町の隠された歴史-


黒い山のふもとに広がる静かな田舎町、早苗津間(さなつま)町は、ハルマ市一帯の地域の発祥の地とされる。古くからこの地に暮らす一族同士の繋がりが深く、数世紀前からある学校、個人病院、教会が現代においても人々の生活を支えている。
子供達の教養を大事にしており、図書館には子供のための読み物を多く置いている。
この地域全体に見られる風土的特徴が、早苗津間では特に色濃く現れる。
町の通りには、それぞれ歴史ある造りの建物が軒を連ね、人々の面立ちや装いは、どこか古の民族的な雰囲気を漂わせていて、県外の拓けた街から訪れた人間からすれば、あたかも古代にタイムスリップしたかのようである。
町の有力者の中でも、最も大きな力を持っていたのが晴馬田一族だ。彼らは一族で多くの土地を有し、地元の教育者をはじめ、歴代の市長や県会議員などの為政者も多数輩出し、行政の方面でも強い力を持っている。その確たる証拠に、晴馬田氏の名は、北部地方の市名の一つとしても知られている。
しかし世界大戦後、各地で近代化に向けて急速な都市開発が進み、早苗津間町もそのあおりを受けることとなった。戦争の苦い記憶を塗り替え、前進するため、晴馬田氏はこの町にも思い切った改革が必要だと考えた。そして、戦前から聖地として親しまれてきた静かな湖を、いわゆるパワースポットとして売り出し、外から人を呼び込もうと考えた。世の中が平和になり、観光地巡りがブームとなる中で、その計画は成功した。
その翌年、豊かな観光収入を元手に、古い時代に武器倉庫として使われていた建物を大幅にリニューアルし、豪奢な数階建てのマンションを誕生させるという計画が持ち上がった。計画の立案者は、広い土地を有し、不動産屋との繋がりも強い、地主の晴馬田一族だった。当然住民からの反対もあったものの、実際に町の活気に伴い人口が増えてきていたこともあり、市の協力を得て、計画は問題なく実行に移された。
果たして、町の威信をかけて完璧なデザイン画と設計図が用意され、黒い山のふもとに、一本の巨木のようにそびえる白いマンション…「早苗津間郷」がその姿を現した。菓子箱のように並ぶ部屋の一つ一つが、立派な太い柱と丈夫な壁で仕切られ、窓に設けられたひさしには、上品な屋根瓦が贅沢にあしらわれ、温かな森の日差しを受けてきらきらと光っていて、その堂々たる外観は、まさに古城のような佇まいだった。マンションの中庭には、美しい白い樹が植えられ、窓からの景観もとても美しく、早苗津間郷は完成と同時に、瞬く間に住人でいっぱいになったという。

しかし、完璧すぎる計画は、時に予期せぬ結果をも生むものだ。建造から早十年が過ぎ、早苗津間郷が町の新たなシンボルとして馴染みつつあった頃。名もなき誰かの宿した小さな秘密が、マンションの一室で燃え上がり、早苗津間郷を黒煙の柱に変えた。これまで早苗津間町に大きな火事は一度もなかったため、消火の設備は小規模なもので、市から消防の応援が駆け付けるまでにはかなりの時間がかかった。早苗津間町の周辺には、舗装が難しい昔ながらの山道が多く、大きな消防車の通行が困難だったためだ。
高い位置の煙は高温のため、早苗津間郷の火災は上階ほど被害がひどかった。下の階の住人は素早く逃げ出し、助かった者もいた。
どうしてそんなに燃え続けるのか、まるで火種でも足しているのかと思うほどに、火はぶすぶすと呟くように燃え続け、煙は一向に収まらない。消防車が列をなして到着する頃には、既に多くの被害者が出ており、煙の勢いは手が付けられないほどになっていた。
早苗津間町は市内でも有数の豊かな自然を誇っていたため、建物からもうもうと噴き出す煙が周辺の高い木々の下に留まり、更に上空に吹く強い風によって風下へと広がっていき、やがて真っ黒なヘビの群れのように、地上へと這い降りてきた。一時は小さな町の半分以上が煙で覆われ、周囲の人家を侵食し、体調不良者や負傷者が続出した。

早苗津間郷は一時、それ自体が巨大な黒龍であるかのような姿で町の中央に君臨し、人々を昼夜恐怖のどん底に陥れた。
火は二日二晩燃え続け、当時の消火技術の全てを結集させ、ようやく鎮火された。恐怖の黒煙の館と化した早苗津間郷は、今や誰も住みたがらない場所となっていた。
同時に、「黒こげの部屋の中で、いるはずのない人影を見た…あれは焼死者の亡霊ではないか?」といった恐ろしげな目撃談や、「改装前の古い武器倉庫や、あるいはその土地自体に、呪いめいた力がはたらいているのでは…」そんな不穏な噂も囁かれるようになった。

そして、そんな噂が流れるのも無理はないほど、火災の被害は酷かった。町の山手にある湖は煙の高熱で徐々に蒸発し、丸二日が経過した時には水位が目に見えて下がっていた。周囲の豊かな木々も、高温の煙によっていぶされ、変形し、灰色の枝を振り乱した恐ろしげな姿に変わっていた。早苗津間郷の近隣には個人所有の畑も点在し、農地の多くが煙害を被った。まさに「呪い」としか言いようのない有り様だった。

町は当初、早苗津間郷を早急に改修して再利用する計画だったが、入居者の多くが恐怖心から再入居を拒否したこともあり、市は費用の支出に消極的だった。
果たして、建物を改修するか、撤去するかの議論がとめどなく続いた。この争いは晴馬田一族を市の為政者と町の地主の立場に二分させ、一族の分断を生むことになった。身内でも被害者が出た早苗津間町の晴馬田家は、事故の当事者として一族の無念を晴らすべく、早苗津間郷再興のビジョンを曲げるわけにはいかなかった。
一時は観光地として賑わっていた湖も、この惨事をきっかけに人が減り、それに伴い市全体の収入も目に見えて減っていた。その間、無残な黒焦げの姿で雨風に晒され続けた早苗津間郷は、いつしか町の恐怖のシンボルとなり、当然のように幽霊のうわさも囁かれるようになった。火災から数ヶ月経っても町の混乱は収まらず、中には煙害で大事な畑を失い、心を病んで湖に入水する者まで出てしまった。
この緊急事態を受けて、早苗津間郷の敷地内に慰霊碑を建てる計画が持ち上がると、地主の晴馬田家はこれに大反対した。特定の建物ではなく「町全体の火災」としての慰霊にすべきだ、との主張を押し通し、入居者に多くの死者が出ていたにもかかわらず、早苗津間郷の敷地内に碑を建てることを決して許さなかった。
結局、慰霊碑は町の広場のさほど目立たぬ場所に建造され、毎日のように遺族の人々が訪れて、花やお酒を供えて祈った。
当面はこれでも収まった。しかし、時の流れはこれ以上、権力者に味方することはなかった。

晴馬田家の独善的な振る舞いは、結果としてこの町に元から住んでいた人々をも遠ざけることになった。高温の煙で重傷を負い、市の中央病院に入院する人たちも、町が住民の味方をしてくれないと知り、退院後に町を離れる決断をした者が少なくなかった。見かねた近隣の町が、十数軒の空き家を早苗津間町からの避難所として誘致したほどである。
町の情勢が目に見えて深刻な事態に陥ったことで、ついに地元の晴馬田家が折れ、早苗津間郷の撤去案が可決されたが、その頃には、町の住民の多くが近隣地域に避難した後だった。統治者が町民の声に頑なに耳を貸さず、外向きのイメージに固執し続けた結果だった。もはや建物の撤去費用だけで赤字になるほど、町の経済は疲弊していた。

しかし、人々が町から遠のいた理由はそれだけではなかった。あの火災以来、町で恐ろしい幻覚を見る者が後を絶たなかったのだ。それは火災のショックによる後遺症とも、集団ノイローゼとも思われたが、はっきりとした原因は分からない。事故から丁度一年が経った日の夜には、十数名の住民が再び煙に襲われる幻覚を見て同時にパニックを起こし、その際に行方不明者も出ている。住人は町そのものに脅え、逃げ出したのだろうか?
かの晴馬田一族も例外ではなく、そればかりか、住民と同じ煙の幻覚に襲われた者もいた。これは湖を汚された古き神々の怒りに違いないと恐れおののいていたのだ。
結果として、呪われた館、早苗津間郷はその場に半永久的にとどまることとなり、ついには晴馬田一族も早苗津間の地を逃れ、市の中心地に新たな拠点を置くようになった。

身内を失い、恐怖に駆られていた地主の晴馬田一族は、これ以上自身の家に災いが及ぶことを恐れ、市に早苗津間町の名前の削除を申請した。この時ばかりは、一族も結託せざるを得なかった。毒ガスなどの大気汚染もなく、たった一度の火災だけで、生まれ故郷を捨てて住民が一斉に逃げ出すなど、有り得ないことだったからだ。表向きは、火災によって甚大な被害が出て、町として存続不可能となったため、としつつも、その内情はとても明かせるものではなかった。
問題の早苗津間郷についても、解体ができないまでも、とにかくそれと名が分かる巨大な名板だけを撤去し、早急に処分するよう計らった。しかし、たったそれだけの作業でも崩落事故が起き、中央で真っ二つに折れた巨大な看板の片方が、地上にいた作業員に激突し、重症を負わせた。慰霊のため現場に同行していた地元の聖職者は、恐怖で腰を抜かしたという。

その後、わずかに人が残っていた区域は近隣の町に併合され、早苗津間町は完全に消滅した。これらの行政手続きは、市議会の内通者を介して静かに、速やかに行われた。
時の市長は会見で顔色一つ変えず、「町の存続のための合併が、住民の強い希望である」とだけコメントした。

あれから数十年。早苗津間町は、人々の記憶から完全に忘れ去られていた。今、この時までは。


← 4/17 →
|index|


"@A9_Memories" is Link Free




|Play again?|
(*´┏_┓`*)


×
「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -