抗争二戦目 思惑
【抗争二戦目 思惑】
その日、桃ゐ組は思わぬ人物の来訪にざわめいた。
陽も高い真昼間。
決してこの場に踏み込んでくることなどありえなかった人物が、堂々と表門から御用ときたのだ。
「なんの気の迷いです?……師法さんや」
前触れもなく、自分たちのシマに突然現れた師法。
桃ゐ組を治める組長の桃ゐ咲鬼は、飄々と立つその様子に眉をひそめてそう尋ねた。
桃ゐの芯の通った髪はひとつに結ばれ、凛と背筋を伸ばした姿はひどく凛々しく美麗だ。
けれども、部屋の真ん中にどっしりと腰を据え、冷静に師法を見据えるその蒼い眼はいやに鋭い。
師法は向けられた視線を
一瞥すると、肩をすくめた。
「聞きたいことがある」
「
警察に情報を流すような阿保が、わしらの世界に存在すると思ってんのかい」
「私はもう警察じゃない」
「は?」
師法の言葉にわずかに
瞠目した桃ゐは、ややあってじろりと師法を睨んだ。
「冗談でも笑えないね」
「もう一度言えば理解出来るか?警察は辞めた。今はただの一般市民だよ」
「はっ!一般市民さまがこんな場所に、ひとりのうのうとやってくるかい?」
「いや、ぶっちゃけいま心臓ばくばくだから。足がくがくだから」
若干、額に汗をにじませた師法は、実は少し、いやかなり怯えていた。
自分を取り囲むようにずらりと並んだ組員たち。
組長の背後には、若頭の丑若しのまでいる始末。
下手に動けばおそらく、簡単に蜂の巣にされるのだろう。
言葉は慎重に選ばなくてはならない。
「ここ数日、なぜ桃ゐ組が警察に目をつけられていたのかを知りたい。私はここを
管轄に入れていなかった。情報が足りていないんだ」
「そんなもんを聞いてどうするつもりだい」
「うらが死んだのは、竹取組と手を組んだ誰かが仕組んだせいだ。それを探りたい」
ぎゅっと、師法は手のひらを握りしめた。
目を閉じれば、いつかの友の姿が今も鮮明に思い出せる。
「姐さん…いま、こいつうらさんのことを呼び捨てに…」
丑若が耳を疑うように息を詰め、目を見張らせた。
「…影で第三者がうらさんを殺させたってのかい。竹取以外に、敵が居るだって?」
「とある情報屋から仕入れた話だ。信憑性は高い」
「ほぉ?その情報屋ってのは、カフェの胡散臭いやつのことかねぇ?」
「やっぱり繋がっていたか」
「この界隈じゃあ、知らないヤツは素人さ」
「答えてくれ。なぜ、うらが殺されるような事態になった」
袋の鼠という現状を忘れ、師法はどこか焦るように桃ゐに再び尋ねた。
警察だった頃、管轄に入らなかったのは干渉してこちらが不利になるのを恐れたからだ。
そして、うらを守るためだった。
桃ゐ組は悪さはすれど、筋の通った極道だ。
敵対する相手に銃を向けることはあっても、女子供はもちろん、そこらの一般市民に銃口を向けることは一度もなく、警察とてそれをしっていたからこそ、暗黙の了解で表沙汰には捜査しなかったのだから。
片棒を担ぐわけではないが、師法は桃ゐ組が捜査に上がってくると、静かに処理にあたり、何事もなかったかのように事件を沈静化させてきた。
派手に動いている竹取組の事件の方を目立たせて、桃ゐ組には警察の手が回らないよう、裏で牽制をかけてきたのだ。
桃ゐは師法の視線を受け、品定めするように上から下まで師法を見回した。
呆れることに、こんな場所に乗り込んでくるなんて馬鹿げたことをしでかしたわりに、師法は
拳銃の一つも所持していない様子。
白いシャツと、シンプルなジーンズ。
武器を隠せる場所は見当たらず、本当に師法が単身乗り込んできたのだとわかると、驚愕よりもさきに呆れを覚えた。
「死ぬ覚悟あっての御用ってわけかい」
「私にはもう、守りたいものもないんでね」
「ならその命、うちで預かろうか。…わしらがうらさんを守れなかったその理由…聞かせてやる」
少し疲れた顔をして、桃ゐはそう言って息をついた。
驚いた丑若が思わず桃ゐの名を呼ぶ。
「ちょっと姐さん!こいつを信用するんですか!?」
信じられないとばかりに声を荒げる丑若に、桃ゐはスッと目を細めた。
「しの」
短く、けれどもはっきりと丑若の名を呼べば、丑若はハッとして息を詰める。
「うらさんが話してたやつにさ、似てないかい?」
「うらさんが話してたやつ…?あの、幼馴染だっていう無鉄砲なチビ…」
「誰がチビだコラ」
ハッとした丑若は、目の前に立つ師法を桃ゐと同じように見つめた。
金色の髪。
金色の瞳。
園児のような体躯に、言葉使いが大人な割に少しロリッぽさを残した話し方。
「似てる…」
丑若はかつて竜宮が嬉しそうに話していた友人とやらの姿を思い出し、言葉を詰まらせた。
「いや、いまお前どこ見てそう思った言ってみろよおい」
「…そうですね…うらさんの信用していた人なら…」
「無視かな!」
「話してやる。おい、お茶を出してやれ。うらさんが好きだった、わかめスープもな…」
「どっちかにしてくれない!?」
「お茶は昆布茶を出すといい」
「良い出汁取れてるね!!」
こうして、師法は桃ゐ組で起きた事件の真相を、良い出汁の取れたお茶とスープを飲みながら聞くことになったのだ。
その真相が、どれほど憎悪と後悔を師法に与えるのかも知らずに…。