ゴーストタウンの謎
早苗津間は、モノクロ写真の風景がそのまま目の前に現れたみたいな場所だった。この場所に立ってるだけで、何十年も昔の世界にタイムスリップした気持ちになる。通りの一角には、幾つもの商店が軒を連ねていた。どこか素朴で、手作り感あふれる建物の外観…こうして昔の生活の跡が残っているのを見ると、何だか感動する。
それにしても、この町全体に漂う、何とも言えない違和感…それを言葉にしてくれたのは、しょうちゃんだった。
「何か、全部そのまま…じゃないっすか?」
指差す先には、ショーウインドウ越しにキラリと光る、化粧品…?口紅とか、あの瓶は香水かな?ショーケースの奥には、古めかしい猫のぬいぐるみも飾ってある。
「廃墟ってさ、もう窓ガラスが無かったり、棚やショーケースも空だったり…が普通じゃん。何でここ、ちゃんと残ってるの?」
オチアイさんの言う通り…この場所は不自然だ。長年のホコリで曇った窓、すっかり色褪せた店の看板…確かにとーっても古いんだけど…でも…整いすぎてる。まるで、映画のセットみたいに。本物じゃない…っていうと言い過ぎだけど、これまで見てきた廃墟の姿と、全くの別物なんだ。
「この前行ったサタデーモールなんて、終わったの10年前だけど、普通に人住んでたし…何より、屋根にマネキン三体ぶっ刺さってましたもんね…」
「あれはね…触れちゃいけない領域だよ、絶対」
「まさかとは思うけど…ここって今でも、定期的に管理されてるのかな?色々調べても、管理者の情報なんて見つからなかったけどなあ…」
「何だろう…維持されてるっていうよりかは…時間が止まってる感じですよね」
「確かに…」
現実離れした考えだけど、しょうちゃんの言葉が一番しっくりくる。もっと街の様子を見てみよう。
かつて沢山の人が行き交っていたであろう、この素朴な通りには、まるで今も営業中みたいに、各お店の品物が残ったままになってるみたいだ。今日まで盗まれもせずに…
「あれ?ここだけ"OPEN"になってる…」
前を行くしょうちゃんが足を止めて、あるお店のドアを見上げた。店の名前は「アトリエ・M」…何だかおしゃれな名前だ。
そういえば、他のお店はどこも入り口が閉まってて、プレートも"CLOSE"になってたけど、このドアは少しだけ、中に向かって開いてる。少し押せば開きそうだ。そして、ドアにかかったプレートは、"OPEN"…何だか気になるな。
「ちょっと、入ってみません?」
「うん…ちょっと気になるね」
珍しいことに、オチアイさんも乗り気だ。いつもと違って、綺麗な場所だからかな?それでも、虫が出てこない保証はないけど…
*
「お邪魔しまーす…」
ずっしりと重たい、鉄製の扉を恐る恐る押して中に入る。一気に空気が変わった感じがした。誰もいないのに、誰かに見られてるような…
「おお…思いっきり店だな…」
「はは、思いっきり店ですねー」
オチアイさんらしい感想に、思わず皆で笑う。お店の棚には、当時の品物が綺麗に残ったままだった。まるで博物館の展示みたいだ。早速近付いて見てみよう…
とても古い年代の手帳や、触ると破れそうなカサカサに乾いたカレンダー、すっかり色褪せたカバーとレトロな書体の本…今となっては、どれもアンティークとして価値ある品々だ。
お店の壁には、古めかしい町並みの写真が飾られてる。きっと早苗津間で山火事が起きる前の、緑豊かな自然のポートレイト…その下に、綺麗な風景画の描かれたポストカードが沢山…これも、この辺りの景色かな?
「ねえ、この辺って、湖とかありました?」
「湖?いや、あったかなあ…?」
「航空写真でも見た覚えないけど…」
「でもこれ、早苗津間の風景って書いてあって…」
「えっ?まさか…!これが?」
しょうちゃんが持っているポストカードの一面に、見間違えようもないほど大きな湖の絵…。まーくんが慌てて航空写真を確認してくれるけど、やっぱりそれらしい地形は見当たらない。
「まさか、無くなったとか?」
「えっ、こんな広い場所が?」
「池じゃないんだし…一度の山火事で干上がったりはしないよなあ…」
「うん…何度も燃えてれば別だけど…」
皆で頭を寄せて、一枚の水彩画を眺めていると、しょうちゃんが何かを見つけた。丁度湖の真ん中辺りを指さしてる。
「…"さんななにー"、ですか?これ」
「ん?ほんとだ、何か書いてあるぞ」
「これ…ああ、数字か!」
372…絵の番号?それとも、画家のサインかな?普通はサインって端っこに描くものだけど、わざわざこんな絵の真ん中に…。そういえば、オチアイさんも絵を描く人だけど、サインの入れ方がいつも独特で…って、そういえばオチアイさんは?
「あれ、オチアイさん?」
顔を上げて探すと、彼はレジの前で立ち止まって、店の奥の方をじっと見てる…何だ?何か、声をかけちゃいけないような雰囲気…怖い。けど、どうしても気になってしまって、そっと声をかけた。
「オチアイさん…?どうかしました?」
「あ?いや…鹿が」
「鹿…?」
恐る恐る覗いてみると…本当だ、レジの奥の壁に、ちょっと雰囲気の違う棚があって、そこに鹿の像が飾られてる…見るからにずっしりしてて、眼光も鋭くて、只者ではない雰囲気。
「これ…祀られてませんか?」
「そういえば、鹿って、神様の化身だって言われてるよね」
「うん…大事にされてた感じするよね」
そう答えるオチアイさんは、どこか寂しそうだ。カメラをズームして、像をよく見てみよう。材質は少し黄色みがかった白で、よく光を弾いてる…きっと、動物の骨だ。この国では、骨を彫刻に使うのは縁起が悪いって、何十年も昔に禁止されたはず…だからきっと、相当昔の物だ。
像もだけど、それが乗せられた木製の台座も、とても立派だ。勇ましく首を持ち上げた鹿の脚の下には、綺麗な波紋みたいに、何重にも広がる丸い輪が掘られていて、台座の三本の脚は、下に行くほど大きく波打ったような装飾がされている。きっと、水の中を表現してるんだ。
…ん?水…
湖?
「これさ、水と関係ありそうだよね?」
「うん…僕もそう思います。それこそ、湖…」
何気なく答えるしょうちゃんの言葉に、オチアイさんが振り向いた。
「"湖"って言った?」
「あ、はい。この絵に早苗津間の景色って書いてあって…ほら。でも、航空地図で見ると、それらしい場所が無いんです」
しょうちゃんが、手に持っていたポストカードを見せると、オチアイさんの表情が変わった。
「それ、見たことある」
「えっ!?見たって…リアルでですか?」
「いや、リアルか夢かは…ただ、すごく見覚えあるんだよ、この湖。形も独特だし…」
「確かに…一般的な湖の形とは、少し違いますもんね」
「オチアイさん。もしかして、この"絵"を見たことがあるとか…」
「…ああ。そうかもしれない」
しょうちゃんの鋭い質問で、一気に空気が変わった。こんな大昔の、古びたポストカードの絵を、遠く離れた街に住んでるオチアイさんが、知っている…?
(続く)
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