ここに決めた。
一通り部屋の中を調べた彼らは、一つの決断に至る。
「やろう。ここで実証実験」
「…マジで?」
正気か?と言わんばかりの猛烈な視線が突き刺さっても、俺の決意は揺らがなかった。オチアイさんが夢に見た場所をついに見つけたんだ。ここで調査をやらなきゃ、他のどこでやったって意味がない。
「オチアイさんの悪夢と対決しなきゃ!それが今回の目的でもあるんだし。現場まで来て、このまま帰れないよ」
いつになく真剣な空気を感じとったのか、最初に頷いたのは、他ならぬオチアイさんだった。
「確かに。このまま帰っても、またあの夢見そうな気がする。いい加減どうにかしたいぜ」
いつになく強い口調で言う。
「マジすか…じゃあ…」
「やりますか…」
「何かあったら、全責任は俺が持つんで」
俺のダメ押しの一言で、場の空気は一つになった。
--/--/--
「言っとくけど、何かあったらすぐ来てよ?今回はマジで危険だから」
実証実験の準備中、毎回恒例のオチアイさんのSOSを聞いても、今回は誰も吹き出さない。皆真剣だ。
僕はオチアイさんに協力してもらい、できる限り彼の夢の視点に近い位置に定点カメラを置こうと試みていた。
「窓は大体その辺で、鏡が端にチラッと見えて…そう。で、画角はもうちょい上かな」
オチアイさんがハンディカムの液晶を覗き込みながら細かく指示を出す。彼の悪夢の光景を忠実に再現すべく、慎重にカメラの位置を調節する。
「もうちょい…え、もっと上?あ、結構高いっすね」
そう言ってオチアイさんを振り向くと、彼自身も驚いた顔をしていた。
「そうだよね?何かおかしいと思ってたんだよ。普通に立って見える位置じゃないよなって…」
「え、てか、高…!ごめん、しょうちゃん!ちょっと来て」
オチアイさんの言葉通り、三脚を目一杯上に伸ばすと、とても液晶を覗けないくらいの高さになってしまい、この中で一番背の高いしょうちゃんを呼んで、代役を頼むことにした。
「え、俺がやっていいんすか?」
「うん。オチアイさんの指示通りにやってもらえれば」
「了解です」
[しょうちゃん視点]
サトルくんにカメラを託された僕は、オチアイさんの言葉に注意しながら、少しずつ三脚の位置をずらし、カメラの角度を調整していく。部屋を見下ろすように、やや前に傾いたハンディカムの液晶を覗きながら、何となく思ったことを口にした。
「この視点、もしオチアイさんのだとしたら…明らかに浮いてますよね?」
「うん。思いっきり背伸びしても、この高さにならないもんな。すごく不自然だよ…それこそ、壁に張り付いてるみたいな」
張り付いてる、か…その言葉、何だかやけに引っかかる。何気なく目をやった後ろの壁に黒いものが見えて、嫌な予感がした。
黒い壁に、黒の塊。単にススの色だと思ってたけど、よく見たら違う。
何かが"焼き付いた痕"だ。確信はないけど、なぜかそうだと思った。気になるけど、今は言わない方がいいと思う。ただでさえシリアスな現場が、もっとヒリヒリするから。
でも…あれはきっと、人じゃないよ。もっと邪悪な、巨大な何かだ…
[サトル視点]
オチアイさんからOKが出て、いよいよ撮影開始だ。
「じゃあ、この画角で撮影するんで…オチアイさん、鏡無理なら、離れててもらって大丈夫です」
「うん、さすがに離れるわ…多分、結構端まで行っても入るでしょ?この辺とか…」
「あー大丈夫っす、そこの本棚まで画角に入ってるんで…」
しょうちゃんが液晶画面をチラ見して、オチアイさんにOKを出す。
俺はどうも、あの鏡が怪しいと睨んでる。クモと同じで、オチアイさんがあれだけ嫌ってるものだから、きっと何かがあるはずだ。
制限時間は30分。
この街の恐怖の正体を、必ずカメラに収めてやるぞ。
「…気をつけて」
部屋を出る直前、ふと振り向いて、心配そうにしょうちゃんが言う。
「じゃーね」
いつもの調子で、オチアイさんは短く答えた。何かいつもよりイケメンに見えた。
俺達は黙って目で頷き、オチアイさんを残して廊下に出た。
いつの間にか皆、忍び足になっていた。
少しの物音も聞き逃したくないのと、すぐこそで、誰かに聞かれてるんじゃないかって緊張で。
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